王都後編 2
昼食を終えたルナたちは、そのまま商業ギルドに向かった。
露店で借りていた道具を返したあと、受付にいたメーガンに声をかける。
「こんにちは、メーガンさん」
「こんにちは、ルナさん。露店はどうでしたか?」
「はい。今回も全部売れました」
「それはよかったです」
メーガンは笑顔で頷くと、何かを思い出したように手元の書類に目を落とした。
「ちょうどよかったです。ルナさんが来たらお伝えしようと思っていたことがあるんです」
「何ですか?」
「商業ギルドのランクが、FランクからEランクに上がりました」
「えっ?」
思いがけない話に、ルナは目を瞬いた。
「私がですか?」
「ええ。ムギボの委託販売も続いていますし、これまでの露店での販売実績もあります。取引にも問題ありませんから、Eランクへの昇格条件を満たしました」
「そうなんですね……」
冒険者ギルドのランクについては少しは知っているつもりだが、商業ギルドのランクについては、これまであまり気にしたことがなかった。
「あの、私が何もしなくても上がるんですか?」
「FランクからEランクまでは、条件を満たせば自動的に上がります。どちらも年会費は必要ありませんから」
「じゃあ、Eランクになると何か変わるんですか?」
「できることが大きく増えるわけではありません。ただ、商業ギルドのランクは、その人がどれだけ商売の実績を積んできたかを見る目安にもなります。取引をするうえで、信用につながるものだと思ってください」
「なるほど……」
「ただし、次のDランクからは年会費が必要になります。そのため、条件を満たしたからといって自動的に上がることはありません。昇格できるようになったときに、こちらから確認します」
「分かりました」
ムギボを作って売ったり、露店を開いたり。
好きで続けてきたことが、少しずつ実績になっていたらしい。
「ありがとうございます」
「ルナさんがこれまで続けてきた結果ですよ」
メーガンはそう言って微笑む。
「それで、今日は何かご相談ですか?」
「はい。実は……」
ルナは少し緊張しながら口を開いた。
「自分のお店を持ちたいと思っているんです」
「自分のお店を、ですか?」
「はい。まだ、できたらいいなって思い始めたばかりなんですけど……」
ルナは少し照れながら頷いた。
「露店も楽しいんです。でも、作れる料理がどうしても限られてしまうので、もっといろいろなものを作って、その場で食べてもらえるお店があったらいいなって」
「なるほど。それで、まずは何が必要なのか知りたいということですね」
「はい。私でもお店を出せるのか、それもよく分からなくて」
「分かりました。では、順番に説明しますね」
メーガンは手元に紙を用意した。
「まず、王都でお店を始める場合、必要な手続きは商業ギルドで行えます。ルナさんはすでにギルドに登録されていますから、新しく登録し直す必要はありません」
「よかった……」
そこから必要になるのは、どこで、どのような店を営業するのかを届け出ることだという。
「空いている店舗も、こちらで探してもらえるんですか?」
「ええ。商業ギルドでは、貸し出されている店舗の情報も扱っています。希望する場所や広さ、家賃などを教えていただければ、条件に合う物件をいくつか探せますよ」
「今の家に住みながら、お店だけ借りることもできますか?」
「もちろんです。店舗だけの物件もありますし、住居が一緒になっているものもあります」
今の家は四人で暮らすには困っていない。
ラズもようやく新しい生活に慣れてきたところだ。
「それなら、借りるとしたら店舗だけの方がいいかな。でも、住むところも一緒になっていて、いいところがあれば見てみたいです」
「分かりました。ただ、まだ物件を探すには少し早いかもしれませんね」
「そうなんですか?」
「どのくらいの広さが必要なのか、どの程度まで家賃を払えるのか。そのあたりが決まっていないと、候補が多すぎますから」
「あ……確かに」
言われてみれば、ルナは店を持ちたいと思っただけで、具体的なことは何も考えていない。
「それに、店舗を借りるときには最初に保証金を預ける必要があります」
「保証金……」
「金額は物件によって違いますが、まとまったお金が必要になります」
ルナは頭の中で、今持っているお金を思い浮かべた。
フィールズ家を出るときに持ってきた宝石を売ったお金は、まだ残っている。
旅をしながら依頼を受けたり、ムギボを売ったりしていたこともあり、すぐに生活に困るような状態ではない。
けれど、店を持つとなれば話は別だ。
「他には、どんなお金が必要になりますか?」
「借りる店舗によって、かなり変わりますね」
メーガンは少し考えてから答えた。
「ルナさんは飲食店を考えているんですよね?」
「はい」
「でしたら、まずは料理をするための設備です。それから、お客さんが食事をするための机や椅子、食器なども必要になります。最初から揃っている物件もありますが、なければ自分で用意しなければなりません」
「そっか……」
「ですから、家賃だけを見て決めない方がいいですよ。安く借りられても、店を整えるのにそれ以上のお金がかかることもありますから」
「分かりました」
思っていたよりも、考えなければならないことは多いらしい。
「まず、どんな店にしたいのかを決めてください。それが決まれば、必要な広さや設備も絞れます」
「はい」
店を持ちたい。
ここに来るまでは、それだけだった。
けれど話を聞いているうちに、ぼんやりとしていたものが少しずつ形になっていく。
どんな店にしたいのか。
どのくらいの広さが欲しいのか。
そして、そのためにどれくらいのお金を使えるのか。
まずはそこから考える必要がありそうだった。
「それから、もう一つ聞いてもいいですか?」
「もちろんです」
「食材なんですけど、お店を始めても今までみたいに市場で買えばいいんでしょうか?」
これまでは料理をするときも、ムギボを作るときも、必要な材料はその都度市場や店に買いに行っていた。
露店なら、それでも特に困らなかった。
けれど毎日店を開くとなれば、同じようにしていいのか分からない。
「市場で仕入れても問題ありません。ただ、毎日ある程度の量を使うものなら、商会や商店と契約して、定期的に納めてもらう方法もあります」
「そんなこともできるんですね」
「ええ。毎日使うものは契約して、その日に選びたいものは市場で買う店もあります。仕入れ先が必要になったら、商業ギルドでも紹介できますよ」
「分かりました」
毎日使うことになった食材や調味料は、決まったところから仕入れる。
その一方で、市場でいい肉や魚、野菜を見つけたときには、それを使った料理を考える。
そんなやり方もできそうだ。
「ただ、仕入れについても、まずはどんな料理を出すのかを決めてからですね」
「そうですよね」
必要な食材も量も分からないままでは、契約のしようがない。
やはり最初に考えるべきなのは、自分がどんな店を作りたいのかということらしい。
「それから、店舗を借りる前にもう一つ確認しておいた方がいいことがあります」
「何ですか?」
「国民登録についてです」
「国民登録……」
「ええ。エレンジアの国民になるということです」
ルナは思わずミアたちを見る。
自分たちはクリーヴランド王国を出て、この国へやってきた。
王都で家を借り、商業ギルドにも登録したが、今もエレンジアの国民ではない。
「国民じゃないと、お店は持てないんですか?」
「いいえ。必要な手続きをすれば、外国人でも店を持つことはできます」
その答えに、ルナは少し安心する。
「ただ、外国人の場合は、契約によって保証人を求められたり、借りられる物件に条件がついたりすることがあります。これから長くこの国で暮らして商売を続けるのであれば、国民になっておいた方が選べるものは増えるでしょう」
「そうなんですね……」
「もちろん、お店を出すために今すぐ国民にならなければならないという話ではありません。これからどこで暮らしていきたいのかも含めて、考えてみてください」
「……はい」
ルナは小さく頷いた。
自分の店を持つ。
それは単に、料理を作る場所を手に入れるというだけではないのかもしれない。
王都に店を持てば、これまでのように次の町へ向かうのではなく、ここで暮らしていくことになる。
ルナはまだ、そのことを深く考えたことがなかった。
「今日はありがとうございます。みんなともう一度、ちゃんと話してみます」
「ええ。どんなお店にしたいのか決まってきたら、また相談してください。そのときに条件に合う店舗も探してみましょう」
「はい」
店を持ちたいという気持ちは変わらない。
けれど、そのために決めなければならないことは思っていたよりもたくさんありそうだ。
ルナはメーガンに礼を言い、ミアたちと商業ギルドをあとにした。
◇◇◇
家に戻ると、温かいお茶を淹れ、四人で食卓を囲んだ。
「まずは、どれくらい金を使えるか確認した方がいいんじゃないか?」
レオの言葉に、ルナは頷いた。
「うん。宝石を売ったお金がまだ残ってるから、一度ちゃんと確認してみる。ムギボや露店で増えた分もあるし」
旅を始めたころは、この先どれだけお金が必要になるのか分からず、できるだけ手をつけないようにしていた。
けれど、これから店を持つのであれば、そのお金を使うことも考えなければならない。
「それに、どんなお店にするかも決めないと」
「ルナはどんな店がいいの?」
ラズに尋ねられ、ルナは少し考える。
「そんなに大きくなくていいかな」
たくさんの客が入る大きな店より、自分の手が届くくらいの店がいい。
「私が料理を作って、来てくれた人にゆっくり食べてもらえるようなお店にしたい」
「じゃあ、私は料理を運ぶね」
ミアがすぐに言った。
「接客もするよ。露店でもやってたし」
「本当に手伝ってくれるの?」
「もちろん。そのつもりだよ」
ミアは当然のように答える。
「ちゃんと雇ってもらうんだから、頑張らないとね」
「まだお店も決まってないよ」
「先に予約してるの」
ミアが楽しそうに笑う。
ルナもつられて笑った。
「先に言っとくけど、俺は毎日は手伝えないぞ」
レオが口を挟んだ。
「分かってるよ」
ルナは頷く。
「レオには冒険者の仕事があるんだから、そっちを優先して。もうすぐCランクなんでしょ?」
「ああ」
「僕も手伝うよ」
今度はラズが手を挙げた。
「看板も描けるし、料理を運ぶくらいならできると思う」
「ありがとう。でも、ラズはまず学園ね」
「えっ」
「そうだな」
レオも頷く。
「せっかく通いたいって言ってるんだから、そっちを優先しろ」
「休みの日ならいいでしょ?」
「それなら、お願いすることがあるかも」
「うん!」
ラズが嬉しそうに笑う。
「そういえば」
ミアがお茶を飲んでから、ルナを見る。
「ルナ、エレンジアの国民になるの?」
「……それなんだけど」
ルナはカップに視線を落とした。
自分の店を持ちたいという気持ちは、もう変わらない。
けれど、エレンジアの国民になるとなれば話は別だ。
「もう少し考えてから決めたいかな」
「そっか」
「うん。お店を出すのに絶対必要ってわけじゃないみたいだし」
これまでルナたちは、いくつもの町を移動してきた。
けれど王都に店を持てば、ここで暮らしていくことになる。
それはルナにとって、思っていたよりも大きな決断だった。
「とりあえず、まずは残ってるお金を確認して、どんなお店にしたいのかもう少し考えてみる。それから、またメーガンさんに相談してみようと思う」
「うん」
「いいんじゃないか?」
「僕も楽しみ」
三人の言葉に、ルナは笑った。
まだ店の場所すら決まっていない。
それでも、ぼんやりしていた「自分の店」が、少しずつ現実のものに近づいている気がした。
いつか自分の店で、たくさんの人に料理を食べてもらいたい。そのために、できることから始めていこう。




