マレットの町 2
翌日。
ルナたちは昨日マシューから聞いた、花と香水の品評会が開かれている会場を訪れていた。
「わあ……!」
中に入った途端、ミアが声を上げる。
広い会場には、色鮮やかな花がずらりと並んでいた。
赤や黄色、紫、白。
一色だけのものもあれば、花びらの先だけ色が違うものや、何色も混ざったものもある。
どれも丁寧に育てられているのだろう。
大きく華やかな花が多く、訪れた人たちも足を止めては熱心に眺めていた。
「こんなにあるんだね」
「ね! どれも綺麗!」
ルナも一つ一つ眺めながら歩いていく。
初めて見る花もたくさんあったが、見覚えのあるものも意外と多い。
(あれはバラだよね。こっちは胡蝶蘭に似てる)
まったく同じものなのかは分からないが、形も色もよく似ている。
これまでにも前世で知っている植物を見かけることはあった。
これだけ多くの花が集まっていれば、知っているものが混ざっているのも不思議ではないのかもしれない。
「ルナ、これ見て!」
ミアに呼ばれて振り返る。
そこにあったのは、両手を広げたほどもある大きな花だった。
幾重にも重なった花びらは鮮やかな橙色で、周囲の花と比べてもひときわ目立っている。
「大きい……」
「これにしようかな」
「もう決めるの?」
「だって、一番大きいよ?」
当然のように言われ、ルナは笑ってしまった。
「大きさで決めるんだ」
「大きい方がすごいでしょ」
「そうかなあ」
ミアはすでにかなり気に入ったようで、花の前から動こうとしない。
ルナはもう少し見てから決めることにして、会場を進んでいった。
「あ……これ、好きかも」
しばらくして足を止めたのは、丸く広がった花びらが幾重にも重なる花だった。
淡い桃色から中心に向かって少しずつ色が濃くなっている。
(ダリアに似てる)
先ほどの花ほど大きくはないものの、華やかで可愛らしい。
「ルナはそれにするの?」
「うん。私はこれかな」
ミアとはずいぶん違う選び方になったが、それも面白い。
「リアムは決めた?」
「俺はあれにしたよ」
リアムが示した先には、深い赤色のバラが飾られていた。
「バラなんだ」
「うん。綺麗だし、匂いもいいよ」
リアムはそれほど迷わなかったらしい。
三人がそれぞれ投票する花を決めたところで、ルナは少し離れた場所にいるレオとマシューを見る。
二人は花を眺めてはいるものの、ルナたちほど熱心ではない。
「レオとマシューは?」
「何が?」
レオが聞き返す。
「投票する花。まだ決めてないでしょ?」
「俺たちも選ぶのか?」
「せっかく来たんだから選ぼうよ」
ミアも加わる。
「こんなにあるんだから、一つくらい気に入ったのあるでしょ?」
「そう言われてもな……」
レオが困ったように花を見回した。
隣ではマシューも似たような顔をしている。
渋々花を見比べた末、マシューは白と淡い青の花、レオは黄色い花を選んだ。
「レオはどうしてそれ?」
「……なんとなく」
「やっぱり!」
ミアが笑い、レオは困ったように頭を掻いた。
五人は自分たちが気に入った花を決めると、それぞれ一票を投じた。
花への投票を終えたルナたちは、続いて香水が展示されている場所に向かった。
こちらも多くの人で賑わっていたが、花の展示とは雰囲気が少し違う。
長いテーブルの上には、さまざまな香水が並んでいる。
それぞれの前には、使われている花や香りについて書かれた説明と、香りを試すための小さな瓶が置かれていた。
「これ、気になる」
ミアが一つの説明を覗き込む。
「甘い香りだって」
「嗅いでみる?」
ルナは横に置かれた小瓶を手に取った。
蓋を開け、そっと香りを確かめる。
「あ、いい匂い」
「あたしも!」
ミアも試してみると、すぐに笑顔になった。
「本当だ。甘いけど、そんなに強くないね」
「こっちは爽やかな香りだって」
せっかくだからと、二人は気になったものをいくつか試していく。
花の甘い香りが強いものもあれば、すっきりとしたもの、どこか落ち着く香りのものまでさまざまだった。
「香水って、こんなに違うんだね」
ルナは感心しながら次の展示に目を向ける。
そして香水そのものと同じくらい気になったのが、それを入れるための瓶だった。
透き通ったガラスに細かな模様が刻まれたものや、花をかたどった蓋がついたもの。
淡い色のガラスを使ったものまであり、どれも飾っておきたくなるほど綺麗だ。
「この瓶、可愛い」
「こっちも綺麗!」
ミアが指差したのは、花びらのような模様が入った小瓶だった。
ルナも覗き込んでから、少し考える。
「でも……これ、絶対高いよね」
「あたしもそう思う」
二人は顔を見合わせた。
香水だけでも手間がかかっていそうなのに、これほど綺麗な瓶に入っているのだ。
「実際、高いものが多いぞ」
後ろからマシューが言った。
「やっぱり?」
「ああ。マレットの香水は王都でも人気がある。特に質のいいものは貴族にもよく売れる」
「王都でも?」
ルナは改めて並んだ香水を見る。
花と香水の町として知られているだけあって、マレットを代表する商品の一つなのだろう。
「これ、いいな」
少し離れたところからリアムの声が聞こえた。
見ると、一つの小瓶を手にして説明を熱心に読んでいる。
「気に入ったの?」
「うん。これ欲しいな。二種類の花を使ってるんだって」
そう言ってリアムが振り返る。
「マシュー、あとで売ってる店を探してみようよ」
「買うのか?」
「せっかく来たんだから」
「お前は気に入るとすぐ欲しがるな」
「気に入ったんだから仕方ないだろ」
まったく気にした様子のないリアムに、マシューは呆れたようにため息をついた。
そのやり取りを見ていたミアがくすっと笑う。
「レオは気になるのないの?」
少し後ろにいたレオに尋ねる。
「香水か?」
「うん」
「俺は別にいいかな……」
予想通りの答えだった。
「せっかくこんなにあるのに」
「匂い嗅いでも、どれがいいのかよく分からないんだよ」
レオはそう言いながら、並んだ香水を眺める。
どうやら花の時と同じく、それほど興味はないらしい。
「じゃあ、私たちで見よう」
「うん!」
ルナとミアは再び展示に目を向ける。
まだ試していない香りは、たくさん残っていた。
香水の投票も終え、ルナたちは品評会の会場を出た。
会場の周辺には、花や香水を扱う店が多く並んでいる。
せっかくだから見ていこうということになり、五人は通りを歩き始めた。
「こっちにも花がいっぱい!」
ミアがさっそく一軒の花屋に近づいていく。
店先には色とりどりの花が並べられていた。
品評会で見たような大きく華やかな花もあるが、それだけではない。
小さな花をいくつも束ねたものや、素朴な白い花、細かな花をたくさんつけたものまで、種類はさまざまだ。
「こういう小さい花も可愛いね」
ルナは小さな花を集めた花束を覗き込んだ。
「ルナは小さい方が好きなの?」
「大きい花も綺麗だけど、こういうのも好きだよ。何種類か一緒に飾っても可愛いし」
先ほどの品評会では、どうしても存在感のある花に目が向いていた。
けれど、こうして眺めてみると、小さな花にもそれぞれ違った良さがある。
「あ……」
次の店を覗いていたルナが足を止めた。
店先の一角に、小さな紫色の花をたくさんつけた植物が並んでいる。
そばに置かれた札には、『ラベンダー』と書かれていた。
(ラベンダーだ。名前も一緒)
前世でもよく知っていた花だった。
顔を少し近づけてみると、記憶にあるものとよく似た香りがする。
「いい匂い……」
「気に入った?」
隣からリアムが覗き込んできた。
「うん。この花、好きなんだ」
「へえ」
リアムも紫色の花に目を向ける。
しばらく眺めてから、不意にルナの方を見た。
「ルナの目と同じ色だね」
「え?」
思いがけないことを言われ、ルナは目を瞬く。
「ほら。紫色」
リアムがラベンダーとルナを見比べる。
「そうかな……」
言われてみれば近い色かもしれない。
なんとなく照れくさくなって、ルナは別の花に視線を移した。
すると少し離れたところに、澄んだ水色の小さな花が咲いているのが目に入った。
「あ。それなら、あの花はリアムみたい」
「俺?」
「うん。目の色が似てる」
ルナが指差すと、リアムもそちらを見る。
「綺麗な青だね」
「……それ、自分で言う?」
「花の話だよ」
リアムが笑う。
「そうだけど」
ルナもつられて笑った。
「二人とも何してるの?」
先を歩いていたミアが戻ってくる。
「花を見てただけだよ」
「だったらこっちも見ようよ。すごく可愛い花があるの!」
「うん、今行く」
ルナはもう一度ラベンダーに目を向けてから、ミアの後を追った。
その後も何軒かの花屋や香水店を見て回り、気づけば空が少しずつ夕暮れの色に染まり始めていた。
「そろそろ宿に戻ろうか」
「そうだね。結構歩いたし」
朝から品評会を見て、その後もずっと町を歩いていた。
名残惜しそうなミアと一緒に最後の店を覗いてから、ルナたちは月花亭に戻ることにした。
「今日は楽しかったね」
「うん。品評会の結果も楽しみ!」
「どれが選ばれるんだろうね」
「あたしが選んだ花も入ってるといいな」
宿に向かう途中も、ミアは今日見た花の話をしている。
「発表は最終日だったよね?」
「ああ」
マシューが頷く。
「まだ何日かあるな」
「忘れずに見に行かないとね」
ルナも自分が投票した花を思い浮かべる。
もちろん結果も気になるが、たくさんの花や香水を見るだけでも十分に楽しかった。
そんな話をしながら月花亭に戻ると、受付には誰もいなかった。
「あれ、ソフィーいないね」
ミアが辺りを見回す。
すると、奥の方から何かを焼いているような甘い香りが漂ってきた。
「あ、皆さん!」
ほどなくして顔を出したソフィーが、ルナたちに気づいた。
「おかえりなさい。ちょうどよかった。少しこっちに来てもらえませんか?」
「どうしたの?」
「味見してほしいものがあるんです」
そう言われて、ルナとミアが顔を見合わせる。
「味見?」
「行く!」
すぐに答えたミアに、ルナは笑った。
「ミア、返事が早いよ」
「だって味見だよ?」
ルナたちはソフィーに案内され、宿の調理場に向かった。
中に入ると、作業台の上には焼き上がったばかりの小さなクッキーが並んでいた。
「可愛い!」
ミアがすぐに声を上げる。
丸いクッキーの表面には、小さな花びらが飾られている。黄色や桃色、紫色と、一枚ずつ使われている花が違い、見た目にも華やかだった。
「本当。可愛いね」
ルナも近づいて覗き込む。
「この花って食べられるの?」
「はい。これは食用に育てられている花なんです」
ソフィーは嬉しそうに頷いた。
「今ちょうど試しに焼いていたところで。よかったら食べてみてもらえませんか?」
「もちろん!」
ミアが一枚受け取る。
ルナもクッキーを手に取り、口に運んだ。
さくっとした食感と優しい甘さが広がり、花の香りもほんのりと感じられる。
「美味しい」
「本当ですか?」
「うん。見た目も可愛いし、花の町にぴったりだと思う」
「あたしも好き!」
二人の感想を聞いて、ソフィーはほっとしたように笑った。
「よかった。もう少し作ってみようと思ってるんです」
「こんなにたくさん作るの?」
ルナが尋ねると、ソフィーの表情がぱっと明るくなった。
「実は私、花祭りで露店を出すんです!」
「ソフィーがお店を?」
「はい。毎年、宿の仕事を手伝うだけだったんですけど、今年は初めて自分のお店を出せることになって、お祭りの最後の三日間だけなんですけど」
ソフィーは作業台に並んだクッキーに目を向ける。
「このクッキーも売るつもりなんです。他にも何種類か作りたいし、お店の飾りも用意したくて」
「じゃあ、そのための試作だったんだ」
「はい!」
やることはまだたくさんあるらしい。
それでもソフィーは大変そうというより、どこか嬉しそうだった。
「ずっと楽しみにしてたんです。どんなお店にしようか考えるだけでもわくわくして」
楽しそうに話すソフィーを見て、ルナは自然と笑みを浮かべた。
「……楽しそう」
自分で売るものを考え、作って、店に並べる。
ハセンでマシューから商売の話を聞いたばかりだからだろうか。楽しそうに準備をするソフィーの姿が、妙に気になった。
「ルナ」
隣にいたミアが声をかける。
「なに?」
「ルナもやってみたら?」
「……え?」
思いがけない言葉に、ルナは目を瞬いた。
「お店。ルナも出してみればいいじゃない」
「私が……?」
この花祭りで自分が店を出すなんて、考えてもいなかった。ルナは楽しそうに笑うソフィーを見てから、もう一度ミアへと視線を戻した。




