王都前編 9
王都の第二騎士団では、街道で捕らえられた五人の男たちの取り調べが始まっていた。
ディオンは机の上に置かれた報告書に目を落とす。
襲われた馬車は、それほど大きなものではない。
商人が大量の荷を運んでいたわけでもなく、中を調べても目立った金品は見つからなかった。
亡くなった夫婦の所持品も、そのまま残されている。
それだけでも、金品を目的とした犯行とは考えにくかった。
「もう一度聞く。なぜ、あの馬車を狙った?」
ディオンは報告書から顔を上げ、目の前に座る男を見る。
捕らえられた五人の中でも年長で、他の四人をまとめていたと思われる男だ。
「だから、俺たちは頼まれただけだって言ってるだろ」
「何を頼まれた?」
「指定された馬車を止めて、中にいる奴らを連れてこいって」
「どこへ?」
「街道から少し離れた場所だよ。そこまで連れていけば、あとは向こうで引き取るって話だった」
ディオンの眉がわずかに動く。
「中に誰が乗っているかは聞いていたのか?」
「男と女と子供の三人だ。それくらいは聞いてた」
「三人全員を連れてくるようにと?」
「ああ」
「理由は?」
「知らねえよ」
男は面倒そうに吐き捨てる。
「余計なことは聞かなくていいって言われたんだ。指定された馬車を止めて、三人を連れていくだけ。それで金がもらえるってな」
「事情も分からないまま引き受けたのか?」
「簡単な仕事だと思ったんだよ。それに金もよかった」
「報酬が高かった?」
「ああ。急ぎの仕事だから、その分上乗せするって言われた」
ディオンはわずかに眉を寄せた。
「急ぎ?」
「すぐに人を集めて、指定された街道に向かえってな。王都に向かってくる馬車を止めろって話だった」
「馬車が通る時間も聞いていたのか?」
「だいたいの時間と、馬車の特徴は聞いてた。見れば分かるって言われたよ」
依頼人は、あの家族が王都に向かっていることを知っていた。
しかも、急いで馬車を止める必要があったらしい。
「では、最初から殺すつもりはなかった?」
「当たり前だろ。生きたまま連れてこいって言われてたんだ」
それなら、なぜ夫婦は死んだのか。
ディオンは報告書をめくった。
「父親を殺したのは?」
「……あれは予定外だった」
それまで面倒そうに答えていた男の声が、少し低くなる。
「馬車を止めたら、あの男が抵抗したんだ。大人しくしろって言っても聞かなくてな。揉み合いになって……一人が剣で斬った」
「誤って殺したと?」
「殺すつもりはなかった。俺たちだって、連れて行くつもりだったんだ」
ディオンは黙って続きを促す。
「そのあと、別の馬車が来たんだよ。あんたらも知ってるだろ。俺たちを捕まえた奴らだ」
「ああ」
「こっちは一人死なせちまってる。これ以上面倒を増やしたくなかったから、最初は関わらずに行かせるつもりだった」
「だが、そうはならなかった」
「……女が飛び出した」
男が顔をしかめる。
「俺たちがそっちに気を取られてる隙に、馬車から逃げ出して助けを求めやがった」
「それで、その馬車も止めようとしたのか?」
「ああ。見られた以上、そのまま行かせるわけにもいかねえだろ」
男はそこで苛立ったように息を吐く。
「まさか、あんな奴らが乗ってるなんて思わなかったけどな」
「……」
ディオンはそれ以上、そのことについて尋ねなかった。
マシューとリアムを相手にして、この五人がどうなったのかは聞くまでもない。
「母親は?」
「……戦ってる間に、押さえてた奴からまた逃げようとしたんだよ」
「それで斬った?」
「そうだ」
父親も母親も、最初から殺害する予定ではなかった。
依頼された仕事が思いどおりに進まず、その場で起きたことだったらしい。
もちろん、それで二人を殺した罪が軽くなるわけではない。
「子供については?」
「知らねえよ。それどころじゃなかったんだよ」
確かに、当時の状況を考えれば不自然ではない。
ディオンは再び報告書を見る。
指定された馬車。
そこに乗っていた夫婦と子供。
三人を生きたまま、指定された場所に連れていく依頼。
「依頼したのは誰だ?」
「昔の知り合いだよ」
「名前は?」
「……言ったら、少しは刑が軽くなるのか?」
「それを決めるのは俺じゃない。ただ、捜査に協力したことは記録に残る」
「ちっ……」
男はしばらく黙っていたが、やがて諦めたように一人の名前を口にした。
その名前を聞いた瞬間、ディオンは眉を寄せる。
「……そいつか」
聞き覚えがあった。
王都で続いていた窃盗や盗品売買について調べる中で、以前捕らえた者たちから何度か名前が出ていた男だ。
第二騎士団でも調べ始めていたが、その頃から盗品を扱う者たちの動きが目に見えて鈍くなっていた。
男自身も表立って動かなくなり、詳しいことまでは掴めていない。
「その男とは、どこで会った?」
「王都の酒場だよ」
「店の名前は?」
「……覚えてる」
男が答えた店の名前を、そばに控えていた騎士が書き留める。
「いつ会った?」
「仕事を頼まれた日の夜だ」
「以前から話を聞いていたわけではないんだな?」
「ああ。俺だって久しぶりに会った。いきなり声をかけられて、すぐに動ける奴を集めろって言われたんだよ」
ディオンは少し考える。
「それで、お前が残りの四人を集めた?」
「ああ。急だったから、すぐ捕まる奴に声をかけた」
「連絡を取る方法は?」
「向こうから声をかけてきた。こっちから探したことはねえ」
ディオンはしばらく男を見つめたあと、立ち上がった。
「分かった。今日はここまでだ」
取り調べ室を出ると、同行していた騎士もあとに続く。
「残りの四人からも、同じように依頼人について聞き出してくれ。話が食い違っているところがあれば報告を」
「はい」
「それと、今聞いた酒場を調べろ。店の者や常連にも話を聞いて、あの男が最近出入りしていなかったか確認してくれ」
「分かりました」
実行犯たちは、今回の襲撃について詳しい事情を知らされていなかった。
(問題は、なぜそこまで急いであの家族を捕らえる必要があったのかだな)
馬車に目立った金品はなかった。
家族そのものに目的があったと考える方が自然だろう。
だが、捕らえた五人に聞いても、その理由までは分からない。
まずは仕事を持ちかけた男を見つける必要がある。
ディオンがそんなことを考えながら廊下を歩いていると、前方から一人の騎士が足早に近づいてきた。
「団長」
「どうした?」
騎士はディオンの前で足を止める。
「神殿から連絡が来ています」
「神殿から?」
思いがけない名前に、ディオンも足を止めた。
「はい。少し前に、珍しいスキルが確認された子供がいるそうなのですが、その子供と両親の行方が分からなくなっているとのことです」
「家族ごとか?」
「はい。神殿でスキルを確認したあと、しばらくして姿を消したそうです」
ディオンは眉を寄せる。
「なぜ今になって騎士団へ?」
「そのあたりも含めて、詳しいことは団長に直接お話ししたいとのことでした」
スキルに関する情報は、扱いに注意が必要なものも多い。
わざわざ自分に直接話したいということは、簡単に書面で済ませられる内容ではないのだろう。
「分かった。こちらが済んだら神殿に向かう」
「はい」
騎士が頭を下げる。
指定された家族を連れ去るよう命じた男。
そして、その直後に入ってきた神殿からの連絡。
(まさかな……)
まだ、二つを結びつけるだけの材料はない。
それでもディオンは、神殿に直接話を聞きに行く必要があると感じていた。
◇◇◇
その日の夕方。
買い物を終えて新しい家に戻ったルナは、さっそく台所に立っていた。
「さて、何から始めようかな」
目の前には、市場で買ってきた食材が並んでいる。
新しい家で作る、初めての夕食だ。
ラズは買い物で疲れたのか、自分の部屋で少し休んでいる。
レオは研究所にいるリアムたちに、部屋を借りたことを伝えに行っていた。時間があれば夕食も一緒にどうかと誘ってもらうつもりだ。
そのため、今台所にいるのはルナとミアの二人だけだった。
「まずライサを炊こうか」
「うん。こっちはあたしがやるよ」
ミアがライサの準備を始める。
今日の献立は、ハンバーグと揚げ芋、それに野菜のスープだ。
ラズが肉を食べたいと言っていたので、せっかくなら食べやすいものにしようと考えた。
ルナは肉を細かく刻み、ミアには玉ねぎを切ってもらう。
「これくらい?」
「うん。もう少し細かくしてもらえる?」
「分かった」
二人で手分けして材料を準備していく。
細かくした肉に、刻んだ玉ねぎと卵、それに細かくしたパンを加え、塩と香辛料で味をつける。
「これを全部混ぜるの?」
「うん。しっかり混ぜてから形を作るの」
「せっかくお肉を細かくしたのに、また固めるんだ?」
「そう。こうすると、そのまま焼くのとはまた違った感じになるんだよ」
「へえ……」
「食べれば分かるよ」
笑いながら答え、ルナは材料を混ぜ合わせていく。
十分に混ざったところで、一つ分を手に取った。
「こんな感じ」
丸くまとめて、少し平たくする。
「あたしもやる」
「じゃあお願い」
ミアも隣で形を作り始めた。
大きさが少しばらばらになったものの、それも手作りらしくて悪くない。
揚げ芋とスープの準備も進め、最後にハンバーグを焼き始める。
熱した鍋に肉を並べると、ジュッと音がして香ばしい匂いが広がった。
「わあ……いい匂い」
「でしょ?」
「これ、絶対おいしいやつだ」
「まだ食べてないのに」
そんな話をしていると、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま」
「レオ?」
ルナが台所から顔を出す。
戻ってきたレオの後ろには、リアムとマシューもいた。
「いらっしゃい」
「来ちゃった」
「リアムが行くと言い出してな」
「マシューだって断らなかったじゃん」
「夕食に誘われて断る理由もないだろ」
いつものやり取りに、ルナは笑った。
「二人とも、来てくれてありがとう」
リアムは部屋の中を見回した。
「ここが新しく借りた部屋?」
「うん。昨日からここで暮らしてるの」
「思ってたより広いね」
「四人で住むからね。市場からは少し離れてるけど、台所もあるし、ここが一番よかったんだ」
「料理ができるもんね」
「それだけじゃないよ」
ルナが少しむっとすると、レオが笑う。
「かなり大きな決め手だったけどな」
「もう」
すると、リアムが台所の方に顔を向けた。
「それで、何作ってるの?」
「ハンバーグ」
「ハンバーグ?」
聞き慣れない名前に、リアムが首を傾げる。
「お肉を細かくして、いろいろ混ぜて焼いたもの」
「なんで一度細かくするの?」
「食べやすくなるし、混ぜるものによって味も変えられるから」
「へえ」
さっそく興味を示したリアムを横目に、マシューが息をつく。
「その話は食べてからにしろ」
「まだ何も聞いてないけど」
「これから聞くだろ」
図星だったのか、リアムが黙る。
ルナは笑いながら台所に戻った。
料理が完成すると、ミアに盛りつけを任せ、ルナはラズを呼びに向かった。
「ラズ、ご飯できたよ」
声をかけながら部屋を覗く。
ラズはベッドに腰掛けていた。
その手には、何かが握られている。
「ラズ?」
近づこうとして、ルナは足を止めた。
ラズが見つめていたのは、綺麗なブローチだった。
中央には、大きな宝石がはめ込まれている。
「……お父さん」
小さな声が聞こえた。
「ラズ」
声をかけると、ラズが顔を上げる。
「大丈夫?」
「……うん」
ルナは隣まで行くと、もう一度ブローチを見た。
「それ、大切なもの?」
ラズは少し迷ってから頷く。
「……うん」
「そっか」
父親に関係する、大切なものなのだろう。
ルナはそれ以上聞かなかった。
「じゃあ、大事にしないとね」
「……うん」
「ご飯できたよ。今日はラズが食べたいって言ってたお肉」
「お肉?」
「うん。ちょっと変わった料理にしてみたの。みんなも待ってるから行こう」
「……うん」
ラズはブローチをしまうと、ルナと一緒に部屋を出た。
食卓には、炊き上がったライサとハンバーグ、揚げ芋、野菜のスープが並んでいた。
「じゃあ、食べようか」
全員で食事を始める。
最初にハンバーグに手を伸ばしたのはレオだった。
「うまい」
「早いね」
「一口食えば分かるだろ」
「あたしもこれ好き!」
ミアも嬉しそうに食べている。
マシューも一口食べてから、小さく頷いた。
「うまいな」
「本当?」
「ああ」
その隣では、リアムがハンバーグの断面を見ている。
「細かくした肉を固め直すだけで、こんなに食感が変わるんだ」
「リアム、料理まで研究しなくていいからね」
「見てただけだよ」
そう言いながら、もう一口食べている。
ラズも黙々と食べていた。
「ラズはどう?」
尋ねると、小さく頷く。
「……おいしい」
「よかった」
みんながおいしいと言って食べてくれる。
その様子を見ているだけで、ルナは嬉しくなった。
「やっぱり、こういうのっていいなぁ」
「こういうの?」
ミアが首を傾げる。
「誰かに食べてもらって、おいしいって言ってもらえるの」
ルナはハンバーグを一口食べてから続けた。
「ムギボが売れるのもすごく嬉しいんだけど、買ってくれた人の顔は見えないでしょ? だから、ちょっと寂しいなって」
「そっか。でもそれなら研究所の人たちは見えるんじゃない?」
「え?」
「だって、毎週二百本買ってくれるんだよ? リアムたちも食べてる?」
「食べてるよ」
リアムがすぐに答えた。
「でも、ヴィクター所長がひどいんだ」
「所長が?」
「一人で何本も持っていく人がいるから、一人五本までって決められたんだよ」
「五本もあれば十分じゃない?」
「全然足りない」
「十分だと思うけど……」
ルナが苦笑する。
すると、意外なところから声が上がった。
「それについては俺もリアムに賛成だ」
「マシューまで?」
ルナが驚いて見ると、マシューは真面目な顔で頷いた。
「五本じゃ少ない」
「ほら」
「いや、ほらじゃないよ」
「マシューが俺に賛成するなんて珍しいでしょ?」
「ムギボに関してだけだ」
「そんなに気に入ってくれてたんだ?」
ルナが聞くと、マシューは少しだけ視線を逸らした。
その様子がおかしくて、ミアが吹き出す。
ルナも笑い、レオまで肩を揺らしていた。
すると。
「……ふふっ」
小さな笑い声が混ざった。
ルナはそちらを見る。
ラズが笑っていた。
ほんの少しだけ。
けれど、確かに楽しそうに笑っている。
ルナは何も言わなかった。
ただ、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「そうだ」
ミアがルナを見る。
「食べてくれる人の顔が見たいなら、また露店で何か売ってみたら?」
「露店?」
「うん。マレットの時も楽しかったし、いいんじゃない?」
「そうだね……」
マレットで露店を出したときは、目の前で買ってもらい、その場で食べてもらうこともできた。
美味しいと言ってもらえたことも、今でもよく覚えている。
「それもいいかも」
今度は何を作ろう。
そう考えながら、ルナはみんなと一緒に食卓を囲む。
笑い声の聞こえる新しい家での夕食は賑やかに過ぎていった。




