タリオンの町 12
それから数日が経った。
タリオンの教会では、少しずつ状況に変化が現れ始めていた。
「前より身体が楽になったよ」
「朝のだるさもずいぶん違う」
ラバヌイのお茶を継続して飲んでいた人たちから、そんな声が聞こえるようになっていた。
もちろん、全員が同じように回復しているわけではない。
それでも、孤児院や近所で試していた時と同じように、何度か飲んでいた者には少しずつ改善が見られている。
その話が広がるにつれ、最初は様子を見ていた人たちも飲みたいと申し出るようになった。
「思ったよりずっと増えたね」
教会の一角にできた列を見ながら、ミアが言う。
「うん。このままだと、またすぐ足りなくなりそう」
ルナが残っているラバヌイを確認していると、近くにいたノエルが声をかけた。
「採取なら、こちらでも人を出せますよ」
「いいんですか?」
「教会でこれだけ使うようになったんです。ルナ様たちだけにお願いするわけにはいきませんから」
以前一緒に採りに行ったことで、ノエルは生えている場所も、採る実の見分け方も知っている。
それからは、ミアやレオだけでなく、神官や王宮から来た者たちも交代で採取に加わるようになった。
実の処理やお茶の淹れ方も少しずつ教会側へ伝わり、ルナたちがいなくても続けられる形ができつつあった。
そんな中、ルナ自身にも声をかける人が増えていた。
「あの、ルナさんですよね?」
教会を歩いていたところで、一人の女性に呼び止められる。
隣には、日に焼けた男性が立っていた。
「夫が船乗りなんです。次の航海から、何を食べればいいんでしょうか?」
「航海中ですか?」
「今回みたいな病気にならないためには、ラバヌイのお茶を飲んでいればいいんでしょうか」
ルナは少し考えてから答えた。
「今回のような症状を防ぐなら、野菜や果物をできるだけ取ることが大事だと思います」
「でも、船の上じゃ難しいんだ」
男性が困ったように言う。
「何日も乗る時は、パンや干し肉みたいな日持ちするものが中心になるからな」
「そうですよね……」
それこそが、船員にこの病気が多かった理由なのだろう。
「ラバヌイも役に立つと思います。でも、航海中ずっとそれだけに頼るより、他にも長く保存できるものを探した方がいいと思います」
「保存か……」
男性が考え込む。
「分かった。仲間とも話してみるよ」
「はい。私も何か考えてみます」
その後も、船員やその家族から似たような相談を受けた。
病気になった人を治すだけでは足りない。
これから先、同じことが起きないようにする必要もある。
少し前まで誰も見向きもしなかったラバヌイのお茶を、多くの人が受け取っている。
まだすべてが終わったわけではない。
それでも、タリオンは確実に良い方向に動き始めていた。
◇◇◇
リアもまた、教会で治療を続けていた。
「少し楽になりましたか?」
「はい。ありがとうございます、リア様」
治療を終えた男性がほっとしたように笑う。
教会にはまだ治療を必要とする人がいる。
それでも、数日前までとは明らかに様子が違った。
ラバヌイのお茶を飲む人が増え、症状が軽いうちに回復し始める者も出ている。
新しく重症化して運ばれてくる人も、少しずつ減っていた。
何より、教会の空気が明るい。
(よかった……)
リアも自然と笑顔になる。
そして、その日の治療を終えた頃。
「今日はここまでにしましょう」
ペトロの言葉に、リアは頷いた。
「はい」
片づけを始めようとして、ふと入り口の方を見る。
「……あれ?」
「どうしました?」
ノエルに聞かれ、リアは教会の中を見回した。
すぐに気づく。
「待っている人が……いません」
これまでなら、治療を終えて戻る時にも必ず何人かが残っていた。
今日診てもらえなかった人。
明日まで待たなければならない人。
その姿を見るのが、リアはずっとつらかった。
けれど今日は、治療を待つ重症者が一人もいない。
「本当ですね」
ノエルも周囲を見回す。
「ペトロ様」
リアが振り返る。
「治療を待っている重症の方……もういないんですね」
「ええ」
ペトロも穏やかに頷いた。
「今日来られた重症の方は、全員治療を終えています。新しく重症化する方も、かなり減りました」
「……よかった」
小さく言葉が漏れる。
ほんの数日前まで、六人で治療しても追いつかなかった。
それが今日は、誰も残っていない。
「このまま、また悪くなる人が出なければいいですね」
「ええ。そこまで確認できれば、ようやく安心できるでしょう」
リアは誰もいなくなった寝台を見つめた。
(このまま、みんなよくなりますように)
久しぶりに、晴れやかな気持ちで一日の治療を終えた。
◇◇◇
その日の夕方。
リアムは領主の屋敷に戻り、部屋でマシューと向かい合っていた。
「教会の方は、かなり落ち着いてきたみたいだ」
マシューが報告書を机に置きながら言う。
「今日も重症者は全員その日のうちに治療できたそうだ。新しく重症化する者も減っている」
「そっか」
リアムはほっと息を吐いた。
「ラバヌイ茶の方も?」
「希望者が増えてる。教会側でも採取や準備ができるようになってきたらしい」
「なら、もう俺たちが毎日顔を出さなくても大丈夫そうだね」
「ああ。まだ様子を見る必要はあるだろうが、かなり落ち着いてきた」
病気の方には、ようやく収束の兆しが見えてきた。
そこでマシューが、もう一枚の紙を取り出した。
「それと、頼まれてた件」
「ルナのこと?」
リアムの表情が変わる。
「分かったの?」
「ああ」
「ルナ・フィールズ。クリーヴランド王国のフィールズ子爵家の令嬢だった」
「だった?」
その言い方に、リアムが眉を寄せる。
「順番に話す」
マシューは手元の紙に目を落とした。
「リア・フィールズとは双子だ」
「やっぱり」
顔立ちが似ていたのも、それなら納得できる。
「ただ、もうフィールズ家の人間じゃない」
「え?」
リアムが眉を寄せる。
「除籍の手続きがつい最近、正式に終わってる」
「除籍……?」
思っていなかった言葉に、リアムは黙り込んだ。
「どうして?」
「それが、公の記録だけじゃ分からなかった」
マシューが答える。
「だから、少しだけ追加で調べた」
「……どこまで?」
「家の中の事情に踏み込むようなことまではしてない」
マシューは念を押してから続けた。
「ただ、お披露目式の頃からルナがフィールズ家にいなくなっていたこと。そのあと、しばらく所在を探していたらしいことまでは確認できた」
「探してた?」
「ああ。ただ、家名を出して大々的に捜していたわけじゃない。だから記録もほとんど残ってない」
リアムは黙って聞いている。
「それも途中で終わってる。その後、除籍の手続きに入ったらしい」
「理由は?」
「そこまでは分からない」
マシューは首を振った。
「本人が家を出たのか、何か事情があったのか。フィールズ家がどういう判断をしたのかまでは、公に確認できる話じゃない」
「……そっか」
リアムは机の上の紙を見る。
ルナは家名を名乗らず、冒険者として旅をしている。
そして、その裏ではすでにフィールズ家から正式に外されていた。
「ルナは知ってるのかな」
「どうだろうな。家を出てから連絡を取ってないなら、知らない可能性はある」
「だよね……」
リアムは机の上の報告書を見る。
ルナが家を出た時点では、まだ除籍は終わっていなかったはずだ。
そして今、本人が知らないところで立場が変わっている。
「これは、本人に話した方がいいと思う」
「除籍のことか?」
「うん」
今回、ルナがしたことは小さくない。
長く船乗りたちを苦しめてきた病気の原因につながる手掛かりを見つけ、タリオンで町の住人にまで同じ症状が広がった理由にも筋道をつけた。
この話が、タリオンだけで終わるとは考えにくい。
「王都にも報告は行くだろうね」
「当然だろうな」
「そうなったら、ルナのことも話に出る」
クリーヴランド王家が、今回の件に関わったルナに興味を示しても不思議ではない。
しかも、ルナはこのままエレンジアに向かうつもりだ。
「この先、何か選ぶことになるかもしれない。その前に、自分が今どういう立場なのかは知ってた方がいいと思う」
「……そうだな」
マシューも否定しなかった。
リアムは少し黙ったあと、口を開く。
「それに、俺も話さないと」
「鑑定のこともな」
「……うん」
本人の許可なく鑑定を使った。
そこで名前を知り、さらに勝手に調べた。
どちらも、自分が謝るべきことだった。
「鑑定したことも、調べたこともちゃんと謝る」
リアムは小さく息を吐く。
「その上で、除籍のことを伝える」
「最初から本人に聞けばよかったんだけどな」
「……本当にそう思ってる」
マシューは少し呆れた顔をしたものの、それ以上は言わなかった。
リアムは報告書にもう一度目を落とす。
ルナは、自分が正式にフィールズ家を離れたことをまだ知らないかもしれない。
そして、おそらくこれから彼女を取り巻く状況は変わる。
なら、その前に伝えておくべきだ。
「……明日、ルナに話すよ」
リアムはそう決めると、静かに報告書を閉じた。




