ハセンの町 4.
夕食を終えて部屋に戻ってしばらくした頃、扉を叩く音がした。
「マシュー、いる?」
聞こえてきたのはミアの声だった。
「ああ。いるぞ」
返事をすると、扉が開いてミアとレオが入ってくる。
二人揃って訪ねてくるのは珍しい。
「どうした?」
「ちょっと相談したいことがあって」
ミアはそう言って、隣にいるレオを見る。
レオが頷くと、ミアは改めてマシューに向き直った。
「あたしたち、もっと強くなりたいの」
「強く?」
「うん」
ミアは真剣な表情で頷いた。
「あたしはもっと弓が上手くなりたいし、何かあった時にちゃんとルナを守れるようになりたい。でも、どうしたらいいのか分からなくて」
「俺も似たようなもんだ」
今度はレオが口を開く。
「これからも旅を続けるなら、もっと強くなっておきたい。それに、冒険者として上のランクも目指したいと思ってる」
「それで、俺に?」
「ああ。マシューは騎士団にいたんだろ?」
「だったら、あたしたちよりずっと戦いのことも分かるかなって」
「なるほどな」
マシューは二人を見ながら考える。
牧場でのゴブリン討伐は見ている。
ミアは弓を使い、レオは剣と風魔法で戦っていた。
二人がどんな役割を担っているのかは、おおよそ分かっている。
だが、あの一度だけで何を教えるべきか判断するのは早い。
「分かった」
「本当?」
「ああ。ただ、教えるにしても、今のお前たちがどれくらいできるのかをもう一度ちゃんと見ておきたい」
二人の表情が引き締まる。
マシューは少し考えてから言った。
「明日、二人に合った討伐依頼を受けてもらう」
「討伐依頼?」
「ああ。俺も一緒に行く。三人で森に行って、そこで二人が普段どんなふうに戦ってるのか見せてくれ」
「それなら分かるの?」
「実際に見た方が早いからな。直した方がいいところがあれば、その時に言う」
「分かった!」
ミアがすぐに頷く。
レオも異論はないようだった。
「俺もそれでいい。頼む」
「ああ。じゃあ明日の朝、ギルドに行こう」
二人がどこまでできるのか。
まずは、それを確かめるところからだった。
翌朝。
朝食の席で、マシューは昨日決めたことをルナとリアムに話した。
「今日は俺とミアとレオの三人で、討伐依頼を受けてくる」
「三人で?」
ルナが少し驚いたように顔を上げる。
「ああ。二人がもっと強くなりたいらしくてな。一度、ちゃんと戦ってるところを見ることにした」
「そうなんだ……」
ルナはミアとレオを見る。
「じゃあ、今日は別々なんだね」
「すぐ戻ってくるよ」
「森の奥まで行くつもりもないから大丈夫だ」
二人にそう言われても、ルナは少し心配そうだった。
すると、隣にいたリアムが口を開く。
「じゃあ俺たちは宿で待ってようか」
「宿で?」
「うん。この前、魔法の話をするって約束したでしょ? ちょうどいいし、三人が戻ってくるまで話してようよ」
「あ……そうだったね」
ルナは少し迷ってから頷いた。
「分かった。じゃあ、私はリアムと待ってる」
それから三人を見回す。
「気をつけてね」
「ああ」
「行ってくるね、ルナ!」
朝食を終えると、マシューたちはそのまま冒険者ギルドに向かった。
◇◇◇
ギルドでそれぞれに合った討伐依頼を選び、三人はハセンの町を出た。
まず向かったのは、森の入口付近だった。
ミアが受けたのはホーンラビットの討伐だ。
比較的弱い魔物で、森の浅い場所にも生息している。
弓の腕を見るにはちょうどいい。
「いた」
しばらく探していると、ミアが小さな声を上げた。
少し離れた草むらに、一匹のホーンラビットがいる。
マシューとレオは手を出さず、後ろからミアの様子を見守った。
ミアは弓を構え、ゆっくりと矢をつがえる。
その時、右手の茂みがわずかに揺れた。
けれどミアの視線は、ホーンラビットに向いたままだった。
ホーンラビットはまだこちらに気づいていない。
距離も問題ない。
ミアは狙いを定めると、矢を放った。
飛んでいった矢がホーンラビットに当たる。
倒れたのを確認すると、ミアは嬉しそうに振り返った。
「どうだった?」
「弓は悪くないな」
「本当?」
「ああ。あの距離からなら十分当てられてる」
マシューが答えると、ミアの表情が明るくなる。
「ただ——」
そのまま視線をミアの後方に向けた。
「周りが見えてない」
「え?」
ミアがきょとんとする。
「さっき、ホーンラビットを狙ってる間に右の茂みが動いたのには気づいたか?」
「右?」
ミアが慌ててそちらを見る。
少し離れた茂みだ。
「……気づかなかった」
「鳥が飛び出しただけだったから今回は問題なかった。でも、別の魔物だった可能性もある」
「……うん」
「獲物を見つけてから、そっちに意識が向きすぎてるな」
弓を扱うことに関しては、思っていたより悪くない。
少なくとも、止まっている小型の魔物を狙って仕留めるだけの腕はある。
問題はそれ以外だった。
「今まではレオが周囲を警戒してたのか?」
「うん。依頼の時はレオが周りを見てくれてる」
レオも頷く。
「そうだな。二人には離れないように言ってあるから」
「なるほどな」
それなら、今まで大きな問題にならなかったのも分かる。
だが、ミアがこれからルナを守れるようになりたいというのなら、そこは変えていく必要がある。
「ミア」
「うん」
「ルナのそばにいることが多いなら、弓を当てることだけじゃなく、周囲に意識を向ける癖をつけた方がいい」
ミアは真剣な顔でマシューを見る。
「敵を倒す前に、危険に気づくことが必要な時もある。特に誰かを守りながら戦うならな」
「……そっか」
ミアは手にしている弓に一度目を落とした。
そして、今度はしっかりと頷く。
「分かった。気をつける」
「ああ。最初から全部できる必要はない。意識するところからでいい」
「うん!」
課題はあるが、直せないものではない。
あとは実際の依頼を重ねながら身につけていけばいいだろう。
マシューはそう考えながら、次はレオの実力を見るため、さらに森の中へと進んでいった。
レオが受けたのはオークの討伐だ。
先ほどまでとは違い、レオが先頭を歩く。
時折足を止めて周囲を確認しながら、慎重に森の中を進んでいく。
マシューはその少し後ろを歩きながら、レオの様子を見ていた。
物音がすれば足を止める。
足跡や折れた枝にも目を向け、周囲への警戒も怠っていない。
冒険者として必要なことは、きちんと身についているようだった。
「……いた」
しばらく進んだところで、レオが足を止めた。
木々の向こうに、一体のオークがいる。
レオはすぐには飛び出さず、周囲を確認する。
他の魔物がいないことを確かめてから、ゆっくりと剣を抜いた。
オークもこちらに気づき、低い唸り声を上げる。
次の瞬間、レオは地面を蹴った。同時に足元に風をまとわせた。
一気に加速し、オークとの距離を縮めた。
オークが太い腕を振り下ろす。
レオは足元に再び風を起こし、横に素早く跳んだ。
腕が空を切る。
その隙に踏み込み、剣を振るう。
一撃。
だが、浅い。
レオは深追いせず、すぐに距離を取った。
オークが向きを変え、今度は大きく腕を振るう。
その動きを見ながら、レオはもう一度足元に風をまとわせた。
攻撃が届く直前で素早くかわし、そのまま懐へ潜り込む。
剣を振り抜く。
今度は確かに刃が入った。
オークの大きな体がぐらりと揺れ、そのまま地面に倒れる。
それでもレオはすぐに剣を収めなかった。
倒れたオークが動かないことを確かめ、それから周囲に視線を巡らせる。
「他には……いないな」
ようやく剣を下ろしたレオに、マシューは声をかけた。
「悪くないな」
「本当か?」
「ああ。周りも見えてるし、魔物を倒したあとも警戒を解いてない。風魔法の使い方も悪くない」
昨日のゴブリン討伐でもそうだった。
無理に魔法だけで倒そうとはせず、上手く補助に使っている。
冒険者として戦ってきた経験は、きちんと積み重なっている。
「ただ、剣は少し気になるな」
「剣?」
「ああ」
マシューは先ほどの戦いを思い返す。
「レオ。剣は誰に習った?」
「誰かにちゃんと習ったことはないな。冒険者になってから、自分で覚えた」
「やっぱりそうか」
「何かおかしかったか?」
「おかしいというほどじゃない。実際、オークも倒せてるからな。ただ、自己流の癖がついてる」
レオは自分の剣に目を落とした。
「癖……」
「攻撃の後に剣が少し外へ流れる。今まで魔物を倒すには困らなかったんだろう。だから、そのまま自分が戦いやすい形で身についたんだと思う」
実戦の中で覚えた剣だ。
それ自体が悪いわけではない。
だが、マシューにはもう一つ気になることがあった。
「レオ。人間を相手に戦ったことはあるか?」
「人間?」
「ああ。本気で武器を持って戦ったことだ」
レオは少し考えてから首を横に振った。
「ないな」
「なら、一度は対人戦も覚えておいた方がいい」
「対人戦……」
「魔物と人間じゃ戦い方が違うからな」
マシューは自分の剣に軽く触れる。
「魔物には種類ごとの習性や攻撃の癖がある程度ある。だが、人間は相手を見て動きを変える」
レオが黙って話を聞いている。
「冒険者として魔物を討伐するだけなら、今のままでも経験を積んでいけると思う」
そこで一度言葉を切った。
「でも、これから護衛もやっていくつもりなら、魔物と戦えるだけじゃ足りない」
護衛の相手が遭遇する危険は、魔物だけとは限らない。
「盗賊なんかに襲われれば、相手は人間だ。ルナたちを守りながら戦うことになるかもしれない」
「……そうだな」
レオの表情が真剣になる。
「だったら、今のうちに剣の基礎を一度ちゃんと覚えておいた方がいい。自己流の癖も、その方が直しやすい」
レオはしばらく考えたあと、しっかりと頷いた。
「分かった」
その返事を聞きながら、マシューは先ほどのミアにも目を向けた。
二人とも、今のままでまったく駄目というわけではない。むしろ、それぞれ自分の役割の中で必要なものを身につけ始めている。
だからこそ、今のうちに足りない部分を補っておけば、この先もっと伸びるだろう。
マシューはそう考えていた。
依頼を終え、三人はハセンに戻るため森の中を歩いていた。
「二人とも、直した方がいいところはあるが、今の時点で悪いわけじゃない」
マシューがそう言うと、ミアが隣を歩きながら顔を上げた。
「本当?」
「ああ」
二人とも、指摘されたことを素直に受け止めている。
それなら教える側としてもやりやすい。
「旅の間でよければ、俺が見てやるぞ」
「えっ?」
ミアが足を止めた。
「いいの!?」
「ああ。毎日ずっとというわけにはいかないが、時間がある時ならな」
「やった!」
ミアは嬉しそうに笑う。
「ありがとう、マシュー!」
「ああ」
マシューが頷くと、レオも頭を下げた。
「俺も頼む。ありがとう」
「分かった」
「でも……」
レオは腰に下げた剣に目を向ける。
「誰かに剣を教えてもらうの、初めてなんだよな」
「そうなの?」
ミアが驚いている横で、レオは少し困ったように笑った。
「今まで自己流でやってきたから、基礎から習うっていうのはちょっと変な感じだな」
「別に今までのやり方を全部変える必要はないぞ」
マシューはそう返した。
「使えるものはそのまま使えばいい。足りないものを覚えて、直した方がいいところだけ直せばいい」
「……そっか」
「ああ。実戦で覚えてきたことも無駄じゃないからな」
その言葉に、レオは少し安心したように頷いた。
「じゃあ、よろしく頼む」
「ああ」
再び三人で歩き始める。
ミアは早速、何から教えてもらおうかと楽しそうに話していた。
レオも最初こそ戸惑っていたが、すぐにその話に加わっている。
マシューはそんな二人を見ながら、少しだけ笑った。
二人が強くなりたい理由には、どちらにもルナがいる。
けれどルナも、ただ守られているだけではない。自分にできることを探し続けている。
(いい関係なんだな)
三人が旅を始めてから、まだそれほど長くはないはずだ。それでも、お互いにできないことを補いながら、ここまで旅をしてきたのだろう。
悪くない関係だと思いながら、マシューも二人のあとを追って歩き出した。




