22話 黒の貴公子
鯨油の匂いと共に寒氣がした。床は臙脂色の板の間に机と椅子が中央の奥にまで続き、左右には銅製の補強版が目立つ巨大な本棚も並ぶ。
まさに、図書館の内部だ。その宙空には、無数の炎のような血の紙片と本が飛び交っていた。光源の鯨油を利用した角灯も浮いていた。
視界が悪いが、ヴァラキアが生み出していた異世界とは微妙に異なるか、異形の眷族と司書の眷族は見当たらない。
そこに、人型の魔素を二つ、本棚の奥から感じた。ミレイと頷き合う。するとアケミが、
「……反応は二つの魔素のみですね」
「あぁ」
サジハリが、
「二つの人型の魔素のみ、それ以外の敵は、見当たらない。ここは<血魂血臓・禁断収蔵聖域・魂縛ノ血書庫>の異空間の中だとは思うが、奇襲は成功とみていいだろう」
「そうだな」
ミレイとアケミも周囲を窺いつつ頷く。
アケミは、光を放つ板の上に置いた、指を前後させた。左右の指の爪を赫かせていく。
板の上には、綺麗な幻影の血肉石塊ゴーレムが三体浮かんでいる。
すると、アケミの右横に、本物の血肉石塊ゴーレムが三体、誕生していた。
更に、光を放つ板から魔線が無数に放出され、光の魔線が、この図書館のような異空間を縁取るように調べていく。そのアケミは、
「ミレイとウタジさんを狙ったヴァラキアの異空間と似ていますが、異なりますね。やはりケンダーヴァルの術内かと。しかし、無数の異形の眷族たちが待ち構えているかと思いましたが、少し予想外です」
「そうね、ケンダーヴァルには、ヴァラキアが私たちに倒されることは、想定外なのかも知れない。しかし、さすがに大本の術者ケンダーヴァルも氣づいたはずよ」
ミレイの警告に頷いた。〝血ノ旭影〟の柄巻を握り直している。
アケミは、
「はい、チャンスですが、私たちが侵入した出入り口は、背後の亀裂です。私の迷宮核の影響がこの異空間に侵入している証拠、亀裂も徐々に広がって、迷宮核の亀裂に触れている書棚と壁も図書館の構造が消えている。ですから術者も、氣付いているはずです。また、このような術式の裏から侵入されるような経験は初めてなのかもしれません」
と分析してくれた。
「とりあえず、この二つの魔素の反応を見ようか」
「うむ、行こうか」
「はい」
「行こう」
皆で本棚が奥へと続いている板の間の通路を進む。
宙空を行き交う血の紙片は生き物のように蠢いていた。
宙に浮かぶ無数の角灯といい、罠がありそうだが、俺たちを襲うことはなく、そんな図書館の内部を進む。
魔素の前には、巨大な檻があった。
その檻に近付くと、中には両手両腕を魔法の鎖で拘束された二人の吸血鬼がいた。
「檻に二人の吸血鬼だけですね」
「ウタジを名指しした吸血鬼でもない……」
「わざわざ、閉じ込める吸血鬼か。氣になるねぇ」
檻に皆で近付く。吸血鬼たちは氣付かない。
檻の上部には紋章があった。
「あの紋章は、パイロン家の紋章か」
「本当……では、あの二人の吸血鬼は……パイロン家の?」
「そうなるか……」
「ヴァラキアが使用し、消していた吸血鬼たちではないですね」
「ケンダーヴァルとやらが、コレクションにしていた大本の高祖吸血鬼たちか」
「では、あの二人の吸血鬼は<筆頭従者長>か<筆頭従者>……」
ミレイが息を呑む。
檻の中にいたのは、高貴な雰囲氣を纏った二人の女性吸血鬼。
パイロン家の<筆頭従者長>だとは思うが、面識は皆無。
そして、どんな状況だろうと俺たちを苦しめていた勢力だ。
しかし、このような姿を見るとな……。
ミレイも悲しげな表情を浮かべていた。吸血神ルグナド様を裏切り、俺たちを潰す側だった者たちに向ける視線ではない。
ミレイと頷き合ってから巨大な檻を見て、中にいる吸血鬼の二人を凝視。
額に、細いチェーンが三重に絡みついたサークレットの魔具が埋め込まれ、その瞳は虚ろに宙を見つめている。
……俺たちを攻撃してきたパイロン家の高祖吸血鬼は、大魔術師ケンダーヴァルに捕らえられて、利用されていたということか。
アケミは、迷宮核の力で周囲を探査しつつ巨大な檻に触れると、檻は溶けていく。
隠れていた巨大な書棚から魔法の鎖が伸びて、二人の体を拘束しているのが見えた。
魔法の鎖は、檻を突き抜けて二人の吸血鬼を拘束していたようだ。
「ウタジさんとミレイさん、二人を囚えているのは魔法の鎖ですが、先程のヴァラキアと同じ系統の拘束術式ではないですが、破壊は可能なはず」
サジハリも紅い瞳を光らせながら、檻の中に入り、二人の吸血鬼に近づいた。
壊れた人形のような虚ろな視線を確認するように二人の目元で、手を動かしていく。二人はサジハリの指先の動きに反応せず、
口の端から血とゆだれが垂れている。
「ふむ、だが、額の魔具が問題だねぇ。あれは支配系の呪具だ」
その時、背後から不氣味な氣配――。
血濡れた古書がひとりでにページが捲られていく。
捲られるたび、古書から灰色と漆黒の液体と無数の紙片が飛び出て――、
「やはり、あの紙片に本は敵だったか。皆、すべてを斬るよ――」
とサジハリが、古書を赤い魔剣で斬っていく。
アケミも指先の爪を輝かせると、爪先が刃のように伸び、次々に古書を突き刺す。古書の幾つは一瞬で灰と化した。
俺も古書を覇王のシックルの白焔が包む闇夜剣でバッサリと斬り捨てた。
ミレイも前に出て、〝血ノ旭影〟を振るい、古書を斬る。
だが、ここは巨大な図書館だ。書棚には無数の書物が収まり、そこから無数の細い腕が出現すると宙空を行き交っていた血の書や書物と融合していった。細い腕と連なる古書の内側から青白い大きな腕が現れ、更に、その書物から、のっそりと異形の眷族たちが姿を現す。その無数の腕を持つ異形の眷族が床に着水するような音を立てながら、無数の腕をわしゃわしゃと忙しなく動かしながら、こちらに這い寄ってきた。更に、無数の腕を伸ばしてくる。
伸びてきた腕先は刃に変化、それを魔刀鬼丸で横に弾く。
前に出て、ミレイとアケミに近づいた腕刃を、白焔が包む闇夜剣で斜めに両断した。
斬られた腕刃は燃えて消える。そして、異形の眷族が間合いを詰めてきた。その振り上げられた腕は、奇怪な斧刃に変化している。
その斧刃は受けず頭部を退いて紙一重で避ける。
と同時に魔刀鬼丸と白焔が包む闇夜剣を突き出し、異形の眷族の頭部を剣身が貫いた。そのまま左右の腕を開くように動かし、<血剣・枇杷薙ぎ>を繰り出した。異形の眷族の頭部から胸もとを二つの得物で引き裂くように倒した。
そこに、宙空を移動しながら書を斬り捨てていたサジハリが両足を太くさせ、足先から爪を出しながら、他の異形の眷族へと急降下。
そのまま頭部ごと体を潰して豪快に床に着地した。ズシャッと異形の血肉と血飛沫が周囲に迸った。
容赦ないが、サジハリが高・古代竜なのだとよく分かる動きだ。
すると、異形の眷族たちが、
「何者か……」
「ケンダーヴァル様の<千年姉妹の血臓宮殿>の中に侵入など、本来は……」
「ケンダーヴァル様の反応が鈍いのもオカシイ」
「うろたえるな、こいつらは侵入者だ、倒すまで」
「倒せ――」
異形の眷族たちがそう発言しながら襲い掛かってくる。
「皆、来るぞ!」
血の書物からも無数の触手が伸びてきた。
司書の姿をした紙人形の大群が宙を舞い、文字が実体化した魔文獣が床を這いずり回る。
「文字が猛獣、魔文獣かい、見たことがない敵さね――」
「」
「おう、ミレイ、連携でいくぞ」
「うん、ウタジ」
覇王のシックルに意識を集中、白焔が刃を包み、闇夜剣へと変化する。
左手には魔刀鬼丸を構え、ミレイも血ノ旭影を抜いた。
<血魂共鳴>が俺たちを繋ぎ、心臓の鼓動が同調するまま、ミレイと前に出て、
「――<血剣・双回し>!」
白焔が包む闇夜剣と魔刀鬼丸を同時に振るい、触手怪物の攻撃を斬り払う。火花が散り、血の匂いが鼻を突く。
ミレイは<血剣・十字疾風>で紙人形の群れを薙ぎ倒し、左腕から<血道・魔花衝>を放って魔文獣を吹き飛ばした。
「ハッ、倒しがいがあるさね!」
サジハリが竜形態に変化し、迷宮の天井に届きそうなほどの巨体となる。だが、すぐに室内に合わせて大きさを調整した。
「ファヅッロアガァァァァァァ!」
<竜言語魔法>による凄まじい衝撃波が、残存していた異形の怪物たちを吹き飛ばす。
バルミントもサジハリの頭上で光と闇の<血魔力>を発し、周囲の敵を牽制した。
サジハリが、異形の眷族と魔文獣を倒しながら「ウタジたち、囚われていた吸血鬼を今のうちに、解放させちまいな! 額の魔道具を先に破壊するんだよ――」
と、サジハリの言葉に「了解――」
「はい――」
「分かりました――」
と、俺たちは背後で、囚われたままの吸血鬼たちに近づいた。
<血魔力>を体から放出させながら、
「パイロン家の吸血鬼たち、今助けてやる」
金髪の高祖吸血鬼の瞳がわずかに動いた。
しかし、額の魔具が不氣味に光り、再び虚ろな表情に戻る。
<血魔力>に反応とは、ケンダーヴァルに拘束されながらも、わずかに抵抗を続けていた証拠か?
「額の支配の魔具を破壊しましょう」
ミレイが血ノ旭影を構える。
「待て、魔法の鎖を先に」
魔刀鬼丸の切っ先を魔法の鎖に向け、<血剣・一穿>を繰り出した。切っ先が、魔法の鎖と衝突、鋼の音が響き、魔法の鎖が断たれた。続いてミレイが血ノ旭影で残りの魔法の鎖を切断――。
「次は額の――」
――<血文王電>を使うか迷ったが、覇王のシックルの白焔が包む闇夜剣に<血魔力>を流し、刃を調整するように<血剣・白雷遷架>をわずかに放った。
白焔が包む闇夜剣の刃から白い雷の奔流が、額の魔具を直撃し、パリンと音を立てて砕け散る。
「上手い! ウタジさん、高祖吸血鬼たちに傷をつけずに、魔道具だけを破壊する雷使いでもあるんですね!」
「うん、覇王のシックルのコントロールは、もう完璧に近いわね」
アケミとミレイの言葉に嬉しくなるが、これも修業の賜物。
すると、高祖吸血鬼たちに顔色に血の氣が宿る。
「う……ここは……」
一人の高祖吸血鬼が目を覚ました。続いて二人目の吸血鬼も意識を取り戻す。
「……え、た、助かったの……あなたたちは……」
「ルクレツィア――」
「あ、ヴィオレッタ様……」
と、二人の高祖吸血鬼は抱き合う。
「その二人に、
「俺は、ハルゼルマ家の<筆頭従者>。ウタジ・ラヴァレ・ハルゼルマ。母はハルゼルマ家の女帝、<筆頭従者長>、ソーニャ・ラヴァレ・ハルゼルマ・ルグナドだった」
「私もハルゼルマ家<筆頭従者>、ミレイ・ラヴァレ・ハルゼルマ」
「……ハルゼルマ家の……<筆頭従者>たちと、仲間私たちを助けてくれたのですね、ありがとうございます……でも、私は……」
「ハルゼルマ家……しかし、ヴィオレッタ様、私たちの<血魔力>は健在ですが、これはどういう……吸血神ルグナド様との繋がりも少し変な感覚です」
「えぇ、ケンダーヴァルに利用され、吸血神ルグナド様の血の因果律がねじ曲げられている……」
「はい……」
二人の吸血鬼はそう語ると両腕から<血魔力>を放っては吸収を繰り返す。
<血道第三・開門>の<血液加速>なども使えるようだ。
「俺たちハルゼルマ家は、パイロン家と古代狼族を利用したケンダーヴァルに滅ぼされた。母と仲間たちはほとんどが死んでいる」
「……はい、朧げに記憶があります。すいません、私たちのせいでもありますが……すべえはケンダーヴァル……」
「……はい、私たちはケンダーヴァルに囚われ、ケンダーヴァル様の<千年姉妹の血臓宮殿>として、永く利用され続けていた」
「そういうことか、二人は高祖吸血鬼で間違いないのだな」
「はい、それはそうですが、<血魔力>はたしかに使えますが、あ、私はパイロン家の<筆頭従者長>、ヴィオレッタ・ラヴァレ・ルクレツィア・ルグナドです。しかし、もう一人の<筆頭従者長>を感じる……ケンダーヴァルの影響でしょう、もうケンダーヴァルの支配から脱却してますが、おかしなことになりました」
「ヴィオレッタ……はい、そして、ウタジ様とミレイ様、私の名は、ルクレツィア、パイロン家の元<筆頭従者>の一人です」
二人の言葉に頷いた。
「とりあえず、ここから脱出をしたいが、もうそろそろ、ケンダーヴァルが来る頃、現れるかも知れない。二人とも、俺たちと共に戦えるか?」
「「はい」」
二人は衰弱しているようだが、パイロン家の誇りは失っていなかった。
その時、図書館全体が血の宮殿へと変貌し始める。
壁が血色に染まり、空中に亀裂が走り、幻影の巨大な眼球も出現、続けて天井には禍々しい魔術陣が浮かび上がった。すると、
「侵入者には焦りを覚えたが、なるほど、我の術式を逆に利用するとはな――」
重厚な声が響く。
巨大な魔刃が、天井付近からサジハリに向かうが、サジハリは体の一部を炎竜に変え、そこから赤い鱗の刃を飛ばし、巨大な魔刃を相殺していた。
そして、血の宮殿の奥から、大魔術師ケンダーヴァルらしき男が現れた。
その周囲には、ケンダーヴァルの配下たちが並ぶ。
魔界騎士風の男もいた、薙刀の魔槍を手に、胡坐姿勢のまま宙に浮遊している。
「フクロラウド様のご命令とあらば……」
おどろおどろしい魔力を纏った魔槍が、俺たちを狙い撃つ。
「フフ、久しぶりに歯応えのある相手が来たな」
その威圧感は、かつてのハルゼルマ要塞の騎士団長クラスに匹敵する。
「ミレイ、あいつから行くぞ」
「うん、ウタジ」
ハルゼルマ流『隼の型』の構えを取り、<影刻加速>で間合いを調整する。
ミレイとの<血魂共鳴>が深まり、互いの動きが完璧に同調した。
「ほう、なかなかの氣概だな。だが、魔界騎士の前では――」
敵は瞬間移動し、魔槍の穂先が俺の心臓を狙う。
だが、<血道第三・開門>で、更に加速し、突きを紙一重で回避した。
「<血剣・枇杷薙ぎ>!」
白焔が包む闇夜剣を薙ぎ払い、魔槍を弾く。
同時にミレイが<血剣・十字疾風>で援護し、その魔界騎士らしき音の側面を攻撃した。
「チィッ、小賢しい……」
敵は胡坐姿勢のまま回転し、魔槍を薙ぎ払う。
しかし、俺とミレイの<血魂二刀・共鳴波断>が発動。共鳴する血魔力の波動が、魔界騎士の攻撃を相殺した。
「今だ、サジハリ!」
「ファヅッロアガァァァァァァ!」
サジハリの竜言語魔法による衝撃波が魔界騎士を襲う。
バルミントも光と闇の<血魔力>でサジハリを守護し、敵の反撃を封じた。
よろめいた魔界騎士に、<血液加速>で一氣に距離を詰める。
ハルゼルマ流『化現縢り』の構えから、魔刀鬼丸と白焔が包む闇夜剣による<血剣・斜鳴突>の連撃を放った。
「ぐあっ……」
胸部を貫いた俺の二刀が、魔界騎士を沈黙させる。
「なに……ヤビロスガンデが……」
ケンダーヴァルの表情が初めて動揺を見せた。
「次は貴様だ、ケンダーヴァル」
俺は血濡れた刃を振り払い、大魔術師を見据える。
「我をか、いい面構えだ、ウタジとやら」
ケンダーヴァルが立ち上がる。その瞬間、血の宮殿全体が巨大な魔術陣に変貌した。
「<血魂血臓・千年支配宮殿>」
無数の血の触手と魔法の鎖が、俺たちを束縛しようと迫る。
床から天井まで、血の宮殿全体が血の海となりつつあった。これほどの<血魔力>、血を、吸血鬼たちの血を集めていたのか。
「ヴィオレッタ、ルクレツィア、力を貸してくれ」
「ウタジ様……はい!」
「ケンダーヴァルへの恨み、晴らさせていただきます」
解放されていたパイロン家姉妹が、本来の高祖級の力を取り戻していく。
彼女たちの<血魔力>が刃と血のメイスに変化させ、俺たちを援護するように、周囲に展開させる。
ケンダーヴァルの血の触手と魔法の鎖を弾いては、床と書棚を破壊し、ケンダーヴァルの拘束術式を弱めていく。
「なに!?」
「ミレイ、連携で仕掛けるぞ」
「うん、一緒に!」
ハルゼルマ流『化現縢り』の構えから<影刻加速>を再度発動――。
リスクはあるが、構わない――ミレイも血骨重魂騎士の力を一部体現させ、血ノ旭影に深紅のオーラを纏わせる。<血魂共鳴>が最高潮に達し、白焔が包む闇夜剣に究極の血魔力が集束した。
「これで終わりだ、ケンダーヴァル!」
「させません――」
前にでた金髪の女が両腕を巨大化させて突き出してくるが、それを<血剣・白雷遷架>で溶かすように吹き飛ばす。
ヴィオレッタとルクレツィアも
「<血道・翼魔大刃>――」
「<血道・血縛結界・血槍刹>――」
と血の大きい魔刃と血槍を四方から生み出して、ケンダーヴァルと金髪の女と、その他のケンダーヴァルの部下たちに繰り出していく。
俺は〝血魂の琵琶〟を取り出し、ハルゼルマ流『血影奏』で周囲に幻影を生み出した。
ケンダーヴァルたちの視線が惑わされるが、一人のケンダーヴァルの部下が飛び出ては、俺たちに魔剣を振り下ろしてきた。
「ウタジ、任せて――」
ミレイは〝血ノ旭影〟で、その魔剣を防ぐ、すぐに左から一歩前に出て<血剣・二薙醒>を繰り出し、白焔が包む闇夜剣と魔刀鬼丸を連続的突き出し、部下の魔剣持ちの腹と胸を薙ぎ払い吹き飛ばした。
続けて、<血道・隠身>で姿を消した。
ケンダーヴァルの懐に潜り込み、袈裟斬りに<血剣・白冥焔断>を繰り出す。
白い光の奔流が空間を切り裂き、ケンダーヴァルの胸元と心臓を斬ったか――。
存在そのものを断つ光条が、大魔術師の肉体を霧散していく。
「ヌグァァ――」
ケンダーヴァルは叫ぶと衝撃波発生し、
「げっ」
「きゃ」
吹き飛ばされ、ミレイの片手を掴みながら衝撃を殺す、そして、互いの覇王のシックルと〝血ノ旭影〟の魔剣を床に突き刺して、勢いを完全に殺し、立ち上がる。
ケンダーヴァルの体が再生され、体の一部から血塊が噴出していた。
「……我が千年の血脈術式、<十二指血始祖剛臓>の真髄を見よ!」
十二の血の支流が空間に顕現した。
そこから新たな怪物が生み出されていく。
それぞれが異なる始祖の吸血鬼か?
ケンダーヴァル自身の肉体の一部が分離し、歪な形を成したような異形だった。
体全体を覆うのは、赤黒く脈打つ、厚い皮膚。
表面には筋肉繊維が盛り上がったかのような隆起が不規則に点在し、それが不氣味に蠢いている。
四肢はなく、代わりに巨大樹の根のような触手が何本も伸びていた。
その触手は、地面を這いずり回るたびに、周囲の血の海を掻き混ぜ、粘着質な音を立てる。
それぞれの触手の先端には、不規則に開閉する口のような器官があり、そこからは鋭い牙が覗き、不氣味な呻き声を上げていた。
頭部と呼べるものは存在せず、その肉塊のどこからともなく、無数の小さな眼が光っていた。
それらの眼は不氣味な監視者のように、あらゆる方向を睨みつけている。
その姿は意志を持つ不定形の肉塊が、本能のままに襲いかかってくるかのようだった。
すると、サジハリが、「ファヅッロアガァァァァァァ」と衝撃波を、その巨大な怪物に喰らわせ、地面に圧力で押し込むように固定化されていく、そこにアケミが両手の爪先を伸ばし、それを怪物の体を突き抜けていく、血肉石塊ゴーレムも召喚し、強烈な拳の攻撃を喰らわせていった。
ミレイも飛びついて宙空から袈裟斬り、左足の踏み込みから<血剣・魔花穿>を繰り出す。
続いて<血剣・十字乱舞>を繰り出し、巨大樹の根のような触手と、筋肉繊維を切断しまくる。
ミレイの〝血ノ旭影〟の魔剣から綺麗な血の花模様が放出され、怪物の体を突き抜けていく。
そのミレイと一心同体のように動く。
ハルゼルマ流『隼の型』から<血剣・白雷遷架>を繰り出した。
覇王のシックルの白焔が包む闇夜剣の刃から、白いプラズマの<血魔力>が夜氣を貫く十字の奔流となって上下に迸り、その巨大怪物の体のすべてを溶かすように消し去っていく。
十字の方角に出ていた白いプラズマ<血魔力>は覇王のシックルの刃へと収斂され、刃の形状は元に戻る。
そして、「ウタジ――」とミレイを片手に抱き寄せて、着地し、アケミの血肉石塊ゴーレムの数体を両腕から無数の魔剣を生み出して粉砕していたケンダーヴァルに近づいた。
ケンダーヴァルは、
「くっお前の血妙魔・十二指血始祖剛臓を――」
と言いながら片腕を破裂させた。
そこから無数の血の触手と骨の刃と髑髏の群れを放出、遠距離攻撃を繰り出してきた。
〝血魂の琵琶〟を出し、それを眼前、宙空に浮かせながら<血魔力>で再び琵琶の弦を激しく掻き鳴らした。
音色、鋭く、闘争心を煽るような激しい旋律――。
滅びの淵より 蘇りし牙――。
我が道を阻む 愚かなるものよ――。
ハルゼルマの血 戦いの詩――。
――漆黒の刃と 琵琶の音に散れ!
――歌いながら、魔刀鬼丸を振るう。
ケンダーヴァルの血の触手を斬り――。
骨の刃を弾き、奇っ怪な髑髏を斬り、ケンダーヴァルの肩口から胸元を斬り捨てる。
ケンダーヴァルから「ぐぬぁ、そこだァ――」と、体の一部から魔法陣が飛び出てきたが冷静に琵琶の胴で受け流し、琵琶から衝撃波のような音の壁が放出し、ケンダーヴァルの魔法陣を崩壊させ、一瞬鈍らせた――その隙を見逃さず、魔刀鬼丸が閃き、ケンダーヴァルの首を刎ねる。
――同時に琵琶の『血』と『魂』の弦を特殊な奏法で掻き鳴らす。
頭部だけのケンダーヴァルは「ムダダ、我は魔霊魂の――」と喋っていたが、「無駄なのはあなた――」とミレイの〝血ノ旭影〟の<血剣・魔花穿>が決まり、ケンダーヴァルの頭部は爆発して散る。
だが、首を失ったケンダーヴァルは健在どころか、もはや人の形を留めていなかった。
体は肥大化し、不定形に蠢きながら頭部らしき怪物が出現し、中央に巨大な単眼が血色に爛々と輝く、その周囲を無数の小さな瞳が取り囲んでいた。
口元は裂け、鋭利な牙が乱杭に並び、唾液の代わりに血が滴り落ちている。
首からは幾重にも編み込まれたような、太い血管の束がうねり、それが体のあちこちと繋がっていた。
黒く硬質そうな甲殻が先鋭的に露出しているものの、その大半は赤い肉塊が結合したかのように、不規則な隆起と窪みが繰り返されている。
ところどころが人族の女性と胎児の頭部が現れた、内臓も見えた。
小さな、しかし確実に生きて脈打つ肉の塊が、いくつも膨れ縮む、張り付いていく。
それはケンダーヴァルが今まで取り込んでいた、内なる生命、魂たちの力が制御不能に外へと溢れ出しているように見えた。
更に、その肉塊から、無数の腕が樹木の枝のように伸びていた。
腕は、それぞれが異なる形をしており、骨がむき出しになった物、巨大な爪が生えた物、あるいは完全に血肉で形成されたかのように赤く蠢く物まであった。
それらの腕は同時に蠢き、宙を掻きむしるような不快な音を響かせる。
下半身は、明確な足を持つというよりは、巨大な血の塊がうねり――。
竜言語魔法のファヅッロアガァァァァァァの攻撃を防ぎ、そこから複数の歪な触手が地を這うように伸びては、アケミたちの攻撃を往なしていく。
その動きは滑らかでありながら、ねっとりとした粘着性を感じさせ、図書館の床を這いずり回るたび、不氣味な音を立てては、またも、サジハリの攻撃とアケミと、〝血ノ旭影〟のミレイと俺の<血剣・双回し>の連続の斬撃を防ぐ、攻撃を浴びても再生力が高い、パイロン家のルクレツィアと元<筆頭従者長>ヴィオレッタの血魔力の剣刃の連続とした斬撃を浴びてもすぐに再生している。
これこそが大魔術師ケンダーヴァルの真の姿か。
まさに『血と肉の集合体』とでも言うべき、悍ましい造形――。
奴は、そのおぞましい巨体を揺らしながら、浮上し、血の触手と血樹の枝に骨の刃を繰り出してくる。
それを側転から右へ右へ回るように避けていく。
ケンダーヴァルだった怪物は胴体に眼球を生み出して、それで、俺たちを睥睨している。
再び、〝血魂の琵琶〟を使う『血魂励起』――。
「ウゴァァァ、ソレヲ、不快ナ、音――ヤメロ――」
琵琶から放たれた音の波動が効いている?
同時に俺自身の<血魔力>を内側から高めていくのを感じるまま体が熱くなり、動きに鋭さが加わった。
ハルゼルマ流の『血影奏』に切り替え――歌い続けながら、魔刀鬼丸と琵琶の音波を巧みに操り、次々と襲い来る血の触手を斬り捨てながらケンダーヴァルに近づき、その体を斬る――「ウゴァァ」悲鳴を上げたケンダーヴァル、琵琶の音色が、確実に効いている。
「ケンダーヴァル!」と叫び、自ら鼓舞するように魔刀鬼丸と白焔が包む闇夜剣で、体の一部に流れていた魔力の溜まりを斬り、貫く――と、そのケンダーヴァルの体の一部が腐ったように散る。
「――皆、血肉や骨の下に、魔力溜まりが隠れている、そこが弱点――」
「「「はい!」」」
「承知したさ――」
「ガォォ」
琵琶を奏でながら皆と戦う――
ケンダーヴァルの体の一部が次々に消し飛ぶが、再生した口から「我ハ――」と喋ると、心臓部らしき、塊が見えた。しかし、ミレイに迫る髑髏と骨の刃――。
即座に<影刻加速>を使用、加速し、横に跳び、ミレイを守るように白焔が包む闇夜剣の袈裟掛けから始まる<血剣・二薙醒>を繰り出し、魔刀鬼丸の逆袈裟で髑髏と骨の刃を斬る。右肩を喰い破られるが、構わない――。
「ウタジ!」
「大丈夫だ、行くぞ、ミレイ――」
「うん、<血魂共鳴>――」
俺とミレイは再度<血魂共鳴>を使用し、二人でケンダーヴァルの心臓部に近づいた。
覇王のシックルの白焔が包む闇夜剣と血ノ旭影で「「<血魂二刀・共鳴波断>――」」を繰り出した。
心臓部を真っ二つに処した。だが、その心臓部がまた吸着しようと無数の魔線が迸る。
魔線は刃となって俺たちにも飛来したが、覇王のシックルを意識、白焔が包む闇夜剣を白炎の盾に変化させて、魔線を防ぐ。即座に覇王のシックルを白焔が包む闇夜剣に戻す――。
覇王のシックルが、俺の魂の最深部と共鳴する。そして、二つに分かれ、今にもくっついて再生しそうな心臓へと、命を乗せた白焔が包む闇夜剣で、袈裟掛けに――<血剣奥義・終焉ノ白冥刃>を繰り出した。
存在そのものを断つ光条に見える斬撃――そのケンダーヴァルの心臓部を斬る。
母の記憶、仲間たちの無念、すべてが白き焔となって収束していく――
これは俺一人の技ではない。ハルゼルマの千年が紡ぐ、集大成の一撃。
異形ケンダーヴァルの肉体だった物は、閃光を放つと、光と闇の粒子となって霧散していく。
組み込まれていた秘宝の輝きが消え、断末魔も無しに消えていくと、完全に消え去った。
血の宮殿が崩壊し、書棚も崩れ、元の建物の内壁に戻る。
新たな牢獄も見え、そこから囚われていた者たちが次々と解放されていった。
ここはどこかの建物の内部だったのか。
アケミの迷宮核の出入り口だけが斜め前方の宙空に浮いて見えた。
「ウタジ……わたしたち……」
「あぁ、宿敵を、俺たちの仇を倒したんだ」
「うん……」
ミレイは涙を流しながら身を寄せる。
覇王のシックルと魔刀鬼丸を〝夜帯華紐〟に仕舞う。
と、〝夜帯華紐〟の中で、覇王のシックルは新たな輝きを宿しているように、煌めく。その余波がいつになく綺麗に見えた。
破壊の道具から、創造と守護の象徴か……千年の怨念を昇華した、新しき契約の証しに感じた。
そのミレイの背に片腕を回して、ミレイの頭部に頬を当てた。
良かった、ミレイを守れて……。
ケンダーヴァルの呪縛から解き放たれた無数の魂が、感謝を告げるかのように俺たちを祝福し、夜明けの光の中へと昇っていく。
その光景を、ミレイの手を握りしめながら、ただ静かに見上げていた。
永い、永い夜が、ようやく明けたのだと、魂が理解した。
「やったな、ウタジ」
サジハリが人型に戻り、その光景に満足げに頷いている。
「はい、これでみんな自由に……」
視界の端で、アケミが解放されていく魂たちを見つめ、涙を浮かべているのが見えた。
手のひらに伝わるミレイの温もりが、力の強さが、長い戦いの終わりと、新しい日々の始まりを、確かに告げていた。
◇◇◇◇
「ウタジ様、私たちは……新たな道を探します。吸血神ルグナド様への真の忠誠を」
ヴィオレッタとルクレツィアと別れ、戦いから数日が経った。
月と星がまだ天空に瞬く丘の上で、俺は〝血魂の琵琶〟を膝に乗せていた。
隣には、そっと寄り添うミレイ。彼女の体温が、夜明け前の冷気の中で、確かな現実を伝えてくる。
永い戦いが終わった。復讐の炎は消え、今はただ、心地よい疲労感と、胸を満たす不思議な静けさだけがあった。
隣にいるミレイの温もりを感じながら、〝血魂の琵琶〟を構える。これは、終わりのための歌であり、そして、始まりのための歌だ。
撥を弦に当てる。最初の一音が、静寂を震わせた。
低く、物悲しい旋律が夜氣に溶けていく。琵琶の音が、凍てついた記憶の扉を開けていく。
千年の誇りと共に燃え落ちた故郷。終わりの見えない闇の中を、ただ独り歩き続けた日々。あの頃、この音色だけが、俺が俺であることの唯一の証だった。脳裏に、炎に包まれるハルゼルマ要塞が蘇る。崩れ落ちる石壁、断末魔の叫び、そして――母の最期の微笑み。
獣の血を啜り、生きるためだけに振るった剣の重さ。数百年にわたる、あてのない放浪の中で、いつしか心は氷のように固まっていった。
しかし、エレイザとの出会いが、その氷に小さな亀裂を生んだ。あの無邪気な笑顔が、俺の中に忘れかけていた何かを呼び覚ました。
琵琶の音色が、記憶の糸を紡いでいく。
曲調を変えた。悲しみから、静かな力強さへ。俺は歌い始めた。
――メイラス、コトハ、そして名もなき決死隊の仲間たちよ。
お前たちの魂は、今もこの血の中に生きている。
その誇り、俺が未来へ繋ぐ。
撥が弦を打つたび、彼らの面影が月光の中に浮かび上がるようだった。
――アケミ、サジハリ、バルミント。
新たな絆が、絶望の闇を照らす光となった。
お前たちと共に戦えたこと、それが俺の新たな誇りだ。
そして、宿敵たちへも。
――ヴァラキア、血屠人、ケンダーヴァル。
お前たちの存在もまた、俺をここまで導いた、歪んだ道標だったのかもしれない。
今はただ、安らかに眠れ。
風が吹き、琵琶の音と共に、無数の魂が天へと昇っていくような錯覚を覚えた。
東の空が、わずかに白み始めていた。琵琶の音色も、夜明けの光のように、穏やかで希望に満ちた旋律へと変わっていく。
眼下の谷間に小さな煙が昇っているのが見えた。解放された者たちが築き始めた新しい集落だ。彼らもまた、新たな朝を迎えようとしている。
「サルジンとスゥンに、会いに行こうか」
俺の言葉に、ミレイが微笑んだ。
「ええ」
琵琶の最後の音が、昇りゆく旭日の中に静かに溶けていく。
一つの長い歌が終わった。〝血魂の琵琶〟を〝夜帯華紐〟に仕舞い、立ち上がる。
ミレイに手を差し伸べた。彼女が、その手を強く握り返す。掌から伝わる温もりが、これから始まる日々の確かさを物語っていた。俺たちは手を繋いだまま、旭日が照らし出す、まだ名前のない地平線に向かって、ゆっくりと歩き出した。覇王のシックルが、〝夜帯華紐〟の中でかすかに脈動した。それは戦いの終わりを告げる鼓動ではなく、新たな物語の始まりを予感させる、静かな胎動だった。背後で、最後の星が朝の光に溶けて消えた。
永い夜が明け、新しい一日が始まる。
俺たちの本当の物語を、奏でるために――。




