マレットの町 5
「料理かぁ……せっかくお祭りで売るなら、歩きながらでも食べられるものがいいよね」
「それなら肉じゃない?」
ミアがすぐに答える。
「俺も肉がいいと思う」
レオまで続き、ルナは二人を見た。
「二人ともお肉なんだ……」
「だって、串に刺して焼けば歩きながら食べられるでしょ?」
「祭りでも売ってたしな」
「確かにそうだけど……」
昨日食べた串焼きも美味しかった。
けれど、祭りにはすでに肉を焼いて売る露店がいくつもある。
「せっかくなら、あんまり売ってないものにしたいな」
ルナは腕を組んで考える。
歩きながら簡単に食べられて、それほど手間がかからないもの。
できれば材料も手に入りやすく、一日だけの露店でも作りやすいものがいい。
(前のお祭りでは、何があったっけ……)
前世で行った祭りを思い出す。
焼きそばにたこ焼き、りんご飴。
綿あめやベビーカステラもよく見かけた。
(ベビーカステラみたいな焼き菓子なら作れそうだけど……)
材料を揃えて生地を作り、同じ大きさに焼いていく。
できなくはないが、初めての露店で作るには少し手間がかかりそうだ。
もっと簡単で、誰でも食べやすいもの。
「あ……」
そこで、もう一つ思い出した。
「芋を使った料理ならどうかな」
「芋?」
ミアが首を傾げる。
「うん。芋を細長く切って、油で揚げるの。最後に塩を振るだけ」
「芋を揚げるんだ!」
ミアが興味を示す。
「うん。芋ならどこでも売ってるし、値段も安いでしょ?」
旅をしている間にも、芋は何度も目にしてきた。
この町の市場にも普通に並んでいる。
この世界にも揚げ物はあるが、芋は焼いたり煮たりして食べることの方が多い。
細長く切って揚げたものは、少なくともルナはまだ見たことがなかった。
「それに、紙か何かに入れれば歩きながらでも食べられるよ」
「肉じゃないけど、それなら食べてみたいな」
ミアが早くも興味を示す。
「俺も」
「さっきまで肉って言ってたのに」
あっさり意見を変えたレオに、ルナは笑った。
「まだ作ってもないよ」
「だから食べてみたいんだろ」
「それもそうか」
材料も簡単で、お祭りにも合いそうだ。
「一度作ってみようか。それでみんなに食べてもらって、美味しかったらお店で売ってみない?」
「賛成!」
ミアが元気よく手を挙げる。
「俺も異議なし」
「俺も食べてみたい」
レオとリアムも続き、ルナは頷いた。
「じゃあ、まずは試しに作ってみよう」
「それで、どこで作るの?」
ミアに聞かれ、ルナは少し考えた。
「宿の厨房を借りられるか聞いてみようかな」
そこで、昨日商業ギルドで聞いた注意事項を思い出す。
「あ、でもその前にギルドで確認した方がいいかも」
「ギルド?」
「うん。お店で火を使うなら申請が必要だって言われたでしょ? 油を使っても大丈夫なのか聞いておきたい」
売ることが決まれば、その場で油を熱して揚げることになる。
火を使う以上、先に確認しておいた方がいいだろう。
「それに、当日使う道具も借りられるって言ってたから、何があるのか見ておきたいな」
「鍋とかか?」
「うん。大きめの鍋が借りられるなら、その方がいいと思う」
旅の途中なので、当然ながら露店で料理をするための大きな道具までは持っていない。
「じゃあ、先にギルドだな」
マシューの言葉に、ルナは頷いた。
「うん。相談してみよう」
五人は商業ギルドに向かった。
昨日と同じ建物に入り、受付を見渡す。
「あ、アリッサさん」
ちょうど昨日担当してくれたアリッサの受付が空いていた。ルナたちが近づくと、アリッサもすぐに気づく。
「こんにちは。今日はどうしました?」
「こんにちは。少し相談したいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろんです」
ルナは受付の前に立つ。
「露店で料理も売ろうかと思ってるんです。それで、火と油を使いたいんですけど……」
「油を使った料理ですか?」
「はい。芋を細長く切って、油で揚げようと思ってます」
「なるほど」
アリッサは確認するように頷いた。
「油を使うのでしたら、通常より火の扱いには注意していただくことになりますが、使用自体は問題ありません。幸い、昨日お貸しした区画なら十分な広さがあります」
「よかった」
「販売することが正式に決まりましたら、食品販売と火気使用の申請をしてください。火のそばを離れないことと、周囲に燃えやすいものを置かないことも守っていただきます」
「分かりました」
これなら、試作が上手くいけば露店でも作れそうだ。
「あと、道具についても聞きたいんです」
「露店で使うものですね?」
「はい。大きめの鍋とか、調理道具も借りられるんですよね?」
「ええ。鍋や調理台、簡単な調理器具などは貸し出しています。ただ、祭りの期間中は数に限りがありますので、必要なものが決まったら早めに予約してください」
「じゃあ、一度作ってみてから決めた方がよさそうだね」
ルナが呟くと、アリッサがルナを見る。
「まだ試作はされていないんですか?」
「はい。これから作ってみようと思っていて。宿の厨房を借りようかなと」
「それでしたら、こちらの共同調理場を使いますか?」
「え?」
思いがけない言葉に、ルナは目を瞬いた。
「食品を扱う方が試作をしたり、露店の準備をしたりするための共同調理場があります」
「商業ギルドにもあるんですね」
「空いていれば、ギルド会員の方は利用できますよ」
アリッサは手元の予定表を確認する。
「今日は……今からでしたら一つ空いています」
「本当ですか?」
ルナはミアたちを見る。
「それなら、ここで作ってみる?」
「私はいいよ!」
「俺も」
「せっかくだし、そうしようよ」
ミア、レオ、リアムが次々に頷く。
「じゃあ、お願いします」
「承知しました」
思いがけず、試作する場所まで決まった。
あとは材料を揃えて、本当に露店の商品にできそうか試してみるだけだ。
調理場を借りる手続きを終えると、レオとマシューが材料を買いに行ってくれることになった。
「芋と油だな?」
「うん。今日は試作だから、そんなにたくさんじゃなくて大丈夫。あと、塩も少しだけお願い」
「分かった」
二人を見送り、ルナとミア、リアムはアリッサに案内されてギルドの奥へ向かった。
調理場はそれほど広くはなかったが、試作をするには十分な広さがある。
調理台や水場があり、壁際には様々な道具が並べられていた。
「こちらにあるものは、調理場の利用中でしたら自由に使えます」
アリッサが説明してくれる。
大小の鍋に包丁、まな板、ボウル。
他にも食材を混ぜるための道具や食器など、一通り揃っていた。
「露店用に貸し出しているものも、だいたい同じものです。数や大きさには限りがありますが」
「これなら当日も作れそう」
ルナは鍋を手に取り、大きさを確認する。
芋を揚げるだけなら、それほど複雑な道具はいらない。
鍋と芋を切るための道具、それに揚げた芋を取り出すものがあれば十分だ。
「当日もこれくらいの鍋を借りられますか?」
「今のところは空きがありますよ。ただ、必要でしたら今日のうちに押さえておいた方が確実ですね」
「じゃあ、試してからお願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
他にも露店で借りられる調理台などを確認していると、やがてレオとマシューが戻ってきた。
「買ってきたぞ」
レオが芋と塩を調理台に置く。
マシューも油を置いた。
「ありがとう。じゃあ、作ってみるね」
ルナは腕まくりをすると、さっそく調理を始めた。
まずは芋を洗って皮をむき、細長く切り揃えていく。
「こんなに細くするの?」
隣から覗き込んでいたミアが尋ねる。
「うん。これくらいの方が食べやすいから」
切った芋の水気をしっかり取ってから、鍋に油を入れる。
その様子を見て、レオが目を丸くした。
「そんなに油を使うのか?」
「うん。ここに芋を入れて揚げるの」
「焼くんじゃないんだね」
リアムも興味深そうに鍋を覗き込む。
油が温まったところで、ルナは一度に入れすぎないよう、少量の芋を入れた。
ジュワッと大きな音がして、細かな泡が一気に広がる。
「わっ」
ミアが思わず一歩下がる。
「油が跳ねるから、水が入らないように気をつけてね」
ルナは芋の様子を見ながら火加減を調整する。
しばらくすると、白っぽかった芋が少しずつ色づいてきた。
「いい匂いしてきたね」
ミアが鼻を動かす。
「確かに」
レオも鍋に視線を向ける。
ちょうどよく揚がったところで芋を取り出し、余分な油を切る。
最後に塩を振れば完成だ。
「できたよ」
皿に盛った芋を、テーブルの中央に置く。
「熱いから気をつけてね」
ミアがさっそく一本取る。
「いただきます」
少し冷ましてから口に入れた途端、その表情が明るくなった。
「美味しい!」
「本当?」
「外はカリッとしてるのに、中はほくほくしてる!」
その言葉を聞いて、レオも一本取った。
「……うまいな」
「肉じゃなくてもいい?」
ルナが笑って尋ねる。
「ああ。これならいい」
「さっきまで肉って言ってたのに」
ミアが笑う。
「美味ければどっちでもいいんだよ」
リアムも興味深そうに一本食べる。
「これ、芋と塩だけなんだよね?」
「油も使ってるけど、味付けは塩だけだよ」
「へえ……。こんなに変わるんだ」
次々と手を伸ばす三人を見ながら、ルナも一本食べてみる。
カリッとした表面と、熱々の芋。
塩だけの単純な味付けなのに、やっぱり美味しい。
(うん。ちゃんとあの味だ)
懐かしい味に、自然と頬が緩んだ。
「マシューはどう?」
まだ感想を聞いていなかったマシューを見る。
「美味い」
そう言いながら、マシューはもう一本手に取った。
それだけで十分気に入ったのだと分かる。
「これなら、お店で売っても大丈夫そうかな」
「絶対売れるよ!」
ミアがすぐに答えた。
レオとリアムも頷き、マシューも皿に残った芋を見ながら言う。
「祭りで食べるにはちょうどいいんじゃないか。作るのもそれほど難しくなさそうだ」
「うん。私もそう思う」
みんなが美味しいと言ってくれたことで、ルナの中でも気持ちが固まった。
「じゃあ、これを二つ目の商品にしよう」
ルナがそう言うと、全員が頷いた。
あとは値段を決めなければならない。
芋そのものは安く、塩もそれほどかからない。
一番費用がかかるのは油だが、一人分に使う材料を考えれば、十分売りやすい値段にできそうだった。
「これくらいならどうかな?」
ルナが考えた値段を伝える。
マシューは材料にかかった金額と、一度に作れる量を確認する。
「これなら十分利益は出る。ただ、油は思ったより使うな。当日は余裕を持って用意しておいた方がいい」
「そうだね」
ルナも鍋に残った油を見る。
「これなら買いやすい値段だと思うし、このくらいにしようかな」
「俺なら買う」
レオが言う。
「レオは食べたいだけでしょ」
「美味いと思ったものに金を出すんだから、客の意見として間違ってないだろ」
「それもそうかも」
ルナは笑って、値段を決めた。
その後、再びアリッサのもとに向かい、芋を油で揚げた料理を販売することを申告する。
あわせて火を使うための申請も済ませ、当日使う大きな鍋や調理台など、必要なものをそのまま予約しておいた。
「これで大丈夫です。当日は指定された時間までにこちらに来てください」
「はい。ありがとうございます」
必要な手続きを終え、ルナたちは月花亭に戻った。
それからは、あっという間だった。
翌日は再び市場に行き、ラベンダーや端切れ、紐を買い足す。
芋や油についても、当日に必要になりそうな量を考えながら店を回った。
宿に戻れば、今度は匂い袋作りだ。
リアムの手元で、ラベンダーからゆっくりと水分が抜けていく。
隣ではレオも同じように『ドライ』を使っていた。
「これくらいか?」
「うん。大丈夫そう」
ルナが確認すると、レオは次のラベンダーを手に取る。
ナキールで煮干しを作った経験がある二人は、すっかり加減を覚えていた。
「まさか煮干しを作った経験が、花を乾かすのに役立つとはな」
「『ドライ』って結構便利だよね」
リアムは楽しそうに次の花に手を伸ばす。
一方、ルナとミアは向かい合って端切れを縫っていた。
「ミア、そっちは何個できた?」
「もう少しで十個!」
「早いね」
「ルナもさっきより早くなってるよ」
小さく切った布を縫い合わせ、一つずつ袋にしていく。
完成した袋は、そのままマシューの前へ。
「これくらいか?」
マシューが乾燥したラベンダーを袋に詰める。
「うん。それくらい」
量を確認すると、口を紐で結んで一つ完成だ。
ラベンダーを乾燥させるリアムとレオ。
袋を縫うルナとミア。
その間に座り、黙々とラベンダーを詰め続けるマシュー。
しばらくすると、テーブルの端には完成した匂い袋が少しずつ積み上がっていった。
「なんだか本当にお店みたいになってきたね」
ミアが嬉しそうに完成した袋を見る。
「まだ売ってないけどね」
「でも、これ全部売れたらすごいよ」
「全部売れるかな……」
ルナは並んだ匂い袋を見つめる。
「売れなかったら俺たちで使えばいいよ」
リアムが気楽に言った。
「そんなにいらないでしょ」
「研究所のみんなに配る」
「お土産になってるじゃない」
ルナが笑うと、部屋にも笑い声が広がった。
そうして準備を進め、いよいよ前日。
必要な数の匂い袋も、どうにか用意することができた。
「明日はどうする?」
最後の確認をするため、五人は再びテーブルを囲む。
「私は料理を作るのが中心かな。ミアにはお客さんの対応をお願いしたい」
「任せて!」
「俺は?」
リアムがすぐに聞いてくる。
「リアムも手伝ってくれるの?」
「そのつもりだけど」
当然のように答えられ、ルナは少し困った。
「でも……大丈夫なの?」
「何が?」
「花祭りって、王都から来てる人も多いんだよね?」
マレットの香水は王都の貴族にも人気があると聞いている。
祭りともなれば、王都から足を運んでいる者も少なくないはずだ。
「リアムのことを知ってる人もいるんじゃない?」
いくら今は旅の途中とはいえ、リアムは王弟だ。
露店で客を相手にしていれば、誰かに気づかれる可能性もある。
「ああ、それなら大丈夫だよ」
リアムは気にした様子もなく答えた。
「本当に?」
「平民の客なら、俺の顔を知ってる人はほとんどいないよ。貴族でも、俺と直接会ったことがある人なんて限られてるし」
「そうなの?」
「うん。もし知ってそうな人が来たら、その時だけ気をつければいいだろ」
それを聞いたマシューも頷く。
「まあ、それくらいなら問題ないだろうな」
「じゃあ、大丈夫なのかな……」
「大丈夫だって。俺も匂い袋を売ってみたいし」
「分かった。じゃあお願いしようかな」
「任せて」
リアムはどこか嬉しそうだった。
レオとマシューにも手伝ってもらうことを決め、当日の大まかな役割を確認していく。
とはいえ、初めての露店だ。
実際に始まってみなければ、どれくらい客が来るのかも、何が必要になるのかも分からない。
「忘れてるもの、ないよね?」
ルナは準備したものをもう一度確認する。
「たぶん大丈夫だろ」
「たぶんって言われると不安になるんだけど……」
「初めてなんだから仕方ないよ」
ミアが笑う。
「何かあったら、その時みんなで考えよう」
「……そうだね」
ルナも笑って頷いた。
テーブルには、五人で作った匂い袋が並んでいる。
芋や油の手配も終わり、必要な道具も予約した。
できる準備は、全部したはずだ。
楽しみな気持ちと、それと同じくらいの緊張を抱えながら、ルナは完成した匂い袋を一つ手に取った。
いよいよ明日。
一日だけの、ルナの初めての店が開く。




