王都中編 1.
夕食を終えたあとも、ルナたちはそのまま居間で過ごしていた。
「そういえば、マシュー」
レオが向かいに座るマシューに声をかける。
「訓練のこと、ありがとな」
「あたしからも。おかげでカレンさんにいろいろ教えてもらってるよ」
ミアも続けて頭を下げた。
「礼なら姉に言ってくれ。俺は話をしただけだ」
「でも、マシューが話してくれなかったら、教えてもらえなかっただろ」
レオがそう言うと、ミアも大きく頷く。
「そうだよ。あたし、護身術も教えてもらってるの」
「そうか」
「見せてあげる!」
そう言った途端、ミアが立ち上がった。
「ここを掴んで」
「俺が?」
「うん!」
マシューは少し戸惑いながらも立ち上がり、言われたとおりミアの腕を掴む。
「こういうときはね——」
ミアはカレンから教わった動きを思い出しながら、掴まれた腕を動かした。
まだ少しぎこちないものの、うまく腕を振りほどく。
「どう?」
「始めたばかりにしてはいいんじゃないか」
「だよね!」
褒められたミアが嬉しそうに笑う。
それを見ていたレオも興味を持ったらしい。
「じゃあ、後ろから掴まれたらどうするんだ?」
「それも教えてもらったよ」
レオの質問に、ミアは張り切って答えていく。
少し離れたところでは、ラズも二人のやり取りをじっと見ていた。
その様子を眺めながら、ルナは笑った。
「楽しそう」
「ミアらしいね」
隣に座るリアムも笑っている。
そこでルナは、ふと思い出した。
「そういえば、リアムの研究はどう?」
「研究?」
「氷のこと。研究所に戻ってから、ずっと調べてるんでしょう?」
「ああ、それね。水を凍らせる方は、だいぶ分かってきたよ。でも、その先がなかなか進まなくて」
「その先?」
「今は、水属性の魔石でも同じようなことができないか試してるんだ」
「魔石でも?」
「うん。うまくいけば、氷属性の魔石の代わりに使えるかもしれない」
「それができたら、すごいんじゃない?」
ルナも氷属性の魔石が珍しく、高価なことくらいは知っている。
冷たい状態を保てる魔道具があることも、以前から聞いたことはあった。
けれど、フィールズ子爵家にも置かれていなかったため、実際に使ったことはない。
「研究がうまくいけばね。水属性の魔石なら、氷属性よりずっと数が多いから」
その言葉に、ルナは少し考える。
「じゃあ、食べ物を冷やしておける魔道具も、普通に使えるようになるかもしれない?」
「やっぱり食べ物なんだ」
「だって、使えるようになったらすごく便利でしょう?」
肉や魚を今より長く保存できるようになれば、料理の幅も広がる。
暑い時期なら、なおさら助かるはずだ。
「まあ、そういう使い方もできるね。でも、まだ成功してないよ」
「じゃあ、頑張って」
「急に期待が重くなったなあ」
「だって、欲しいもの」
ルナがそう答えると、リアムはおかしそうに笑った。
「分かった。成功したら教えるよ」
「うん。楽しみにしてる」
ルナも笑って頷いた。
その後もしばらく、ミアたちの賑やかな声を聞きながら過ごし、やがてリアムとマシューが帰る時間になった。
翌朝。
朝食を終えると、ルナはさっそく商業ギルドに向かった。
今日は、露店について相談するためだ。
夕食のときにミアに勧められてから、また自分で店に立ってみたいという気持ちはますます強くなっていた。
商業ギルドに入り、受付で用件を伝える。
しばらく待っていると、いつものようにメーガンがやってきた。
「おはようございます、ルナさん。今日はどうしましたか?」
「おはようございます。あの、露店を出したいと思ってるんですけど、空いている場所ってありますか?」
「露店ですか」
メーガンは少し意外そうな顔をしたあと、手元の書類を確認する。
「マレットの花祭りでも出していましたね」
「はい。王都でもやってみたいなと思って」
「分かりました。少し待ってください」
メーガンは露店の予定が書かれた紙を何枚かめくっていく。
「明日は埋まっていますね。その次の日なら、一か所空いています」
「……明後日ですか」
「はい。市場の広場に近い場所です。人通りも多いですよ」
ルナは少し考えた。
明後日となると、準備できる時間はあまりない。
「商品はもう決まっていますか?」
「まだなんです」
「それなら、少し急ですね。準備は間に合いそうですか?」
「……ちょっと急ですけど、やってみたいです。そこ、借りられますか?」
「分かりました。では、押さえておきますね」
「ありがとうございます」
メーガンは必要事項を書き込みながら、いくつか確認していく。
「今回は食べ物を売る予定ですか?」
「そのつもりです。ムギボと、あと何か料理を売れたらと思っています」
「ムギボも露店で販売するんですね」
「はい。ギルドに委託しているものを、自分でも売って大丈夫ですか?」
「もちろんです。委託販売とは別ですから、問題ありませんよ」
「よかった」
直接売れば、買ってくれた人の反応を見ることもできる。
それも、今回露店を出してみたいと思った理由の一つだった。
「販売台はこちらで用意できます。鍋や鉄板なども貸し出せますが、数に限りがあるので、必要なものが決まったら早めに知らせてください」
「分かりました」
「火を使う場合は、食材の管理とあわせて十分に気をつけてくださいね」
「はい」
場所代を支払い、簡単な手続きを済ませる。
「これで大丈夫です。明後日の朝、こちらに寄ってから指定された場所に向かってください」
「ありがとうございます」
ルナはメーガンに頭を下げ、商業ギルドをあとにした。
明後日となれば、のんびりしてはいられない。
何を売るのか決めて、試しに作って、必要な材料も揃えなければならない。
「やることいっぱいだ……」
そう呟きながらも、自然と足取りは軽くなる。
まずは帰って、ミアたちと相談しよう。
ルナはみんなが待つ家へと急いだ。
家に戻ると、ルナはさっそく三人に露店のことを伝えた。
「明後日なら空いてるって。場所も取ってもらったよ」
「じゃあ、何を売るか決めないとな」
レオの言葉に、ルナは頷く。
「ムギボは?」
ミアが聞く。
「それも売るつもり。いつもギルドにお願いしてるから、買ってくれた人がどんな反応をするのか見てみたいし」
直接売れば、その場で感想を聞けるかもしれない。
それはルナも楽しみだった。
「でも、せっかくだからムギボだけじゃなくて、何か他の料理も売ってみたいんだよね」
「また揚げ芋にする?」
「それでもいいんだけど……」
マレットの花祭りで売った揚げ芋も評判は悪くなかった。けれど、今回は別のものを作ってみたい。
「ライサを使ってみるのはどうかな」
「ライサ?」
「うん。王都の人にも食べてもらいたいなって」
王都の穀物店でもライサは売られていたが、置かれている量は少なかった。
王都ではそれほど馴染みのある食べ物ではないのだろう。
「炊いたライサを握ったものはどうかな?」
ルナはおにぎりを作るように手を動かす。
「それってライサを握るだけ?」
「そう。持って食べられるから、露店にも合うと思うんだけど」
そう説明すると、ミアとレオが顔を見合わせた。
「でも、ライサだけだとあんまり味しないよね?」
「俺もそれは思った」
「あ……」
以前、初めてライサを炊いたときの二人の反応を思い出す。
「そっか。初めて食べる人に、これだけだと気に入ってもらえないかも……」
ルナは少し考える。
おかずと一緒に食べれば美味しい。
けれど、露店で売るなら一つで食べられるものにしたい。
「じゃあ……お肉を巻いてみようかな」
「肉?」
「うん。ライサを握って、その周りに薄く切ったお肉を巻いて焼くの。お肉にしっかり味をつければ、ライサと一緒に食べても美味しいと思う」
「それなら食べたい!」
ミアがすぐに反応した。
レオも興味を持ったように頷いている。
「でも、どのくらいの大きさにする?」
「これくらいだと、歩きながら食べるにはちょっと大きいかな」
ルナは両手で普通のおにぎりの形を作りながら考える。
「もう少し小さくして……細長くした方が食べやすいかも」
「だったら、串に刺してみるか?」
レオの言葉に、ルナが顔を上げる。
「串?」
「串肉みたいにしたら、手も汚れにくいだろ」
「あ、それいいね!」
細長く握ったライサに肉を巻き、串に刺して焼く。
それなら持ち歩きながらでも食べやすい。
「じゃあ、一回作ってみようか」
「賛成!」
ミアが元気よく手を挙げる。
「ラズも食べてみる?」
ルナが尋ねると、話を聞いていたラズが小さく頷いた。
「……うん」
「じゃあ決まり。まずは材料を買いに行こう」
どんな味になるだろう。
ルナは出来上がりを想像しながら、さっそく買い物に行く準備を始めた。
四人は市場に向かった。
最初に訪れたのは、以前ライサを見つけた穀物店だ。
「こんにちは」
「いらっしゃい。今日は何を探してる?」
「ライサが欲しいんですけど、まだありますか?」
「ああ、あるよ」
店主が店の奥を確認してくれる。
しばらくして戻ってくると、ライサの入った袋を見せてくれた。
「どのくらい必要なんだ?」
「今日は試しに料理を作ってみたいので、まずはこれくらいお願いします」
ルナは必要な量を伝える。
「二日後に露店を出すことになって、うまくできたら本番でもライサを使いたいんです」
「露店に? なら、必要な量が決まったら早めに教えてくれ。今ある分で足りなければ、追加で仕入れられるか確認してみる」
「ありがとうございます」
試作に使う分のライサを買い、次は肉を扱う店に向かう。
肉はライサに巻きやすいものを店の人に相談しながら選んだ。
こちらも今日は試作に使う分だけを買い、本番用は出来上がりを確認してから改めて用意することにする。
「これで作れるね」
必要な材料を揃えたところで、ルナは市場の広場に目を向けた。
「そうだ。せっかくだから、露店を出す場所も見ていかない?」
「いいね。行こう」
四人はそのまま広場に向かった。
広場には今日もいくつもの露店が並んでいた。
焼いた肉を売る店からは香ばしい匂いが漂い、少し離れたところでは果物や焼き菓子が並べられている。
店先に大きな値札を置いているところもあれば、売っているものの名前や絵が描かれた看板を掲げているところもあった。
「あそこだ」
ルナはメーガンから教えてもらった場所を見つける。
今は別の露店が出ているが、二日後にはその場所を借りることになっている。
「ここで売るんだね」
ミアが辺りを見回す。
「結構、人が通るな」
「メーガンさんも人通りが多いって言ってた」
買い物に来た人たちが次々と目の前を通っていく。
その様子を見ていると、二日後には自分たちもここに立っているのだと、少しずつ実感が湧いてきた。
「ちゃんと売れるかな」
「その前に、うまく作れるかだろ」
レオに言われ、ルナは笑う。
「それもそうだね。まずは試作しないと」
必要なものも買えた。
場所も確認できた。
四人は材料を抱え、試作をするため家へと戻った。
家に戻ると、ルナたちはさっそく料理を始めた。
まずは買ってきたライサを炊く。
炊き上がるのを待つ間に肉を薄く切り、串など必要なものも準備しておいた。
やがてライサが炊き上がると、少し冷ましてから、崩れないようにしっかりと細長く握っていく。
「このくらいかな」
手に持って食べることを考え、あまり大きくはしない。
形を整えたライサの周りを、薄く切った肉で包んでいく。
「あたしもやる」
「じゃあ、ミアはこっちお願い」
ミアにも手伝ってもらいながら、いくつか作っていく。最後にそれぞれ串を刺せば、形は完成だ。
最初は味を確かめるため、肉には塩だけを振ることにした。
熱した鉄板に並べると、すぐに肉の焼ける音が響き始める。
「いい匂い」
ラズが焼けていく肉を見つめている。
「もう少し待ってね」
串を持って表面を返しながら、中までしっかり火を通す。
焼き上がったものを皿に移すと、ルナはみんなに一本ずつ渡した。
「熱いから気をつけてね」
ミアがさっそく一口食べる。
「おいしい!」
「ああ。これならライサにも合うな」
レオにも好評だった。
ラズも小さく頷きながら食べている。
「これならよさそうだね」
ルナも一口食べてみる。
肉の塩気がライサとよく合っていて、思っていたより悪くない。
これなら売れるかもしれない。
そう考えながら残った材料を見ていたルナは、ふとあることを思いついた。
「……そうだ。もう一つ試してみてもいい?」
「まだ何かするの?」
「ちょっとだけね」
ルナは調味料を取り出した。
ガルムに蜂蜜と酢を少しずつ加え、味を確かめながら混ぜ合わせていく。
甘みと酸味のあるタレができると、残っていた肉巻きライサを焼き、仕上げに表面に塗った。
もう一度、軽く焼く。
ジュッと音がして、先ほどとは違う香ばしい匂いが広がった。
「さっきよりいい匂いがする」
ミアがすぐに近寄ってくる。
「焦げやすそうだから、塗ってからは少し焼くだけでよさそう」
ルナは焼き上がったものを皿に移した。
「じゃあ、こっちも食べてみようか」
少し冷ましてから、四人で試食する。
「……あたし、こっちがいい!」
一口食べたミアがすぐに言った。
「俺も。こっちの方が好きだな」
「ラズは?」
「……こっち」
「私もこっちかな」
甘じょっぱく、少し酸味のある味が肉だけでなくライサにもよく合っている。
少し入れた酢のおかげか、思ったほど重くもなかった。
「じゃあ、これを売ろうよ」
ミアの言葉に、ルナは笑いながら頷きかけ——途中で止まった。
「その前に、ちゃんと計算してからね」
「計算?」
「材料にいくらかかるか。売れば売るほど赤字になったら困るでしょう?」
「あ、そっか」
「タレにもガルムと蜂蜜を使ってるし、串や場所代もかかってるからね」
一本作るのにどのくらいかかるのか。
それを確かめてから、売る値段と作る数を決めなければならない。
「まあ、それはあとで計算するとして……残ってるのは食べちゃおうか」
「賛成!」
ミアが元気よく答える。
「もう少し大きくてもよさそうだな」
「そう? これだと一本じゃ少ない?」
「俺ならな」
「じゃあ本番は少し大きく……って、その分材料費も上がるよね」
「先に計算だな」
「うん。値段とのバランスを見て決めよう」
四人は出来上がった肉巻きライサを囲み、味や大きさについて話しながら、試作品を楽しく食べた。




