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双子の妹は聖女候補、無属性の私は食の知識で自由に生きます  作者: ぽかぽか
クリーヴランド

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タリオンの町 10

 少し前。

 ルナは孤児院で、子どもたちの様子を見ていた。


 ラバヌイ茶を飲み始めた子どもたちは、少しずつ体調がよくなっている。

 そして昨日からは、ケイティにも少量ずつ飲んでもらっていた。


「ケイティ、今日はどう?」

「昨日より楽」


 ケイティはそう言って、身体を起こす。


「気持ち悪くなったり、お腹が痛くなったりはしてない?」

「うん。大丈夫」

「朝ごはんは?」

「ちゃんと食べられたよ」

「そっか。よかった」


 ルナは手帳に短く書き込む。


 昨日から飲み始めたばかりだが、今のところ体調を崩した様子はない。

 それだけでも、ルナはほっとしていた。

 その隣で、ジャンが嬉しそうに妹を見ている。


「まだ寝てた方がいいんじゃないか?」

「大丈夫だってば」

「でも——」

「お兄ちゃん、心配しすぎ」


 少し鬱陶しそうに言われても、ジャンは妹から目を離さない。


 その姿を見て、ルナはふと昔のことを思い出した。

 幼い頃、自分が熱を隠していた時。

 誰より先に異変に気づいたのはリアだった。


『分からない。でも、ルナが苦しい気がしたの』


 あの時は、双子だからなのかもしれないと二人で笑った。


(懐かしいな……)


 あの頃、リアは自分のことを『ルナ』と呼んでいた。

 いつからだっただろう。

 『お姉様』と呼ばれるようになったのは。


「ルナ?」


 ミアに呼ばれ、ルナは我に返った。


「どうしたの?」

「ううん。ちょっとリアのことを思い出してただけ」


 そう答えた、その時だった。


「……あれ?」


 胸の奥が、ざわついた。

 ルナは無意識に胸元に手を当てる。


「どうしたの?」

「分からない……」


 痛いわけでも、具合が悪いわけでもない。

 ただ、妙に落ち着かなかった。

 そして、さっき思い出した言葉が頭をよぎる。


『ルナが苦しい気がしたの』


「…………」


 ルナは立ち上がった。


「リア……?」

「え?」


 ミアが目を瞬く。


「リア様がどうかしたの?」

「分からない。でも……気になる」


 このまま何もしないでいるのは嫌だった。


「私、教会に行ってくる」

「えっ?」


 ミアも立ち上がる。


「ちょっと待って。教会には行かない方がいいって言ってたでしょ?」

「うん」

「リア様と一緒に、フィールズ家の人だっているかもしれない」

「……分かってる」

「見つかったらどうなるか分からないんだよ」


 それも分かっていた。

 だから今まで教会には近づかなかった。

 ここまで来て、フィールズ家に連れ戻されたくはない。

 けれど——。


「ごめん、ミア」


 ルナはミアの手に自分の手を重ねた。


「それでも、行きたい」

「ルナ……何かあったって決まったわけじゃないよ?」

「うん。勘違いならそれでいいの」


 何もなければ、顔を見て帰ってくればいい。


「でも、本当に何かあったなら……行かなかった方が後悔すると思う」


 ミアはしばらくルナを見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……分かった。でも、気をつけてね」

「うん」


 院長にも少し出てくることを伝え、ルナは孤児院をあとにした。


◇◇◇


 教会が見えてきても、胸のざわつきは消えなかった。

 入り口の前まで来たところで、ルナは一度だけ足を止める。

 簡素な旅装に、短く切った髪。


(これで、聖女候補の姉ですって言って信じてもらえるかな……)


 少し不安になったものの、ここまで来て帰るつもりはなかった。


「……行こう」


 小さく呟き、教会の中に入る。

 中にはまだ多くの人がいた。


(どうしよう……)


 誰に声をかければいいのか迷っていた時だった。

 廊下の向こうから、白い法衣を着た少年が歩いてくる。


「……あ」


 ルナは目を見開いた。

 見覚えがある。

 属性判定の日。

 神殿で倒れた自分を介抱してくれた、見習い神官。


「ノエルさん!」


 呼びかけると、少年が足を止めた。


「はい?」


 ルナは急いで近づく。


「あの……私のこと、覚えてますか?」

「え……?」


 ノエルはルナの顔をしばらく見つめた。

 やがて、その目が大きく見開かれる。


「……ルナ様?」

「はい」

「どうしてここに……?」

「それは、あとで話します」


 ルナはまっすぐノエルを見る。


「お願いがあるんです。リアに会わせてもらえませんか?」

「リア様に?」

「はい。どうしても今、会いたいんです」


 ノエルは驚いたようだったが、少し考えたあと頷いた。


「分かりました」

「いいんですか?」

「ええ。ご家族ですから」

「…………」


 その言葉に、ルナは一瞬だけ返事に詰まった。

 自分ではもう、フィールズ家とは関係がないつもりでいた。

 それでも今だけは、その言葉に甘えることにする。


「ありがとうございます」


 ノエルに案内され、教会の奥へ進む。

 やがて一つの扉の前で足を止めた。


「リア様はこちらにいらっしゃいます。私はここで失礼します」

「ありがとうございます」


 ノエルが離れてから、ルナは一度だけ小さく息を吸った。

 

◇◇◇


「……どうして」


 泣き腫らした紫色の瞳が、大きく見開かれた。


「……ルナ?」

「会いに来たの」


 ルナはそう答え、ベッドのそばまで歩いていく。


「隣、座ってもいい?」


 リアは戸惑いながらも、小さく頷いた。

 ルナが腰を下ろす。

 近くで見ると、リアの顔には疲れが滲んでいた。


「……泣いてたの?」

「…………」


 リアは答えず、俯いてしまう。


「何かあった?」

「何も……」

「何もないのに泣かないでしょ」


 それでも、リアは黙ったままだった。

 ルナは少し迷ってから口を開く。


「私ね、急にリアのことが気になったの」

「私の?」

「うん。昔、私が熱を隠してた時、リアだけ気づいたことあったでしょ」


 リアがゆっくり顔を上げる。


「……覚えてる」

「あの時、双子だから分かったのかなって話したよね」

「うん」

「だから今日もそうなのかなって思ったの。それで来たら……本当に泣いてるし」


 ルナは少し困ったように笑った。


「何があったの?」


 長い沈黙のあと、リアがぽつりと答えた。


「……私じゃ、駄目なの」

「何が?」

「聖女」


 リアの手が膝の上で強く握られる。

 しばらくして、リアは少しずつ話し始めた。


 毎日治療を続けても患者が減らなかったこと。

 待っている人を残して部屋に戻るのがつらかったこと。

 そして今日、『エリシア様が来てくださっていたら』という声を聞いたこと。


「私じゃなかったらって、考えちゃったの」


 リアが小さく言う。


「エリシア様だったら、もっと上手くできたのかなって。もっとたくさんの人を助けられたのかなって」

「リア……」

「それに……」


 リアは俯いたまま、消え入りそうな声で続けた。


「ルナだったら、よかったのかなって」

「私?」


 思いがけない言葉に、ルナは目を瞬く。


「どうして私なの?」

「だって、ルナは何でもできるから」

「そんなことないよ」

「私にはそう見えてたの」


 リアは小さく首を振った。


「勉強も、礼儀作法も。私も頑張ったけど、ルナみたいにはできなかった」


 そして、ずっと言えなかったことを吐き出すように続ける。


「だから……ずっと羨ましかった」


 ルナはしばらく黙ってリアを見ていた。

 やがて。


「……なんだ」

「え?」

「そっか」


 ルナの口元に、小さな笑みが浮かぶ。


「何で笑うの?」

「私たち、もっとちゃんと話せばよかったね」

「……どういうこと?」

「だって、私も同じだったから」

「……え?」

「私も、リアが羨ましかったよ」


 リアが目を見開く。


「嘘……」

「嘘じゃないよ」

「でも、ルナは何でもできたじゃない」

「できたんじゃなくて、頑張ってたの」


 ルナは苦笑した。


「私は、誰とでも笑顔で話せるリアが羨ましかった。私にはできないことだったから、だから他のことを頑張ろうって思ってた」

「でも……」

「リアはいいなって何度も思ってたよ。だから……二人とも同じだったんだね」


 リアは何も言わず、呆然とルナを見つめていた。

 自分も同じだったと聞いたことが、よほど意外だったらしい。


「……私たち、馬鹿だったね」


 ルナが言う。


「え?」

「お互いに羨ましいって思ってたのに、何も言わなかったんだもん」


 リアは少し俯いたあと、小さく笑った。


「……本当に、馬鹿みたい」

「ね」


 二人で顔を見合わせる。

 ほんの少し前まで泣いていたリアの顔に、ようやく笑みが戻った。

 こんなふうに二人で笑ったのは、いつ以来だろう。


「……それに」


 ルナがふと思い出したように言う。


「久しぶりに、リアが『ルナ』って呼んでくれて嬉しかった」

「え?」

「昔みたいだったから」


 リアが目を瞬く。


「ずっと『お姉様』だったでしょ?」

「……うん」

「最初にそう呼ばれた時、ちょっと悲しかったんだ」

「悲しかった?」

「うん。急に距離ができたみたいで」


 けれど、リアがそう呼びたいのなら仕方ないと思って、何も言わなかった。


「……違ったの」


 リアが小さく言う。


「何が?」

「ルナって呼ぶのが嫌だったんじゃないの」


 リアは膝の上の手を見つめた。


「私、ルナみたいにできなくても、妹なら仕方ないって思いたかったの。それに『お姉様』って呼ぶと、みんな褒めてくれたから……」

「そっか」

「ごめんなさい」

「なんで謝るの?」

「だって、ルナは悲しかったんでしょ?」

「ちょっとだけね」


 ルナは笑った。


「でも、私も言えばよかったんだよ。前みたいに名前で呼んでって」

「……言ってくれたら、そうしたと思う」

「じゃあ、やっぱり二人とも悪いね」

「……うん」


 リアも少し笑う。


「だから、これからはルナでいいよ」

「いいの?」

「もちろん。私もその方が嬉しい」


 リアは少し迷ってから、口を開いた。


「……ルナ」

「うん」


 たったそれだけのことなのに、懐かしかった。


「リア」


 今度はルナが呼ぶ。

 二人はまた顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。

 離れていた時間がなくなるわけではない。

 何もかもが昔と同じに戻るわけでもない。

 それでも、もう一度話せる気がした。


「それでね、リア」

「何?」

「実は、お願いがあるの」

「お願い?」


 リアが不思議そうに首を傾げる。

 ルナはまっすぐその目を見る。


「協力してほしいことがあるの」

「私に?」

「うん」


 少し前まで泣いていたリアに向かって、ルナは言った。


「この町で病気になってる人たちを助けるために、リアの力を貸してほしいの」


 リアが目を見開く。


「……私の?」

「うん」


 ルナは迷わず頷いた。


「リアじゃないとできないことがあるの」


 少し前まで、自分では駄目なのだと思っていたリアは、何も言えずに姉を見つめた。

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