王都前編 4
翌朝。
朝食を終えたルナたちは、王都の市場に行くことにした。
「ラズはどうする?」
出かける準備をしながら、レオがラズを見る。
「疲れてるなら、俺と宿で待っててもいいぞ」
昨日王都に着いたばかりだ。
ラズの様子を考えれば、無理に連れ出す必要はない。
けれど、ラズは少し考えてから首を横に振った。
「……行く」
「一緒に?」
「……うん」
「分かった。じゃあ四人で行こう」
ルナも頷く。
「無理そうだったら言ってね」
「……うん」
小さな返事だった。
それでも、自分から行きたいと言ってくれたことに、ルナは少しだけほっとした。
宿を出て、昨日リアムに教えてもらった市場に向かう。しばらく歩くと、人通りが一気に増えてきた。
「広いね……」
ルナは思わず辺りを見回す。
通りの両側には、看板を掲げた店がずらりと並んでいた。
野菜や果物を扱う店。
肉や魚を並べた店。
乾物や香辛料を扱う店もある。
さらに先に進むと大きな広場があり、そこにもいくつもの屋台や露店が並んでいた。
「すごい人だね」
ミアも楽しそうに辺りを見ている。
「さすが王都だな」
レオも感心したように言った。
ルナは並んでいる食材を見ているだけで、次々と作りたい料理が浮かんでくる。
「まずはライサを探してもいい?」
「もう?」
ミアが笑う。
「王都でも買えるなら、これから困らないでしょ」
「ルナ、王都に来ても最初に食べ物なんだね」
「いいでしょ」
そんな話をしながら店を見て回っていると、穀物を専門に扱う店を見つけた。
小麦や豆などが種類ごとに並べられている。
ルナは期待しながら店先を覗き込んだ。
「あった!」
端の方に置かれていた袋の中には、見覚えのある白っぽい粒が入っていた。
ハセンで見つけたライサだ。
「これ、ライサですよね?」
「ああ、そうだよ」
店主が答える。
「やっぱり!」
思わず声を弾ませるルナに、ミアがくすくす笑った。
「そんなに嬉しい?」
「嬉しいよ。王都でもご飯が食べられるんだから」
置かれている量は、小麦などと比べるとかなり少ない。
「ライサって、これだけですか?」
「今あるのはそれだけだな。王都じゃあまり売れないから、そんなに置いてないんだ」
「そうなんですね……」
ルナは袋の中を見る。
自分たちで食べる分なら十分だろう。
「いつもこれくらいの量は置いてありますか?」
「必ずあるとは言えないな」
「仕入れてもらうことはできますか?」
「量にもよるが、前もって言ってくれれば増やせるよ。扱ってる商人はいるからな」
「本当ですか?」
「ああ。ただ、急に大量に欲しいと言われても無理だから、必要なら早めに言ってくれ」
「分かりました」
ルナは嬉しくなって、ひとまず持ち歩ける程度の量を購入した。
これなら王都にいる間も、ご飯を作ることができる。
そう思うだけで、少し楽しみが増えた。
その後も四人で市場を見て回った。
昼が近くなる頃には、広場の屋台から美味しそうな匂いが漂い始め、あちこちから客を呼ぶ声が聞こえてくる。
「何か食べていこうか」
「賛成!」
ミアが真っ先に答えた。
それぞれ気になったものを買い、広場の端にあるベンチに腰を下ろす。
ルナとミアは野菜と肉を薄いパンで包んだものを選んだ。
レオは大きな串焼きを持っている。
ラズもレオと同じ店で、小さめの串焼きを選んでいた。
「いただきます」
一口食べながら、ルナは周囲の屋台に目を向ける。
焼くもの、煮込むもの、パンに挟むもの。
王都だけあって、これまで訪れた町では見なかった料理も多い。
「……料理したいな」
思わず口からこぼれた。
「もう?」
ミアが笑う。
「市場を見てたら作りたくなっちゃった」
せっかくライサも手に入った。
他にも試してみたい食材がいくつもある。
けれど、今泊まっている宿では自由に厨房を使うことはできない。
「宿でもお願いすれば調理場を借りられるかもしれないけど……」
ルナは少し考える。
これから王都にどのくらいいるのかは、まだ決めていない。
それでも、すぐに出発する予定はなかった。
「どうしたの?」
「せっかくしばらく王都にいるなら、もっと自由に料理できる場所があったらいいなって」
「自由に?」
「うん。台所がついてる部屋を借りたりできないのかな」
ミアが首を傾げる。
「部屋かぁ……」
「レオ、そういうの知らない?」
「普通に借りる部屋ならあるぞ。俺もクリーヴランドにいた頃は、一人で部屋を借りてたからな」
「そういえばそうだよね」
「ただ、俺はしばらく住むつもりで借りてたからな。短い期間でも貸してくれるかは分からない」
「そっか……」
「でも、これだけ大きな町なら、そういうところもあるんじゃないか?」
レオは少し考えてから続ける。
「それに、ある程度長くいるなら、宿に泊まり続けるより部屋を借りた方が安く済むかもしれないしな」
「なるほど……」
自分たちで使える台所があれば、いつでも料理を作ることができる。
宿代より安くなる可能性もあるなら、一度調べてみてもいいだろう。
「ちょっと探してみたいな。でも、部屋を借りるならどこで聞けばいいんだろう」
ルナが呟くと、レオが少し考える。
「商業ギルドで聞いてみたらどうだ?」
「商業ギルド?」
「あそこなら店や土地の紹介もしてるだろ。住むための部屋も扱ってるかもしれない」
「そっか。じゃあ、聞いてみようかな。この後行ってもいい?」
するとレオが口を開いた。
「それなら、俺は冒険者ギルドに行ってきてもいいか?」
「冒険者ギルド?」
「ああ。王都のギルドなら大きいだろうし、ランクのことを相談しておきたい」
レオは現在Dランクだ。
以前から次のランクを目指していることは、ルナも知っている。
「ランクを上げるの?」
「すぐ上がれるかは分からないけどな。今の実績で、あと何が必要なのか聞いておきたいんだ」
「なるほど」
すると、レオが隣に座っているミアを見る。
「ミアも一緒に来るか?」
「あたしも?」
「お前も強くなりたいんだろ?」
ミアが少し驚いたあと、頷く。
「……うん」
「だったら、お前も今後どんな依頼を受ければいいか聞いておいた方がいいんじゃないか?」
「そうだね。あたしも行く」
話がまとまったところで、ルナはラズを見る。
「ラズはどうする?」
ルナが尋ねる。
ラズはルナとレオを交互に見たあと、少し考えた。
「……レオと行く」
「分かった」
レオも特に驚いた様子はなく頷く。
「じゃあ、俺たちは冒険者ギルドだな」
「あたしもいるから大丈夫だよ」
ミアが言う。
「うん。じゃあ、ここから別々に行こうか」
「ルナ、一人で大丈夫?」
ミアに聞かれ、ルナは頷いた。
「商業ギルドはここからすぐだし、大通りをまっすぐだから大丈夫」
レオも商業ギルドのある方角を見る。
「まあ、この通りなら人も多いか」
「うん。終わったら寄り道しないで宿に戻るよ」
「分かった。気をつけろよ」
「うん。じゃあ、またあとでね」
「ルナも気をつけてね」
ミアたちはラズを連れて冒険者ギルドに向かっていく。
その後ろ姿を見送ってから、ルナも商業ギルドに向かった。
王都で一人になるのは、これが初めてだ。
街道のこともあり少し緊張はしたが、商業ギルドまでは人通りの多い大通りを進むだけだ。
ルナは周囲を確認しながら、教えてもらった商業ギルドを目指して歩き出した。
◇◇◇
王都の商業ギルドは、マレットよりもずっと大きな建物だった。
中に入ると、いくつもの受付が並び、その前では商人らしい人たちが順番を待っている。
ルナも空いている受付に向かった。
「すみません。部屋を借りたいんですけど、ここで相談できますか?」
「商業ギルドのカードはお持ちですか?」
「はい」
登録証を渡すと、受付の女性が内容を確認する。
「Fランクですね。少々お待ちください」
しばらくすると、別の女性がやってきた。
四十代くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気の女性で、手には何枚かの書類を持っている。
女性はルナの向かいに座った。
「担当のメーガンです。住居をお探しだそうですね」
「はい。ルナです」
「では、希望を聞かせてください」
「できれば台所がついていて、しばらく借りられるところがあればと思って」
「何人で住む予定ですか?」
「私と、一緒に旅をしている二人の三人です。ただ、今は事情があって、もう一人一緒にいる子がいます」
「でしたら、四人でも使える広さが必要ですね」
メーガンは手元の紙に書き込む。
「どのくらいの期間を考えていますか?」
「まだ決めてなくて……。しばらく王都にいるつもりなんですけど」
「分かりました。短期でも借りられるところに絞りましょう」
メーガンは手元の書類を何枚か確認する。
「台所付きで、四人でも過ごせる広さとなると、選べる物件は少なくなります」
「やっぱり高いですか?」
「場所にもよります。宿に泊まり続けるより安く済む場合もありますが、最初にまとまったお金が必要です」
「まとまったお金?」
「家賃の前払いと、保証金です。保証金は、部屋や家具を傷つけた場合に備えて預けてもらうお金ですね。問題がなければ、退去時に返ってきます」
「そうなんですね……」
ルナは頭の中で今の手持ちを思い浮かべた。
旅を続けるためのお金はまだある。
けれど、部屋を借りれば最初にそれなりの金額が必要になるらしい。
「予算が決まっていれば、その範囲で探せます」
「少し考えてからでもいいですか?」
「もちろんです。滞在する期間も含めて、宿に泊まり続ける場合と比べてから決めるといいでしょう」
「分かりました。ありがとうございます」
メーガンは頷き、手元の書類をまとめる。
そのとき、ルナの登録証に目を留めた。
「ルナさんは、マレットで商業ギルドに登録されたんですね」
「はい。花祭りで露店を出したくて」
「そうでしたか。何を売ったんです?」
「揚げ芋と、ラベンダーの香り袋です」
「初めての露店ですか?」
「はい」
「どうでした?」
「思っていたよりたくさん売れました。最後に計算したら、ちゃんと利益も出ていて……」
ルナが答えると、メーガンは小さく頷いた。
「売上だけでなく、利益まで確認しているのはいいですね」
「マレットで教えてもらったんです。売れた金額が、そのまま儲けになるわけじゃないって」
「その通りです。材料費や場所代など、売るためにかかったお金を引いて考えなければなりませんから」
ルナは頷いた。
マレットで露店を出すまで、自分もそこまで深く考えたことはなかった。
実際に商品を売ってみて、初めて知ったことも多い。
「王都でも何か売る予定はあるんですか?」
「今のところは……」
そこまで答えたところで、ルナはふと思い出した。
ハセンでマシューから、ムギボを売ってみたらどうかと提案されたことを。
ちょうど鞄には、今日のおやつにしようと持ってきたムギボが入っている。
「あの……一つ見てもらってもいいですか?」
「何でしょう?」
「これです」
ルナは鞄から包みを取り出した。
「ムギボって呼んでます」
包みを開き、中から一本取り出す。
「旅の途中でよく作っているものなんですけど、前に売ってみたらどうかって言われたことがあって」
「なるほど。食べても?」
「もちろんです」
メーガンはムギボを受け取り、一口食べる。
形や大きさも確認しながら、ゆっくりと噛んだ。
「味は悪くありませんね。食べやすいですし、持ち運びにも向いています」
「本当ですか?」
「ええ。旅人や冒険者には合いそうです」
ルナの表情が明るくなる。
しかし、メーガンは続けた。
「ただ、実際に商品として売るなら、もう少し確認しなければならないことがあります」
「確認すること?」
「まず、このムギボ一本を作るのに、いくらかかっていますか?」
「一本……」
ルナは考え込んだ。
「潰し麦と蜂蜜を使っていて……」
「材料ではなく、金額です」
「あ……」
言われてみれば、考えたことがなかった。
「では、一度に何本くらい作れますか?」
「いつも自分たちで食べる分しか作っていないので……」
「材料は王都でも手に入りますか?」
「潰し麦と蜂蜜なら、さっき市場で見ました」
「値段は確認しました?」
「……してません」
ルナはだんだん自信がなくなってきた。
メーガンは責めるような様子もなく、淡々と続ける。
「今のままでは、売れるかどうか以前に、いくらで売れば利益が出るのか決められませんね」
「そうですよね……」
ルナは素直に頷いた。
「でも、商品にならないという意味ではありませんよ」
その言葉に、ルナが顔を上げる。
「まずは材料にいくらかかっているのか調べてみてください。その上で、一度に作れる数や、無理なく続けて作れる量も確認してみるといいでしょう」
「はい」
「それが分かれば、いくらで売るのがいいのかも考えられます」
「分かりました。やってみます」
ルナは机の上のムギボを見る。
今までは、美味しくできればそれでよかった。
けれど、商品として売るなら、それだけでは足りない。
潰し麦はいくらなのか。
蜂蜜を一本あたりどれくらい使うのか。
一度に何本作れるのか。
まずはそこから調べてみよう。
部屋を借りるにも、王都で生活していくにもお金は必要になる。
今ある旅の資金を、いつまでも使い続けるわけにはいかない。
王都でやりたいことが、また一つ増えた。
商業ギルドを出たルナは、そのまま宿に戻った。
しばらくすると、冒険者ギルドに行っていたレオたちも戻ってくる。
「おかえり」
「ただいま」
ミアが答える。
「どうだった?」
「いろいろ聞いてきたよ」
レオはCランクに上がるために、これからどんな実績が必要になるのかを確認してきたらしい。
ミアも、自分のランクで受けられる依頼や、今後どう実績を積んでいけばいいのかを教えてもらってきたという。
ラズは三人の話を聞きながら、レオの近くに座っていた。
ルナも商業ギルドでのことを話す。
「だから、まずはムギボにいくらかかってるのか調べてみようと思って」
「商品にするの?」
ミアが尋ねる。
「できるかはまだ分からないけど、やってみたいなって」
「いいじゃん。あたしも手伝うよ」
「ありがとう」
ルナは笑った。
その日の夕方。
部屋で過ごしていると、扉を叩く音がした。
「はーい」
ミアが扉を開ける。
「あ、リアム。マシューも」
二人が一緒に部屋に入ってきた。
「どうしたの?」
「ちょっと話があって」
リアムは空いている椅子に座る。
「昨日、氷ができたでしょ?」
「うん」
「あれ、研究所で詳しく調べることになったんだ」
「そうなんだ」
「うん。俺も気になってたし、ちょうどいいからね」
リアムはどこか楽しそうだ。
「じゃあ、しばらく研究所にいるの?」
「そのつもり。忙しくなるかもしれない」
「そっか」
一度研究を始めれば、リアムのことだから夢中になるのだろう。
昨日できたばかりの氷が、これからどうなるのか。
ルナも少し気になった。
「それと、当然だが俺も研究所に戻ることになる」
今度はマシューが口を開いた。
「そうだよね」
「別にずっといなくてもいいのに」
「お前を一人にしておく方が心配だ」
「ひどくない?」
不満そうなリアムを無視して、マシューはレオとミアを見る。
「だから、旅の間に二人を見るという話は続けられなくなる」
「あ……」
ミアが少し残念そうな顔をする。
マシューはハセンを出てから、時間のあるときにミアには護衛としての動き方を、レオには剣の基礎や戦い方を教えてくれていた。
「ただ、この前のこともある。ここで中途半端に終わらせるのも気になってな」
「この前?」
ミアが顔を上げる。
「ああ」
マシューは短く答えてから、二人を見る。
「そこで一つ提案がある」
「提案?」
レオが聞き返す。
「ああ。俺の姉が王都にいる」
「マシュー、お姉さんがいるの?」
ルナも思わず尋ねる。
「ああ。もう嫁いで、今はオルソン侯爵家にいる。オルソン家は騎士を多く出している家で、腕の立つ護衛もいるんだ」
マシューはレオとミアを見る。
「姉に事情を話せば、訓練に付き合ってくれる者を紹介してもらえると思う」
「侯爵家……」
ミアが目を丸くした。
「もちろん、無理にとは言わない。習う気があるなら、姉に話をしてみる」
レオとミアが顔を見合わせる。
先に答えたのはレオだった。
「頼めるなら、お願いしたい」
「あたしも」
ミアもすぐに頷く。
「もっとちゃんと動けるようになりたい。お願いします」
「ああ。分かった」
マシューが頷いた。
王都に着いて、まだ二日。
ラズのことも、街道で起きた事件のことも、まだ何も解決していない。
これからどうなるのか分からないことも多かった。
それでも、王都での生活は少しずつ動き始めている。
まずは、ムギボにいくらかかっているのか調べてみよう。そして、できるならきちんと商品として売ってみたい。
不安なことはまだある。
けれど、それと同じくらい、これからやってみたいことも増えていた。
王都でどんな毎日が始まるのだろう。
ルナは少しだけ、これからのことを楽しみに思っていた。




