王都中編 4
露店を明日に控え、ルナたちは朝から食卓を囲んでいた。
「まず、名前を決めないとね」
ルナが紙を前にして言うと、ミアが首を傾げる。
「昨日作ったやつでしょ? そのままじゃ駄目なの?」
「そのままって?」
「肉を巻いたライサだから……」
「それなら……ライサの肉巻き串?」
思いついたまま口にすると、レオが頷いた。
「分かりやすくていいんじゃないか」
「あたしもそれでいいと思う」
「じゃあ、『ライサの肉巻き串』にしよう」
ルナは紙に名前を書き込んだ。
「次は値段だね」
昨日の試作で使った材料と量をもとに、ライサや肉、タレに使うガルムや蜂蜜、串にかかる費用を計算していく。
そこに場所代なども加えて考える。
「これなら……一本二銅貨で売れば、ちゃんと利益も残りそう」
「うん。肉も使ってるし、いいんじゃない?」
ミアが答えると、レオも頷いた。
「串肉もそれくらいだよな」
「じゃあ、二銅貨で決まり」
名前と値段が決まったところで、今度は当日の準備について考える。
「ライサは朝ここで炊いて、細長く握るところまでやっておこうかな。肉は明日の朝に受け取れるよう、今日のうちに頼んでおく」
「それなら、露店で肉を巻いて串に刺して焼けばいいのか」
「うん。最後にタレを塗って、もう一度軽く焼く感じかな」
これで当日の流れもだいたい決まった。
「あとは、ギルドで借りる道具を確認しておかないとね」
「結構やることあるね」
ミアはそう言いながらも楽しそうだ。
「それと、ムギボも少し持っていこうと思うんだ」
「じゃあ、今日作らないとね」
「うん」
ルナは紙に予定を書き加えたところで、ふと顔を上げた。
「あ、それから……明日のことなんだけど」
「明日?」
「二人とも、露店を手伝ってくれるんだよね?」
「そのつもりだけど」
レオが当然のように答え、ミアも頷く。
「あたしも手伝うよ」
「だったら、手伝ってもらう分もちゃんと考えないと駄目だよね」
ルナの言葉に、レオが不思議そうな顔をした。
「何が?」
「お金。朝から準備して、お店を手伝ってもらうことになるでしょう?」
「別にいらないぞ」
「でも……」
「今回はみんなでやるんだから、いいだろ。それでも気になるなら、今度うまいもの作ってくれ」
「ご飯でいいの?」
「ああ」
「あ、それならあたしも!」
ミアもすぐに手を挙げる。
「本当にそれでいいの?」
「いいって。あたしも楽しみで手伝うんだし」
ルナは少し迷ったものの、今回は二人の言葉に甘えることにした。
「……分かった。じゃあ、何か美味しいもの作るね」
「楽しみにしてる」
決めなければならないことは多い。
それでも、みんなで一つずつ準備を進めていく時間が、ルナには楽しかった。
話し合いを終えると、四人は商業ギルドに向かった。
受付でメーガンを呼んでもらい、翌日の露店で売るものが決まったことを伝える。
「ライサの肉巻き串と、ムギボですね」
「はい。肉巻き串は、その場で焼くつもりです」
「分かりました。では、火の使用も申請しておきますね」
必要な道具についても確認し、焼き台と商品を並べる台はギルドから借りることにした。細かな調理道具は自分たちで持っていく。
「肉は明日の朝に受け取る予定です」
「それでしたら、日が当たる場所に長く置かないよう気をつけてください。それから、店を離れるときには必ず火を消してくださいね」
「はい」
最後に当日の手順を確認し、手続きはすぐに終わった。
「王都では初めての露店ですね。分からないことがあれば職員に聞いてください」
「ありがとうございます」
メーガンに礼を言い、四人はギルドをあとにした。
そのまま市場へ向かい、明日の露店に必要なものを買い揃えていく。
まずは昨日訪れた穀物店で、明日の分のライサを購入した。
必要な量を伝えると、幸い今ある分で足りたため、追加で仕入れてもらう必要もなかった。
ほかの材料も揃え、最後に向かったのは昨日の試作でも肉を買った店だった。
「明日の朝、このくらいの肉を用意してもらえますか?」
ルナが必要な量を伝えると、店主が目を丸くした。
「ずいぶん買うな。何か作るのか?」
「明日、広場で露店をするんです」
「へえ。それで肉を?」
「はい。ライサに巻いて焼こうと思って」
「ライサに肉を?」
店主は少し不思議そうな顔をしたものの、すぐに頷いた。
「分かった。朝までに用意しておくよ」
「ありがとうございます。それと、できれば薄めに切ってもらえますか?」
「巻くなら、その方がいいか。任せとけ」
「お願いします」
これで肉の準備もできた。
「ギルドも終わったし、肉も大丈夫」
店を出たミアが指を折りながら確認する。
「残ってるのはムギボ作りだな」
「うん。帰ったら作ろう」
一つずつ準備が整っていく。
ルナたちは残りの買い物を済ませると、荷物を手に家に戻った。
家に戻ると、さっそくムギボ作りを始めた。
ルナが材料を量り、ミアとレオも慣れた様子で手伝っていく。
何度も作っていることもあり、最初の頃よりずっと作業は早くなっていた。
「明日、ちゃんと売れるかな」
ミアがムギボを並べながら言う。
「どうだろう。でも、楽しみだね」
「マレットの花祭り以来だもんな」
「うん。王都では初めてだし」
明日は自分たちで店に立つ。
どんな人が来てくれるのか考えると、今から楽しみだった。
「そういえば、今日も広場に露店が出てたよね」
ミアの言葉に、ルナは頷く。
「出てたね」
「他の店は結構目立つようにしてたよな」
レオも思い出したように口を挟む。
「店の前に看板を置いてるところもあったし」
「あっ」
ルナは手を止めた。
「看板……あった方がいいかな?」
「何を売ってるのか分かりやすいし、あった方がいいんじゃない?」
「値段も書いておけるしな」
「そっか。じゃあ作ろうか」
そこまで言って、ルナは気づいた。
「……さっき市場にいたんだから、板も買ってくればよかった」
「忘れてたね」
「俺も今思い出した」
三人で顔を見合わせる。
「名前と値段を書くだけでもいいけど……絵があった店もあったよね」
「うん。ライサを知らない人もいるだろうし、肉巻き串の絵があれば分かりやすいかも」
問題は、その絵を誰が描くかだった。
「絵かぁ……」
ルナは自分が描いた肉巻き串を想像してみる。
少なくとも、見ただけで料理が伝わるようなものを描ける自信はない。
「あたしも無理だよ」
ルナの表情から察したのか、ミアが先に首を横に振った。
「俺を見るなよ」
「まだ何も言ってないよ」
レオの返事にミアが笑う。
三人でそんな話をしていると、それまで少し離れたところで作業を見ていたラズが、ためらうように口を開いた。
「……あの」
「どうしたの?」
ルナが振り向く。
ラズは少し迷ってから、三人を見る。
「絵……僕、描いてみてもいい?」
思いがけない言葉に、ルナたちは顔を見合わせた。
「ラズが?」
「うん」
「絵を描くの、好きなの?」
ミアが尋ねると、ラズは少しだけ照れたように頷いた。
「……うん」
ルナは笑顔になる。
「じゃあ、お願いしようかな」
「いいの?」
「もちろん。まず一回、描いてみようよ」
「うん」
今度は先ほどよりもしっかりとした返事が返ってきた。
ルナが紙と描くものを用意すると、ラズはさっそく椅子に座った。
「何を描けばいい?」
「明日売る肉巻き串をお願いしてもいい?」
「うん」
ラズは昨日試作した肉巻き串を思い出しているのか、少し考えてから紙に描き始めた。
細長いライサに肉が巻かれ、そこに串が刺さっている。
しばらくして出来上がった絵を見て、ルナは思わず声を上げた。
「ラズ、上手だね」
「そう?」
「うん。ちゃんと肉巻き串だって分かるよ」
「本当だな」
レオも感心したように紙を覗き込む。
「じゃあ、看板の絵もラズにお願いしていい?」
「僕が描いていいの?」
「もちろん。でも、どんな看板にするかはみんなで決めよう」
四人はテーブルを囲み、紙を前にして相談を始めた。
「『ライサの肉巻き串』は大きく書いた方がいいよね」
「値段も分かるようにしようよ」
「ムギボも売るんだから、そっちも必要だろ」
「あ、そうだね」
肉巻き串の名前と値段、その横にはラズの絵。
ムギボについても、名前といつもの販売価格を書き入れることにする。
「肉巻き串の絵は、もう少し大きい方が目立つんじゃない?」
「じゃあ、このくらい?」
「うん」
相談しながら、おおまかな配置を決めていく。
「こんな感じかな」
出来上がった下書きを見せると、ラズが頷いた。
「うん。描けると思う」
「じゃあ、あとは板だね」
そこでレオが立ち上がった。
「買ってくるか」
「僕も行く」
ラズが顔を上げる。
「ラズも?」
「……うん」
レオは少し驚いたものの、すぐに頷いた。
「分かった。じゃあ一緒に行こう」
「気をつけてね」
二人を見送り、ルナとミアはその間にムギボ作りを続けることにした。
しばらくして、レオとラズが一枚の板を抱えて戻ってきた。
「これなら大丈夫か?」
「うん。ちょうどいいと思う」
大きすぎず、露店の前に置くには十分な大きさだ。
「じゃあ、文字は私が書くね。ラズはさっき決めたところに絵をお願いしてもいい?」
「うん」
ルナが商品名と値段を書き入れ、その隣でラズが肉巻き串の絵を描いていく。
ラズは何度も紙の下書きと板を見比べながら、真剣な顔で手を動かしていた。
やがて、肉巻き串の絵が出来上がる。
「できた……」
「うん。いい感じだね」
ルナが笑うと、ラズも少し嬉しそうに看板を見た。
自分から絵を描いてみたいと言い、レオと一緒に板まで買いに行った。
そんなラズの姿を見ていると、少しずつこの家での暮らしに慣れてきているのだと感じる。
「明日、これ置くんだよね?」
ラズが看板を見ながら尋ねる。
「うん。お店の前に置こう」
「……そっか」
小さく頷いたラズの表情は、どこか楽しそうだった。
明日の露店を楽しみにしているのは、自分たちだけではないらしい。
そう思うと、ルナも自然と笑顔になった。




