王都後編 3
数日後。
四人で朝食を食べていると、レオが荷物を確認しながら口を開いた。
「今日から護衛の依頼で王都を離れるからな。予定どおりなら、帰ってくるのは明後日だ」
「どこまで行くの?」
「ヤンカっていう港町だ。王都から馬車で一日くらいのところだな」
「港町……あ、もしかして、前にリアムたちが話してたところ?」
「そうだと思うぞ。王都から一番近い港だからな」
「そっか。あの港、ヤンカっていうんだね」
先日話していたとおり、レオが受けてきたのは商人を護衛する依頼だ。
今回の行き先は王都から一番近い港町、ヤンカ。
これを無事に終えれば、Cランクへの昇格条件を満たせるはずだという。
「三人だけで大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
ルナが答えると、ミアも呆れたようにレオを見る。
「王都にいるんだから平気だって。レオこそ、ちゃんと依頼に集中してきてよ」
「分かってるけどな……」
「僕も大丈夫だよ」
ラズにまで言われ、レオは少し複雑そうな顔をした。
「何かあったら、無理に自分たちでどうにかしようとするなよ。すぐリアムたちか騎士団に——」
「分かってるよ」
ルナは思わず笑ってしまう。
以前の事件も解決し、ラズが狙われる心配もなくなった。
それでも、レオとしては三人を残して王都を離れるのが気になるらしい。
「心配しなくても大丈夫。いってらっしゃい」
「ああ。行ってくる」
三人に見送られ、レオは荷物を持って家を出ていった。
扉が閉まったあと、ラズがふと思い出したようにルナを見る。
「ねえ、ルナ」
「なに?」
「冒険者って、やっぱり魔物と戦えないと難しいの?」
「そんなことないよ」
「そうなの?」
ラズは意外そうに目を瞬いた。
「僕、魔物と戦うのは自信ないから……自分には無理だと思ってた」
「私だって、魔物を倒す依頼なんて受けてないよ」
ルナがそう言うと、ラズが驚いた顔をする。
「でも、ルナも冒険者なんだよね?」
「うん。私が最初に受けたのは薬草採取だったかな。それから、町の中でできる依頼もあるよ」
「町の中?」
「いろいろあるよ」
今度はミアが答えた。
「掃除をしたり、お店の手伝いをしたり。あたしたち、パン屋さんを手伝ったこともあったよね」
「あったね」
「荷物を運んだり、ちょっとした仕事を頼まれたりすることもあるし。全部が魔物を倒す依頼じゃないよ」
「そうなんだ……」
ラズは少し考え込んだ。
「危ない依頼を無理に受ける必要もないからね」
ルナはそう付け加える。
「自分にできそうな依頼を選べばいいんだよ。私もそうしてきたから」
「……そっか」
ラズはしばらく考えてから、ぽつりと言った。
「僕も、何か仕事してみたいって思ってたんだ」
「仕事?」
「うん。学園が始まるまで、まだ時間があるでしょ?」
ラズは少しだけ視線を落とした。
「属性判定が終わったあと、みんなが学園に行くわけじゃないし、家の手伝いをしたり、お店で働いたりする人もいるから。僕も何かできたらいいなって」
「そうだったんだ」
「毎日働きたいわけじゃないよ。でも、時間があるときに自分にもできることをやってみたい」
そこでラズは顔を上げた。
「戦わなくてもできるなら、僕も冒険者ギルドに登録してみたい」
「ラズも?」
「うん」
今度は迷わず頷いた。
「でも、無理して働かなくてもいいんだよ?」
ラズは両親が残したお金を受け取っている。
これから学園に通うことを考えても、すぐに働かなければ困るわけではない。
「分かってる。でも、自分でできる仕事があるなら、やってみたいんだ」
ルナはミアを見る。
ミアも少し考えてから頷いた。
「いいんじゃない? 危ない依頼を受けなければ。最初はあたしたちも一緒に行けばいいし」
「うん。それなら私もいいと思う」
「本当?」
「ただし、無理はしないこと。それと、学園が始まったらそっちを優先すること」
「分かってるよ」
ラズが嬉しそうに頷く。
「じゃあ、今日行ってみる?」
「うん!」
朝食を片付けたあと、三人は冒険者ギルドに向かった。
◇◇◇
朝のギルドには、これから依頼に向かう冒険者たちが何人も集まっていた。
掲示板の前で依頼を確認する者や、受付で手続きをする者の間を抜け、ルナたちは空いている受付に向かう。
「冒険者登録をしたいんですけど」
ルナが声をかけると、受付の職員がラズを見る。
「登録されるのはこちらの方ですか?」
「はい」
ラズが少し緊張した様子で答えた。
必要な説明を受け、名前などを登録していく。
手続きそのものは難しいものではなく、しばらくすると一枚のギルドカードがラズに渡された。
「こちらがあなたのギルドカードです。最初はFランクからになります」
「はい。ありがとうございます」
ラズは受け取ったカードを両手で持ち、じっと見つめる。
「どう?」
ミアが横から覗き込んだ。
「なんか……嬉しい」
ラズが小さく笑う。
ルナにも、その気持ちは少し分かる気がした。
自分も初めて冒険者ギルドに登録したとき、この世界で自分の力で生きていくための一歩を踏み出したように感じた。
「せっかくだし、依頼も見てみる?」
「うん」
三人は並んで、Fランクの依頼が貼られている掲示板を見ていく。
「本当にいろいろあるんだね」
ラズは一枚ずつ興味深そうに眺めていた。
店の掃除や荷物運び、商品の整理など、王都の中だけで終わる依頼も多い。
「これなら、一人でもできそう」
ラズが指したのは、商店の荷物整理を手伝う依頼だった。
「こういうのなら危なくないし、いいかもね」
「うん。今度やってみたい」
他にもいくつか確認していると、ルナは見覚えのある依頼を見つけた。
「あ、癒し草の採取もあるよ」
「癒し草?」
「薬草の一種だよ。私も何度か採ったことがあるの」
依頼内容を確認すると、採取場所は王都を出てそれほど遠くない草原だった。
ラズはしばらく依頼票を見つめる。
「……これ、僕にもできるかな?」
「見分け方を覚えれば大丈夫だと思うよ。やってみる?」
「うん。これにしてみたい」
「じゃあ、最初だから私たちも一緒に行くね」
「うん!」
ラズは癒し草の採取依頼を受けることにした。
手続きを済ませると、一度家に戻って必要なものを準備する。
ルナは以前から使っている採取道具を持ち出し、ミアは弓を背負った。
準備を終えた三人は、王都の外に向かった。
門を出てしばらく歩くと、見通しのいい草原が広がっていた。
「この辺りならありそうかな」
ルナは足元を確認しながら進み、やがて目的の草を見つけてしゃがみ込んだ。
「あった。ラズ、これが癒し草だよ」
「これ?」
「うん。葉っぱをよく見てね」
ラズも隣にしゃがみ、ルナが示した葉をじっと観察する。
「採るときは、葉が傷んでいないものを選んで、根を残して必要なところだけ採るの」
ルナは見本として必要な部分を採ってみせると、持ってきた道具をラズに渡した。
「じゃあ、次はラズが探してみて」
「分かった」
ラズは辺りを見回しながら、先ほど教えられた癒し草を探す。
「あ……これかな?」
「うん。合ってるよ」
ラズはその場にしゃがみ込み、慎重に癒し草を採った。
「……これでいい?」
「大丈夫。ちゃんと採れてるよ」
「よかった」
最初こそ恐る恐るだったものの、何本か採るうちに少しずつ慣れてきたようだ。
ルナは近くで見守りながら、ふとミアを見る。
ミアは弓を背負ったまま二人から少し離れた場所に立ち、周囲に目を配っていた。
「ミアはこっちに来ないの?」
「あたしは周りを見てる」
「周り?」
「レオがいないからね。二人は採取してていいよ」
そう言いながら、ミアは草原の向こうに視線を向ける。
ルナはその姿をしばらく見てから、思わず笑った。
「なんだかレオみたい」
「えっ?」
「レオも私たちが採取してるとき、いつもそうやって周りを見てくれてたから」
「ああ……」
ミアも思い当たったらしい。
それから少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今日はあたしがレオの代わり」
「頼りにしてるね」
「任せて」
ミアはそう答え、再び周囲に目を向けた。
レオはいない。
それでも、三人だけでできることはある。
ルナはそんなことを思いながら、ラズが次の癒し草を見つけるのを見守った。
それからしばらくして、依頼に必要な数の癒し草を集め終えた三人は王都に戻った。
冒険者ギルドに着くと、そのまま受付に向かう。
「採取依頼を受けていたんですけど」
ラズが少し緊張しながら声をかけ、採ってきた癒し草を差し出す。
職員が一つずつ状態を確認していき、やがて頷いた。
「問題ありません。依頼達成です」
「本当ですか?」
「ええ。こちらが報酬になります」
その言葉を聞いて、ラズの顔がぱっと明るくなった。
差し出された硬貨を受け取り、手のひらの上をじっと見つめる。
「これが……僕が働いて稼いだお金なんだ」
「初めての報酬だね」
ルナが言うと、ラズは嬉しそうに頷いた。
「うん!」
「何に使うの?」
ミアが尋ねる。
「どうしよう……」
ラズは少し迷ってから、大切そうに硬貨を握った。
「まだ決めてない。でも、自分で稼いだお金だから、少し考えてから使いたい」
「それがいいかもね」
ラズの初めての依頼は、無事に終わった。
◇◇◇
ギルドを出たところで、ミアが大きく伸びをする。
「お腹空いたー」
「そういえば、もうお昼だね」
「どこかで食べていかない?」
「賛成!」
ラズもすぐに頷き、三人は市場の方に向かった。
せっかくだからとラズに店を選んでもらい、入ったのは市場の近くにある小さな食堂だった。
店内には四人掛けのテーブルが三つと、五人ほどが座れるカウンターがある。
昼時ということもあり、いくつかの席はすでに埋まっていた。
三人は空いていたテーブルに案内され、料理を注文する。
「いい匂い」
ミアが厨房の方を見る。
「何作ってるんだろうね」
ルナもそちらに目を向けた。
厨房はそれほど広くない。
店内も、これまで入った大きな食堂と比べればずっと小さい。
けれど、客たちは楽しそうに料理を食べ、店員も慣れた様子で店の中を行き来している。
ルナは改めて店内を見回した。
(これくらいの広さなら、私にもできるかな)
前にみんなと話したときは、大きくない店がいいとしか考えていなかった。
けれど、こうして実際の店を見ると、少しずつ具体的に想像できる。
自分なら、テーブルは二つくらいでもいいかもしれない。
それに、何人かが座れるカウンターがあれば十分だ。
厨房から客席が見えるようにすれば、料理をしながら店の様子も分かる。
「ルナ?」
名前を呼ばれ、ルナは顔を上げた。
「どうしたの? さっきからずっとお店見てるけど」
「あ、ごめん。ちょっと自分のお店のこと考えてた」
「こういうお店がいいの?」
「うん。広さはこれくらいか、もう少し小さくてもいいかなって」
「じゃあ、メーガンさんに言う条件が一つ決まったね」
ミアに言われ、ルナは目を瞬く。
「あ……そうだね」
店を探すには、まず自分がどんな店を欲しいのか考える必要があるとメーガンに言われたばかりだ。
「テーブルが二つくらいあって、カウンターも少し欲しいかな。それで、厨房からお客さんの顔が見えるようなお店がいい」
「それ、いいね」
ラズも店の中を見回す。
「看板はどこに置く?」
「まだそこまで考えなくていいよ」
「でも、描くんでしょ?」
「もちろん。そのときはお願いするね」
「うん!」
ラズが嬉しそうに笑った。
やがて、注文した料理が運ばれてくる。
「おいしそう!」
「いただきます」
三人で料理を食べながら、ラズの初めての依頼の話をする。
「次は町の中の依頼もやってみたいな」
「いいんじゃない? 一人でできそうなのもあったし」
「でも、最初から無理しちゃ駄目だよ」
「分かってるよ」
ラズはそう答えながらも、どこか楽しそうだった。
初めて自分で依頼を選び、仕事をして、報酬を受け取った。
これから学園に通うことになっても、時間があるときには自分にできる仕事を見つけていくのだろう。
ルナも料理を口に運びながら、もう一度店の中を見回した。
店を持ちたいと思ったときには、まだぼんやりとした姿しか浮かんでいなかった。
けれど、こうして実際の店を見ていると、自分が欲しい店の形が少しずつ見えてくる。
(帰ったら、もう少し考えてみよう)
自分の希望がまとまったら、もう一度メーガンに相談しに行こう。
ルナはそう考えながら、料理を口に運んだ。




