5-6
タリオンに到着してから、数日が経っていた。
その間、リアムはマシューやナキールから呼び寄せた調査員たちとともに、港や物流について調べていた。
船員不足によって滞っていた荷については、領主とも相談し、動ける船員の確認や船の割り振りを進めた。
急ぎの荷を優先することも決まり、まだ元通りとはいかないものの、港には少しずつ動きが戻り始めている。
「これで、物流の方はしばらく大丈夫そうかな」
港の詰所を出たリアムが大きく伸びをする。
「完全に戻ったわけじゃないけどな」
「止まったままよりはいいでしょ」
リアムは港を振り返った。
出航の準備を進める船や、積み荷を運ぶ人の姿も増えている。
「じゃあ、次は農作物の方を見に行こうか」
「やっぱり行くのか」
「そのつもりで早めに終わらせたんだけど?」
当然のように答えるリアムに、マシューは小さく息を吐いた。
「……まあ、調べられるものは調べておくか」
「決まり」
二人はそのまま町の外へ向かった。
タリオンの周辺には畑が広がっている。
一見すると何も育っていないわけではなかったが、農家に話を聞くと、長雨の影響で野菜や果物の出来が悪く、収穫量も減っているという。
一方、麦などは例年ほどではないにしても収穫できており、肉や魚まで不足しているわけではなかった。
「食べ物がなくなったわけじゃないんだね」
「ああ。ただ、野菜や果物は高くなってるな」
農家の男性が困ったように答える。
「なるほど……」
リアムは畑を見渡した。
不作は確かに起きている。
だが、それが町で広がる病気とどうつながるのかは分からない。
天候に異常があったのなら、何らかの魔力の影響も考えられる。
しかし、それなら農作物だけでなく、土地そのものに変化が出ていてもおかしくない。
「何か関係あると思うか?」
マシューに聞かれ、リアムは首を傾げる。
「分からない。食べるものが減れば体調を崩す人は増えるかもしれないけど……それだけで船員病みたいな症状になるのかな」
「船員にも同じ症状が出てるしな」
「そこなんだよね」
船では、航路も水も食事も荷物も以前と大きく変わっていなかった。
町では野菜や果物が不作になっている。
情報は増えているのに、まだ答えにはつながらない。
「こっちは調査員にも引き続き見てもらうか」
「そうだね」
リアムは頷き、町の方に目を向けた。
「そういえば、教会も見ておこう」
「見るだけだぞ」
「分かってるって」
「その返事が信用できないんだよ」
マシューに呆れられながら、二人は教会へ向かった。
教会には、今日も多くの患者が集まっていた。
休んでいた二人の神官も復帰し、今は六人で治療に当たっている。
それでも、待っている者の数は多い。
「……減ってないね」
「ああ」
王都から応援が来た直後にあった明るい空気も、今は少し薄れている。
治療を続ける神官たちにも疲れが見えた。
「六人に増えてこれか」
「治しても次が来るからな」
このままでは、治療する側まで疲弊しかねない。
リアムは教会の中を見回した。
治療そのものはできている。
実際、重い症状だった患者も、治癒を受ければ症状は改善している。
それなのに、新たな患者が次々とやってくる。
「やっぱり原因を見つけないと駄目か」
「ジェームズ殿下たちも分かってるだろうけどな」
「分かってても、見つからないんじゃどうしようもないよね」
リアムが小さく息を吐く。
その時だった。
「——食事が関係してるかもしれないんです」
近くから聞こえた声に、足を止める。
「食事?」
一人の青年が、神官に話しかけていた。
十代後半くらいで、冒険者らしい格好をしている。
「すみません。今は患者の対応で手いっぱいでして……」
「じゃあ、これだけでも預かってもらえませんか?」
青年が一枚の紙を取り出す。
「病気と食事が関係してるかもしれないって話なんです。孤児院でも同じような症状の子がいて、ここ数か月は野菜や果物をほとんど食べられてないみたいで」
「野菜……」
リアムの頭に、先ほど農家から聞いた話が浮かんだ。
長雨のあと、野菜や果物の収穫量が落ちた。
その結果、値段が上がった。
(……食べられなくなった?)
不作そのものではなく、不作によって変わった食事。
もし青年の言うことが正しいなら、今まで見ていたものの意味が変わってくる。
「お預かりします。落ち着きましたら確認しますので」
「お願いします」
青年はそれ以上食い下がることなく、神官に紙を渡した。
そして教会を出ていく。
リアムはその背中を目で追った。
「マシュー」
「……気になったんだな」
「うん」
リアムは素直に頷く。
「不作のことは俺たちも調べた。でも、あの人ははっきり食事が関係してるかもしれないって言ってた」
「孤児院の話もしてたな」
「何か知ってるのかもしれない」
マシューは小さく息を吐いた。
「分かった。少し聞いてみる」
「ありがとう」
その日の夜。
領主の屋敷で、リアムはマシューから報告を受けていた。
「さっきの男はレオ。冒険者だ」
「やっぱり」
「二人の少女と三人で行動してる。数日前にタリオンに着いて、昨日から孤児院に出入りしてるらしい」
「そこまで分かったんだ」
「近所で少し聞いただけだ。それ以上は調べてない」
「十分だよ」
「食材を持って孤児院に入るのを見た人もいた。今日教会で話してたことを考えると、食事について何か調べてるんだろうな」
「やっぱり気になるな」
リアムが立ち上がる。
「明日、孤児院に行ってみよう」
「……そう言うと思った」
「直接聞いた方が早いでしょ?」
「分かった。ただし、迷惑はかけるなよ」
「もちろん」
リアムは楽しそうに笑った。
病気と食事がどうつながるのか。
ようやく、これまでとは違う手がかりが見つかった気がした。
◇◇◇
翌朝。
ルナたちは、昨日に続いて孤児院に向かっていた。
「やっぱり、教会は話を聞いてもらえる状態じゃなかった?」
「ああ。紙だけ預かってもらった」
レオの答えに、ルナは少し考える。
「だったら、先にこっちで確かめた方がいいのかも」
「ラバヌイのこと?」
「うん。まずジャンが飲んでどうだったか確認したい。それで問題がなさそうなら、次を考えよう」
まずは昨日飲んだジャンの様子を確認する。
三人はそのまま孤児院に向かった。
「おはようございます」
「ああ、皆さん。今日もありがとうございます」
院長に迎えられ、ルナはすぐにジャンを探した。
「ジャン、体調はどう?」
「昨日とそんなに変わらないよ」
「身体のだるさは?」
「まだある」
「食欲は?」
「普通。昨日もちゃんと食べた」
院長にも確認したが、昨夜から特に悪化した様子はないという。
「そっか……」
一日飲んだだけで変化が出るとは、ルナも思っていなかった。
むしろ、すぐに結論を出さない方がいい。
「じゃあ、今日も昨日と同じくらい飲んでみる?」
「うん」
「何日か続けてみて、身体のだるさがどうなるか見てみよう」
「分かった」
ジャンが頷いた、その時だった。
「俺も飲みたい」
「私も」
「僕も!」
近くにいた子どもたちから次々と声が上がる。
「ちょ、ちょっと待って」
予想していなかったルナは戸惑った。
「まだジャンが飲み始めて二日目だし、本当に効くかも分かってないから……」
「でも、今のところ何ともないでしょ?」
ミアに言われ、ルナは言葉を止める。
「ルナも、あたしたちも、ジャンも。飲んで具合が悪くなったりはしてないよね」
「それはそうだけど……」
「それに、この病気がルナの知ってる病気と同じなら、足りないものを食べないとよくならないんだろ?」
今度はレオが言った。
「……うん」
それは間違いない。
もしこの病気が前世で学んだものと同じなら、足りなくなった栄養を補わなければ、根本的にはよくならない。
むしろ、症状が重くなる前に少しでも早く補った方がいい。
問題は、ラバヌイに前世のローズヒップと同じ栄養が含まれているかどうかだった。
(慎重にすることばかり考えてたけど……待ってる間にも悪くなるかもしれないんだよね)
ルナは子どもたちを見回した。
それでも、いきなり全員に飲ませるのは怖い。
「……院長先生は、どう思いますか?」
院長は少し考えてから答えた。
「ジャンには、今のところ何もないんですよね」
「はい」
「でしたら、症状の軽い子で、本人が飲みたいと言うのであれば……昨日と同じように少量からなら、私は構いません」
ルナはもう一度考えてから、頷いた。
「分かりました。じゃあ、飲みたい人だけにしよう。無理に飲まなくていいからね。それと、最初は少しだけ」
「うん!」
子どもたちが嬉しそうに答える。
ルナは一人ずつ体調を確認してから、症状の軽い子だけにラバヌイのお茶を渡していった。
飲んだ子の名前と時間、量も忘れずに手帳に記録していく。
「ルナお姉ちゃん」
呼ばれて振り向くと、ケイティが寝台の上からこちらを見ていた。
「私も飲みたい」
「ケイティも?」
「うん」
その言葉を聞いたジャンも、期待するようにルナを見る。
「ケイティにも飲ませてあげられない?」
「……ごめんね。ケイティは、まだ駄目」
「どうして?」
ケイティが寂しそうに尋ねる。
ルナは寝台のそばまで行き、目線を合わせた。
「まだ、このお茶が本当に病気に効くって分かったわけじゃないの。ジャンたちに何も問題がないことも、もう少し確かめたいから」
「でも、ジャンは大丈夫だったよ」
「うん。でもね、ケイティはジャンより具合が悪いでしょ?」
ルナはできるだけ優しく言った。
「だから、もう少しだけ待ってほしいの」
「……治るかもしれないのに?」
その言葉に、ルナは一瞬答えに詰まった。
本当に前世で知る病気と同じなら、ケイティにも早く必要な栄養を摂らせた方がいい。
それは分かっている。
けれど、ラバヌイが本当に役に立つのかは、まだ分からない。
症状の軽い子なら試せても、起き上がることさえつらそうなケイティに飲ませるのは、どうしても怖かった。
「……ごめんね。もう少しだけ待って」
ケイティは少し残念そうな顔をしたものの、やがて小さく頷いた。
「分かった」
「ありがとう」
ルナはほっとしながらも、胸の奥には迷いが残った。
慎重に確かめたい。
けれど、本当に船員病なら、こうして待っている間にも症状は進んでしまうかもしれない。
(もっと早く、安全に確かめる方法があればいいんだけど……)
そう思いながら、ルナは手帳に目を落とした。
昼には、昨日と同じ幸運のスープを用意した。
子どもたちは今日もよく食べ、院長たちにも作り方を覚えてもらう。
片づけを終え、一息ついたところで——。
「すみません」
後ろから声をかけられ、ルナは振り返った。
見知らぬ青年が二人、院長とともに立っていた。
一人は笑顔の銀髪の青年。
その少し後ろには、落ち着いた雰囲気の茶髪の青年がいる。
「こちらの方たちが、皆さんにお話があるそうです」
「私たちに?」
先頭にいた、銀髪の青年が笑顔を浮かべる。
「突然ごめん。少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
「話、ですか?」
「うん。俺たち、エレンジア王国のナキールから調査に来てるんだ」
「ナキールから……」
ルナは驚いた。
「タリオンから届く荷が遅れててね。その原因を調べてる。それで昨日、教会で彼を見かけたんだ」
青年がレオを見る。
「俺?」
「うん。病気と食事が関係してるかもしれないって話してただろ?」
「ああ……聞こえてたのか」
「少しだけね」
青年は笑う。
「俺たちも不作について調べてたから気になって。少し聞いたら、君たちがここの孤児院に来てるって分かったんだ」
そこまで話すと、改めて三人を見る。
「直接聞いた方が早いと思って来たんだけど、迷惑だった?」
「いえ……」
ルナはミアとレオを見る。
二人とも反対する様子はない。
「私たちでよければ」
「ありがとう」
青年が嬉しそうに笑った。
「俺はリアム。こっちはマシュー」
「どうも」
マシューが軽く頭を下げる。
当然のように名乗った二人に、ルナは一瞬だけ違和感を覚えた。
家名を名乗らない。
けれど、自分も似たようなものだ。
相手が名乗らないものをわざわざ聞く必要もないだろう。
「私はルナです。こっちはミアとレオ」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
簡単に挨拶を交わす。
その時、リアムが何気なくルナの顔を見て——わずかに動きを止めた。
「……?」
「どうかしました?」
「あ、いや」
リアムはすぐに笑って首を振った。
「何でもない」
「そうですか?」
「うん」
そう答えたものの、リアムはなぜかもう一度ルナの顔を見る。
その視線に、ルナは少し首を傾げた。
「本当に何でもない?」
「うん。ちょっと気になっただけだから」
「……?」
初めて会ったはずなのに、どうしてそんなふうに見られるのだろう。
不思議には思ったものの、リアムはそれ以上何も言わなかった。




