王都前編 7
数日後。
ルナたち四人は、オルソン侯爵家を訪れていた。
「……大きい」
目の前に建つ屋敷を見上げ、ミアは思わず呟く。
以前働いていたフィールズ子爵家の屋敷も、決して小さくはなかった。
けれど、目の前の屋敷はそれよりもずっと大きい。立派な門の向こうには広い敷地が続き、きれいに整えられた庭も見える。
侯爵家なのだから当然なのかもしれない。
それでも、こうして招かれる側として訪れると緊張してしまう。
ミアは無意識に背筋を伸ばした。
隣を見ると、レオもいつもより口数が少ない。
「レオも緊張してる?」
「……そりゃするだろ。侯爵家だぞ」
「だよね」
自分だけではなかったことに、少しだけ安心する。
ルナはそんな二人を見て小さく笑っていた。
その隣では、ラズが静かに屋敷を見上げている。
出迎えてくれた使用人に案内され、四人は屋敷の中を通って庭園へ向かった。
色とりどりの花が咲く庭園には、白いテーブルと椅子が用意されている。
その前に、一人の女性が立っていた。
「いらっしゃい。待っていたわ」
柔らかな笑顔で迎えられ、ミアたちは足を止める。
(この人が、マシューのお姉さん……)
顔立ちには、どことなくマシューの面影がある。
けれど、いつも落ち着いているマシューと比べると、ずっと柔らかな印象だった。
「初めまして。マリアンナ・オルソンよ」
「初めまして、マリアンナ様。ルナと申します」
ルナに続き、ミアとレオも名乗る。
ラズも小さな声で名前を告げた。
「そんなに緊張しなくて大丈夫よ。マシューから皆さんのことは聞いているの。旅の途中でずいぶんお世話になったみたいね」
「いえ、私たちの方がお世話になっています」
ルナが答えると、マリアンナが楽しそうに笑った。
「そうなの? あの子から話を聞いていたら、どんな人たちなのか一度会ってみたくなってしまって」
それから、少しだけ表情を改める。
「では、立ったままでは疲れるでしょう。座って」
勧められるまま、四人は席についた。
ほどなくして、一人の侍女がお茶を運んでくる。
茶器を置く動作は丁寧で、よく慣れているように見えた。
けれど、どこか普通の侍女とは違う気もする。
ミアが何となくその姿を目で追っていると、マリアンナが気づいたように笑った。
「紹介するわね。カレンよ」
「初めまして」
カレンが四人に頭を下げる。
「初めまして」
ミアも慌てて頭を下げた。
「ミアさんには、カレンから護衛について学んでもらおうと思っているの」
「え?」
ミアは目の前の侍女を見た。
「カレンは私の侍女だけれど、護衛でもあるのよ」
「護衛?」
思わず声が大きくなる。
もう一度カレンを見る。
どう見ても、今は普通の侍女にしか見えない。
「もともとは護衛としてこの家に入ったの。でも、私が嫁いでくる時に、侍女の仕事も覚えてくれたのよ」
「侍女の仕事は、まだ勉強中ですが」
カレンが少し困ったように付け加える。
「十分助けてもらっているわ」
「マリアンナ様は、すぐそうおっしゃいますから」
「あら、本当のことなのに」
二人のやり取りを見ながら、ミアは改めてカレンを見る。
侍女としてマリアンナのそばにいて、身の回りのことを手伝う。そして、必要なときには彼女を守る。
(あたしがやりたかったのって、こういうことなのかも……)
ルナのそばにいて、身の回りのことを手伝いたい。
それだけではなく、危険なときにはルナを守れるようになりたい。
そんなことを考えていると、カレンがミアに顔を向けた。
「ミアさん」
「はい?」
「ミアさんも以前侍女をしていたと聞きました。お菓子も用意してありますので、少し手伝っていただけますか?」
「あたしがですか?」
「はい。お願いできますか?」
「もちろんです」
ミアはすぐに立ち上がった。
「行ってきます」
「うん」
ルナたちにそう告げ、カレンのあとについて庭園を離れる。
屋敷に戻ると、カレンは用意されていた焼き菓子を皿に移し始めた。
ミアも隣に立ち、それを手伝う。
しばらくして、カレンが口を開いた。
「ミアさん」
「はい?」
「マシュー様から、街道で起きたことを少し聞いています」
その言葉に、ミアの手が止まった。
「……あのときのことですか?」
「はい。詳しく聞いたわけではありません。ただ、あの出来事があって、あなたとレオさんがもっと強くなりたいと思ったと」
「……そうです」
ミアは手元の皿に目を落とした。
あの日のことは、今でもはっきり覚えている。
助けを求めてきた女性。
剣を手に近づいてきた男たち。
そして、倒れた女性を見て駆け出そうとしたルナ。
「あたし、怖くて動けなかったんです」
口にすると、胸の奥が苦しくなる。
カレンは何も言わず、続きを待っていた。
「レオは戦ってたのに、あたしは見てることしかできませんでした」
「はい」
「弓だって持ってたのに、一度も使えなくて……」
弓を使えるようになれば、少しはルナを守れると思っていた。
けれど、本当に危険なことが起きたとき、身体は思うように動かなかった。
「ルナがあの女の人を助けに行こうとしたときも、腕を掴んで止めることしかできなくて……」
ミアはぎゅっと手を握った。
「もっと強くならなきゃって思ってます。でも、また同じことがあったらって考えると……怖いんです」
次は動けるのだろうか。
今度こそ、ちゃんとルナを守れるのだろうか。
ずっと胸の奥に残っていた不安だった。
けれど、ルナには言えなかった。
ルナだってあの出来事で傷ついている。
これ以上心配をかけたくなかった。
レオも前を向いていたから、自分もそうしなければと思っていた。
カレンは少しの間、黙ってミアの話を聞いていた。
やがて、静かに尋ねる。
「ミアさん。一つ聞いてもいいですか?」
「……はい」
「ルナさんが倒れた女性のところへ向かおうとしたとき、あなたは腕を掴んで止めたんですよね?」
「はい」
「そのあと、ルナさんは危険な場所へ行きましたか?」
「え?」
思いがけないことを聞かれ、ミアは顔を上げた。
「……行ってません」
「どうしてですか?」
ミアは戸惑いながら、あのときのことを思い出す。
駆け出そうとしたルナの腕を、必死に掴んで離さなかった。
「あたしが……止めたから……」
カレンが頷く。
「そうです」
「でも、それだけで……」
「それだけではありません」
カレンは穏やかな声で言った。
「護衛の役目は、敵を倒すことだけではありません。守る相手を危険から遠ざけることも、大切な役目です」
「でも、あたしは戦えませんでした」
「はい。できなかったことはあります」
カレンはそこを否定しなかった。
「弓を使えなかった。怖くて身体が動かなかった。それは、これから訓練していけばいいんです」
そして、ミアをまっすぐ見る。
「でも、できたことまで、できなかったことにする必要はありません」
「できたこと……」
「あなたは、ルナさんを危険な場所へ行かせなかった。それは間違いなく、あなたがしたことです」
ミアは何も言えなかった。
ずっと、あの日の自分を役立たずだと思っていた。
弓を使えなかったことばかり考えて、ルナの腕を掴んだことを、できたことだと思ったこともなかった。
「少なくとも、あのときのあなたは、ちゃんとルナさんを守っています」
「……あたし」
声が震えた。
「何もできなかったわけじゃ……ないんですか?」
「はい」
カレンは迷わず頷いた。
その瞬間、ミアの目から涙がこぼれた。
「あ……」
慌てて手で拭う。
けれど、一度あふれた涙は止まらなかった。
「ご、ごめんなさい」
「大丈夫ですよ」
「違うんです。あたし……ずっと、怖かったんです」
一度口にすると、今まで押し込めていた言葉が次々とあふれてきた。
「もっと強くなりたいけど、ちゃんとできるようになるのかなって……。また何かあったら、今度こそルナを守れるのかなって……」
声が震える。
「あたし、これからも一緒にいたいのに……!」
それ以上は言葉にならなかった。
ミアは両手で顔を覆い、そのまま声を上げて泣いた。
カレンは何も言わず、ただ静かにそばにいた。
しばらくして涙が落ち着いた頃、カレンが口を開く。
「私だって、護衛としてまだ学ぶことはたくさんあります」
ミアは赤くなった目を上げた。
「カレンさんが?」
「はい。護衛としても、侍女としても、覚えなければならないことはたくさんあります。特に侍女の仕事は、今でも周りの方に教えてもらうことがあります」
「そうなんですか……?」
「意外ですか?」
ミアが小さく頷くと、カレンは少し困ったように笑った。
「ですから、私も勉強中です」
そして、ミアに手を差し出す。
「できなかったことは、これからできるようになればいいんです。一緒に頑張りましょう」
「……はい」
ミアはその手を取った。
まだ不安がなくなったわけではない。
次に危険なことが起きたとき、本当に動けるのかも分からない。
それでも、あの日の自分にもできたことはあった。
そう思えただけで、胸の奥にずっと残っていた重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。
しばらくして、ミアはカレンと一緒に庭園に戻った。
二人の手には、お菓子を載せた皿がある。
「お待たせしました」
そう言ってテーブルに近づくと、真っ先にルナがミアの顔を見た。
「ミア?」
「……どうした?」
レオも眉を寄せる。
たくさん泣いたせいで、目が赤くなっているのだろう。
「大丈夫?」
心配そうに尋ねるルナに、ミアは笑ってみせた。
「うん。大丈夫」
「でも……」
「本当に、もう大丈夫だから」
もう一度そう言うと、ルナは少し迷ったあと、「そっか」と頷いた。
レオも何か聞きたそうにしていたが、それ以上は何も言わなかった。
「さあ、お菓子も来たことだし、いただきましょうか」
マリアンナが明るく声をかける。
カレンが皿を置き、ミアも再び席についた。
用意されていた焼き菓子を食べながら、しばらく皆で話をした。
話題になったのは、これまで旅してきた町のことだった。
ナキールの大きな市場。
ハセンで見た牧場。
マレットで開かれていた花祭り。
マシューからある程度聞いていたらしいが、本人たちから聞く話はまた違うようで、マリアンナは興味深そうに耳を傾け、ときどき質問もしてくる。
初めは緊張していたミアも、いつの間にか普通に話せるようになっていた。
やがてマリアンナがテーブルの上の茶器に目を向ける。
「さて。話を聞いていたら、このままずっとお茶をしてしまいそうね」
そう言って笑うと、カレンを見た。
「そろそろ二人を訓練場に案内してあげて」
「はい」
カレンが立ち上がる。
「ミアさん、レオさん。行きましょうか」
「はい」
ミアも立ち上がろうとして、ふとラズを見た。
訓練場では剣を使った手合わせもするのだろう。
レオも同じことを考えたのか、ラズに目を向けている。
すると、ルナが先に口を開いた。
「私はラズとここで待ってるよ」
「ルナ?」
「今日は二人の訓練だから。私は見てても仕方ないし」
ルナはそう言って、隣に座るラズを見る。
「ラズも一緒にお茶して待ってようよ」
「……うん」
ラズが小さく頷いた。
「それなら、二人は私とお話ししていましょう」
マリアンナも自然にそう言ってくれる。
ミアは少し安心した。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。無理しないでね」
「分かってる」
レオが苦笑しながら答える。
「では、こちらです」
歩き出したカレンのあとを、ミアとレオが追った。
◇◇◇
庭園を離れ、屋敷の横を抜けていくと、少し先に広い訓練場が見えてきた。
そこにはすでに、二人の男性が待っていた。
一人は三十代半ばほどの、落ち着いた雰囲気の男。
もう一人はレオと年齢が近そうな青年で、こちらを見ると気さくに笑った。
「紹介しますね。こちらがジェフリーさんです」
「ジェフリーだ。よろしく頼む」
「それから、こちらがカーターさんです。お二人ともオルソン家の護衛をしています」
「カーターです。よろしく」
「レオだ。よろしく」
レオも二人に挨拶を返す。
「ジェフリーさんには、主にレオさんの訓練をお願いします」
「分かった」
ジェフリーはそう答えると、レオに視線を向けた。
「マシュー様から、剣はほとんど独学で覚えたと聞いている」
「ああ。誰かにちゃんと習ったことはない」
「なら、まずは一度やってみるか」
「いきなり?」
「普段どう戦っているのか見たい」
そう言われ、レオは頷いた。
「分かった」
訓練用の剣を受け取り、ジェフリーと向かい合う。
「魔法は?」
「今回はなしだ。剣だけで来い」
「了解」
レオは剣を構えた。
ジェフリーも剣を構える。
ただそれだけなのに、先ほどまでとは空気が変わった気がした。
「いつでもいいぞ」
「じゃあ——行く!」
レオは地面を蹴り、一気に距離を詰めた。
まずは相手の出方を見るつもりで剣を振るう。
だが、届かない。
「え?」
ジェフリーは、わずかに身体をずらしただけだった。
すぐに剣を返そうとした、その瞬間。
「っ!」
手元に衝撃が走る。
気づけば、ジェフリーの剣がレオの剣を押さえていた。
「まだ続けるぞ」
「ああ!」
レオは一度距離を取り、もう一度踏み込んだ。
今度は最初から速く。
横から剣を振るい、避けられるのを見越して次の一撃へつなげる。
それも防がれた。
さらに踏み込もうとしたところで体勢を崩され、ジェフリーの剣先がレオの胸元で止まる。
「……参った」
それから何度か繰り返したが、結果はほとんど変わらなかった。一度もまともに攻撃を当てられない。
「……強すぎないか?」
息を整えながら言うと、少し離れたところで見ていたカーターが笑った。
「そりゃそうだよ。ジェフリーさん、元Aランク冒険者だから」
「は?」
レオは思わずジェフリーを見る。
「Aランク?」
「ああ。昔の話だ」
「昔って……」
「結婚して子供ができたのを機に冒険者を辞めた。それからは、ここで護衛をしている」
ジェフリーは何でもないことのように言う。
Aランク。
レオはまだDランクで、ようやくCランクが見えてきたところだ。
その遥か先まで上り詰めた人間が、目の前にいる。
「……そりゃ勝てないわけだ」
「ランクだけで勝負が決まるわけじゃないがな」
「それでも十分すごいだろ」
悔しくないわけではない。
ここまで何もできないとは思っていなかった。
けれど、それ以上に——。
(この人から教えてもらえるのか)
そう思うと、自然と口元が緩んだ。
「何を笑ってる?」
「いや。ちょっと嬉しくなって」
「負けたのに?」
カーターが不思議そうに聞いてくる。
「ああ。こんなに強い人に教えてもらえるなら、まだまだ強くなれそうだろ」
今の自分では、まったく歯が立たない。
それなら、覚えることはいくらでもあるということだ。
レオはもう一度、訓練用の剣を握り直した。
ふと横を見ると、少し離れたところではミアがカレンと向かい合っていた。
弓は持っていない。
カレンがミアの腕を掴み、それを振りほどく動きを何度も繰り返している。
「そうです。腕だけで引こうとしないでください」
「こうですか?」
「もう少し身体も一緒に動かしてみましょう」
どうやら護身術を教わっているらしい。
ミアも真剣な顔で、カレンの動きを見ている。
(ミアも頑張ってるな)
「レオ」
名前を呼ばれ、レオは振り返った。
「次はカーターとやってみろ」
ジェフリーがそう言って、カーターを見る。
「俺と?」
「ああ。年も近い。ちょうどいいだろう」
「分かりました」
カーターが訓練用の剣を手に取った。
カーターは幼い頃から剣を学んできたという。
「よろしく、レオ」
「ああ。今度は負けないからな」
「俺だって負けるつもりはないよ」
先ほどとは違い、互いに笑いながら向かい合う。
レオは剣を構えた。
カーターも構える。
「始め!」
ジェフリーの声と同時に、レオは距離を詰めた。
振り下ろした剣を、カーターが受け止める。
すぐに押し返され、今度はカーターの剣が迫った。
「っ!」
レオもそれを受ける。
剣と剣がぶつかり、乾いた音が訓練場に響いた。
先ほどとは違う。
攻撃は届くし、相手の剣も防げる。
(これならいける)
レオは続けて攻めた。
カーターもすぐに応じる。
何度か剣を打ち合わせるうちは、ほとんど互角に思えた。
だが——。
(……あれ?)
続けるうちに、少しずつレオが防ぐ側に回ることが増えていった。
カーターの剣は特別速いわけではない。
力も、自分と大きく違うとは思わない。
それなのに、こちらが攻めようとすると先に動きを押さえられる。
無理に攻めれば体勢を崩され、そこを狙われた。
「くそっ」
レオは一度距離を取る。
呼吸を整え、もう一度踏み込んだ。
カーターが剣を受ける。
そのまま打ち合い、レオは隙を見つけて横から剣を振った。
(取った!)
そう思った瞬間、カーターが半歩下がる。
剣が空を切った。
「しまっ——」
体勢を戻すより先に、カーターの剣がレオの肩に触れた。
「そこまで」
ジェフリーの声が飛ぶ。
「……負けた」
レオは息を吐いて剣を下ろした。
「危なかった」
カーターもほっとしたように笑う。
「最初は俺もいけると思ったんだけどな」
「俺も余裕はなかったよ」
「でも、負けは負けだろ」
悔しい。
ジェフリーに負けたときとは、また違う悔しさだった。
まったく届かない相手ではない。
何度か剣を交え、攻めることもできた。
だからこそ、最後に出た差が気になる。
レオは剣を握ったまま、ジェフリーに目を向けた。
「どうだった?」
ジェフリーに聞かれ、レオは少し考える。
「最初はいけると思った。でも、途中からこっちが動こうとする前に押さえられてた気がする」
「そうだな」
ジェフリーが頷く。
「カーターはお前ほど魔物との実戦経験は多くない。だが、剣の基礎は身についているし、普段から人を相手に訓練している。その差が出たな」
「……やっぱり、対人戦に慣れてないのも大きいのか」
レオは街道での戦いを思い出した。
あのとき初めて人間と本気で戦い、魔物を相手にするときのようには動けなかった。
「こうやって落ち着いてやってみると、自分が何をできてないのか、少し分かるな」
「ああ。実戦では自分の動きを振り返る余裕なんてないからな。だが、それだけじゃない」
ジェフリーはレオの持つ剣に目を向けた。
「お前は剣を誰かに習ったことがないんだったな」
「ああ。ほとんど自己流だ」
「なら、その癖も直していった方がいい。攻撃したあと、剣が少し外に流れる。それに、振るときに肩に力が入りすぎている」
「肩?」
「強く振ろうとしすぎだ。そのせいで、次の動きが遅れている」
レオは自分の肩を動かしてみた。
言われてみても、自分ではよく分からない。
「構えてみろ」
「ああ」
言われた通りに剣を構えると、ジェフリーが立つ位置や剣の持ち方を一つずつ直していく。
「足はもう少しこっちだ。肩の力を抜け。剣も強く握りすぎるな」
「こんな感じか?」
「ああ。それで振ってみろ」
レオは教えられたことを意識しながら剣を振った。
一度、二度と繰り返す。
「……さっきより動きやすいな」
マシューにも、自己流の癖があるとは言われていた。
使えるものはそのまま残し、足りないところを覚えていけばいい、と。
「お前は実戦の中で、自分なりの戦い方を身につけてきたんだろう」
ジェフリーが言う。
「それでDランクまで上がったなら、今までやってきたことが間違っていたわけじゃない。だが、基礎を覚えれば、今までより動きやすくなるはずだ」
「ああ」
レオはしっかりと頷いた。
魔物との戦いで身につけてきたものを捨てる必要はない。
その上で、自己流の癖を直し、人を相手にした戦い方も覚えていけばいい。
自分に足りないものが、少しずつ見えてきた。
「ジェフリーさん」
「なんだ?」
「もう一回、カーターとやってもいいか?」
「今直したところを試したいのか?」
「ああ」
今度は、さっきより少しでも動けるか試してみたい。
「いいだろう」
ジェフリーがカーターを見る。
「カーター」
「はい」
カーターも再び剣を手に取った。
「次も負けないからな」
「それはこっちの台詞だよ」
二人は笑いながら、もう一度向かい合う。
レオは先ほど教えられたことを意識しながら剣を構えた。
すぐに癖が直るわけではない。
対人戦にも、まだ慣れていない。
それでも、何を覚えればいいのかは少しずつ見えてきた。
ジェフリーの合図とともに、レオは再び地面を蹴った。




