マレットの町 1
昼を少し過ぎた頃、ルナたちはマレットの町に到着した。
「わあ……!」
町に入ってすぐ、ミアが声を上げる。
「すごいね、ルナ。花がいっぱい!」
「うん。綺麗……」
ルナも思わず足を止め、辺りを見回した。
大通りに並ぶ店の軒先には、色とりどりの花が飾られている。
家々の窓辺には小さな花籠が置かれ、街灯や道沿いの柵にも花飾りが掛けられていた。
花と香水で有名な町だとは聞いていたが、ここまで町中が花で彩られているとは思わなかった。
「この花、全部この辺で育ててるのかな」
リアムが近くの花飾りを眺めながら言う。
「一年中いろんな種類を育ててるらしいぞ」
マシューが答えた。
「花そのものだけじゃなく、香水や香油もマレットの特産品だ。特に今の時期に開かれる花祭りは、町で一番大きな催しだな」
「香水も有名なんだ」
「そうみたいだね」
リアムは興味深そうに並んだ花に目を向けた。
「花によって香りも違うし、どうやって香りを取り出してるのかも気になるな」
「リアム、魔法以外にそういうのも気になるんだね」
「知らないものはだいたい気になるよ」
「それは知ってる」
ルナが笑うと、リアムも楽しそうに笑った。
「それにしても、人が多いね」
ミアが通りを見回す。
大通りには町の住人だけでなく、旅人らしい姿も多かった。
家族連れや冒険者、荷物を抱えた商人たちが行き交い、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
「祭りが始まって何日か経ってるからな」
マシューが人混みを見ながら言った。
「近くの町から来てる奴も多いんだろう」
「これだけ人がいると……宿、大丈夫かな?」
ルナは急に心配になった。
祭りがあることは知っていたものの、ここまで人が集まるとは思っていなかった。
「先に探した方がいいな」
レオも周囲を見回す。
「祭りを見てからじゃ、さらに埋まってるかもしれない」
「じゃあ先に宿だね」
「うん」
花飾りを見ていたミアも名残惜しそうに頷いた。
五人はひとまず大通りを離れ、宿を探すことにした。
何軒か見て回った末、見つかったのは『月花亭』という宿だった。
白い壁に淡い青色の屋根をした三階建ての建物で、入口の両脇には大きな花鉢が置かれている。
看板にも、月と花を組み合わせた絵が描かれていた。
「ここなら空いてるみたい」
ルナは入口に掲げられた空室を知らせる札を確認してから、中に入った。
「いらっしゃいませ!」
すぐに明るい声が飛んでくる。
受付に立っていたのは、ルナたちとそれほど年の変わらなそうな少女だった。
「お泊まりですか?」
「はい。五人なんですけど、部屋は空いてますか?」
「大丈夫ですよ。まだいくつか空いてます」
その答えに、ルナはほっとした。
「よかった……」
少女は宿帳を取り出しながら、にこりと笑う。
「お祭りの間はいつもより混むんです。最終日が近づくともっと人が増えるので、今日でよかったですよ」
「そんなに増えるんだ」
先に宿を探して正解だったらしい。
宿代を確認すると、これまで泊まってきた宿より少しだけ高かった。けれど、祭りの時期であることを考えれば仕方がない。
場所も大通りからそれほど離れていない。
ルナたちはここに泊まることを決めた。
「ありがとうございます。私はソフィーです。何かあったら声をかけてくださいね」
「ありがとうございます」
鍵を受け取ると、隣でミアがすぐにルナの腕を軽く引いた。
「荷物を置いたら、すぐ見に行こう!」
「うん。私も早く回りたい」
宿が決まった安心感もあって、ルナの気持ちはすっかり祭りへ向いていた。
部屋に荷物を置くと、五人はすぐに一階に戻る。
「まず市場?」
階段を下りながらミアが聞く。
「そうだね。マレットにはどんなものがあるのか見てみたいな」
「それなら、広場の方がおすすめですよ」
受付の近くにいたソフィーが声をかけてきた。
「広場?」
「はい。花祭りの間は、町のいくつかの広場にたくさん露店が出るんです。食べ物もありますし、花飾りや雑貨、香水のお店もありますよ」
「香水も?」
真っ先に反応したのはリアムだった。
「ありますよ。小さなお店もたくさん出てます」
「へえ……」
リアムが少し楽しそうに目を細める。
一方、ミアは別のところに反応していた。
「露店いっぱいあるんだ!」
「普段の買い物なら市場ですけど、お祭りを楽しむなら絶対そっちです」
「ルナ、行こう!」
「うん。教えてくれてありがとう、ソフィー」
「いえ。楽しんできてください!」
ソフィーに教えてもらった道を進んでいくと、やがて大きな広場が見えてきた。
「すごい……」
ルナは思わず声を漏らした。
広場には、数えきれないほどの露店が並んでいた。
花を使った髪飾りや小物を並べる店。
色鮮やかな布製品や木工品。
小瓶に入った香水や香油。
そしてもちろん、食べ物を売る店もあり、あちこちから甘い香りや肉の焼ける匂いが漂ってくる。
「何から見る?」
「全部!」
ミアが即答する。
「全部見るつもりかよ」
レオが呆れたように笑った。
「せっかく来たんだからいいでしょ」
「まあ、時間はあるけどな」
ルナたちは人の流れに混ざり、端から露店を覗いていった。
最初に立ち止まったのはリアムだった。
「リアム?」
ルナが近づくと、小さなガラス瓶が何本も並んでいる。
「香水?」
「うん」
リアムは店先に並んだ瓶を興味深そうに見ていた。
「同じ花でも香りが少しずつ違うんだって」
「そんなに違うの?」
「嗅いでみる?」
店主が細い紙片に一滴だけ香水をつけてくれる。
ルナが顔を近づけると、ふわりと甘い香りがした。
「すごく花の匂いがする」
「でも、生の花そのままの香りとは少し違うね」
リアムが別の紙片を比べながら言う。
「香りを取り出す時に変わるのかな」
「また調べたくなってる?」
「ちょっとね」
ルナが笑うと、リアムは否定しなかった。
その後もしばらく露店を見て回っていると、今度は飲み物を並べた店が目に入った。
「花茶……?」
店先には、淡い色の花茶が何種類も並んでいる。
よく見ると、透明なポットの中には小さな花びらが浮かんでいた。
「花のお茶だって。飲んでみたい!」
ミアがさっそく店に近づく。
ルナも気になり、淡い桃色の花茶を一杯買ってみることにした。
受け取ったカップを顔に近づけると、ふわりと甘い花の香りがする。
「いい匂い……」
一口飲んでみる。
香りから想像したほど味は強くなく、口当たりもすっきりしていて飲みやすい。
「美味しい?」
「うん。思ってたよりすっきりしてる。ミアも飲んでみる?」
「飲む!」
ミアが一口もらう。
「あ、本当だ。いい匂い!」
「花の町らしいね」
「飲む方にも使うんだね」
リアムも花茶を覗き込む。
「香水だけじゃなくて、食べたり飲んだりする花もあるんだ」
「花って種類によって使い方が全然違うんだね」
「面白いな」
リアムは香水の時とはまた違った興味を見せていた。
さらに進んでいくと、今度は香ばしい匂いが漂ってくる。
「……いい匂い」
「ルナ、今度は食べ物?」
ミアが笑う。
その視線の先では、大きめに切った肉を串に刺し、香草と塩で味付けしたものが焼かれていた。
「これは止まるだろ」
今度はレオがすぐに店に目を向けた。
「レオもじゃん」
「肉だからな」
「理由になってる?」
ミアが笑う。
まだ昼食を取っていなかったが、このあときちんと食べるつもりだったので、味見程度に二本だけ買って分けることにした。
「うまいな」
真っ先に食べたレオが頷く。
「香草がいいな。肉の匂いも気にならない」
「本当だ」
ルナも一口食べる。
焼きたての肉は柔らかく、塩気と香草の香りがよく合っていた。
「お祭りで食べると、余計に美味しく感じるよね」
「分かる!」
さらに進むと、今度は焼き菓子を並べた店があった。
目を引いたのは、花の形をした小さな焼き菓子だ。
「かわいい……」
ルナが足を止める。
「今度はルナが止まった」
ミアが楽しそうに笑った。
「食べるのがもったいないね」
「そう言いながら買うんだろ?」
レオに言われ、ミアが頷く。
「もちろん」
「ミアが答えるの?」
結局いくつか買い、その場で一つずつ食べてみることにした。
さくっとした軽い食感で、噛むと優しい甘さが広がる。
「これも美味しい」
「ルナ、本当に楽しそうだね」
リアムに言われ、ルナは少し照れながら笑った。
「だって、お祭りの食べ物って見てるだけでも楽しいから」
「食べるのも、でしょ?」
「もちろん」
まだまだ気になる店はある。
けれど、串肉に焼き菓子まで食べたところで、レオが辺りを見回した。
「そろそろちゃんと昼飯にしないか?」
「あ」
そういえばまだ昼食を食べていなかった。
「確かに。このままだと露店だけで腹いっぱいになりそうだな」
マシューも頷く。
「それは困る」
「ルナが言うんだ」
ミアに笑われ、ルナも笑い返した。
「ここはまたあとで来よう」
「うん!」
五人は昼食を取れる店を探して、再び賑やかな通りを歩き始めた。
広場を離れて少し歩くと、食事ができそうな店が見つかった。
祭りの最中ということもあって店内は混んでいたが、幸い五人で座れる席が空いている。
それぞれ料理を注文し、しばらく待つと、焼いた肉と野菜を挟んだパンや温かなスープが運ばれてきた。
「結構食べたと思ったのに、ちゃんとお腹空いてた」
パンを頬張りながらミアが言う。
「串肉も焼き菓子も、少しずつだったからね」
ルナもスープを一口飲む。
朝から移動してきたこともあって、思っていた以上にお腹が空いていたらしい。
「それにしても、いろんなお店があったね」
先ほどの広場を思い出しながら、ルナは楽しそうに話す。
「食べ物だけじゃなくて、髪飾りとか香水とか」
「まだ半分も見てないと思う」
ミアも頷く。
「明日も見たいな」
「今日もまだ見るんじゃないの?」
「もちろん見るよ」
ミアが当然のように答える。
ルナは笑ってから、ふとマシューを見る。
「そういえば、花祭りって露店以外にも何かするの?」
「いくつか催しがあるぞ」
マシューはスープを置きながら答えた。
「中でも有名なのは、花と香水の品評会だな」
「品評会?」
ルナとミアが揃って反応する。
その隣では、リアムも興味を示して顔を上げていた。
「ああ。マレットで育てられた花や、この町で作られた香水が集められる。祭りの間は専用の会場に展示されてるはずだ」
「香水もたくさん見られるんだ」
「見られるぞ」
リアムが少し身を乗り出す。
「作った人に話を聞いたりもできる?」
「出品者が会場にいることもあるな」
「それなら行ってみたいな」
「リアムも興味あるんだ」
「うん。さっき香水を見てたら、どうやって作ってるのか気になってきた」
ルナが笑う。
「やっぱり気になったんだ」
「気になるものは仕方ないよ」
「誰でも見られるの?」
ミアがマシューに聞く。
「ああ。町の奴だけじゃなく、祭りに来た客も入れる」
「どれが一番いいか決めるの?」
「専門の審査員が決める賞もあるし、祭りに来た客の人気投票もある」
「投票できるの?」
ミアの顔がぱっと明るくなる。
「ルナ、行ってみようよ!」
「うん。私も見てみたい」
「俺も」
リアムもすぐに続いた。
「花も香水も、ここでしか見られないものがありそうだし」
「じゃあ決まりだね」
ルナは笑った。
「会場はどこにあるの?」
「ここから少し離れたところだな。今日はもう昼も過ぎてるし、行くなら明日の方がゆっくり見られるだろ」
「じゃあ、明日にしよう」
ミアが大きく頷く。
「決まり! 明日は品評会ね」
「まだ今日も半分くらい残ってるぞ」
レオが言う。
「もちろん今日も楽しむよ?」
「元気だな」
「せっかくのお祭りだもん」
その言葉に、ルナも笑った。
昼食を終えたら、もう少し露店を見て回ろう。
まだ見ていないものも、気になるものもたくさんある。
そして明日は、花と香水の品評会だ。
ここでしか見られない花や香水があるのかもしれない。
そう考えるだけで、自然と胸が弾んだ。




