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双子の妹は聖女候補、無属性の私は食の知識で自由に生きます  作者: ぽかぽか
クリーヴランド

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タリオンの町 9

 タリオンに到着してから、数日が経った。

 その間、リアは毎日、教会で患者の治療を続けていた。


「次の方をお願いします」

「はい」


 神官に呼ばれ、リアは寝台に横たわる女性のそばに向かう。

 隣では、まだ幼い男の子が不安そうに母親の手を握っていた。


「今から治療しますね」

「……お願いします」


 リアは女性の身体に両手をかざした。

 淡い光がゆっくりと広がっていく。

 最初の頃に比べれば、重い症状の患者への治療にも慣れてきた。

 ペトロたちに教わりながら、力の使い方も少しずつ掴めている。

 やがて光が消えると、女性の表情がわずかに和らいだ。


「……楽になりました」

「お母さん、大丈夫?」

「ええ。大丈夫よ」


 女性は男の子の頭を撫でてから、リアに何度も頭を下げた。


「ありがとうございます、リア様」

「今日はゆっくり休んでくださいね」

「はい」


 こうして感謝されるたびに、来てよかったと思う。

 自分の力で苦しんでいる人を助けられる。

 それは今でも、素直に嬉しかった。

 けれど——。


「リア様、次をお願いできますか?」

「……はい」


 顔を上げれば、まだ多くの患者が待っていた。

 休んでいた二人の神官もすでに復帰し、今は六人で治療に当たっている。

 それでも、待つ人の列はなかなか短くならなかった。

 治療を終えた者が帰っても、新しい患者が訪れる。

 中には、再び同じ症状で戻ってくる者もいる。


「今日も診てもらえないかもしれないね」

「昨日から待ってるんだぞ」


 最近では、そんな不安の声も聞こえるようになっていた。


(もっと治療できたらいいのに……)


 何度もそう思った。

 けれど、無理をしてはいけないとペトロから言われている。

 自分が倒れてしまえば、かえって他の神官たちの負担を増やすだけだ。

 分かっている。

 それでも、待っている人たちを見るたびに胸が苦しくなった。


 その日の治療も終わりに近づいた頃、ペトロに声をかけられた。


「リア様、今日はここまでにしましょう」

「でも……」


 リアは待っている人たちを見る。

 まだ何人も残っている。


「あと一人くらいならできます」

「いけません」


 ペトロは静かに首を振った。


「明日もあります。今日はもう十分治療しました」

「……はい」


 リアは小さく頷いた。

 これ以上言っても、ペトロを困らせるだけだ。

 最近は、治療を終えて帰る時が一番つらかった。

 自分は部屋に戻って休める。

 けれど、ここには明日まで待たなければならない人がいる。

 申し訳なくて、待っている人たちの顔をまともに見られないことも増えていた。


「……戻りましょう、リア様」


 ノエルに促され、リアは頷く。


「はい」


 そのまま教会の奥へ向かおうとした、その時だった。


「……エリシア様が来てくださっていたら……」


 小さな声が聞こえた。

 リアの足が止まる。


「リア様?」


 ノエルの声にも、すぐには答えられなかった。

 ゆっくりと振り返る。

 誰が言ったのかは分からない。

 けれど、リアと目が合った何人かが気まずそうに視線を逸らした。


「…………」


 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

 エリシアなら、もっと多くの人を治療できたのだろうか。

 自分よりずっと上手に力を使って、この状況を変えられたのだろうか。


(……仕方ないよ)


 リアは自分に言い聞かせる。

 自分はまだ聖女候補になったばかりだ。

 エリシアとは経験も知識も違う。

 比べられたって仕方がない。

 そう思うのに。


「リア様……」

「大丈夫です」


 心配そうにするノエルに、リアは笑ってみせた。


「少し疲れただけです。戻りましょう」

「……はい」


 リアは今度こそ教会の奥へ歩き出した。

 けれど、先ほど聞こえた言葉は頭から離れてくれなかった。


◇◇◇


 部屋に戻って少し休んでいると、扉を叩く音がした。


「リア様、よろしいですか?」


 ノエルの声だった。


「はい」


 扉が開く。


「どうしたんですか?」

「ジェームズ殿下からお話があるそうです。ペトロ様たちにも集まるようにと」

「殿下から?」

「はい。病気について、気になる話があるそうです」

「……分かりました」


 リアは立ち上がった。

 もしかしたら、何か分かったのかもしれない。

 そう思うと、沈んでいた気持ちがほんの少しだけ軽くなった。


 ノエルとともに会議に使われている一室に向かう。

 中にはすでにペトロたちが集まっていた。

 やがてジェームズもやってくる。


「全員揃っていますね」


 ジェームズは席につくと、すぐに本題に入った。


「現在の病について、原因につながる可能性のある話が出ています」


 ジェームズがそう切り出すと、神官たちの表情が変わった。


「食事との関係が疑われています。そして今、町の孤児院やその近隣で、ラバヌイを使ったお茶を試しているそうです」

「ラバヌイのお茶……ですか?」


 ペトロが眉を寄せる。


「まだ効果が確認された治療法ではないのでしょう?」

「ええ。まだ断定できる段階ではありません」


 ジェームズは頷いた。


「ですが、事情を説明した上で希望した者だけが試しており、その中に症状が改善し始めた者が出ています」


 室内に小さなどよめきが起こる。

 その時、一人の神官が何かを思い出したように顔を上げた。


「そういえば……先日、そのような話をしに来た方がいました」

「教会にですか?」


 ジェームズが尋ねる。


「はい。若い冒険者の方でした。病気と食事が関係しているかもしれないと。ただ、その時は患者の対応で手が離せず、詳しく話を聞くことができなくて……」


 神官は申し訳なさそうに続けた。


「紙を一枚預かっています」

「おそらく、同じ方たちでしょう」


 ジェームズの言葉に、神官が驚いたように目を見開く。


「では、あの話は……」

「少なくとも、調べてみる価値はあると私は考えています」


 ジェームズはそう前置きしてから、これまでに分かっていることを説明した。


 最初は少人数から試していたこと。

 今のところ、飲んだことで体調を崩した者はいないこと。

 そして、続けて飲んでいる者の中には、身体のだるさが軽くなったり、食欲が戻ったりしている者が出始めていること。


「何度か飲んでいる者ほど変化が見られる傾向もあるそうです」

「記録は残しているのですか?」


 ペトロが尋ねる。


「ええ。一人ずつ、症状や飲んだ量、回数、その後の変化を記録していると聞いています」

「それなら、まずはその記録を確認したいですね」


 ペトロの言葉に、別の神官も頷いた。


「ラバヌイ自体についても、こちらで改めて確認した方がよさそうです」

「私もそう思います」


 ジェームズは神官たちを見回した。


「それと、もう一つ気になる話があります」


 室内が再び静かになる。


「孤児院では、ラバヌイ茶だけではなく食事も変えているそうです。青葉草を使った『幸運のスープ』という料理を食べてもらっていると聞きました」

「幸運のスープ……?」


 ノエルが反応した。


「どうしました?」


 ジェームズに聞かれ、ノエルがペトロを見る。


「ペトロ様。アルミヤの教会から青葉草について問い合わせがあったと話したことを覚えていますか?」

「……ええ」


 ペトロもすぐに思い出したようだった。

 その話なら、リアも一緒に聞いていた。


 アルミヤでは、青葉草を使った『幸運のスープ』という料理が話題になっている。

 それを食べている者の中から、以前より調子がいい、疲れにくくなったという声が出ているため、青葉草に本当に何もないのか確認したい——そんな問い合わせだった。


「ですが、青葉草に薬効は確認されていないはずです」


 リアが言うと、ペトロが頷いた。


「ええ。薬草としての特別な効能は見つかっていません」

「でも……同じ名前のスープですよね」


 ノエルが考え込む。


「偶然でしょうか」

「ラバヌイ茶を考えた方が、孤児院でも作っているそうです」


 ジェームズが答えた。


「では、食事が身体に影響するという考えから……?」

「そこまでは分かりません」


 ジェームズは首を振る。


「ただ、アルミヤでも食事を変えた者たちに体調の変化が出ている。そしてタリオンでは、病気と食事の関係を疑い、ラバヌイ茶を試している者たちに改善の傾向が見え始めている。無関係と決めつけるには、少し気になります」


 神官たちはそれぞれ考え込んだ。


「でしたら、まずは記録を確認しましょう」


 ペトロが口を開く。


「冒険者の方が残していった紙も見せてください。それから、ラバヌイについても調べ直したいと思います」

「お願いします」


 ジェームズが頷いた。


「それらを確認した上で、問題がないと判断できれば、希望する患者に試してもらうことを検討しましょう」


 すぐに反対する者はいなかった。


「もし、本当に食事が関係しているのなら……」

「今の状況を変えられるかもしれませんね」

「ラバヌイなら、この辺りでも手に入ります」


 まだ何も決まったわけではない。

 ラバヌイ茶が本当に病気に関係しているのかも分からない。

 それでも、これまで治療を続けることしかできなかった中で、初めて別の可能性が見えてきた。

 張りつめていた室内の空気が、わずかに和らぐ。


 リアも、喜ばなければならないと思った。

 ずっと望んでいたことのはずだ。

 病気の原因につながるかもしれない。

 治療を待っている人たちを助ける方法が見つかるかもしれない。

 それなのに。


(……どうして?)


 胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 自分たちが毎日治療を続けても変わらなかった状況に、自分ではない誰かが別の道を見つけようとしている。


(最低だ……)


 リアは膝の上で手を握った。

 教会で待っている人たちが助かるかもしれないのに。

 みんなが少しだけ前を向き始めているのに。

 自分だけが、素直に喜べない。


 ——エリシア様が来てくださっていたら。


 先ほど聞こえた言葉が、また頭に浮かぶ。

 自分ではない誰かなら、もっと上手くできる。

 そんなふうに言われた気がして、胸が苦しくなった。


 話が終わると、神官たちはすぐに確認のために動き始めた。

 レオが残していった紙を取りに行く者。

 ラバヌイについて調べる者。

 記録が届いたら何を確認するか相談する者。

 先ほどまで疲れ切っていた顔に、ほんの少しだけ明るさが戻っている。


「……私は、部屋に戻ります」


 リアは立ち上がった。

 誰とも目を合わせないまま部屋を出る。


 廊下を歩きながら、俯いた。

 よかった。

 これで何か変わるかもしれない。

 そう思いたいのに、胸の奥にある重苦しさは消えてくれなかった。


「リア嬢」


 後ろから呼ばれ、リアは足を止めた。

 ジェームズが追ってくる。


「……殿下」

「少しいいですか」

「はい」


 ジェームズはリアの前まで来ると、その顔を見た。


「何かありましたか?」

「何もありません」

「そうは見えませんでした」


 すぐに返され、リアは黙り込む。


「少し疲れただけです」

「本当にそれだけですか?」

「…………」


 答えられなかった。

 しばらく黙ったあと、リアはぽつりと口を開く。


「……私、役に立てていると思ってたんです」

「リア嬢?」

「毎日治療して、少しでも多くの人を助けられたらって……頑張ってきました」


 リアは服を握った。


「でも、全然患者さんは減らなくて。治しても、また新しい人が来て……」

「ここに来てから、あなたが何人治療したと思っているのですか」


 ジェームズがはっきりと言う。


「あなたが治療した方たちは、本当にあなたが役に立たなかったと思っていると思うのですか?」


 リアの頭に、これまで治療してきた人たちの顔が浮かぶ。

 ありがとう、と何度も頭を下げた人。

 泣きながら手を握ってくれた家族。

 身体が楽になったと笑ってくれた人。

 分かっている。

 分かっているのに。


「……でも」


 リアは俯いた。


「私じゃなくても、できるんです」

「リア嬢」

「ペトロ様たちも治療できます。エリシア様なら、私よりずっと上手にできます」


 声が震える。


「それに……病気をよくする方法を見つけたのも、私じゃない」


 口にした瞬間、胸が痛んだ。

 そんなことを言いたいわけではない。

 病気が治るなら、それでいいはずなのに。


「……ごめんなさい」


 リアは俯いたまま言った。


「私、少し疲れてるみたいです」

「リア嬢、それは——」

「部屋に戻ってもいいですか?」

「ですが……」

「お願いします」


 ジェームズが何か言おうとしたが、リアは顔を上げられなかった。

 やがて、ジェームズが息を吐く。


「……分かりました。今日は休んでください」

「はい」


 リアは頭を下げ、その場を離れた。


 ジェームズの言葉が間違っているとは思わない。

 自分が治療したことで助かった人がいることも分かっている。

 それでも、その言葉は今のリアには届かなかった。


◇◇◇


 部屋に戻ると、リアは扉を閉めた。

 そのままベッドまで歩き、力が抜けたように腰を下ろす。

 静かな部屋に一人になると、我慢していたものが一気に押し寄せてきた。


「……頑張ったのに」


 光属性だと分かってから、できることは全部やってきた。

 神殿で学んで。

 治療の練習をして。

 タリオンに来てからも、毎日治療した。

 それでも、状況はよくならなかった。


 ——エリシア様が来てくださっていたら。


 また、あの言葉が浮かぶ。

 エリシアなら、もっと上手くできたのかもしれない。

 そして不意に、別の顔が浮かんだ。


(ルナだったら……)


 ルナなら、何か違う方法を見つけられたのだろうか。

 自分より、もっと上手くできたのだろうか。


「……やっぱり、私じゃ駄目なのかな」


 視界が滲む。

 慌てて目元を拭ったが、一度溢れた涙は止まらなかった。


「ちゃんと……頑張ったのに……」


 頑張れば変われると思っていた。

 今度こそ、自分にもできると思いたかった。

 それなのに。


「やっぱり……私じゃ駄目なんだ……」


 その時だった。

 静かな部屋に、扉が開く音がした。

 リアは顔を上げなかった。

 ジェームズか、ノエルだと思った。


「……すみません。今は一人にしてください」


 返事はない。

 聞こえなかったのだろうか。


「……リア」


 その声に、リアの身体が固まった。

 知っている。

 ずっと聞いていなかったのに、聞き間違えるはずがない声だった。

 リアはゆっくりと顔を上げる。

 涙で滲んだ視界の向こう。

 開いた扉の前に、一人の少女が立っていた。

 ブラウンの髪。

 自分と同じ、紫色の瞳。


「どうして……」


 リアは呆然と目を見開いた。


「……ルナ?」


 そこにいたのは、王都を出てから一度も会っていなかった姉——ルナだった。

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