王都前編 5
翌日。
宿の部屋で、ルナは机の上に紙を広げていた。
「潰し麦とアマンド、干し葡萄……」
昨日、メーガンに言われたことを思い出しながら、ムギボに使っている材料を書き出していく。
今朝、市場でそれぞれの値段も確認してきた。
潰し麦やアマンド、干し葡萄は、それほど高くない。
一番の問題は、やはり蜂蜜だった。
「やっぱり蜂蜜が高いなぁ……」
ルナは頬杖をついて考える。
だからといって、単純に量を減らせばいいわけではない。
初めてムギボを作ったとき、蜂蜜を少なくして失敗したことがある。
うまくまとまらず、持ち上げただけでパラパラと崩れてしまったのだ。
「蜂蜜を減らしても、崩れないようにできればいいんだけど……」
「蜂蜜じゃないものでくっつけるってこと?」
隣からミアが紙を覗き込む。
「うん。甘さだけなら減らせるけど、蜂蜜はつなぎにもなってるから」
ルナは少し考えてから、紙に新しく文字を書き加えた。
「……小麦粉はどうかな」
「小麦粉?」
「うん。少し混ぜて焼けば、蜂蜜を減らしても崩れにくくなるかもしれない」
小麦粉なら王都でも簡単に手に入る。
値段も蜂蜜よりずっと安い。
「試してみる価値はありそう」
ルナは紙に小麦粉と書き加えた。
「でも、蜂蜜の代わりにもっと安く使えるものがあればいいんだけど……」
「それなら、麦蜜は?」
「麦蜜?」
言われて、ルナもすぐに思い出した。
「あっ」
タリオンの孤児院で子供たちのおやつを作ったとき、砂糖の代わりに使ったものだ。
「そうだった。麦蜜があった」
「蜂蜜より安かったよね?」
「うん。王都でも売ってるか見てみよう」
ただし、蜂蜜を麦蜜に変えれば風味も変わる。
さらに小麦粉を加えれば、食感も今までとは違ってくるだろう。
「結局、作ってみないと分からないか」
「じゃあ、今日試す?」
「うん」
考えているだけでは仕方がない。
ルナは紙を畳んで立ち上がった。
「材料を買いに行こう。麦蜜があったら、それも買ってみる」
「分かった」
二人で出かける準備を始める。
レオとラズにも話すと、二人も一緒に行くことになった。
市場では、潰し麦や小麦粉、アマンド、干し葡萄を買い揃えた。
麦蜜も探してみると、無事に見つけることができた。
「よし。これで試せる」
ルナが買ったものを確認する。
「何回くらい作るの?」
「それは……うまくできるまでかな」
「やっぱりそうなるんだ」
ミアが笑う。
材料を抱え、四人はそのまま商業ギルドに向かった。
商業ギルドには、会員が利用できる調理場が用意されている。
使用料はかからないが予約が必要で、一度に利用できる時間も決められていた。
空きを確認して、受付で手続きを済ませる。
ラズも一緒に入って構わないことを確認し、四人で調理場へ向かった。
台の上に買ってきた材料を並べ、ルナは袖をまくる。
「まずは一つずつ変えてみよう」
いきなり材料をすべて変えてしまえば、失敗したときに何が原因なのか分からない。
最初は蜂蜜を少し減らし、小麦粉を加えてみることにした。
「ミア、干し葡萄お願いしてもいい?」
「うん」
「レオはアマンドを砕いてくれる?」
「ああ」
三人で手分けして準備を始める。
潰し麦に砕いたアマンドと刻んだ干し葡萄を加え、いつもより量を減らして蜂蜜を入れる。
そこに小麦粉を少しずつ混ぜていった。
「これくらいかな……」
手で形を整えてみる。
以前、蜂蜜を減らしたときとは違い、崩れることはない。
「いけそう?」
「たぶん。焼いてみよう」
焼き上げて少し冷ましてから、四人で試食する。
「……ちょっと硬いかな」
「前の方が食べやすかったかも」
ミアも同じ感想らしい。
「小麦粉が多かったのかな」
次は小麦粉を減らし、蜂蜜の代わりに麦蜜を使ってみる。
今度は形こそまとまったものの、甘さが少し足りなかった。
「もう少し麦蜜を増やして、小麦粉は少なめかな」
「また作るのか?」
レオが尋ねる。
「もちろん」
「まあ、そう言うと思った」
そう言いながら、レオは再びアマンドを砕き始める。
ミアも笑いながら干し葡萄を刻んだ。
その後も量を少しずつ変えながら、何度か試していく。
「ラズ、こっちとこっちならどっちが好き?」
ルナが二種類を差し出す。
ラズはそれぞれ一口ずつ食べ、少し考えてから片方を指した。
「……こっち」
「こっちの方が好き?」
「うん」
「あたしもそっちかな」
ミアも頷く。
「俺も。最初のより食べやすい」
レオも同じだった。
「じゃあ、これを基準にもう少しだけ変えてみよう」
「まだやるんだ……」
「もう少しだから」
ラズはムギボを食べながら、三人のやり取りを黙って見ていた。
そして何度目かの試作。
ルナは焼き上がったものが冷めるのを待ってから、一本手に取った。
持ち上げても崩れない。
一口食べてみる。
小麦粉を加えたことで以前とは少し食感が変わったものの、硬すぎることはない。
麦蜜の甘さも、アマンドや干し葡萄の味を邪魔しない程度に残っている。
「……うん。これならいいかも」
ミアとレオも試食する。
「さっきのより美味しい」
「俺もこれが一番いいと思う」
最後にラズを見る。
ラズも一本食べてから、小さく頷いた。
「よし」
ルナは嬉しくなって、出来上がったムギボを見る。
蜂蜜を麦蜜に変え、小麦粉を少し加えた。
今までのムギボとは少し違う。
それでも、材料費を抑えながら、味と食べやすさは残せたと思う。
「じゃあ、メーガンさんに見てもらってくるね」
「いってらっしゃい。こっちは片付けておくね」
ミアが使い終わった器を集め始める。
「俺も手伝う」
レオも立ち上がった。
「ありがとう」
ルナは完成したムギボを包み、調理場を出た。
メーガンを探して声をかけると、空いている机に案内された。
「できましたか?」
「はい。昨日のムギボを少し変えてみました」
ルナは包みを開き、中から一本取り出す。
「一番高かった蜂蜜を麦蜜に変えました。それから、麦蜜を減らしても崩れにくいように、小麦粉を少し加えています」
「なるほど」
メーガンはムギボを受け取り、一口食べた。
ゆっくりと噛んでから、もう一口食べる。
「昨日とは食感が少し変わっていますね」
「やっぱり分かりますか?」
「ええ。でも、硬すぎることはありません。味も問題ないと思います」
「よかった……」
ルナはほっと息を吐いた。
「材料費も調べてきました」
用意していた紙を取り出す。
「潰し麦、小麦粉、アマンド、干し葡萄、麦蜜を合わせて、一本あたりこれくらいです」
メーガンは紙に目を通した。
「昨日言ったことを、きちんと調べてきたんですね」
「はい。一度に作れる数も試してみました」
「それなら、次は実際に売る場合にかかる費用を考えましょう」
メーガンが紙を指す。
「商品を包む紙や紐の代金は入っていますか?」
「あ……」
ルナの動きが止まる。
材料以外にもお金がかかることは、分かっていたはずなのに。
今回はムギボの材料費を下げることばかり考えていて、そこまで頭が回っていなかった。
「忘れてました……」
「商品そのものを改良することに気を取られていましたか?」
「……はい」
ルナは少し恥ずかしくなりながら頷く。
「マレットで一度やってるのに……」
メーガンは責めることなく、紙を指した。
「でしたら、思い出せた今、加えればいいだけです」
「はい」
書き足した数字を見ながら、ルナはもう一度計算する。
「一本、銅貨一枚くらいで売れたらと思ってるんですけど……」
「その価格でも利益は残りますか?」
「はい。包装にかかる分を入れても大丈夫です」
「それなら、候補にはできますね」
メーガンは頷いた。
「ご自身で露店を出して売りますか?」
「うーん……」
ルナは少し考える。
王都にいる間、毎日ムギボを売って過ごしたいわけではない。
「今回は、そこまでは考えてなくて……」
「それなら、ギルドに販売を委託する方法もあります」
「委託?」
「商品をこちらで預かって、代わりに販売するんです。その分、手数料をいただきますが」
「そんなこともできるんですね」
ルナは感心しかけて、すぐに手元の紙を見る。
「……ということは、その手数料も入れて考えないと駄目ですよね」
「その通りです」
今度は自分で気づけた。
ルナは委託販売の手数料を聞き、それも紙に書き加える。
「これなら……銅貨一枚でも利益は残ります」
「では、まず少量だけ預けてみますか?」
「はい」
「最初は三十本ほどでいいでしょう。食品ですから、いきなり大量に作って売れ残るのは避けた方がいいです」
「三十本ですね」
「作れそうですか?」
「はい。それくらいなら大丈夫です」
「では、まず三十本。それが実際にどのくらい売れるか見てから、次を考えましょう」
「分かりました」
自分たちが美味しいと思うことと、商品として誰かがお金を出して買ってくれることは違う。
まずは三十本。
それを買ってもらえるか、試してみることになった。
「明日も調理場を借りられますか?」
「確認します」
メーガンが予定表を見る。
「午前中から、昼を少し過ぎるくらいまでなら空いています」
「そこをお願いします」
「分かりました。予約しておきます」
これで明日は販売用のムギボを作れる。
けれど、三十本だけなら借りた時間をすべて使うことはないだろう。
(時間が余りそうだな……)
そこまで考えて、ルナはすぐに思いついた。
(だったら、料理も作ろう)
せっかく調理場を借りられるのだ。
ナキールで手に入れたものも、まだ試したいまま残っている。
そう考えた途端、明日が楽しみになってきた。
翌朝。
ルナたちは商業ギルドに向かう前に、市場に立ち寄った。
「今日は何を作るの?」
ミアに聞かれ、ルナは並んでいる食材を見回す。
「煮物にしようかな」
「煮物?」
「うん。ナキールで作った煮干し、まだ残ってるでしょ?」
「『ドライ』で乾燥させたやつ?」
「そう。それと、ダグさんが持たせてくれた削り節も使ってみたいの」
ナキールでは、あの削り節から出汁が取れることまでは確かめた。煮干しも作ってある。
「二つを合わせて出汁を取って、それで野菜と肉を煮てみたいんだ」
「肉も入れるのか?」
レオが聞く。
「入れるよ」
「ならいい」
「レオって本当に肉好きだよね」
「お前もだろ?」
「まあね」
ミアが笑う。
ルナは煮物に使えそうな肉と、芋や根菜をいくつか買った。
ライサも忘れずに持ってきている。
必要なものを揃え、四人は商業ギルドへ向かった。
調理場に着くと、まずムギボ作りから始める。
昨日決めた分量に合わせ、三人で手分けして材料を準備していった。
一度に三十本作るのは初めてだったが、作り方はもう決まっている。
ミアとレオが手伝ってくれたこともあり、思っていたより早く焼き上がった。
「三十本。ちゃんとあるね」
「じゃあ、次は料理?」
「うん」
ルナは待っていましたとばかりに、持ってきた材料を取り出した。
まずは煮干しからゆっくりと出汁を取る。
煮干しを取り出してから削り節を加え、しばらく置いてこちらも取り出す。
ルナは出来上がった出汁を少し器に取る。
「……うん、美味しい」
煮干しだけとも、削り節だけとも少し違う。
二つを合わせたことで、旨味がさらに強くなっている。
次に、買ってきた肉と野菜を食べやすい大きさに切った。
鍋に肉と芋、根菜を入れ、先ほど取った出汁を注ぐ。
火にかけ、味を見ながら、塩気を足すためにガルムをほんの少し加えた。
もう一つの鍋では、ライサを炊いている。
やがて、煮込んだ肉と野菜の香りが調理場に広がり始めた。
「いい匂い」
ミアが鍋を覗き込む。
「もう食べられる?」
「もう少し。味が染みた方が美味しいから」
「待つのか……」
「レオ、さっきムギボ食べたでしょ」
「試食しただけだ」
「何本か食べてたよね?」
ミアに指摘され、レオが黙る。
そのやり取りを、ラズは椅子に座って聞いていた。
しばらく煮込んでから、ルナはもう一度味を確かめる。
「よし。できた」
ライサもちょうど炊き上がっていた。
四人分の器に炊きたてのライサを盛り、煮込んだ肉と野菜を添える。
「いただきます」
ルナはまず煮物を一口食べた。
出汁を吸った野菜は柔らかく、肉の旨味も加わっている。
(うん。やっぱり出汁があると違う)
続けてライサを口に運ぶ。
煮物を食べて、またライサを食べる。
自然と頬が緩んだ。
「美味しい……」
「ルナ、すごく嬉しそう」
「だって、こういうおかずはご飯に合うんだもん」
レオも煮物を食べてから、ライサを口に運ぶ。
「……ああ」
「どう?」
「前に食べたときは、あんまり味がしないと思ったけど」
もう一口、今度は煮物と一緒に食べる。
「これならいいな」
「でしょ!」
思わずルナの声が大きくなった。
「ミアは?」
「あたしもこっちの方が好き。ライサだけだと物足りなかったけど、おかずと一緒なら美味しいね」
「そうなの。こうやって食べると美味しいんだよ」
ようやく二人にも分かってもらえた気がして、ルナは嬉しくなる。
そのとき、小さな声が聞こえた。
「……おいしい」
ルナはラズを見る。
ラズは煮物を食べたあと、ライサを口に運んでいた。
「本当?」
「うん」
小さく頷き、また煮物に手を伸ばす。
「そっか。よかった」
ルナは笑った。
ナキールで手にしたものと、ハセンで見つけたライサ。旅の途中で手に入れたものが、こうして一つの食事になった。
それがなんだか嬉しくて、ルナももう一口、ライサと煮物を一緒に口に運んだ。
食事を終えて調理場を片付けたあと、ルナは作ったムギボを持ってメーガンのところへ向かった。
「メーガンさん、お願いします」
「三十本ですね。確認します」
メーガンは数を確かめる。
「売値は決めましたか?」
「はい」
ルナは計算した紙を見せた。
「材料費と包むための費用、それから委託販売の手数料も入れて計算しました。それでも利益が残るので、一本銅貨一枚で売ってみたいです」
メーガンは紙に目を通す。
「問題なさそうですね」
「よかった……」
「では、その価格で出しましょう」
ルナはほっと息を吐いた。
「こちらは二日間、委託売り場に置きます。売れた分から手数料を引き、残ったものはお返しします」
「分かりました」
「食品ですから、何日も置くことはできません。今回は二日で様子を見ましょう」
「はい」
もし売れなければ、その分は自分の負担になる。
だからこそ、最初は三十本だけなのだ。
「では、お預かりします」
「お願いします」
ルナはムギボを預け、ギルドをあとにした。
二日後。
ルナは売れ行きを確認するため、再び商業ギルドを訪れた。
「メーガンさん、ムギボはどうでしたか?」
「三十本、すべて売れました」
「全部?」
思わず聞き返す。
「本当ですか?」
「ええ。一度買ったあと、もう一度買いに来た方もいました。何本かまとめて購入した方もいます」
「よかった……!」
本当に三十本すべてを、誰かがお金を出して買ってくれた。
そう思うと、嬉しさが込み上げてくる。
「味について何か言ってましたか?」
「食べやすいという意見が多かったですね。持ち歩きやすい点も好評でした」
「そうですか」
ムギボは旅の途中で食べるために作り始めたものだ。
その特徴を気に入ってもらえたらしい。
「次も続けますか?」
「はい。また作りたいです」
「では、次は五十本で様子を見ましょう」
「五十本……」
三十本よりは多い。
けれど、一気に増やしすぎた数でもない。
「作れそうですか?」
「はい。やってみます」
「では、同じ条件でお預かりします」
メーガンはそう言って、調理場の予定表を確認した。
そして翌日。
ルナたちは再び商業ギルドの調理場を借り、今度は五十本のムギボを作っていた。
ミアとレオにも手伝ってもらい、次々と形を整えていく。
「三十本のときより多いね」
「でも、これくらいなら作れそう」
ルナは焼き上がったムギボを並べながら答える。
このくらいなら、無理なく続けられそうだ。
販売用の五十本を作り終えたところで、ルナはふと思い出した。
「そうだ」
「どうしたの?」
「リアムとマシューにも持っていこうかな」
ミアが手を止める。
「研究所に?」
「うん。二人とも前にムギボを食べたとき、気に入ってくれてたでしょ? せっかくだし、差し入れに持っていこうよ」
「いいんじゃない?」
「俺も賛成」
レオも頷く。
「じゃあ、もう少し作ろう」
販売用とは別に、研究所に持っていく分を作ることにした。
「研究所って、他にも人がいるよね」
「そりゃいるだろ」
「じゃあ、少し多めにしておこうかな」
リアムとマシューだけでなく、他の人たちにも分けられるくらいは用意しておく。
追加分も焼き上げ、ルナは差し入れ用の包みにまとめた。
販売用の五十本はメーガンに預ける。
そして、残った包みを手に取った。
「じゃあ、これを持って研究所に行ってみようか」
氷について調べると言っていたリアムが、その後どうしているのかも少し気になる。
ルナたちはムギボを手に、リアムとマシューのいる魔法研究所に向かうことにした。




