王都中編 3
一方、その頃、研究所では。
ピシッ、と小さな音が響いた。
「……またか」
机の上に置かれた水属性の魔石には、細いひびが入っていた。
リアムは小さく息を吐き、魔石から手を離す。
その隣では、ヴィクターとオリバーも割れた魔石を見つめていた。
「これで何個目だ?」
「数えるのはやめようよ」
ヴィクターに答えながら、リアムはひびの入った魔石を手に取った。
水属性の魔石に、氷性質を持たせる。
その研究を始めてから、何度同じ失敗を繰り返したか分からない。
水そのものを凍らせることには、すでに何度も成功している。
研究所ではリアム以外にも水属性を持つ者たちが練習を続け、ヴィクターをはじめ、何人かが氷を作れるようになっていた。
ただし、水を凍らせるには時間がかかり、消費する魔力も多い。
氷属性の魔法と比べれば効率は悪く、今のところ実用的とは言い難かった。
そこで次に取り組んでいるのが、魔石を使った研究だった。
けれど、こちらも簡単にはいかない。
水属性の魔力を魔石に込め、それを十分に冷やす。
そこまではできる。
だが、水を凍らせるときと同じように刺激を加えると、魔石にひびが入ってしまう。
「冷やすところまでは問題ないんですけどね」
オリバーが割れた魔石を覗き込む。
「うん。やっぱり、刺激を加えたときに割れる」
冷やした魔力に、外からわずかな魔力を加えて、中の魔力を揺らして変化を起こす。
水を凍らせるときには、それで氷性質が現れた。
同じことを魔石の中でも起こそうとしているのだが、何度試してもうまくいかない。
冷やした状態までは保てるのに、最後に魔力を加えると、魔石にひびが入ってしまう。
「刺激が強すぎるんでしょうか」
「それも何度か弱くしてみたけど、弱すぎると何も起こらなかったよね」
「ああ。強さを変えるだけでは難しそうだな」
ヴィクターの言葉に、リアムは考え込む。
冷やしている間は問題ない。
魔石が割れるのは、刺激を加えたあとだ。
そこまで考えて、ふと顔を上げた。
「……そういえば」
「どうした?」
「刺激を加えた瞬間の中の魔力って、ちゃんと見たことなかったよね」
ヴィクターとオリバーがリアムを見る。
「魔石が割れたあとの状態は何度も調べたけど、刺激を加えた瞬間に、中の魔力がどう変わってるのかは確認してない」
「確かにそうですね」
これまでは魔石を割らずに氷性質を残すことばかり考え、魔力の量や冷やし方、刺激の強さを変えてきた。
だが、その瞬間に魔石の中で何が起きているのかまでは、細かく調べていなかった。
「じゃあ、一度そこを見てみよう」
リアムは新しい魔石を手に取った。
「また同じ条件でやるのか?」
「うん。今度は成功させるんじゃなくて、刺激を加えたときの魔力を見る」
いつもと同じように魔力を込め、ゆっくりと冷やしていく。
「じゃあ、いくよ」
リアムは『鑑定』で魔石の中を確認しながら、外からわずかな魔力を加えた。
その瞬間——。
「……!」
中の魔力が大きく揺らいだ。
直後、ピシッと音を立てて魔石にひびが入る。
「割れたな」
「うん。でも、今度は見えた」
リアムは魔石を机に置いた。
「刺激を加えた瞬間、中の魔力が一気に動いてる」
「それで魔石が耐えられなくなっていると?」
「まだ断定はできないけど、可能性はあると思う」
少し考え、リアムは新しい魔石を取り出した。
「込める魔力を減らしてみよう」
「減らすんですか?」
「うん。今までは、冷やした状態を安定させるためにかなり魔力を込めてた。でも、そこから一気に動くなら——」
先ほど割れた魔石を見る。
「最初から少し余裕を残しておけば、耐えられるかもしれない」
「なるほど」
「試してみる価値はありそうだな」
今度は、これまでより少ない魔力で試してみる。
魔石は割れなかった。
しかし——。
「……駄目だ」
刺激を加えようとした途端、冷やしていた魔力の状態が崩れてしまった。
「魔力が少ない分、維持するのが難しいみたい」
「魔力を多くすれば安定するが、刺激を加えたときに魔石が耐えられない」
「うん。減らせば割れにくくなるけど、今度は操作が難しい」
条件を変えてもう一度試してみたが、結果は同じだった。
その様子を見ていたオリバーが、少し考えてから口を開く。
「それなら、二人でやってみますか?」
「二人で?」
「殿下は、魔石の中の魔力を冷やした状態で維持することだけに集中してください」
オリバーが魔石を指す。
「刺激は俺が外から加えます」
一人で二つの操作をするから、どちらかが乱れる。
なら、それぞれが一つの操作に集中すればいい。
「……それならできるかもしれない」
「試してみるか?」
ヴィクターに聞かれ、リアムは頷いた。
「うん」
新しい魔石を用意し、リアムは少量の魔力を込めて冷やしていく。
「このまま保つ。オリバー、お願い」
「はい」
オリバーが外からわずかな刺激を加えた。
「待って。少し強い」
「これでもですか?」
「うん。もっと弱くていいと思う」
やり直し、今度はさらに弱くする。
「……何も変わらないな」
「弱すぎましたか」
「たぶん」
強ければ魔力が大きく乱れ、弱すぎれば何の変化も起こらない。
そこから三人は、何度も条件を変えて試した。
込める魔力の量。
冷やす程度。
刺激の強さ。
そして、刺激を加えるタイミング。
失敗するたびに記録を残し、一つずつ調整していく。
以前のように魔石が次々と割れることはなくなったものの、氷性質も残らない。
「……もう少し弱く」
「これくらいですか?」
「うん。今度は少しだけ早くしてみよう」
そして、何度目か分からない試行。
リアムは魔石の中の魔力を冷やし、安定させる。
「今」
オリバーがごくわずかな刺激を加えた。
一瞬だけ、中の魔力が揺らぐ。
けれど、魔石は割れなかった。
「どうだ?」
ヴィクターに聞かれても、リアムはすぐには答えない。
そのまま『鑑定』する。
属性は水。
そこは変わっていない。
けれど——。
「……残ってる」
「本当か?」
「うん。水属性のままだけど、氷性質の反応が残ってる」
念のため、もう一度確認する。
間違いない。
魔石の中に残っている魔力量は多くない。
それでも、水属性とは別に、氷になった水を調べたときとよく似た反応がある。
「成功したってことですか?」
オリバーに聞かれ、リアムはようやく顔を上げた。
「少なくとも、氷性質を魔石に残すことはできたみたい」
「やっとか」
ヴィクターが大きく息を吐く。
「長かったな」
「本当にね」
リアムは笑いながら、小さな魔石を見つめた。
何度も失敗した。
いくつも魔石を割った。
それでも、ようやく今までとは違う結果が出た。
「魔石自体には、まだ魔力を受け入れる余裕がありそうだね」
「水属性の魔力を入れてみますか?」
「うん。少しだけ試してみよう」
今度は普通に水属性の魔力を少しずつ流し込んでいく。
しばらくすると、ヴィクターが魔石に手を伸ばした。
「……冷たくなっているな」
「本当ですか?」
オリバーも触れてみる。
「確かに……」
リアムも指先で確かめた。
先ほどより、わずかに温度が下がっている。
もう一度『鑑定』する。
水属性であることに変わりはなく、氷性質の反応も消えていない。
「ちゃんと反応してるみたいだね」
「なら、氷属性の魔石の代わりに使えるんでしょうか?」
オリバーの問いに、リアムはすぐに首を横に振った。
「それはまだ分からないよ。成功したのはこれ一つだけだし、どこまで冷やせるのかも、どれくらい保つのかも分からない。同じものをもう一度作れるかも確認しないと」
「氷属性の魔石との比較も必要だな」
「うん」
同じものを安定して作れるのか。
どの程度まで温度を下げられるのか。
どれほど魔力を消費するのか。
氷属性の魔石と比べて、どの程度の違いがあるのか。
調べなければならないことはいくらでもある。
それでも、水属性の魔石に氷性質を残すことには、初めて成功した。
「よし。もう一回試してみよう」
「その前に記録をまとめろ」
「……分かってるよ」
すぐにヴィクターから言われ、リアムは苦笑する。
机の上の小さな魔石をもう一度見てから、記録用の紙を手元に引き寄せた。




