マレットの町 8
花祭り最終日。
朝食を終えたルナたちは、今日も祭りが開かれている広場へ向かっていた。
「今日は何も準備しなくていいんだね」
ミアが嬉しそうに言う。
「昨日は朝からずっと忙しかったもんね。今日は祭りを楽しもう」
ルナも笑って答えた。
昨日は店を開くことで頭がいっぱいで、他の露店をゆっくり見る余裕などなかった。
最終日の今日は、気になる店を見たり、美味しいものを食べたりして過ごすつもりだ。
「まず、ソフィーのお店を探さない?」
「うん! あたしも行きたい」
昨日はお互いに店を出していたため、ソフィーの露店を見に行くことができなかった。
広場に着くと、ルナたちは並んだ露店を見ながら歩き始めた。
「どの辺りって言ってたっけ?」
「中央の広場に近い方じゃなかった?」
「探してれば見つかるよ」
花祭り最終日ということもあり、朝から多くの人で賑わっている。
しばらく歩いていると、ミアが「あっ」と声を上げた。
「いた! ソフィー!」
その声に、露店の中にいたソフィーが顔を上げる。
「ルナさん! ミアさん!」
店先には、花びらを使ったクッキーや焼き菓子が綺麗に並べられていた。
「来てくれたんですね!」
「うん。昨日は来られなかったから」
「私もルナさんたちのお店に行きたかったんですけど、ずっとこっちにいて……」
「私たちも同じだったよ」
ルナが笑う。
「そうだ。昨日のお店、どうでした?」
「全部売れたよ」
「本当ですか!?」
ソフィーがぱっと顔を輝かせた。
「よかったですね!」
「最初は全然売れなくて、どうしようかと思ったけどね」
「でも最後はすごく忙しかったよ!」
ミアが嬉しそうに付け加える。
「ソフィーは? 昨日も売れた?」
「はい。昨日も用意した分は全部売れました。今日も頑張ります!」
ソフィーの前には、まだたくさんの焼き菓子が並んでいる。
「じゃあ、私たちも買っていい?」
「もちろんです!」
ルナたちはそれぞれ気になった焼き菓子を選び、代金を支払った。
「ありがとうございます!」
「今日はお客さんとして来たからね」
ルナが言うと、ソフィーが笑う。
「ゆっくり楽しんできてください。夕方からは広場で踊りもありますから」
「うん。またね」
「はい!」
ソフィーと別れ、ルナたちは再び祭りを見て回ることにした。
今日は急ぐ必要もない。
気になる店があれば立ち止まり、並んでいる商品を眺める。花を使った小物や焼き菓子、香水、色鮮やかな布製品。
マレットに着いた日にも見たはずなのに、昨日自分で店を開いたあとでは、露店を見るのも少し違って感じられた。
商品だけでなく、並べ方や値札、客への声のかけ方にも自然と目が向く。
「これ可愛い!」
隣を歩いていたミアが足を止めた。
そこには、色とりどりの手巾が並んでいた。
端に小さな花が刺繍されたものや、縁を色糸で飾ったものなど、どれも花祭りらしい華やかさがある。
「ルナ、見て。これ綺麗じゃない?」
ミアが手に取ったのは、黄色い小花が刺繍された手巾だった。
「可愛いね」
「せっかくだし、何か記念に買わない?」
「記念かぁ……」
ルナは並んだ手巾を見る。
旅に必要なものではない。
なくても困らない。
けれど、今日は祭りを楽しむために来たのだ。
「……じゃあ、一つ買おうかな」
「あたしも買う!」
二人で並んだ手巾を見比べる。
「ミアはそれにするの?」
「うん。これが一番好き!」
ミアは最初に手に取った、黄色い小花のものを選んだ。
「ルナは?」
「私は……これかな」
ルナが選んだのは、青い小花が刺繍された白い手巾だった。
「それも可愛い!」
「うん。これにする」
二人で代金を払い、買ったばかりの手巾を眺める。
「いい記念になったね」
「うん」
ルナも笑った。
旅をしていると、どうしても必要なものを優先してしまう。こうして、ただ気に入ったという理由だけで何かを買うのは久しぶりだった。
「ずいぶん楽しそうだな」
少し離れたところで待っていたレオが言う。
「レオも何か買う?」
「俺はいい」
「せっかくなんだから、何か記念に買えばいいのに」
「気に入ったものがあったらな」
そんな話をしながら、五人は次の露店に向かった。
途中で気になった店を覗き、時には足を止めて商品を手に取る。
そうして祭りを見て回っているうちに、いつの間にか昼が近づいていた。
「そろそろ何か食べないか?」
レオの言葉に、ミアがすぐに頷く。
「賛成! お腹空いた」
「昨日は食べるの遅くなったもんね」
ルナも少し空腹を感じていた。
「今日はちゃんとお昼に食べようか」
「何食べる?」
リアムが周囲の店を見回す。
「せっかくだから、みんなで探そう」
五人は昼食を取る場所を探しながら、賑やかな広場を歩いていった。
昼食は、広場から少し離れた店で取ることにした。
注文した料理が並び、五人で食べていると、ミアがふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば、品評会の結果っていつ出るのかな?」
「あ」
ルナも手を止めた。
「今日が最終日だから、もう決まってるのかな」
「もう発表されてるんじゃないか?」
レオの言葉に、リアムが頷く。
「じゃあ、食べ終わったら見に行こうか」
「うん。あたしが選んだ花、どうなったか気になる!」
ミアは楽しそうだ。
「一番大きかったやつだよね?」
「大きいだけじゃないよ。綺麗だったでしょ?」
ミアが選んだのは、大きな橙色の花だった。
「ルナが選んだのは?」
「私は淡い桃色の花」
「俺は赤い花だったな」
リアムも自分が投票した花を思い出す。
「レオは黄色だっけ?」
「ああ。なんとなく選んだだけだけどな」
「マシューは……白と淡い青の花だったよね?」
ルナが尋ねると、マシューは頷いた。
「ああ」
それだけ答えると、何事もなかったように食事を続ける。
「やっぱりあんまり興味なさそう」
ミアが小声で言う。
「聞こえてるぞ」
「あはは……」
食事を終えた五人は、そのまま品評会の会場に向かった。
会場には結果を見ようと、多くの人が集まっていた。
審査員によって選ばれた花とは別に、来場者による人気投票で上位に入った花も、目立つ場所に飾られている。
「あっ、こっちが人気投票だって!」
ミアが人の間から覗き込む。
ルナたちも近くまで進み、選ばれた花を一つずつ見ていった。
「あー……」
やがてミアが残念そうな声を上げる。
「あたしの花、ない」
「本当だね」
あれだけ大きな花ならすぐに分かるはずだが、選ばれた花の中に橙色のものは見当たらない。
「絶対あれが一番目立ってたのに」
「大きさで決める品評会じゃないからな」
レオに言われ、ミアが唇を尖らせる。
「分かってるよ」
「私が選んだ花もないみたい」
ルナの選んだ淡い桃色の花も見当たらない。
リアムやレオが投票した花もなさそうだ。
「私たちが選んだのは、どれもなさそうだね」
そう言いながら、ルナは最後に飾られている花に目を向けた。
白い花びら。
その中央には、淡い青色が入っている。
「……あれ?」
どこかで見た覚えがある。
隣にいたミアも気づいたらしく、同時にマシューを振り返った。
「ねえ、あれって……」
「マシューが選んだ花じゃない?」
リアムとレオもそちらを見る。
「へえ。そうみたいだね」
「すごいな」
四人の視線が一斉にマシューに向かった。
「なんだ」
「マシューが選んだ花、入ってるよ!」
ミアが指差す。
「そうみたいだな」
「それだけ?」
「俺が育てたわけじゃないからな」
あまりにも普段通りの返事に、ルナとミアは顔を見合わせた。
「マシュー、品評会に全然興味なさそうだったのにね」
「ね。なんとなく選んだのかと思ってた」
「なんとなくじゃない」
マシューが二人を見る。
「花びらの形が綺麗に揃ってただろ」
「……ちゃんと見てたんだ」
「俺も花が綺麗かどうかくらいは分かる」
少し不満そうなマシューに、リアムが笑う。
「見る目があったってことだね」
「たまたまだ」
そう言いながら、マシューはもう一度だけ選ばれた花に目を向ける。
その様子を見て、ルナとミアはまた顔を見合わせて笑った。
品評会の結果を見たあと、ルナたちは再び祭りを見て回った。
しばらくすると、近くを歩いていた人たちの会話が耳に入る。
「そろそろ広場で踊りが始まるみたいよ」
「もうそんな時間か」
ルナは足を止めた。
「踊り?」
「広場でみんなで踊るんじゃない?」
リアムが言う。
そういえば、朝にソフィーも夕方から踊りがあると言っていた。
「行ってみようよ!」
ミアの一言で、五人は広場に向かうことにした。
広場に戻ると、昼間とはずいぶん様子が変わっていた。
「あ……」
ルナは思わず足を止める。
「露店がないと、雰囲気が全然違うね」
最終日の踊りに合わせて、中央広場の露店の多くはすでに営業を終えている。
その分、広場の中央には大きな空間ができていた。
広場の端では何人もの奏者が楽器を手にし、楽しげな音楽を奏でていた。
「結構人いるね」
ミアが中央を覗き込む。
そこではすでに、大勢の人が音楽に合わせて踊っていた。
子供も、大人も、若者もいる。
決まった相手と踊る者もいれば、途中で相手を変えながら楽しんでいる者もいた。
貴族の夜会で踊るような、堅苦しいものではないらしい。
「あれ?」
人々を眺めていたルナは、見覚えのある姿を見つけた。
「あそこにいるの、ソフィーじゃない?」
「本当だ!」
ミアもそちらを見た、その時だった。
「ルナさん!」
こちらに気づいたソフィーが、笑顔で駆け寄ってくる。
「来てたんですね!」
「うん。品評会を見たあと、踊りが始まるって聞いて」
「ちょうどよかったです。皆さんも踊りましょう!」
「いいの?」
「もちろんです! 誰でも参加できますから」
ソフィーに言われ、ミアが目を輝かせる。
「楽しそう!」
「俺は見てるだけで——」
レオが言い終えるより先に、ミアがその腕を掴んだ。
「レオも行こう!」
「おい、俺はいいって」
「せっかく来たんだから!」
「ちょっ、引っ張るな!」
嫌がっている割には本気で抵抗する様子もなく、レオはそのままミアに連れていかれる。
ルナは思わず笑った。
「ミア、楽しそう」
「俺たちも行く?」
隣から声をかけられ、ルナはリアムを見る。
「リアムも踊るの?」
「せっかくの祭りだしね。行こう、ルナ」
リアムはそう言うと、ルナに手を差し出した。
一瞬だけ迷ってから、ルナも手を伸ばす。
「うん」
その手を取ると、リアムが笑った。
二人でミアたちのあとを追おうとして、ルナはふと足を止める。
「あれ? マシューは?」
振り返る。
マシューは広場の端に残り、近くの店で買ったらしいエールを片手に持っていた。
「俺はいい。行ってこい」
そう言って、空いている方の手を軽く振る。
「踊らないの?」
「ああ。ここで見てる」
「マシューらしいね」
リアムが笑う。
踊るつもりはないらしいが、音楽を聞きながらエールを飲むマシューの表情は、どこか穏やかだった。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ」
ルナとリアムも広場の中央に向かった。
「ルナ、こっち!」
先に踊っていたミアが手を振っている。
「待って!」
ルナも笑いながら駆け寄った。
踊り方は難しくなかった。
音楽に合わせて足を動かし、近くの人と手を取り、時には場所を入れ替わる。
最初は周りを見ながら動いていたルナも、すぐに楽しくなってきた。
「ルナ、次こっち!」
「えっ、待って、ミア!」
「そっちじゃないよ」
リアムに手を引かれ、慌てて向きを変える。
「あはは、ごめん!」
レオも最初こそ乗り気ではなかったはずなのに、いつの間にかミアと一緒になって踊っていた。
少し離れたところでは、ソフィーも楽しそうに笑っている。
広場いっぱいに、音楽と笑い声が響いていた。
マレットでは、いろいろなことを経験した。
花と香りに満ちた祭りを歩き、自分たちの店を開き、作ったものを誰かに買ってもらう喜びも知った。
そして今は、みんなと一緒に祭りの最後を楽しんでいる。
ルナは繋いだ手に引かれて、くるりと回った。
自然と笑みがこぼれる。
上手に踊れているかなんて、もう気にならなかった。
今はただ、音楽が終わるまで。
みんなと一緒に、この祭りを楽しみたかった。




