王都後編 1
事件が落ち着いてから、数日が経った。
朝食を終えかけたころ、ルナはふと思いついたように口を開いた。
「ねえ、また露店をやってみようと思うんだけど」
「やる!」
真っ先に答えたのはミアだった。
「この前と同じところ?」
「まだ空いてるか分からないけど、できれば同じ広場がいいかなって。今度は前より少し多めに作ってみたいし」
「いいんじゃないか?」
レオも頷く。
「前回は全部売れたしな」
ラズも楽しそうに顔を上げた。
「僕も手伝う」
「ありがとう」
当然のように三人が手伝うと言ってくれたことが嬉しくて、ルナは笑った。
「じゃあ、みんなの予定が合う日にしようか。レオ、依頼は?」
そう尋ねると、レオは手にしていたパンを置いた。
「今は護衛依頼を探してる。あと一回護衛をこなせば、Cランクに上がれそうなんだ」
「もうそんなところまで来たの?」
「元々、討伐依頼は結構受けてたからな。ただ、ちょうどいい依頼がなくてさ」
「ちょうどいい?」
「ああ。日帰りで戻ってこられるやつ」
王都から出る商人や商団の護衛となれば、目的地までそれなりの距離がある。
数日間、王都を離れる依頼ならいくつかあるものの、レオはそれを避けているらしい。
「泊まりになる依頼ならあるんだけどな」
「もしかして、私たちのことを気にしてる?」
ルナが尋ねると、レオは一瞬黙った。
「……まあ、それもある」
やはりそうだったらしい。
「それなら、いい依頼があったら受けた方がいいよ」
「でも、俺がいない間は——」
「大丈夫だよ」
今度はミアが答えた。
「あたしだって前よりいろいろできるようになったし、ルナもいるし。それに王都にいるんだから、ずっとレオが一緒にいる必要はないでしょ?」
「そうだよ。せっかくCランクに上がれそうなんだから、私たちのことを気にして依頼を選ばなくてもいいよ」
以前なら、レオが何日もいなくなると聞けば不安に感じていたかもしれない。
けれど、今は少し違う。
自分たちだけで何でもできるとは思っていない。
それでも、何かあったときにどうすればいいのかは、以前より考えられるようになった。
「……分かった」
レオは少し考えたあと、頷いた。
「じゃあ、もう少し範囲を広げて探してみる」
「うん。その方がいいよ」
ルナは頷いてから、今度はミアを見る。
「ミアは? 何か予定ある?」
「あたし?」
「うん。冒険者の依頼とか」
「ああ……」
ミアは少し考えるように視線を落とした。
「強くなりたいとは思ってるよ」
「うん」
「でもね、あたし、冒険者として上のランクを目指したいわけじゃないみたい」
以前はルナと一緒に冒険者の仕事を覚えようとしていた。
弓の扱いも覚え、依頼も受けてきた。
けれど、最近になって、自分がなりたいものが少しずつ分かってきたらしい。
「あたし、カレンさんみたいになりたいんだ」
「カレンさん?」
「うん。前に教えてもらってから、ずっと考えてたの。普段は普通に侍女の仕事をしてるけど、何かあったら自分でも戦えるでしょ?」
ミアはルナを見る。
「だから、冒険者の依頼をたくさん受けるより、もっと護身術とか弓を練習したい。ルナのそばにいて、必要なときには守れるようになりたいんだ」
「ミア……」
思ってもいなかった言葉に、ルナはしばらくミアを見つめた。
「じゃあ……これからも、私の侍女でいてくれるってこと?」
「うん。そのつもりだけど」
ミアは何でもないことのように答える。
その返事を聞いて、ルナは一つ大事なことに気づいた。
「それなら、やっぱりちゃんとお給料を払わないと」
「……そこ?」
ミアが目を丸くした。
「だって、これからもずっと手伝ってもらうんだったら、ちゃんと仕事としてお願いした方がいいでしょ?」
「別に今のままでもいいのに」
「駄目だよ。そこはちゃんとしないと」
ルナが真剣に答えると、ミアはしばらく黙ったあと、くすっと笑った。
「分かった。じゃあ、これからはちゃんともらう」
「うん」
「高くしてね」
「えっ?」
「冗談だよ」
楽しそうに笑うミアに、レオが呆れたような顔をする。
「そういうところだけはしっかりしてるな」
「いいでしょ」
いつものように二人が言い合う。
その横で笑っていたラズを見て、ルナはもう一つ思い出した。
「ラズは学園のこと、どうなったの?」
「今度、見学に行けるって」
「決まったんだ」
「うん」
ラズは嬉しそうに頷いた。
「それと、この前、お父さんとお母さんが残したお金も受け取ったんだ」
事件後の手続きが進み、両親が持っていたお金や残されていたものも、少しずつラズのもとに返されていた。
ラズは少し迷ってから続ける。
「だから……僕も、この家のお金を出した方がいい?」
「それはいいよ」
ルナはすぐに答えた。
「でも、僕もここに住むんだよ?」
「だからって、今すぐ出さなくてもいいでしょ。そのお金は学園のために取っておいた方がいいよ」
「でも……」
「俺もそう思うぞ」
レオも口を挟む。
「学園に通うなら、これから何が必要になるか分からないだろ。教科書とか、他にもいろいろあるだろうし」
「そうだよ」
ミアも頷いた。
「せっかくお父さんとお母さんが残してくれたものなんだから、ラズのために使いなよ」
ラズは三人の顔を順番に見た。
「……いいの?」
「もちろん」
ルナが答えると、ラズは少し照れたように笑った。
「ありがとう」
「学園、楽しみ?」
「うん」
今度は迷わず頷く。
「どんなところか、早く見てみたい」
「そっか」
その顔を見て、ルナも嬉しくなった。
レオはCランクを目指している。
ミアにも、なりたいものができた。
ラズもこれから学園に通おうとしている。
王都に来てから、それぞれ少しずつ先のことを考えるようになっていた。
「じゃあ、みんなの予定が合う日に露店をしようか」
「うん!」
「俺も依頼が入ってない日ならいい」
「僕、また看板描いていい?」
「もちろん。お願いするね」
◇◇◇
数日後。
四人の予定を合わせ、ルナたちは再び広場で露店を開くことになった。
売るものは前回と同じ、ライサの肉巻き串とムギボだ。
前回は予想していたより早く売り切れてしまったため、今回は材料を少し多めに用意している。
朝のうちに家でできる準備を済ませ、市場で予約していた肉を受け取る。
商業ギルドで必要な道具を借りて広場へ向かい、ラズが描いた看板を置けば準備は完了だ。
二度目ともなれば、前回よりずっと手際よく進めることができた。
「じゃあ、始めようか」
ルナの言葉に、三人が頷いた。
肉を焼き始めると、香ばしい匂いにつられて少しずつ人が集まってくる。
その中から、一人の女性が看板を見て足を止めた。
「あら、またやってたのね」
「いらっしゃいませ」
「この前、これを買ったのよ。もう一度食べたいと思ってたの」
「本当ですか?」
ルナは思わず笑顔になる。
「今日は前より多めに用意してるんです」
「それならよかったわ。二本もらえる?」
「はい!」
前に買ってくれた人が、また来てくれた。
それだけのことなのに、初めて売れたときとは違った嬉しさがあった。
それは、その女性だけではなかった。
「この前の店だよね?」
「またムギボを買いに来たよ」
そんなふうに声をかけてくれる人が、何人もいた。
もちろん、初めて足を止める人もいる。
「それ、何を焼いてるんだ?」
「ライサにお肉を巻いたものです」
「ライサを?」
「はい。よかったらどうですか?」
前に買ってくれた人。
初めて興味を持ってくれた人。
客は次々とやってきた。
今回は前回より多く用意したにもかかわらず、昼を過ぎるころには肉巻き串が売り切れた。
残っていたムギボも、そのあとほどなくして最後の一つが売れていく。
「これで最後です。ありがとうございました!」
ミアが最後のムギボを客に渡した。
客を見送ってから、四人は空になった台を見る。
「……売り切れたね」
ラズが言う。
「前より多く作ったのに」
ミアも驚いたように呟いた。
ルナは広場を見回した。
今回も、用意したものはすべて売れた。
「やったね」
ルナが笑うと、三人も嬉しそうに頷いた。
露店の片付けを終えたころには、昼をだいぶ過ぎていた。
「お腹すいたー」
ミアがお腹を押さえる。
「食べる暇なかったもんね」
「前より忙しかったね」
ラズも少し疲れた様子だったが、どこか嬉しそうだ。
四人は広場の近くで簡単に食べられるものを買い、少し遅い昼食を取ることにした。
「でも、すごかったね」
食事をしながら、ミアが楽しそうに話す。
「また全部売れちゃった」
「前も買ったって言う人も多かったしな」
「また食べたかったって言ってくれた人もいたよ」
ラズの言葉に、ミアが大きく頷く。
「次はもっと作ってもいいんじゃない?」
「そうだな。今日くらい客が来るなら、もう少し増やしても売れそうだ」
三人の話を聞きながら、ルナも頷いた。
「うん……」
嬉しくないわけではない。
前に買ってくれた人が、もう一度来てくれた。
美味しかったからまた食べたいと言ってもらえた。
それは、ルナにとってとても嬉しいことだった。
それなのに、どこか引っかかるものがある。
「ルナ?」
ミアが顔を覗き込んできた。
「どうかした?」
「ううん。ただ……」
ルナは少し迷ってから、自分の中にある気持ちを言葉にしてみる。
「露店は楽しいんだよ」
「うん」
「今日もたくさんの人に食べてもらえたし、また来てくれた人がいたのもすごく嬉しかった」
そこまで言ってから、少し考える。
「でも、私がやりたいこととは、ちょっと違うのかもしれない」
「違う?」
ラズが首を傾げる。
「露店だと、どうしても売りやすいものを考えるでしょ? 持って歩きやすくて、その場ですぐ食べられるものとか」
ライサの肉巻き串もムギボも、露店で売るのには向いている。
けれど、作ってみたい料理はそれだけではない。
「私は、スープも作りたいし、もっといろんな料理を作ってみたい。温かいうちにお皿に盛って、座ってゆっくり食べてもらえるようなものも」
「ああ……」
ミアも分かったように頷いた。
「露店じゃ難しいね」
「うん」
ルナは自分の手元に目を落とした。
「だから、露店を続けるのも楽しいけど……」
そこで一度、言葉を止める。
頭の中に、一つの光景が浮かんだ。
厨房で料理を作り、出来上がったものを皿に盛る。
それを席まで運び、温かいうちに食べてもらう。
そんな場所を、自分で作れたら。
「私、自分のお店を持ってみたいのかも」
口に出してみると、不思議なくらいしっくりきた。
「お店?」
ミアが目を輝かせる。
「ルナのお店?」
「うん。でも、まだ何も分からないよ。王都でお店を出すのにどれくらいお金がかかるのかも、何が必要なのかも知らないし」
「じゃあ、聞けばいいんじゃない?」
「え?」
「商業ギルドで」
ミアは当然のように言った。
「今までも分からないことがあったらメーガンさんに聞いてたでしょ?」
「そうだな」
レオも頷く。
「ここで俺たちだけで考えてても分からないだろ。店を出すなら何が必要なのか、まず聞いてみればいいんじゃないか?」
「僕も、お店いいと思う」
ラズも笑う。
「また看板描ける?」
「まだお店を出すって決まったわけじゃないよ」
思わず笑ってしまう。
けれど、さっきまで胸の中にあった引っかかりは、少しだけ薄れていた。
「……そうだね。まずは聞いてみようかな」
何が必要なのか。
自分にも本当に店を持てるのか。
まだ何も分からない。
それでも、やってみたいと思った。
昼食を終えたら、商業ギルドに行ってみよう。
ルナはそう決めた。




