5-7
リアムたちは、孤児院の一室を借りてルナたちから話を聞くことになった。
「それで、病気と食事が関係してるって、どういうこと?」
リアムに尋ねられ、ルナはこれまで調べたことを簡単に説明した。
長雨のあと、野菜や果物の値段が上がったこと。
生活に余裕のない人ほど、それらを食べる機会が減っていたこと。
そして、この孤児院でもここ数か月はパンや麦、芋を中心に食べていたこと。
「それで、身体に必要な何かが足りなくなったんじゃないかと思ってるんです」
「船員も同じ?」
「はい。長い間船に乗ってたら、新鮮な野菜や果物は食べにくいですよね」
「……なるほど。船に乗ってるかどうかじゃなくて、食べてるものが同じような状態になれば、町にいる人でも病気になるってことか」
「私はそう考えてます」
「それなら、タリオンでだけ病人が増えてることにも説明はつくな」
マシューも納得したように頷いた。
リアムは腕を組んだ。
自分たちも農作物の不作については調べていた。
けれど、見ていたのは畑や作物そのものだった。
「面白いな」
「え?」
「あ、病気が面白いって意味じゃないよ」
リアムは慌てて付け加える。
「俺たちは不作そのものばかり見てたから。食べられなくなったことで何が起きるかまでは考えてなかった」
「私も、本当に合ってるかはまだ分からないですけど」
「だから確かめてるんでしょ?」
「はい」
ルナはテーブルの上に置いていた小さな袋を手に取った。
「今は、これを試してます」
中から取り出したのは、小さな赤い実だった。
「ラバヌイ?」
「知ってるんですか?」
「見たことくらいはあるよ」
「これをお茶にして飲んでるんです」
ルナは、自分たち三人が少量ずつ試していること。
昨日からは孤児院のジャンにも飲んでもらい、今日からは症状の軽い子どもたちにも何人か試してもらっていることを説明した。
「今のところ、飲んだことで具合が悪くなった人はいません」
「じゃあ、少しずつ人数を増やしてるんだ」
「はい。でも……」
ルナが少し言葉を濁す。
「症状の重い子には、まだ飲んでもらってないんです」
「どうして?」
「……怖くて」
リアムはルナを見る。
「私の考えてる通りなら、足りないものは早く補った方がいいんです。だから、いつまでも少人数だけで試してるのもよくないとは思ってるんですけど……」
ルナは少し離れたところにいる子どもたちに目を向けた。
「このラバヌイに、本当に必要なものが含まれてるかはまだ分かりません。それなのに、症状の重い子に試してもらうのは……やっぱり怖くて」
「なるほどね」
リアムはテーブルの上の赤い実を見る。
「そのお茶、まだある?」
「ありますよ」
ルナが持ってきたポットから、少量をカップに注ぐ。
「これです」
「へえ……」
リアムはカップの中を覗き込んだ。
薄く色づいた液体から、ほのかな香りが漂っている。
何気ない顔をしたまま、リアムは《鑑定》を使った。
物に使う分には、調査でも普段からよく使っている。
分かったのは、ラバヌイの実と湯で作られていること。
少なくとも、身体に害を与えるようなものは見当たらなかった。
(問題はなさそうだな)
ただし、それで病気に効くと分かるわけではない。
そこまでは《鑑定》でも判断できなかった。
リアムはカップから目を上げる。
「だったら、他に協力してくれる人を探したら?」
「協力してくれる人?」
「うん。重症の子に試すのが怖いなら、無理にその子たちに飲んでもらう必要はないでしょ?」
ルナが目を瞬く。
「まだ自分で動けるくらいの人に、協力してもらえばいいんじゃない?」
「でも、本当に効くかは分からないですし……」
「それも全部説明すればいい」
リアムは続ける。
「まだ病気に効くと分かったわけじゃないこと。今のところ飲んだ人に問題は起きてないけど、絶対に大丈夫だとは言い切れないこと。その上で、それでも試してみたいって人にだけ協力してもらう」
「それなら……」
ルナは考え込む。
「いきなり大勢じゃなくていいと思うよ。十人とか二十人とか。それくらいでも、ここの子どもたちだけで確かめるより分かることは増えるでしょ?」
「それ、いいかも」
ミアがすぐに頷いた。
「飲んでみたい人にちゃんと説明して、それでもいいって人に協力してもらうんだよね?」
「うん。そのつもり」
「それなら、子どもたちだけで試すよりいいんじゃないか?」
レオも賛成する。
「ケイティみたいに症状の重い子を待たせることにもならないしな」
「……うん」
ルナはしばらく考えていたが、やがて顔を上げた。
「やってみたいです」
「決まり?」
「はい。本当に効くかは分からないって、ちゃんと説明します。それでも試してみたいって言ってくれる人がいるなら……協力してもらいたいです」
「うん。それがいいと思う」
リアムが笑った。
「じゃあ、人を探そうか」
「リアムさんも手伝ってくれるんですか?」
「ここまで聞いて、あとは頑張ってって帰るのも変でしょ。俺たちもこの病気を調べるために来てるんだから」
「最初からそのつもりだったんだろ」
マシューが呆れたように言う。
「まあね」
リアムが悪びれずに答えると、ルナたちも小さく笑った。
◇◇◇
院長に相談すると、近所にも同じような症状が出ている人が何人かいるという。
「教会には行かず、家で休んでいる方もいますよ」
「その人たちに、話だけでも聞いてもらえませんか?」
「ラバヌイのお茶のことですね」
「はい。効くと決まったわけじゃないことも含めて、全部説明した上で協力してくれる人を探したいんです」
院長は少し考えたあと、頷いた。
「分かりました。声をかけてみましょう」
院長と孤児院を手伝っている女性が近所を回ってくれることになった。
しばらくすると、話を聞いた人たちが少しずつ孤児院に集まってきた。
若い者もいれば、年配の者もいる。
最終的には二十人近くになった。
「結構来たね」
リアムが小声で言う。
「みんな困ってるんだと思います」
ルナはそう答えたものの、どこか緊張しているようだった。
一度大きく息を吐いてから、集まった人たちの前に立つ。
「あの、今日は来てくださってありがとうございます」
ルナはラバヌイの実を手に取った。
「院長さんから聞いていると思うんですけど、今、この実を使ったお茶を試しています」
ラバヌイ茶が病気に効くと分かったわけではないこと。
自分たちや孤児院の子どもたちが飲み、今のところ問題は出ていないものの、絶対に安全だとは保証できないこと。
ルナは分かっていることを、そのまま説明した。
「だから、少しでも不安なら飲まなくて大丈夫です。それでも試してみたい方にだけ、協力してもらいたいです」
説明が終わっても、すぐに手を挙げる者はいなかった。
集まった者たちは、不安そうに互いの顔を見合わせている。
ルナは急かすことなく、その場でじっと待っていた。
やがて、一人の男性が口を開いた
「……俺は飲んでみるよ」
四十代くらいの男だった。
顔色はあまりよくないが、自分で歩くことはできている。
「いいんですか?」
「ああ。もう何日も仕事を休んでるんだ」
男が苦笑する。
「荷運びの仕事だから、身体に力が入らないとどうにもならなくてな。このまま休んでたら、病気が治る前に食っていけなくなる」
「でも、本当に効くかは……」
「分かってるよ」
男は頷いた。
「効くかもしれないなら試してみたい」
その言葉をきっかけに、一人の女性も手を挙げた。
「私もお願いしようかしら」
「大丈夫ですか?」
「教会には行ったんだけど、もっと具合の悪い人がいるからって、しばらく待つことになってるの。それなら、こっちを試してみたいわ」
「俺も」
「私もいいですか?」
少しずつ声が上がる。
もちろん、不安だからやめておくという者もいた。
それでも最終的に、十五人が協力してくれることになった。
「……こんなに」
ルナは驚いたように呟くと、すぐに手帳を開いた。
「最初の症状と、飲んだ量や回数も記録しておきたいです」
リアムはその様子を横から眺める。
「ちゃんと記録するんだね」
「だって、あとで変化があっても分からなかったら困るでしょ?」
「なるほど。飲んだ量や回数も?」
「はい。それも残しておくつもりです」
「うん、いいと思うよ」
ルナは協力者の名前と症状を一人ずつ確認していった。
まずは少量から。
問題がなければ、一日に何度か飲んでもらう。
不安がある者は、一度だけでも構わない。
その違いも、すべて記録していくことにした。
一通り話が終わったあと、ルナはミアたちと顔を見合わせた。
「十五人も協力してくれることになったね」
「うん」
ミアも嬉しそうに笑う。
リアムも、それだけ人数がいれば、孤児院の子どもたちだけで確かめるより多くのことが分かるだろうと思った。
そこでルナは、ふと動きを止めた。
「……あ」
「どうしたの?」
「ラバヌイ、足りないかも」
「採りに行かないとな」
レオが袋の中を確認する。
「この辺にも生えてるってデボラさんが言ってたから、近くを探してみたい」
「だったら、俺たちも行くよ」
リアムが言った。
「リアムさんたちも?」
「人手は多い方が早いでしょ。それに、ラバヌイが本当に効くのか俺も気になってきた」
「……ありがとうございます」
隣ではマシューが小さく息を吐いたものの、反対はしなかった。
「町の外の草原なら見つかると思うぞ」
レオの言葉に、ルナが頷く。
「じゃあ行こう」
こうして五人で、ラバヌイを探しに行くことになった。
町を出てしばらく歩くと、街道の両側に草原が広がり始めた。
レオとミアは少し先を歩きながら、ラバヌイが生えていそうな場所を探している。
マシューも二人の近くを歩き、少し離れた後ろをルナとリアムが並んでいた。
「あの、リアムさん」
「何?」
「少し聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「エレンジアって、どんな国ですか?」
予想していなかった質問に、リアムは少し目を瞬いた。
「どんな国って……ずいぶん広い質問だね」
「あ……そうですよね」
「何か知りたいことがあるの?」
「町とか、人とか……食べ物とか」
「食べ物?」
最後だけ少し違う気がして、リアムは笑った。
「はい。私、料理が好きなので」
「ああ。孤児院でも何か作ってたんだっけ」
「幸運のスープです」
「幸運のスープ?」
「私がつけた名前です」
「へえ」
ずいぶん変わった名前だ。
けれど、ルナは楽しそうだった。
「エレンジアにも、クリーヴランドにはない食べ物ってありますよね?」
「もちろんあるよ。海を渡れば気候も違うし、ナキールにはいろんなところから荷が集まるから、見たことないものもあると思う」
「本当ですか?」
ルナの表情がぱっと明るくなる。
「楽しみ……」
「もしかして、エレンジアに行く予定なの?」
「はい」
「旅行?」
「しばらく旅してみようかなって思ってます」
「三人で?」
「そのつもりです」
リアムは前を歩くミアとレオを見る。
「ずいぶん思い切ったことするね」
「そうですか?」
「知らない国に行くんでしょ?」
「でも、行ってみないと分からないですから」
ルナは何でもないことのように答えた。
「今はいろんなところに行ってみたいんです。知らないものを見たり、食べたりしてみたくて」
「ルナって、知らないものが好きなの?」
「好き……だと思います」
少し考えてから、ルナが頷く。
「知らない食材を見つけると、どんな味なんだろうとか、どうやって食べるんだろうって気になります」
「それは分かる」
「え?」
「俺も知らないものを見ると、調べたくなるから」
ルナがリアムを見る。
「リアムさんも?」
「うん。エレンジアでは魔法の研究をしてるんだ」
「魔法の研究?」
「新しい魔法とか、魔道具とか。気になったら、とりあえず調べてみたくなる」
「じゃあ、少し似てますね」
「似てる?」
「はい。私は食べ物で、リアムさんは魔法ですけど」
ルナが笑う。
「知らないものが気になるところは同じです」
「なるほどね」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
リアムもつられるように笑った。
「だったら、エレンジアは結構楽しいと思うよ。ナキールにも大きな市場があるし、王都ならもっといろんなものが集まる」
「王都も行ってみたいです」
「行けばいいよ」
「そんな簡単に言います?」
「行ってみないと分からないんでしょ?」
「あ……」
先ほど自分が言った言葉を返され、ルナが目を瞬く。
それから二人で顔を見合わせて笑った。
「ルナ!」
前方からミアの声が飛んでくる。
「あったよ! ラバヌイ!」
「本当?」
ルナはすぐに駆けていく。
「いっぱいある?」
「この辺に何本かあるよ!」
「よかった!」
赤い実のついた木の前にしゃがみ込み、嬉しそうに実を確認し始める。
リアムは少し遅れて、その後を追った。
病気の話をしている時とは違い、食べ物の話になると表情がよく変わる。
先ほどエレンジアの市場について話していた時もそうだった。
「リアムさんも手伝ってください」
「うん、今行く」
呼ばれて、リアムはルナのもとへ歩き出す。
病気と食事の関係について、何を知っているのか。
それはもちろん気になる。
けれど、話してみると、それ以外にも変わったところのある少女だった。
(面白い子だな)
そんなことを思いながら、リアムも赤い実へと手を伸ばした。




