ハセンの町 5.
ミアたち三人を見送ったあと、ルナとリアムは宿の部屋に戻った。
「じゃあ、俺たちは魔法の話をしようか」
「うん」
向かい合って椅子に座ると、リアムは早速楽しそうに口を開いた。
「前から気になってたんだ。ルナって、生活魔法の使い方が普通とは違うよね」
「うん。でも、使ってる魔法自体は普通の生活魔法だよ」
「それは分かってる。だから気になるんだよ。どうしてああいう使い方を思いついたの?」
「どうしてって……」
聞かれて、ルナは少し考えた。
「私、属性魔法が使えないから」
「それが関係あるの?」
「何の属性もないって分かってから、魔法について書かれた本を読んだの。その中に、魔法はイメージが大切だって書いてあって」
ルナが使えるのは、誰でも使えるような生活魔法だけだ。
「だったら、生活魔法ももっと便利に使えるんじゃないかって思ったの」
「それで『ドライ』でハッカソウを乾燥させたんだ」
「うん。濡れた服を乾かせるなら、植物に含まれてる水分も減らせるんじゃないかなって。最初は全部乾かせるとは思ってなくて、少しでも時間を短くできればいいなって思っただけなんだけど」
「なるほど……」
リアムは興味深そうに頷いた。
「じゃあ、誰かに教わったわけじゃないんだね」
「うん。だから、属性魔法のことはあまり分からないんだよね」
「そうなの?」
「私は使えないから、ちゃんと教わったこともないし。本で読んだくらい」
ルナはそう言ってから、少し身を乗り出した。
「だからリアムに聞いてみたかったの。生活魔法と属性魔法って、どのくらい違うの?」
「そうだな……」
リアムは少し考え、テーブルの上にある空のコップに目を向けた。
「じゃあ、実際に比べてみようか」
「比べる?」
「うん。ルナ、『ウォーター』を使ってみて」
「分かった」
ルナは空のコップを手に取った。
「ウォーター」
コップの上に水が現れ、そのまま中に注がれていく。
「これが普通の『ウォーター』だよね」
「そうだね。普通はそれで終わりだけど……ルナは何か違うこともできる?」
「水の出し方なら少し変えられるよ」
もう一度魔法を使う。
今度は先ほどより細く、少しずつ水を出してみせた。
「こんな感じ。たくさん出すのは無理だけど、出し方ならある程度変えられるよ」
「……そんなふうにも出せるんだ」
「普通はやらないの?」
「少なくとも、俺は見たことないな。『ウォーター』はコップ一杯くらいの水を出すものだって教わるから」
リアムは興味深そうに流れる水を眺める。
「止めたりもできる?」
「うん」
ルナは蛇口から流れる水を思い浮かべながら、細い水を止め、また出してみせた。
「最初はコップ一杯分を出すだけだったんだけど、イメージを変えたらできるようになったの」
「なるほど……。出せる水の量そのものが増えてるわけじゃなくて、その範囲で出し方を変えてるのか」
「多分……?」
そこまで詳しいことはルナにも分からない。
リアムはしばらく考え込んでいたが、やがて自分の手のひらを上に向けた。
「じゃあ、次は俺ね」
その上に水が生まれる。
最初は小さな水の塊だった。
しかし、リアムが指先を動かすと、水は宙に浮いたまま丸くなり、次には細長く伸びていく。さらに二つに分かれたかと思えば、再び一つに戻った。
「すごい……」
ルナは思わず身を乗り出した。
「こんなに自由に動かせるの?」
「水属性ならね。もちろん、どこまでできるかは魔力量や扱う技術にもよるけど」
リアムが手を下ろすと、水はコップの中に静かに収まった。
「生活魔法の『ウォーター』は、基本的には生活に使う水を出すための魔法。でも水属性なら、水を出すだけじゃなくて、動かしたり形を変えたりできる。もっと大量の水を扱うこともできるよ」
「全然違うんだ……」
ルナは二つのコップを見比べた。
どちらも中に入っているものは同じ水だ。
それなのに、魔法としてできることは随分違うらしい。
「じゃあ……」
そこでルナは、自分の『ウォーター』についてもう一つ思い出した。
「リアム。水の温度は変えられる?」
「温度?」
「うん。私の『ウォーター』、少しだけなら冷たくしたり、ぬるくしたりできるんだけど」
「……温度まで変えられるの?」
先ほどよりも明らかに驚いた様子で、リアムがルナを見る。
「うん。熱いお湯とか氷みたいに冷たい水は無理だけど、飲みやすいくらいには変えられるよ」
「それは聞いたことないな」
「水の出し方を変えるのとは違う?」
「うん。さっきのは、出せる水の範囲で出し方を変えてるだけだった。でも温度まで変わるなら、出てくる水そのものに変化を加えてることになる」
ルナは首を傾げた。
「でも、私は同じようにやってるよ?」
「どうやって?」
「冷たい水が飲みたい時は冷たい水を、少しぬるい方がいい時はぬるい水を思い浮かべるだけ」
「それだけ?」
「うん」
特別なことをしたつもりはない。
水の量や出し方を変えた時と同じように、欲しい水を思い浮かべているだけだ。
リアムはしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「これも『ドライ』と同じなのかもしれないな」
「同じ?」
「うん。普通は『ウォーター』なら水を出すだけ、『ドライ』なら濡れたものを乾かすだけだと思って使ってる。そう教わるからね。でも、実際にはイメージ次第でもっといろんな使い方ができるのかもしれない」
ナキールでは、ルナにやり方を聞いたリアムたちも、『ドライ』で魚を乾燥させることができた。
「じゃあ、『ウォーター』も?」
「その可能性はあると思う。水の出し方を変えられるなんて聞いたことはないけど、今まで誰もやろうと思わなかっただけかもしれない」
リアムは楽しそうに笑う。
「生活魔法って、思ってたより面白いのかもしれないね」
「私も、まだ他にできることがあるのかな」
「ありそうだね。いろいろ試してみる価値はあると思う」
ルナは自分の手を見る。
今まで当たり前のように使っていた生活魔法にも、まだ知られていない使い方があるのかもしれない。
「じゃあ、水属性でも温度を変えられるのかな?」
「どうだろう。俺はやったことないな」
「水属性なのに?」
「水属性は水を出したり動かしたりする魔法だからね。水そのものの温度を変えようとは考えたことがなかった」
今度はルナが驚く番だった。
「でも、試したらできるかもしれないんだよね?」
「可能性はあるね」
リアムは手のひらの上に、もう一度小さな水の球を作った。
「今まで温度を変えようと思ったことがなかっただけだから。どうなるか試してみる価値はありそうだ」
リアムが楽しそうに水を眺める。
その様子を見ながら、ルナはふと思った。
「ねえ、リアム」
「何?」
「もし水属性の魔法で、どんどん水を冷たくしていったら……氷も作れるのかな?」
「氷?」
「うん。水って冷やしたら氷になるでしょ?」
「それはそうだけど……」
リアムはそこで言葉を止めた。
「でも、水属性と氷属性は別物だよ」
「そうなの?」
「うん。魔法では別の属性として扱われてる」
「でも、氷って水が凍ったものだよね?」
「普通の氷はね」
「普通の?」
ルナが首を傾げる。
「氷属性の魔法で作った氷は、普通の水が凍ってできた氷とは少し違うんだ。術者が意識を向けて魔力を維持している間は、気温が高くても簡単には溶けない」
「魔力を維持してる間は?」
「うん。魔力を切れば、そのあとは普通の氷と同じように少しずつ溶けていくよ」
「へえ……」
同じ氷に見えても、違うらしい。
ルナは少し考えてから、リアムの手のひらに浮かぶ水を見た。
「じゃあさ」
「うん?」
「リアムがその水を、水属性の魔法でずっと冷たくして凍らせることができたら、それはどっちの氷になるの?」
「……え?」
リアムの動きが止まった。
「普通の氷なのか、氷属性の魔法で作った氷なのか」
「それは……」
リアムは手のひらの水を見つめる。
しばらく待ってみたものの、答えは返ってこなかった。
「分からない?」
「……分からないな」
「リアムでも分からないことあるんだね」
「もちろんあるよ。むしろ、分からないことだらけだよ」
そう言いながらも、リアムの目はどこか楽しそうだった。
「そもそも、水属性で水の温度を変えられるのかも分からないから。本当に凍るところまで冷やせるのかも分からない」
「もし凍らせられたら、氷属性も使えることになるの?」
「いや、それは違うと思う」
リアムはすぐに首を横に振った。
「水属性で水を冷やして普通の氷を作っただけなら、使っているのはあくまで水属性だからね。それで氷属性が使えるようになったとは言えない」
「そっか」
「ただ……」
リアムはもう一度、水の球に目を向けた。
「もし水属性だけで、氷属性の魔法と同じように魔力で凍った状態を維持できたら……」
「できたら?」
「かなり面白いね」
リアムの表情が明らかに変わった。
「調べてみるの?」
「もちろん」
迷うことなく返事が返ってくる。
「まずは水属性で温度を変えられるか。それができたら、どこまで冷たくできるのか。その次は、本当に凍らせられるのか」
「それで、できた氷がどんな性質なのか?」
「うん。それも調べたい」
次々とやりたいことを口にするリアムを見て、ルナは思わず笑った。
「リアムって、本当に魔法が好きなんだね」
「うん。だって、今まで考えたこともなかった疑問が出てきたんだよ?」
リアムは嬉しそうに笑う。
「こういうのを調べるのが一番楽しいんだ」
楽しそうに話すリアムを見ていると、ルナまで少しわくわくしてくる。
このまま話していたら、いくらでも続きそうだった。
けれど、その時。
ぐう、とルナのお腹が小さく鳴った。
「……あ」
一瞬、部屋が静かになる。
リアムと目が合い、ルナは少し恥ずかしくなった。
「……お腹空いちゃった」
「急だね」
「魔法の話をしてたら、いつの間にかお昼近くになってたみたい」
窓の外を見ると、日も随分高くなっている。
「せっかくだし、市場に行こうか?」
「うん。昨日見られなかったお店もあるかもしれないし」
二人は宿を出て、市場に向かった。
昼前の市場は多くの人で賑わっていた。
野菜や果物、穀物が並ぶ店の間を歩いていると、どこからか焼きたてのパンの香りが漂ってくる。
「あ、いい匂い」
ルナが足を止めた。
少し先にパンを並べた店がある。
「見て、リアム。あれ美味しそう」
「さっきお腹空いたって言ってたもんね」
二人で店に向かい、焼きたての丸いパンをいくつか選ぶ。ところが、その少し先では、今度は干した果物や木の実が入った焼き菓子が並んでいた。
「あっ」
「今度はあっち?」
「美味しそうじゃない?」
「うん。でもルナって、料理をするだけじゃなくて、食べるのも本当に好きなんだね」
「もちろん好きだよ」
ルナは迷うことなく答えた。
「美味しいものを食べるのも、作るのも好き」
「なるほど。だから市場を歩いてる時、いつも楽しそうなんだ」
「そうかな?」
「うん。食べ物を見つけるたびに足を止めるから、すぐ分かるよ」
「そんなに止まってる?」
「結構ね」
リアムが笑う。
少し恥ずかしくなったものの、目の前の焼き菓子を見ると、やはり気になってしまう。
「でも、美味しそうなんだから仕方ないよ」
「それはそうかもね」
結局、パンといくつかの焼き菓子を買い、二人は宿に戻った。
買ってきたものをテーブルに広げ、向かい合って椅子に座る。
「思ったより買っちゃったね」
「ほとんどルナが選んだものだけどね」
「リアムも食べるでしょ?」
「もちろん」
ルナは焼きたてのパンを手に取りながら、先ほどまで話していた魔法のことを思い出した。
まだ、聞いてみたいことはたくさんある。
「そういえば、リアムって水属性を使えるのに、今まで水の温度を変えようとは思わなかったんだね」
「うん。水属性は使えるけど、あまり研究してこなかったから」
「そうなの?」
あれだけ魔法の話を楽しそうにするリアムにしては意外だった。
「どうして?」
「他にもっと興味のある属性があったんだよ」
「他に?」
「うん。俺は雷属性も使えるから、そっちばかり調べてたんだ」
「雷属性……?」
ルナが反応する。
雷。
その言葉を聞いた瞬間、前世で知っていたものが頭に浮かんだ。
「それって……電気だよね?」
「デンキ?」
聞き慣れない言葉だったらしく、リアムが首を傾げる。
「何、それ?」
「あ……」
ルナは言葉に詰まった。
雷が電気だということは知っている。
けれど、電気とは何かと改めて聞かれると、上手く説明できない。
「えっと……雷と同じようなもの、だと思う」
「雷と?」
「うん。私が知ってるところでは、それを使って明かりをつけたり、いろんな道具を動かしたりしてたの」
「雷みたいなもので道具を?」
リアムが興味深そうに聞き返す。
「うん。でも、ごめん。どういう仕組みなのかは私もよく分からないんだ」
「そうなんだ」
前世では毎日のように使っていた。
けれど、それがどういう仕組みで動いていたのかと聞かれれば、ルナには答えられない。
リアムは少し考え込んだあと、口を開いた。
「でも、雷に似た力を道具に使うっていうのは面白いね」
「この世界にも魔道具があるよね?」
「あるよ」
「魔道具は魔力で動いてるんでしょ? だったら、雷属性の魔法を使って何かできたりしないのかなって」
「どうだろう……」
リアムはパンを置いた。
「魔道具は基本的に魔石に魔力を込めて動かすから、雷属性の魔法をそのまま使って動かすっていうのは聞いたことがないな」
「そっか……」
「それに、魔道具には決められた形で魔力を流す必要がある。いきなり雷属性の魔法を流したら、壊れる可能性もあるよ」
「壊れちゃうの?」
「多分ね」
簡単にはいかないらしい。
けれど、リアムはむしろ楽しそうだった。
「でも、できないって決まったわけじゃない」
「調べるの?」
「もちろん。雷属性をそのまま使うのは難しくても、何か別の方法があるかもしれないからね」
そう言って笑うリアムを見て、ルナも嬉しくなる。
「今日は調べたいことが一気に増えたよ」
「なんか、ごめん」
「どうして謝るの?」
リアムは不思議そうに首を傾げた。
「俺は楽しいよ。自分じゃ考えなかったことばかりだから」
その言葉に、ルナも笑った。
自分は魔法について詳しいわけではない。
電気についてだって、知っているのは前世で当たり前に使っていたということくらいだ。
リアムも、ルナの疑問に何でも答えられるわけではない。
けれど、二人で話していると、一人では思いつかなかった疑問が次々と出てくる。
ルナはテーブルに置かれた焼き菓子を一つ手に取った。
魔法や魔道具を工夫すれば、今より食材を保存しやすくしたり、料理を便利にしたりすることもできるのだろうか。
今はまだ、どうすればいいのか分からない。
(でも、いつかできたらいいな)
そうなれば、料理でできることも、もっと増えていく。
新しい可能性を見つけたような気がして、ルナは自然と笑みを浮かべた。




