5-5
翌朝。
目を覚ましたルナは、まず自分の体調を確かめた。
(うん。何ともない)
昨日ラバヌイのお茶を飲んでから一晩経ったが、特に変わったところはない。
朝食を済ませたあと、ルナは手帳に『翌朝まで体調に異常なし』と書き加えた。
「じゃあ、今日は私たちも飲んでみようか」
昨日話していた通り、ミアとレオも一緒に試すことになっていた。
「本当に少しだけだからね」
「分かってるって」
「あたしもちゃんと様子見るよ」
昨日と同じようにラバヌイを処理し、お茶を淹れる。
三人で少量ずつ飲んでみたが、味は昨日と変わらない。
「思ってたより飲みやすいね」
「俺もこれなら普通に飲めるな」
「でしょ?」
なぜか少し嬉しくなって、ルナは笑った。
「でも、今日はちゃんと体調を見ててね」
「分かった」
「何かあったらすぐ言うよ」
ルナは二人が飲んだ時間と量を手帳に書き留めた。
「ラバヌイは孤児院に持っていくんだよね?」
「うん。院長先生に相談してみるつもり」
ルナは手帳を閉じた。
「でも、それとは別に食事も何とかしたいんだよね」
「野菜、高かったもんね」
「うん。一度だけ私たちが買って持っていっても、それじゃ続かないでしょ?」
自分たちがいなくなったあとも、孤児院で無理なく用意できるものがいい。
「だったら、青葉草は?」
ミアが言った。
「青葉草?」
「幸運のスープ。あれならここでも作れるんじゃない?」
「ああ……」
ルナもアルミヤで作った幸運のスープを思い出した。
青葉草はその辺りにも生えている。
芋もタリオンではそれほど値上がりしていない。
「野菜の代わりになるかは分からないけど、簡単に手に入るし」
「子どもでも食べやすいしね」
「うん。食欲が落ちてる子もいるって言ってたから、スープなら食べやすいかも」
「じゃあ、今日はそれも作るか?」
レオに聞かれ、ルナは頷いた。
「うん。青葉草を採ってから孤児院に行こう」
念のためギルドで確認すると、町の外の草原に生えている青葉草は自由に採って構わないということだった。
三人は必要な分だけ採り、その帰りに市場で芋とミルクを買った。
どちらも野菜ほど値段は上がっていない。
これなら、孤児院でも続けられそうだった。
◇◇◇
孤児院に着くと、院長が三人を迎えてくれた。
「昨日の……」
「また来てしまってすみません」
「いえ。今日はどうされたんですか?」
「昨日聞いた話について、試してみたいことがあるんです」
部屋に通してもらい、ルナは鞄からラバヌイを取り出した。
「これを、お茶にして飲んでみてもらえないかと思って」
「ラバヌイを?」
院長が目を瞬く。
「ですが、どうしてこれを?」
「今の病気は、食事が関係してるんじゃないかと思ってるんです」
「食事が……?」
「はい。昨日、ここの食事について聞いたことも、それで気になって」
ルナは少し言葉を選んだ。
「いろいろ調べていて、ラバヌイも役に立つかもしれないと思ったんです」
ルナは、自分が昨日から少量を試して問題が出ていないことと、今朝はミアとレオにも少量を飲んでもらったことを説明した。
「ただ、お茶にして飲む習慣はありませんし、人によって合わない可能性もあります。それに、病気に効果があるかどうかは、まだ全然分かっていません」
「そうなのですね……」
「ですから、いきなりみんなに飲んでもらうつもりはありません。もし許していただけるなら、症状の軽い子に少しずつ飲んでもらって、体調がどう変わるか見てみたいんです」
「俺が飲む」
突然声がして、ルナは振り返った。
少し離れたところに、一人の少年が立っていた。
「ジャン」
院長が驚く。
「話を聞いていたの?」
「ちょっとだけ」
ジャンはルナの持っているラバヌイを見る。
「それ飲んだら、病気がよくなるかもしれないんだろ?」
「……そうかもしれない。でも、まだ分からないよ」
「姉ちゃんたちは飲んだんだよな?」
ルナはジャンの顔を見た。
「ジャンくんも、体調が悪いの?」
「俺はそんなにひどくないよ。ちょっと身体がだるいくらい」
ルナは院長を見る。
「この子も、少し前から疲れやすいと言っているんです。食欲はありますし、教会で治療を受けるほどではありませんが」
「そうなんですね……」
それなら、軽い症状が出始めている段階なのかもしれない。
「俺が飲む」
ジャンはもう一度言った。
「ケイティより、俺の方が元気だから」
その視線が、部屋の奥へ向く。
ルナもそちらを見る。
横になっている小さな女の子がいた。
九歳のケイティだと、院長が教えてくれた。
顔色は悪く、起き上がるのもつらそうだった。
「ケイティ、最近ずっと具合悪いんだ」
ジャンが言う。
「ここにいる中じゃ、一番悪い」
「妹さん?」
「うん」
だから、自分が先に試したいのだろう。
院長が困ったように眉を寄せる。
「だからって、あなたが試さなくても……」
「でも俺、ラバヌイなら食べたことあるよ」
「え?」
ルナが聞き返す。
「前に外で遊んでた時に齧ったことある。すごい酸っぱかったけど」
「その時、具合が悪くなったりした?」
「何ともなかった」
ジャンはそう言って、もう一度ケイティを見る。
「だから俺が飲む」
ルナは少し考えてから、ジャンの前にしゃがんだ。
「じゃあ、もう一回ちゃんと説明するね」
「うん」
「ラバヌイ自体は食べても問題ないって知られてるし、私は昨日から少しずつ飲んでいて、今のところ何ともない。今朝は二人にも少しだけ飲んでもらったけど、今のところ変わった様子はない。でも、この飲み方が誰にでも合うかはまだ分からない」
ジャンは真剣な顔で聞いている。
「それに、飲んだからって病気が治るとは限らない。何も変わらないかもしれないよ」
「うん」
「それでも飲みたい?」
「飲む」
少しも迷わなかった。
ルナは院長を見る。
院長もしばらく悩んでいたが、やがて小さく息を吐いた。
「……本当に少しだけですよ」
「うん」
ルナはラバヌイのお茶を淹れ、小さなカップにほんの少しだけ注いだ。
「一気に飲まなくていいからね」
「分かった」
ジャンは匂いを嗅いでから、恐る恐る一口飲んだ。
「……どう?」
「別に普通」
「酸っぱくない?」
「ちょっと。でも、思ってたより飲める」
もう一口だけ飲んだところで、ルナはカップを受け取った。
「今日はこれくらいにしておこう」
「もういいの?」
「うん。最初からたくさん飲む必要はないから。しばらく続けて、体調がどう変わるか見てみたいの」
飲んだ時間と量を手帳に書き留める。
「気持ち悪くなったり、お腹が痛くなったりしたら、すぐ院長先生に言ってね」
「分かった」
ジャンは素直に頷いた。
このお茶が本当に役に立つのかは、まだ分からない。
けれど、もし前世のローズヒップと同じようなものなら——。
(少しでもよくなってくれたらいいな)
ルナはそう願いながら、残ったラバヌイを片づけた。
「それと、もう一つお願いがあるんです」
ルナは持ってきた青葉草と材料を見せた。
「子どもたちに、スープを作らせてもらえませんか?」
青葉草そのものは院長も知っている。
食べられることも分かっていたため、こちらはすぐに了承してもらえた。
「最近は食欲が落ちている子も多いので、お願いします」
「ありがとうございます」
調理場を借り、三人で幸運のスープを作った。
一度作ったことのある料理ということもあり、ほどなく淡い緑色のスープが完成した。
子どもたちは最初こそ不思議そうに器を見ていたが、一口食べると次々に匙を進め始めた。
「美味しい」
「これ、本当に青葉草?」
「そうだよ」
ルナは笑いながら答える。
ケイティにも、無理のないよう少量だけ用意した。
「全部食べなくてもいいからね」
「……うん」
身体を起こすのを手伝ってもらい、ケイティが小さな匙で一口食べる。
「どう?」
ジャンが心配そうに尋ねた。
「……美味しい」
「そっか」
ジャンの表情が少しだけ明るくなった。
ケイティはゆっくりと、それでも何口か続けてスープを食べた。
「最近は食欲がなくて、食事を残すことが多かったんです」
院長がその様子を見ながら言う。
「これだけ食べてくれるなら、それだけでもありがたいです」
「青葉草は自分たちで採れますし、芋も今はそれほど高くないですから」
「これなら、私たちでも作れそうです」
「あとで作り方を書いておきますね」
「ありがとうございます」
すぐに病気がよくなるわけではない。
それでも、食べてもらえるものが一つ増えたことは悪くない。
しばらくして、ルナはジャンのところに向かった。
「身体、何ともない?」
「うん。何ともないよ」
「気持ち悪くなったり、お腹が痛くなったりも?」
「ない」
今のところ、変わった様子はなさそうだった。
「分かった。でも、まだしばらく様子を見てね」
「うん」
ジャンは頷いてから、ケイティを見る。
「ケイティは、まだ飲んじゃ駄目?」
「今日はやめておこう」
ルナは優しく答えた。
「まだジャンに効くかも分からないから。まずは何日か続けて、身体の調子がどうなるか見てみたいの」
「……分かった」
残念そうではあったが、ジャンは素直に頷いた。
ルナはジャンの様子も手帳に書き加えた。
そして、ふと思う。
「……教会にも、話を聞いてもらった方がいいよね」
「教会?」
ミアが聞き返す。
「うん。ラバヌイはまだ試してる途中だけど、食事が関係してるかもしれないってことだけでも伝えておきたいの」
教会には、孤児院よりずっと多くの患者がいる。
もし自分の考えが合っているなら、早く知らせた方がいい。
ただ——。
「……私が行くのは、やめた方がいいかな」
「リア様がいるから?」
「それもあるけど、私の顔を知ってる人が他にもいるかもしれない。フィールズ家から誰かついてきてるかもしれないし」
「あ……」
ミアも気づいたようだった。
リアが来ている以上、フィールズ家の使用人が同行している可能性もある。
ルナだけならまだしも、ミアまで一緒に行けば、知っている者に見つかるかもしれない。
「じゃあ、俺が行こうか?」
レオが言った。
「いいの?」
「ああ。俺なら顔を知られてないだろ」
「でも、ちゃんと説明できる?」
「そこ心配するところか?」
「だって、説明すること多いよ?」
レオが少し嫌そうな顔をする。
「……紙に書いてくれ」
「そうする」
「即答かよ」
ミアがくすっと笑った。
ルナは、食事との関係を疑っている理由と、孤児院で聞いたことを簡単に紙にまとめた。
「とりあえず、これを見せて、話を聞いてほしいって言えばいい?」
「うん。無理に信じてもらわなくていいから。一度、話だけでも聞いてもらえないかって」
「分かった」
レオは紙を折り畳み、ポケットにしまった。
「じゃあ、行ってくる」
「お願い」
「気をつけてね」
「教会に行くだけだって」
苦笑しながら答え、レオは一人で孤児院をあとにした。
ラバヌイの効果が分かるには、まだ時間がかかる。
けれど、教会には今も大勢の患者がいる。
だからこそ、食事が関係している可能性だけでも、早く伝えておきたかった。




