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双子の妹は聖女候補、無属性の私は食の知識で自由に生きます  作者: ぽかぽか
クリーヴランド

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タリオンの町 16

 翌朝。

 朝食を終えたルナは、部屋の机に紙を広げていた。

 そこに書かれているのは、以前から考えていた孤児院のおやつについてだ。


「やっぱり、もう一度作ってみたいな」


 呟きながら、材料を書き出していく。

 潰し麦、小麦粉、青葉草、少量の麦蜜。

 それから油と水。

 ミルクが安く手に入る時なら、水の代わりに少し使ってもいいかもしれない。

 一番大切なのは、孤児院でも無理なく作り続けられることだった。


「ミア、これってどう思う?」

「何が?」

「材料。孤児院でも用意できそう?」


 紙を見せると、ミアが隣から覗き込む。


「潰し麦と小麦粉なら大丈夫だと思う。青葉草もその辺に生えてるし……麦蜜は?」

「少しだけ。砂糖や蜂蜜より安いから、これなら使えるかなって」

「それなら大丈夫じゃないかな」

「油も普通のやつでいいんだろ?」


 今度はレオが尋ねる。


「うん。安く手に入るものでいいと思ってる」

「なら、そんなに高くはならなそうだな」

「よかった」


 カロンの孤児院でも続けられるように、安くて手に入りやすく、お腹にもたまる材料を選んだ。

 そこに青葉草の栄養まで加えられるのなら、十分だ。


「問題は青葉草かな」

「青葉草?」

「幸運のスープみたいに毎回すり潰すのは大変でしょ?」

「あれ、結構大変だったもんね」


 ミアも何度か手伝っているため、すぐに頷く。


「だから、お菓子に入れるならできるだけ細かく刻むくらいでもいいかなって。作るのが大変だったら、続けてもらえないし」

「それがいいんじゃない?」

「うん。まずはそれで試してみようかな」


 材料は決まった。

 あとは実際に作ってみればいい。


「どこで作る?」


 レオに聞かれ、ルナは少し考える。


「しおなぎ亭の調理場を借りようかな……」


 そこまで言って、ふと手を止めた。


「……孤児院」

「え?」

「タリオンの孤児院で作るのはどうかな?」


 ミアとレオがルナを見る。


「ここ数日は教会の方に行くことが多くて、子どもたちともゆっくり話せてないでしょ?」

「そういえば、そうだね」

「それに、カロンの子どもたちでも作れるお菓子にしたいんだよね」


 ルナは紙に書いた材料を見る。


「だったら、実際に子どもたちにも手伝ってもらった方がいいと思うの」

「子どもでも作れるか試すってこと?」

「うん。混ぜたり、形を作ったりするくらいならできるでしょ?」

「楽しそう」


 ミアが笑う。


「タリオンの子たちも喜ぶと思うよ」

「院長がいいって言ってくれるなら、俺も賛成」

「じゃあ決まり」


 ルナは紙を手に取った。


「今日は孤児院に行こう」


◇◇◇


 孤児院を訪れると、扉を開けた途端、賑やかな声が飛んできた。


「ルナ!」

「ミアもいる!」

「レオも!」


 何人もの子どもたちが駆け寄ってくる。


「わっ、ちょっと待って」


 ルナは驚きながらも、すぐに笑顔になった。

 少し前まで横になっていることの多かった子どもたちが、今では元気に走り回っている。


「ジャン、もうすっかり元気そうだね」

「うん。もう何ともないよ」


 ジャンが得意げに答える。

 その隣にはケイティもいた。


「ケイティも?」

「うん!」


 以前は起き上がることさえつらそうだったが、今では頬にも血色が戻っている。

 さらに奥から二人の子どもが出てきた。

 最初に訪れた時、教会で治療を受けていた子たちだ。


「二人とも戻ってきたんですね」


 院長を見ると、嬉しそうに頷いた。


「ええ。もう大丈夫だろうということで、戻ってきたんです」

「よかった……」


 これで、十人全員が揃った。

 最初に来た時とはまるで違う。

 静かだった部屋には、今ではあちらこちらから笑い声が聞こえていた。


「それで、今日はどうされたんですか?」

「あ、そうでした」


 ルナは持ってきた材料を見せる。


「実は、お菓子を作ってみたくて。調理場を貸してもらえませんか?」

「お菓子ですか?」

「はい。それと、よかったらみんなにも手伝ってほしいんです」


 その言葉を聞いた子どもたちが、一斉に反応した。


「作る!」

「私も!」

「何作るの?」

「まだちゃんとできるか分からないよ」


 ルナが苦笑する。


「だから、みんなにも協力してほしいの」

「やる!」


 元気な返事に、院長も笑った。


「これだけやる気があるなら、断れませんね。どうぞ使ってください」

「ありがとうございます」


 こうして、十人の子どもたちとのお菓子作りが始まった。

 青葉草を洗ったり、細かくちぎったり。

 潰し麦や小麦粉を量ったり、生地を混ぜたり。

 包丁や火を使うところだけはルナたちが担当し、できるだけ子どもたちにも手伝ってもらう。


「レオ、それ多い!」

「え?」

「小麦粉、そんなに入れたら駄目だよ!」

「まだ入れてないだろ」

「今入れようとしてた!」


 ジャンとレオが言い合っている。


「ちゃんと紙に書いた量を見てね」


 ルナが声をかける。


「ほら、ルナも言ってる」

「だから分かってるって」


 周りから笑い声が上がった。


 潰し麦と小麦粉。

 細かくした青葉草。

 そこへ少量の麦蜜と油を加え、水を少しずつ入れてまとめていく。


「これ、丸めればいいの?」

「うん。丸めたら少し平らにしてみて」


 ルナが見本を作ると、子どもたちも真似を始めた。


「できた!」

「私の方が丸いよ」

「大きさはなるべく同じくらいにしてね。焼け方が変わっちゃうから」

「じゃあ、これは?」

「……ちょっと大きいかな」

「半分にする!」


 綺麗な丸もあれば、少し歪なものもある。

 それでも、みんな楽しそうだった。

 形を整えた生地を並べ、焼いていく。

 しばらくすると、調理場に香ばしい匂いが広がり始めた。


「いい匂い!」

「もう食べられる?」

「まだだよ」

「まだ?」

「ちゃんと焼けるまで待って」


 何度も聞いてくる子どもたちに、ルナは笑いながら答えた。

 そして——。


「できたよ」

「やった!」


 焼き上がったお菓子を前に、歓声が上がる。

 少し冷ましてから、みんなで一つずつ手に取った。


「じゃあ、食べてみようか」

「いただきます!」


 ルナも一口齧る。

 潰し麦が入っているため、普通のクッキーより少し食べ応えがある。

 青葉草も細かくしてあるため、思っていたほど気にならない。


「……うん。悪くないかも」

「おいしい!」

「こっちも!」


 子どもたちからも次々と声が上がる。


「ケイティはどう?」

「おいしい」


 ケイティはそう言って、もう一口齧った。


「ジャンは?」

「俺も好き。もう一個食べていい?」

「一個食べ終わったらね」

「やった」


 次々とお菓子に手が伸びる。

 その光景を見ながら、ルナはほっと息を吐いた。


「これ、また作っていい?」

「もちろん。そのために作り方も残していくつもりだよ」

「やった」


 嬉しそうに笑うジャンを見て、ルナも笑った。


「院長先生」

「はい?」

「作り方を紙に書いておいてもいいですか?」

「もちろんです」

「ありがとうございます。カロンの孤児院にも伝えたいと思ってるんです」


 以前過ごした町を思い浮かべる。


「ギルドを通して、向こうにもレシピを届けてもらえないか聞いてみようと思って」

「それはいいですね」


 院長が頷く。


「このお菓子なら、向こうの子どもたちも喜ぶと思いますよ」

「そうだといいな」


 ルナはそう答えてから、楽しそうに話している子どもたちを見た。


 少し迷ったあと、口を開く。


「それとね、みんなに話しておきたいことがあるの」

「何?」


 ジャンがすぐに聞き返した。


「私たち、もうすぐタリオンを出るんだ」

「え?」


 周りにいた子どもたちが一斉にルナを見る。


「どこ行くの?」

「エレンジアっていう国。海を渡った先にあるの」

「もう行っちゃうの?」


 ケイティが寂しそうに尋ねる。


「うん。最初から、その国に行くつもりで旅をしてたからね」


 ルナは頷いた。


「でも、すぐってわけじゃ——」


 言いかけて、やめた。

 船の運航も戻り始めている。

 もう何日もタリオンに留まるつもりはなかった。


「たぶん、近いうちに出ると思う」

「そっか……」


 さっきまで賑やかだった子どもたちが、急に静かになる。


「そんな顔しないで」


 ルナは困ったように笑った。


「またタリオンに来ることがあったら、会いに来るよ」

「本当?」

「うん」

「またお菓子作ってくれる?」

「じゃあ、その時は今日よりおいしいものを作ろうか」

「約束だよ!」

「約束」


 そう答えると、子どもたちの表情が少し明るくなった。


「みんなも、ちゃんとご飯食べてね」

「食べる!」

「ラバヌイのお茶も、しばらくは続けて」

「はーい」


 元気な返事が返ってくる。


 最初にここへ来た時は、寝台で横になっている子が何人もいた。教会で治療を受けていて、ここにいなかった子どももいた。

 それが今は、十人全員が揃っている。

 笑って、お菓子を取り合うくらい元気になった。

 それだけで、十分だった。


「院長先生も本当にお世話になりました」

「こちらこそ」


 院長は穏やかに笑った。


「ルナさんたちが来てくださらなかったら、どうなっていたか……」

「私だけじゃありません。みんなが協力してくれたからです」


 ルナはそう言ってから、子どもたちを見る。


「じゃあ、今日はそろそろ帰るね」

「またね、ルナ!」

「ミアも!」

「レオもまた来て!」


 次々に声をかけられながら、三人は孤児院をあとにした。何度も振り返って手を振る子どもたちに、ルナたちも手を振り返す。


「元気になってよかったね」


 孤児院が見えなくなったところで、ミアが言った。


「うん」


 ルナも頷く。


「最初に来た時とは全然違う」

「あいつら、もう病人には見えないな」


 レオの言葉に、ルナは笑った。


「それが一番だよ」


 その足で、三人は冒険者ギルドに向かった。

 受付で事情を説明し、カロンのギルドを通して孤児院にレシピを届けてもらえないか頼んでみる。


「これくらいなら問題ありませんよ」


 エミリーは、ルナが差し出した紙を確認して頷いた。


「次にカロン方面に向かう便がありますので、そちらに預けておきます」

「ありがとうございます」


 これで、カロンの子どもたちにも作り方を伝えられる。

 完璧なお菓子ではない。

 もっと安く作れる方法や、別の材料もあるかもしれない。

 それでも、今の自分にできる形にはできた。

 ギルドを出たルナは、満足した気持ちで宿に戻った。


◇◇◇


 しおなぎ亭に戻ってしばらくした頃。

 部屋の扉が叩かれた。


「はーい」


 ミアが扉を開ける。


「こんにちは」

「あ、リアムさん。マシューさんも」


 そこに立っていたのは、リアムとマシューだった。


「今、いいかな?」

「もちろんです。どうぞ」


 二人を部屋へ招き入れる。


「今日はどうしたんですか?」


 ルナが尋ねると、リアムが椅子に腰を下ろしながら答えた。


「挨拶に来たんだ」

「挨拶?」

「うん。俺たち、明日タリオンを出ることになったから」

「明日?」


 ルナは目を瞬いた。


「もう帰るんですね」

「タリオンも落ち着いてきたし、船も動き始めたからね。調査もひとまず終わり」

「そうだったんですね」


 リアたちに続き、リアムとマシューもタリオンを離れるらしい。


「二人にも、いろいろお世話になりました」

「それはこっちの台詞だよ」


 リアムが笑う。


「病気の件も、ルナたちがいなかったらどうなってたか分からないし」

「私だけじゃないですよ」

「分かってる。でも、それでもね」


 ルナは少し照れくさくなって、話題を変えるように立ち上がった。


「お茶、淹れますね」

「ありがとう」


 荷物の中から、小さな包みを取り出す。


「今日はこれにしようかな」

「何、それ?」


 さっそくリアムが覗き込んできた。


「ハッカソウです。乾燥させたものなんですけど、お茶にすると美味しいんですよ」


 カップに入れて湯を注ぐと、爽やかな香りが広がった。


「自分で乾燥させたの?」

「はい」

「どうやって?」

「《ドライ》を使いました。そのあと一晩、風通しのいい場所に置いて」

「《ドライ》?」


 リアムが目を瞬く。


「生活魔法の?」

「はい」

「植物に使ったの?」

「乾かす魔法なら、植物にも使えるかなと思って」


 ルナが答えると、リアムは乾燥したハッカソウを興味深そうに眺めた。


「へえ……」

「リアム」


 マシューが呆れた声を出す。


「何?」

「挨拶に来たんじゃなかったのか?」

「あ」


 リアムが顔を上げた。


「そうだった」

「忘れるなよ」

「ちょっと気になっただけだって」


 そう言いながらも、まだハッカソウに視線を向けている。

 ルナは思わず笑った。


「研究がお好きなんですね」

「うん。こういう使い方、聞いたことなかったから」


 リアムはお茶を一口飲む。


「これも面白いな」

「気に入ったならよかったです」


 少し話したあと、リアムがふと思い出したように尋ねた。


「そういえば、ルナたちもエレンジアに行くんだよね?」

「はい」

「船はもう決めた?」

「まだです」


 ルナは首を振る。


「今日か明日にでも、港で探そうと思ってました」

「だったら、俺たちと一緒に来ない?」

「え?」


 三人がリアムを見る。


「俺たちが明日乗る船、まだ空きがあるんだ。もし都合がいいなら、一緒にどうかなって」

「三人でも大丈夫なんですか?」

「うん。そこは確認してあるよ」


 ルナはミアとレオを見る。


「あたしは行きたい!」


 ミアは迷わず答えた。


「俺も問題ない」


 レオも頷く。

 ルナもすぐに気持ちを決めた。


「じゃあ……お願いしてもいいですか?」

「もちろん」


 リアムが笑った。


「明日の朝、港で待ち合わせよう」

「はい」


 思っていたより早く、出発の日が決まった。

 明日。

 いよいよ海を渡る。


◇◇◇


 翌朝。

 荷物を持ったルナたちは、待ち合わせた場所に向かった。


「おはよう」


 先に来ていたリアムが手を上げる。

 隣にはマシューもいた。


「おはようございます」

「荷物はそれで全部?」

「はい」

「なら行こうか」


 五人で船着き場に向かう。

 そこには、出航の準備を終えた大きな船が停まっていた。


「……大きい」


 ルナは思わず足を止めた。


「港には何度も来てたでしょ?」


 ミアに言われ、ルナは首を振る。


「見るのと、自分が乗るのは全然違うよ」

「酔わないといいね」

「……それは今言わないで」


 急に不安になったルナに、レオが笑う。


「駄目だったら寝てればいいだろ」

「レオまで……」

「船酔いなら薬もあるよ」


 リアムまで口を挟んできた。


「リアムさんまで不安にさせないでください」

「安心させようとしたんだけどな」

「逆です」


 そのやり取りに、ミアが笑う。


「ほら、行くぞ」


 マシューに促され、五人は船に乗り込んだ。


 やがて、出航を告げる声が響く。

 船がゆっくりと岸から離れ始めた。

 ルナは甲板からタリオンの町を見る。

 最初にこの町に来た時には、病気の人があふれ、どこか重い空気が漂っていた。

 今は、港にも人が戻り、動き始める船も増えている。


「ルナ、見て」


 ミアの声に、海の方へ顔を向ける。


 どこまでも続く青い海。

 町から眺めていた時とは、まるで違って見えた。

 潮の匂いと、吹き抜ける風。

 太陽の光を反射して輝く水面。


「……すごい」


 ルナはしばらく海を眺めた。

 その水平線の向こうに、エレンジア王国がある。


「次は、どんな食べ物があるんだろう」


 ぽつりと呟く。


「最初にそれ?」


 ミアが笑った。


「だって気になるでしょ」

「ルナらしいな」


 レオまで笑う。


「いいでしょ。私、それを知りたくて旅してるんだから」


 ルナも笑った。

 少し離れたところでは、リアムとマシューが船員と話している。


 家を出た時は、ただ自分の人生を自分で選びたかった。

 けれど今は、行きたい場所がある。

 見たいものがある。

 知りたい味がある。

 ルナは潮風に揺れる短い髪を押さえながら、水平線の向こうを見つめた。

 船はタリオンを離れ、新しい国へと進んでいった。

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