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双子の妹は聖女候補、無属性の私は食の知識で自由に生きます  作者: ぽかぽか
エレンジア

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王都中編 8

 一度家の中に戻ると、ラズはこれまでのことをリアムとディオンに話した。


 『空間収納』のスキルが見つかったあと、ヒンス男爵から何度か荷物を王都まで運ぶよう頼まれたこと。

 それを不審に思った父が三度目の荷物の中身を確認し、騎士団に話すため家族で王都へ向かったこと。

 そして、その途中で男たちに襲われたこと。


 途中で何度か言葉に詰まりながらも、ラズは最後まで話した。


「それと……お父さんから渡されたものがあるんだ」


 ラズは『空間収納』に手を入れた。

 取り出したのは、宝石のついたブローチと一通の封筒だった。


「三回目の荷物に入ってたもの。誰にも見せないで、僕が持ってろって言われた」


 ディオンはまずブローチを受け取り、慎重に確認する。

 続いて封筒を開き、中に入っていた書類に目を通した。


「……これは」


 しばらくして、ディオンの表情が変わった。


「何か分かった?」


 リアムが尋ねる。


「ああ。ベケット伯爵家の印章がある」


 その名前を聞いて、ラズは顔を上げた。

 先ほど捕まった男たちも、ベケット伯爵から自分を探すよう言われたと話していた。


「これだけで詳しいことまでは分からないが、今調べている事件に関係するものかもしれない」


 ディオンは今度はブローチを見る。


「こっちも騎士団で確認したい。二つとも預からせてもらっていいか?」


 父から、誰にも見せずに持っているよう言われたものだった。

 ラズは少しだけ迷ってから頷く。


「……お願いします」

「ああ。必ずきちんと調べる」


 ディオンは二つを丁寧にしまった。


「話してくれてありがとう。お父さんが残してくれたものが、事件を調べる大きな手がかりになるかもしれない」


 ラズは何も言わず、小さく頷いた。


「もう少し詳しく確認したいこともある。悪いが、後日騎士団まで来てもらえるか?」

「……うん」

「そのときは俺たちも一緒に行くよ」


 リアムがそう言うと、マシューも頷いた。

 ラズは二人を見て、少しだけ安心したように答えた。


「ありがとう」


 ディオンは立ち上がった。


「俺は騎士団に戻る。調べることが一気に増えたからな」


 証拠を持って、ディオンと騎士たちは家を出ていった。


 ラズはその背中を見送る。

 ずっと話せずにいたことを、ようやく話すことができた。胸の奥にあった重いものが、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。


◇◇◇


 それから数日。

 第二騎士団の捜査は大きく動いた。


 ラズが持っていたブローチは、以前、王都の宝石店から盗まれた品の一つだと判明した。

 高位貴族の夫人のために作られた特注品で、店にも記録が残されていたため、確認にはそれほど時間がかからなかった。


 さらに、ラズの父親が残していた封筒の中の書類からも、ベケット伯爵が盗品の取引に関わっていたことを示す手がかりが見つかった。

 ラズの父親が残した二つの証拠。

 そして、これまでに捕らえた男たちの証言。


 第二騎士団はそれらをもとに改めて調べを進め、いくつもの裏付けを取っていった。

 その結果、ベケット伯爵とヒンス男爵は拘束された。


 もちろん、それですべてが明らかになったわけではない。

 これまでに盗まれた品の行方や、二人がどこまで事件に関わっていたのか。

 他にも関係していた者がいるのか。

 詳しく調べるには、まだ時間がかかるだろう。

 それでも、第二騎士団が長く追っていた事件は、ようやく解決へ向けて大きく動き出した。


◇◇◇


 数日後、ラズは王都の第二騎士団を訪れていた。


 隣にはリアムとマシューがいる。

 二人とも約束通り、一緒についてきてくれた。

 案内された部屋に入ると、ディオンが待っていた。


「来てくれてありがとう。座ってくれ」


 ラズは少し緊張しながら椅子に腰掛ける。


「まず、ラズに伝えておきたいことがある」


 向かいに座ったディオンが口を開いた。


「お前を探していた者たちについては把握できている。ヒンス男爵とベケット伯爵もすでに拘束されているから、少なくとも以前のように狙われる心配はない」

「……本当?」

「ああ」


 ディオンがはっきりと頷いた。


 もう、あの男たちの仲間が来るかもしれないと怯えなくていい。そう思うと、ラズはほっとした。


「それと、今回の捜査で分かったことがある」


 ディオンの言葉に、ラズが顔を上げる。


「三度目の荷物を預けたあと、ヒンス男爵たちは、お前たち一家の動きを見張らせていたらしい」

「僕たちを……?」

「ああ。お父さんが一度断ろうとしたことで、これ以上荷物を運ばせるのは難しいと考えたようだ。だから最後の荷物を届けさせたあと、お前たち一家を押さえるつもりだった」


 ラズは息を呑んだ。

 あの日、お父さんは荷物の中身を確認した。

 そして、騎士団に話すため王都へ向かうことを決めた。

 けれど、その途中で男たちに襲われた。


「見張っていた者から、お前たちが家を出たことはすぐに伝わった」

「だから、あの人たちが……?」

「ああ。ただ、本来の予定を早める必要が出た。街道でお前たちを襲った連中は、そのとき急遽雇われた者たちだ」

「……そうだったんだ」

「時間がなかったからだろう。かなり高い報酬を提示されていたそうだ」


 ラズは膝の上に視線を落とした。

 あのとき、どうして自分たちが王都に向かったことを知られたのか。

 どうして、王都に着く前に追いつかれたのか。

 そんなことまで考える余裕は、これまでなかった。


「だから、あんなに早く追いつかれたんだ……」


 ラズは、まだ一つだけ気になっていたことを口にした。


「あの……」

「どうした?」

「僕は……大丈夫なの?」

「何がだ?」

「荷物を運んでたから」


 ラズは膝の上で手を握った。


「僕の『空間収納』に入れて、王都まで運んだ。悪いことに使われてたなら、僕も……」

「そのことで、お前が罪に問われることはない」


 ディオンははっきりと答えた。


「……本当?」

「ああ。お前も両親も、最初は何も知らされていなかった。それに、お父さんたちは不審に思ってから仕事を断ろうとしていたんだろう?」

「うん」

「最後に預かった荷物も届けず、中身を確認したあと、騎士団へ話すために王都に向かった」


 ラズは黙って頷く。


「お前も、何を運んでいるのか知らなかった。だから心配しなくていい」

「……うん」


 ラズの表情が、ようやく少し緩んだ。


「よかった……」


 ディオンは少し待ってから、別の話を始めた。


「それと、前から確認を進めていた親戚についても連絡が取れた」

「親戚?」

「ああ。お母さんの親族だ。ただ、今は体調を崩しているそうだ。遠方でもあるし、お前を引き取って一緒に暮らすのは難しいと言っている」

「そう……」


 以前に聞いたことのある人だった。

 けれど、会ったのはずっと前で、顔もほとんど覚えていない。


「もちろん、無理にそこに行く必要はない」


 ディオンはそう言ってから尋ねた。


「ラズは、これからどうしたい?」

「僕?」

「ああ。お前の希望を聞いておきたい」


 ラズは少し考え、それから答えた。


「……ルナたちと一緒にいたい」


 ディオンが静かに続きを待つ。


「これからも、あの家でみんなと暮らしたい」

「そうか」


 ディオンは頷いた。


「ルナたちも同じ考えなら、それでいいだろう。ただ、今回のこともある。何かあったときに連絡が取れるよう、今の住まいは騎士団にも届けておいてくれ」

「分かった」


 ラズは素直に頷いた。

 自分がどうしたいのかを聞いてもらえたことが、少し嬉しかった。


「それなら、もう一つ考えないとね」


 それまで話を聞いていたリアムが口を開く。


「学園はどうする?」

「学園……」

「王都に来たら見に行くつもりだったんでしょ?」

「うん」

「今も行ってみたい?」


 ラズは少し迷ってから頷いた。


「……行きたい」


 本当は、王都に来る前から楽しみにしていた。

 どんなところなのだろう。

 火属性の魔法も、きちんと習えば使えるようになるのだろうか。

 スキルについても、何か教えてもらえるかもしれない。


「でも……」

「何か気になる?」


 リアムに尋ねられ、ラズは少し俯いた。


「学園に行くなら、お金がいるよね」


 父も母も、もういない。

 これからルナたちと暮らすことになったとしても、学園に通うためのお金まで出してもらうわけにはいかない。


 すると、ディオンが口を開いた。


「そのことなら、すぐに諦める必要はない」

「え?」

「街道に残されていた馬車や、ご両親の所持品については確認を進めている。手続きが終われば、お前が受け取れるものもあるはずだ」

「僕が?」

「ああ。もともとお前たち家族のものだからな」


 どのくらい残っているのかは、まだ分からない。

 それでも、何もないと決まったわけではなかった。


「だから、学園についてはそれを確認してから考えても遅くない」

「……うん」

「見学だけなら、その前に行ってもいいしね」


 リアムが笑う。


「今度はちゃんと、学園を見るために」

「うん」


 ラズも小さく笑った。


 騎士団を出るころには、来たときより少しだけ気持ちが軽くなっていた。

 事件が終わったからといって、何もかも元通りになるわけではない。

 父と母がもういないことは変わらない。

 それでも、これからのことを少しずつ考えていくことはできる。

 まずは、みんなのいる家に帰ろう。


◇◇◇


 その日の夕方。

 ルナたちは、ラズが帰ってくるのを待ちながら夕食の準備をしていた。


「そっちはどう?」

「もうすぐできるよ」


 ミアは鍋の中を覗き込みながら答える。


 今日の夕食は、ライサとスープ、それから唐揚げだ。

 スープはミアに任せ、レオには肉を食べやすい大きさに切ってもらっている。


「これくらいでいいか?」

「うん。そのくらい」


 ルナは切ってもらった肉に下味をつけていく。


「次はこれに粉をまぶして」

「俺がやる」

「じゃあお願い」


 レオに任せると、ルナは火の準備を始めた。


「なんか、レオも料理に慣れてきたよね」


 ミアが鍋を混ぜながら言う。


「手伝ってたら、これくらいはできるようになるだろ」

「最初は全然だったのに」

「お前だってそうだろ」

「あたしはレオより上手だったよ」

「そうだったか?」


 二人が言い合っているのを聞きながら、ルナは思わず笑った。


「二人とも、話してないで手を動かして」

「はーい」

「分かってるよ」


 返事を聞きながら、ルナは油の温度を確かめる。

 粉をまぶした肉を一つ入れると、ジュッと音を立てて細かな泡が広がった。


「いい感じかな」


 続けて肉を入れていくと、香ばしい匂いが台所に広がっていく。


「お腹すいてきた」

「まだ食べちゃ駄目だよ」

「分かってるって」


 そう答えながらも、ミアの視線は揚がっていく肉に向いたままだ。

 ルナは苦笑しながら、きつね色になったものから順番に取り出していった。

 下味もしっかりついているし、思っていた通りに仕上がっている。


「ラズ、どうだったかな」


 不意にミアが呟く。


「騎士団の人と話をしに行ったんだよね」

「うん」


 ルナも気になっていた。

 リアムとマシューが一緒についていってくれているから、それほど心配はしていない。

 それでも、ラズにとってはこれからのことを決める大切な日だ。


「帰ってきたら聞けばいいだろ」


 レオが粉をまぶしながら言う。


「そうだね」


 ルナは頷いた。


 そのころにはライサも炊き上がり、スープも完成した。

 最後の唐揚げを取り出したところで、玄関の方から扉の開く音が聞こえた。


「ただいま」


 聞こえてきた声に、三人がそろって顔を上げる。


「ラズ!」


 ミアが真っ先に台所から出ていった。

 ルナとレオもあとに続く。

 玄関にはラズと、その後ろにリアムとマシューが立っていた。


「おかえり。どうだった?」

「うん。ちゃんと話せたよ」


 ラズは少し疲れているように見えたが、その表情は穏やかだった。

 それを見て、ルナもほっとする。


「ちょうどご飯ができたところなの」

「いい匂いがすると思った」


 リアムが台所の方を見る。


「今日は唐揚げだよ」

「からあげ?」

「お肉を油で揚げた料理。リアムたちも食べていく?」


 リアムがマシューを見る。


「どうする?」

「ここまで来て断ると思うか?」

「だよね」


 その答えに、ルナは笑った。


「じゃあ、みんなで食べよう」


 料理を食卓に運び、人数分の食器を並べる。

 炊きたてのライサ。

 揚げたての唐揚げ。

 野菜を入れた温かいスープ。

 全員が席についたところで夕食が始まった。


「おいしい!」


 唐揚げを一口食べたミアが、嬉しそうに声を上げる。


「外はカリッとしてるのに、中は柔らかいね」

「揚げたてだからね。熱いから気をつけて」


 ルナも一つ口に運ぶ。


「これ、ライサにも合うな」


 レオは唐揚げを食べたあと、すぐにライサに手を伸ばしている。


「うん。私もそう思ってた」

「ルナの料理は本当にいろいろ出てくるね」


 リアムも気に入ったらしく、興味深そうに唐揚げを眺めている。


「まだまだ作りたいものはあるよ」

「やっぱり食べ物のことばっかりだ」

「いいでしょ。好きなんだから」


 以前にもしたようなやり取りに、リアムが笑った。


「あ、そういえば」


 何かを思い出したように、リアムが顔を上げる。


「ルナに報告することがあったんだ」

「私に?」

「この前話してた魔石、できたよ」


 一瞬、何のことか分からなかったルナだったが、すぐに思い出す。


「もしかして、氷の?」

「うん。正確には、水属性の魔石に氷の性質を残したものだけどね」

「できたの?」


 思わず身を乗り出すと、リアムが頷いた。


「まだ一つだけだけどね。水属性の魔石でも、氷の性質を持たせられることは分かった」

「じゃあ、魔道具も作れるの?」


 真っ先にそう尋ねると、リアムが笑う。


「やっぱりそこなんだ」

「だって、それが楽しみだったんだもの」

「残念だけど、まだそこまではいってないよ」

「そうなの?」

「まだ、調べなきゃいけないことは沢山あるから、魔道具に使えるか試すのは、そのあとかな」

「そっか……」


 少し残念ではある。

 けれど、これまでできなかったことが一つできるようになったのだ。


「でも、一歩進んだんだよね?」

「うん。それは間違いないよ」

「じゃあ、よかったね」

「ありがとう」


 リアムは嬉しそうに笑った。


 事件のことを忘れたわけではない。

 それでも、こうしていつものように食卓を囲んで話せることが、今は嬉しかった。

 そんな中、ラズが食事の手を止めた。


「あの……」

「どうしたの?」

「ご飯を食べ終わったら、みんなに話したいことがあるんだ」


 ルナはラズを見る。

 騎士団で何か話があったのだろう。


「分かった」


 ルナが答えると、ラズは小さく頷いた。


 食事を終え、片付けもひと段落したあと、ラズは改めてみんなの前に座った。


「今日、ディオンさんから親戚のことを聞いたんだ」

「親戚?」

「うん。お母さんの親戚と連絡が取れたって。でも、今は体調を崩してるんだって。だから、僕を引き取って一緒に暮らすのは難しいって」

「そうだったんだ……」


 ルナは静かに続きを待つ。


「それで、ディオンさんに聞かれたんだ。これからどうしたいって」


 ラズはそこで一度言葉を止めた。

 少し緊張したように、ルナ、ミア、レオを順番に見る。


「僕……これからも、ここでみんなと一緒に暮らしたい」


 ルナは目を瞬いた。


「駄目かな?」

「もちろんいいよ」


 考えるより先に答えていた。

 ラズが驚いたようにルナを見る。


「本当?」

「うん。だって、もう一緒に暮らしてるでしょ?」

「あたしもいいよ」


 ミアもすぐに笑顔で頷く。


「ラズがいた方が楽しいし。それに、また露店をするときは看板も描いてほしいしね」

「それが目的じゃないだろ」


 レオが呆れたように言う。


「レオは嫌なの?」

「誰もそんなこと言ってないだろ」


 レオはそう返してから、ラズを見る。


「俺もいいと思う。今さら一人増えたくらいで変わらないしな」

「……ありがとう」


 ラズが小さく笑った。

 その表情を見て、ルナも自然と笑顔になる。


「じゃあ、これからもよろしくね。ラズ」

「うん!」


 今度の返事は、先ほどよりもずっと明るかった。


「それとね」


 ラズが続ける。


「学園にも行ってみたいって話したんだ」

「学園?」

「うん。前に王都に来たときも、見に行くつもりだったから」

「いいと思うよ」


 ルナが言うと、ラズは少し嬉しそうに笑った。


「俺もそう思う」


 リアムも頷く。


「すぐに決めなくてもいいし、まずは一度見に行ってみればいいよ。スキルについても、学園なら教えてもらえることがあるかもしれないしね」

「うん」


 二人の会話を聞いていたミアが、不意に首を傾げた。


「そういえば、ラズって十二歳で属性判定を受けたんだよね?」

「うん」

「じゃあ、あたしも受けられるんじゃない?」


 期待するように尋ねるミアに、マシューが首を横に振った。


「残念だが、今は無理だな」

「えっ、なんで?」

「ミアはエレンジアの国民じゃないだろう。ここの属性判定は、エレンジアの国民が受けるものだ」

「そんなぁ……」


 ミアはがっくりと肩を落とした。


「せっかく十二歳で受けられる国にいるのに」

「仕方ないだろ」


 レオに言われ、ミアが口を尖らせる。


「だって気になるじゃん。あたしにも何か属性があるかもしれないのに」

「あと一年待てばいいだろ」

「その一年が長いの!」


 そう言ってから、ミアはラズを見る。


「いいなあ。ラズは火属性なんだよね」

「うん」

「あたしは何だろう。火もいいし、風もいいな」

「俺と同じ風だったりしてな」

「それもいいかも!」


 さっきまで肩を落としていたのに、今度は自分の属性を想像して楽しそうにしている。

 その様子に、ルナは笑った。

 ラズもつられるように笑っていた。

 ようやく、いつもの日常が戻ってきたような気がした。


 その日の夜。

 ルナが廊下を歩いていると、ラズの部屋から明かりが漏れていることに気づいた。


「ラズ、まだ起きてるの?」


 扉から顔を覗かせる。

 ラズは机に向かい、紙に何かを描いていた。


「あ、ルナ」

「また絵?」

「うん」


 ルナが近づこうとすると、ラズは慌てて紙を手で隠した。


「まだ見ちゃ駄目」

「どうして?」

「まだ途中だから」

「そっか。じゃあ、できたら見せてね」

「うん」


 ラズは笑うと、再び紙に向かった。

 机の上には、絵を描くための道具がいくつも並んでいる。

 真剣な顔で紙に向かい、ときどき楽しそうに笑っていた。


 少し前まで、ラズは自分のことをほとんど話さなかった。

 けれど今は、学園に行きたいと言い、これからも一緒に暮らしたいと言ってくれた。

 好きな絵も、こうして楽しそうに描いている。

 両親を失った悲しみが、すぐになくなるわけではない。それでも、少しずつ前に進んでいけるのだと思う。


「ルナ?」

「ううん。何でもない」


 ルナは笑って首を振った。


「夜更かししすぎないでね」

「分かった」

「おやすみ、ラズ」

「おやすみ」


 扉を閉め、ルナは自分の部屋に向かう。


 この家で暮らし始めた時は、まだラズは預かっているだけだった。

 それが、今は一緒に暮らす仲間になった。

 これから学園に通うことになれば、ラズにも新しい生活が始まる。

 ルナにも、まだやってみたいことがたくさんある。

 明日からまた、少しずつ進んでいけばいい。

 部屋の向こうから聞こえる小さな物音に、ルナはもう一度笑みを浮かべた。

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