タリオンの町 11
「それでね、リア。協力してほしいことなんだけど」
ルナは、タリオンに来てから調べてきたことを簡単に話した。
長雨のあと、野菜や果物を食べる機会が減った人たちに、船員病と似た症状が出ていること。
そして今、孤児院や近所の人たちにラバヌイのお茶を試してもらっていること。
「何度か飲んだ人には、少しずつ変化が出始めてるの」
そこまで聞いて、リアが驚いたように顔を上げた。
「それ……さっき聞いた話と同じ」
「え?」
「ジェームズ殿下から聞いたの。町でラバヌイのお茶を試している人たちがいて、体調がよくなり始めた人がいるって」
「ジェームズ殿下から?」
ルナは目を瞬いた。
レオが教会に渡した紙が届いたのだろうか。
どうしてそこまで話が伝わっているのか少し気になったが、今はそれよりも——。
「教会でも確認するって話してたの」
「本当?」
「うん。まだ本当に効くって決まったわけじゃないから、ちゃんと調べてから」
「よかった……」
ルナはほっと息を吐いた。
「教会にはもっとたくさん患者さんがいるんでしょ? 協力してもらえる人が増えたら、もっと分かることも増えると思う」
嬉しそうに話すルナを、リアがじっと見つめる。
「……やっぱり、ルナはすごいね」
「え?」
「誰にも分からなかったことに気づいたんでしょ? 食事を調べたり、ラバヌイを試したり……」
リアは少し俯いた。
「やっぱりルナなら、私より——」
「待って」
ルナが言葉を遮る。
「リアだって、ちゃんとすごいでしょ」
「……私?」
「私は治療なんてできないよ」
「でも、病気の原因を——」
「原因かもしれないものに気づいただけ。それに、ラバヌイのお茶は飲んだらすぐ元気になるものじゃないの」
最初に飲み始めたジャンたちにも、変化が出るまでには時間がかかった。
「リアたちが重症の人を治療してくれてたんでしょ?」
「うん……」
「だったら、そのおかげで私たちはラバヌイを試せたんだよ」
リアが黙る。
「治療してくれる人がいなくて、重症の人がどんどん増えてたら、何日もお茶を試して様子を見るなんてできなかったと思う」
ルナは少し笑った。
「だから、私が聖女候補だったらよかったって話、やっぱり違うよ」
「でも、ルナならもっと早く原因に気づいて——」
「それでも、重症の人は治せないでしょ?」
「……うん」
「逆に、リアだけだったら治療はできても、原因までは分からなかったかもしれない」
ルナはリアを見る。
「私だけでも駄目だった。リアだけでも駄目だったんだよ」
できることは違う。
リアには、今苦しんでいる人を治す力がある。
ルナには、別の方法を探すための知識がある。
「だったら、二人でやればいいよ」
「二人で……」
「うん。リアはリアにできることをする。私は私にできることをする。それで足りないところを助け合えばいいんじゃない?」
リアはしばらくルナを見つめていた。
やがて、ほんの少し笑う。
「……そっか」
「うん」
「比べなくてもよかったんだね」
「たぶんね」
「私たち、やっぱり馬鹿だったね」
「それ、さっきも言ったよ」
「だって本当だもん」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
「じゃあ、一緒に頑張ろう、リア」
「うん」
今度の返事には、先ほどまでの迷いはなかった。
「一緒に頑張ろう、ルナ」
少しの間、二人はそのまま話を続けた。
ふと、リアがルナの髪を見る。
「……そういえば、髪切ったんだね」
「ああ、これ?」
ルナが短くなった髪に触れる。
「王都を出る時に切ったの」
「最初に見た時、びっくりした」
「変?」
「ううん。似合ってる」
「よかった。私も結構気に入ってるんだ」
ルナが笑う。
リアは今度は旅装に目を向けた。
「本当に旅してきたんだね」
「うん。ミアとレオと三人でここまで来たの」
「レオって?」
「ミアと同じ孤児院で育った冒険者。王都を出る時から一緒に来てくれてる」
「……そうだったんだ」
「どうしたの?」
「ミアが一緒なのは知ってたけど、二人だけでここまで来たのかと思ってたから」
「ああ……」
ルナはようやく意味が分かって笑った。
「さすがに二人だけで旅をするのは危ないからね。レオには護衛もしてもらってたの」
「よかった……」
リアが本当に安心したように息を吐く。
「何も言わずにいなくなったから、ずっと心配してたんだよ」
「それは……ごめん」
ルナは少し気まずそうに目を逸らした。
「判定のあと、いろんなことが一気に起きて……リアがどう思ってるのか聞くのも怖かったの」
「……私も、何て言えばいいのか分からなかった」
二人とも、話さなかった。
それが少しずつ距離を広げてしまったのだろう。
ルナは話題を変えるように尋ねた。
「リアは誰とタリオンまで来たの?」
「ペトロ様と神官様が二人。それからノエル」
「フィールズ家からは?」
「誰も来てないよ」
「……そうなんだ」
ルナは少し意外に思った。
「お父様たち、反対しなかったの?」
「心配はしてた。でも、私が行きたいって言ったから。それに神殿の人たちが一緒だったから」
「そっか」
それ以上、両親について話すことはなかった。
けれど、こうして髪や旅のことを何でもなく話しているだけで、ルナは不思議な気持ちになった。
「……何か変な感じ」
「何が?」
「久しぶりなのに、こうやって話してるとそんな感じしないなって」
リアも少し驚いたあと、柔らかく笑う。
「私も」
「そっか」
二人はまた笑った。
◇◇◇
翌朝。
朝食を済ませたルナは、ミアとレオと三人で教会に向かった。
昨日までなら、フィールズ家の者と顔を合わせるかもしれないと思い、近づくことさえためらっていた場所だ。
けれど今は違う。
リアと一緒に、それぞれできることをしようと決めた。
教会に入ると、ノエルがすぐに気づいた。
「ルナ様。おはようございます」
「おはようございます、ノエルさん」
「リア様もお待ちですよ。こちらへどうぞ」
案内された部屋には、リアのほかにペトロたち王都から来た神官が集まっていた。
ジェームズの姿もある。
ルナたちが入ると、ジェームズが驚いたように目を見開いた。
その視線がルナとリアの間を行き来する。
「ルナ」
リアが嬉しそうに立ち上がった。
「おはよう、リア」
「おはよう」
二人が自然に名前を呼び合う。
昨日、泣きそうな顔で部屋に戻っていったリアとはまるで違っていた。
ジェームズはしばらく二人を見ていたが、何も尋ねず、わずかに表情を和らげた。
簡単に挨拶を済ませると、改めてラバヌイ茶について話すことになった。
「昨日、こちらに残していただいた紙を確認しました」
ペトロがレオを見る。
「ラバヌイについても調べ直しましたが、少なくとも毒があるものとして扱われている植物ではありません。町でも昔から知られている実のようですね」
「はい。私たちが聞いた話でも、食べて体調を崩したという話はありませんでした」
ルナは持ってきた手帳を机の上に置いた。
「これが、これまで飲んでもらった人たちの記録です」
ペトロたちが順番に目を通していく。
飲み始める前の症状。
一日に飲んだ回数と量。
そして、その後の体調の変化。
「継続して飲んでいる方ほど、改善が見られているのですね」
「今のところは、そう見えます」
ルナは頷いた。
「ただ、症状の重さや普段の食事も違うので、もう少し人数を増やして確認したいと思っています」
ペトロは手帳をもう一度見てから、ジェームズたちに目を向けた。
「これだけ記録があるのであれば、教会でも試してみる価値はあると思います」
「私も、ルナと一緒にできることをしたいと思います」
リアがペトロたちを見る。
「私たちはこれまで通り、症状の重い方の治療を続けます。その間に、希望する方にはラバヌイ茶も試してもらえたらと思っています」
「そうですね」
ペトロも頷いた。
「効果が確実だとはまだ言えないことを説明し、それでも希望される方に飲んでいただきましょう。症状や飲んだ量、その後の変化はこちらでも記録します」
「お願いします」
ルナは頭を下げた。
昨日、リアと話したことが少しずつ形になっている。
自分にできないことをリアがする。
リアにできないことを自分がする。
それでいいのだと思えた。
話が一段落すると、リアはジェームズの前へ向かった。
「殿下」
「どうしました?」
「昨日は……すみませんでした」
リアが頭を下げる。
「心配をかけてしまって」
「それは構いません」
ジェームズは穏やかに答える。
「もう大丈夫なのですか?」
「……まだ全部大丈夫とは言えませんけど」
リアは一度ルナを見る。
「昨日よりは、大丈夫です」
「そうですか」
ジェームズはそれ以上何も尋ねず、静かに頷いた。
そして、レオにも一人の神官が近づいていた。
「あの……先日いらした方ですよね?」
「え?」
レオは相手の顔を見て、すぐに思い出したようだった。
「ああ。あの時の」
「先日は申し訳ありませんでした。せっかくお話に来てくださったのに、きちんと聞くこともできず……」
「いや、あの時は仕方ないですよ。かなり忙しそうだったし」
「ですが……」
「本当に気にしてませんから」
レオにそう言われ、神官はほっとしたように表情を緩めた。
あの日は、それだけ教会に余裕がなかったのだ。
今も患者が減ったわけではない。
それでも、別の方法を試すところまで進むことができた。
「ルナ」
ミアに呼ばれ、振り返る。
「ラバヌイ、もっと必要なんじゃない?」
「あ……そうだった」
孤児院と近所の人たちだけなら足りていたが、教会でも使うとなれば今の量では足りない。
「採りに行かないとな」
レオも戻ってくる。
「あたしも行く」
「ありがとう」
「でしたら、私も同行してよろしいですか?」
声をかけてきたのはノエルだった。
「ノエルさんも?」
「これから教会でも使うのであれば、生えている場所を知っておいた方がいいでしょう」
「それならお願いします」
四人は籠や袋を用意すると、町の外へ向かった。
◇◇◇
草原に着くと、ルナたちは手分けしてラバヌイを探し始めた。
「これです」
ルナが赤い実のついた木を指す。
「色の薄いものは残して、赤くなっているものを採ってください」
「分かりました」
ノエルは一つ摘み、興味深そうに眺めた。
「これが病気に効くかもしれないなんて……」
「まだ絶対に効くとは言えませんけどね」
「それでも、驚きました」
「何がですか?」
「まさか、今回のラバヌイのお茶を考えたのがルナ様だったなんて」
「そんなに驚くことですか?」
「だって……」
ノエルは少し考えてから尋ねた。
「アルミヤで幸運のスープを作ったのもルナ様なのですか?」
「え?」
今度はルナが驚く。
「どうしてノエルさんが幸運のスープを知ってるんですか?」
「やっぱりそうなんですね」
ノエルも目を丸くした。
「少し前に、アルミヤの教会から問い合わせがあったんです」
「教会から?」
「はい。青葉草を使った『幸運のスープ』という料理が町で話題になっているそうで。それを食べている人の中に、以前より調子がいいとか、疲れにくくなった気がすると話す人が出てきたらしくて」
「そんな話になってたんだ……」
ルナは思わず呟いた。
「それで、青葉草に本当に何もないのかと問い合わせが来たんです。薬草として特別な効能は確認されていないので、私たちも不思議に思っていたんですよ」
「そうだったんですね」
青葉草を使った幸運のスープ。
自分が考えた料理が、知らないところでそんな話になっているとは思わなかった。
(どうしてだろう……)
少し気になったものの、今はラバヌイを集める方が先だ。
「帰ったら考えてみようかな」
そう呟き、ルナは再び赤い実に手を伸ばした。
◇◇◇
教会に戻る頃には、希望者にラバヌイのお茶を出す準備が始まっていた。
神官たちは、効果がまだ確実ではないことや、不安なら無理に飲む必要はないことを一人ずつ説明している。
それを聞いた上で希望した人たちが、順番を待っていた。
「……すごい」
ルナが足を止める。
教会の一角には、思っていたより多くの人が並んでいた。
「こんなにいるんだね」
ミアも驚いたように言う。
「治療を待ってる人が多いからな」
レオが列を見る。
「少しでもよくなる可能性があるなら、試したい人はいるだろ」
ルナも黙ってその光景を見つめた。
孤児院で、ジャンが最初に手を挙げてくれたところから始まった。
それが今は、教会でも試してもらえるところまで来ている。
「ルナ」
振り返ると、リアがこちらに歩いてきた。
「おかえり」
「ただいま」
リアもルナの隣に並び、列を見る。
「たくさんの人が協力してくれるんだね」
「うん。思ってたよりずっと」
二人はしばらく黙って、その光景を眺めた。
「これで……よくなるといいね」
リアがぽつりと言う。
「うん」
ルナは頷いた。
隣にはリアがいる。
昨日までは、それだけでこんなふうに安心できるとは思っていなかった。
ルナはもう一度、列に並ぶ人たちに目を向けた。
まだ答えが出たわけではない。
それでも、できることは確かに増えていた。




