5-3
サラスを出発したルナたちは、タリオンへ続く街道を進んでいた。
途中で休憩を挟みながら進み、日が傾き始めた頃、予定していた宿場町に到着した。
「今日はここまでだな」
レオが宿の看板を見上げる。
「明日の夕方にはタリオンに着けると思う」
「やっとだね」
「思ったより長かった……」
ミアが疲れたように肩を落とす。
「でも、明日で着くんでしょ? 今日はゆっくり休もうよ」
「そうだね」
三人は宿に入り、部屋を取った。
夕食を済ませる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
明日に備えて早めに休もうと、三人で部屋に戻る。
そこで、ミアがふと思い出したように口を開いた。
「ルナ、ちょっと聞いてもいい?」
「何?」
「タリオンの病気のことなんだけど」
ルナの動きが止まった。
「サラスで話を聞いた時、言ってたよね。足りないものを食べないと駄目って」
「……うん」
「あれって、どういう意味?」
「それは……」
ルナは答えに詰まった。
タリオンに行くことを決めた時は、病気のことで頭がいっぱいだった。
けれど、考えてみれば不自然だっただろう。
この世界では原因すら分かっていない病気について、ルナは症状を聞いただけで食べ物が関係しているかもしれないと言ったのだ。
「やっぱり、変だったよね」
「変っていうか……気にはなった」
ミアは少し言いにくそうに答えた。
「でも、言いたくないことなら無理に聞かないよ」
「え?」
「詳しいことまで聞きたいわけじゃないから。ただ、タリオンに行くなら、ルナが何を考えてるのかは知っておきたいなって」
ミアの隣で、レオも頷く。
「俺もそれでいい。なんで知ってるのかまで話したくないなら、聞かない」
「……二人とも気にならないの?」
「そりゃ気にはなるけど」
レオはあっさり答えた。
「言いたくないことを無理に聞いても仕方ないだろ」
「うん。だから、ルナが考えてることをそのまま話してくれればいいよ」
「…………」
ルナは二人の顔を交互に見た。
詳しいことは聞かないと言ってくれている。
なら、病気について知っていることだけ話せばいい。
けれど——。
「……やっぱり、気づくよね」
「何が?」
「私が前と少し違うこと」
ミアが目を瞬いた。
しばらく迷ったあと、小さく頷く。
「……うん。ちょっとだけ」
「いつから?」
「属性判定のあとくらいかな」
「そんなに前から?」
「ずっと一緒にいたんだから、それくらい分かるよ」
ミアはそう言って笑った。
「急に料理をするようになったし、知らないはずのことも知ってるし。それに前より、やりたいことをやるようになった気がする」
「……そっか」
やはり気づかれていた。
それでもミアは、今日まで何も聞かなかったのだ。
ルナは少し考えてから、息を吐いた。
「じゃあ……ちゃんと話す」
「いいの?」
「うん。これからも一緒に旅するんだし、ずっと隠してるのも嫌だから」
二人が黙ってルナを見る。
「信じてもらえるか分からないんだけど……私には、別の世界で生きていた記憶があるの」
「別の世界?」
ミアが不思議そうに首を傾げた。
「うん。今とは全然違う世界。そこで私は、鈴木陽奈っていう名前で二十二歳まで生きてた」
学園に通い、食事や栄養について学び、将来はそれを仕事にしようとしていたこと。
料理や食べ物が好きだったこと。
そして事故に遭い、命を落としたこと。
ルナは一つずつ話していった。
「じゃあ……今のルナは、その陽奈って人なの?」
「ううん。自分でも上手く説明できないけど、私はちゃんとルナだよ。ルナとして生きてきた十五年のことも全部覚えてる。ただ、そこに陽奈だった頃の記憶も戻ってきた感じ」
「……そっか」
「その記憶を思い出したのが、属性判定の日。神殿で倒れた時」
「あの日……」
「目が覚めたら、前の世界で生きてた記憶が全部戻ってたの」
ミアもレオも何も言わない。
ルナは少し不安になりながら続ける。
「だから、急に料理を始めたり、今まで知らなかったことを知ってたりするの。前の世界で覚えたことだから」
「……別の世界、か」
レオはしばらく黙っていた。
「正直、そんな話を聞いたことはない」
「……うん」
「でも、お前が急に料理を始めたり、知らないことを知ってたりする理由としては、一番納得できる」
「信じてくれるの?」
「少なくとも、嘘ついてるようには見えないからな」
レオが困ったように笑う。
ミアはまだ何か考えているようだったが、やがて納得したように頷いた。
「だからだったんだ」
「怖くない?」
「何が?」
「私のこと」
ミアはきょとんとする。
「別に?」
「でも……」
「前の世界の記憶があっても、ルナはルナでしょ?」
当たり前のように言われ、ルナは目を瞬いた。
「私が知ってるルナのことも覚えてるんだよね?」
「もちろん」
「じゃあ、何も変わらないよ」
「……そっか」
「それに、ちょっと納得した」
「何が?」
「最近のルナ」
「そんなに変わった?」
「結構」
「……そんなに?」
思わず聞き返すと、ミアがくすくすと笑った。
それを見てレオも笑う。
「レオまで……」
「悪い意味じゃないって」
「そうそう。前より楽しそうだし」
そう言われて、ルナも小さく笑った。
話すまでは不安だった。
けれど二人は、思っていたよりあっさりと受け入れてくれた。
「……話してよかった」
ルナがぽつりと言う。
「これからは、二人の前では、前の世界で知ったことを無理に誤魔化さなくてもいいんだね」
「今まで隠してたのか?」
「一応ね」
「全然隠せてなかったけど」
レオに言われ、ルナは言葉に詰まった。
隣ではミアも笑っている。
「もう……」
少し恥ずかしかったけれど、不思議と嫌ではなかった。
ずっと胸の奥にしまっていた秘密を二人に話せたことで、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
翌朝。
朝食を済ませたルナたちは、早めに宿場町を出発した。
今日の夕方にはタリオンに到着する予定だ。
「それで、結局何を食べればいいんだ?」
御者をしながら、レオが尋ねる。
「前の世界ではね、食べ物の中には、身体を作ったり、調子を整えたりするいろんなものが含まれてるって分かってたの」
「食べ物の中に?」
ミアが不思議そうに聞き返す。
「うん。こっちでも、野菜は身体にいいとか、お肉を食べると力がつくとかは言うでしょ?」
「それは言うね」
「前の世界では、それをもっと細かく調べてたの。食べ物によって含まれてるものが違って、その中の一つが長い間足りなくなると、ああいう症状が出ることがあるって分かってた」
レオが少し考える。
「食べる量が足りないんじゃなくて、必要なものを食べてないってことか?」
「うん。そういうこと」
ルナは頷いた。
「それで、その必要なものは野菜や果物に多く含まれてるの」
「だから船乗りに多いのか」
レオが言う。
「うん。長い間船に乗ってたら、新鮮な野菜や果物は食べにくいでしょ?」
「なるほどな」
「何でもいいの?」
今度はミアが聞いてくる。
「何でも同じってわけじゃないよ。多く含まれてるものと、そうじゃないものがあるから」
ルナはそこまで言ってから、少し慎重に付け加えた。
「でも、まだタリオンの病気が前の世界で知ってたものと同じだって決まったわけじゃないよ。症状が似てるだけかもしれないし」
「だから、実際に見て確かめたいんだね」
「うん」
それに、この世界の食べ物が前の世界とまったく同じとも限らない。
似た野菜や果物があっても、どれに必要なものが多く含まれているのかは、実際に探してみなければ分からなかった。
「タリオンに着いたら、使えそうな食べ物を探すの?」
「そのつもり。何があるのか分からないから、まずは市場を見てみようかな」
そこまで話して、ルナはふと以前見つけたものを思い出した。
「……そういえば、ラバヌイ」
「ラバヌイ?」
「前に街道で見つけた赤い実」
「ああ、あれね」
ミアも思い出したらしい。
「あれがどうかしたの?」
「前の世界に、すごくよく似た実があったの」
ローズヒップ。
前世ではお茶やジャムなどに加工されていた実だ。
「それも、今言ってた必要なものが多いのか?」
「前の世界にあったものと同じなら、かなり期待できると思う。でも……」
ルナは少し考えてから続ける。
「ラバヌイが本当に同じものかは分からないから、まだ何とも言えないかな」
見た目が似ているからといって、前世の知識だけで決めつけるわけにはいかない。
それでも、試してみる価値はあるように思えた。
「レオ、ラバヌイって街道の近くにもよくあるんだよね?」
「ああ。この辺でも探せばあると思うぞ」
「じゃあ、タリオンまでに見つけたら少し持っていってもいい?」
「それくらいならいいんじゃないか」
三人はそれから、街道の脇も気にするようにした。
そしてしばらく進んだところで——。
「あ」
ルナが街道から少し外れたところに、低い木が生えているのを見つけた。
枝には、小さな赤い実がいくつもついていた。
「あった!」
「本当だ。ラバヌイだな」
三人で近くまで行き、ルナは改めて赤い実を確認した。
やはり、前世で見たローズヒップによく似ている。
「少し採っていこう」
状態のよさそうな実を選び、持っていた袋に入れていく。
その様子を見ていたミアが尋ねた。
「これくらいで大丈夫?」
「うん。まだ使えるって決まったわけじゃないし」
「でも、本当に船員病だったら、たくさん必要になるんじゃない?」
「ラバヌイだけに頼る必要はないよ。野菜や果物にもあるから」
ルナは袋の中の赤い実を見る。
「タリオンにも使える食べ物があるかもしれないし、まずは町の様子を見てから考えよう」
「足りなかったら俺が取りに来るよ」
レオが言う。
「この辺に生えてるなら、場所も覚えておけばいいだろ」
「そうだね。ありがとう」
必要な分だけ採ると、三人を乗せた馬車はゆっくり進みはじめる。
そして、日が傾き始めた頃、街道の先に大きな町が見えてきた。
そのさらに向こうには、夕日を反射して輝く海が広がっている。
「見えた!」
ミアが嬉しそうに声を上げる。
「あれがタリオン?」
「ああ。間違いないと思う」
レオが答える。
三人は夕暮れの中、タリオンの町へと入っていった。
「先にギルドに行こう」
「病気のこと聞くの?」
「それもあるけど、護衛依頼の報告もしないとな」
レオに言われ、ルナは「あ」と声を漏らした。
王都を出る時、院長先生にお願いして出してもらった港町までの護衛依頼。
アルミヤ、カロン、サラスと町を巡り、ようやく目的地であるタリオンまでたどり着いた。
つまり、護衛依頼もここで終わりになる。
「なんか忘れてた」
「あたしも……ちょっと忘れてた」
「俺は覚えてたぞ」
レオが呆れたように言い、ルナもミアも笑う。
三人はそのまま冒険者ギルドに向かった。
ルナは町の様子を見ながら歩く。
大きな港町だけあって、夕方になっても人通りは多かった。
けれど、サラスとは少し雰囲気が違う。
閉まっている店があったり、道端で不安そうに話している人がいたりする。
それでも、病気が広がっていると聞いて想像していたほど暗くはなかった。
しばらく歩くと、冒険者ギルドが見えてきた。
三人で中に入る。
夕方ということもあり、中には依頼を終えて戻ってきた冒険者たちの姿が多かった。
空いていた受付に向かうと、女性が笑顔を向ける。
「こんにちは、初めて見る方ですね。タリオンには今日?」
「はい。さっき着いたところです」
「私はエミリーと言います。何かご用ですか?」
「護衛依頼の報告をしたいんだけど」
レオがギルドカードを差し出した。
「王都からタリオンまでですか?」
「ああ。この二人の護衛だ」
受付の女性はルナとミアのカードも確認し、手続きを進めていく。
「確認しました。これで依頼達成になります」
「ありがとう」
レオがカードを受け取る。
「これで終わりなんだ」
ミアがぽつりと言った。
「依頼としてはな」
「なんか変な感じ」
「ここまでずっと一緒だったもんね」
ルナもそう答える。
「別に旅が終わるわけじゃないだろ」
「そうだけど」
レオの言葉に、三人は顔を見合わせて笑った。
手続きが終わったところで、ルナは受付の女性に尋ねる。
「あの、少し聞いてもいいですか?」
「はい。何でしょう?」
「今、この町で病気が広がってるって聞いたんですけど」
「ええ。まだ原因は分かっていません。ただ、町の人だと生活に余裕のない方に重い症状が多いとは聞きますね」
「生活に余裕のない人……」
ルナはその言葉を覚えておくことにした。
「でも、少し前より町の空気は落ち着いてきてますよ」
「何かあったんですか?」
「王都から神官様たちが来たんです。聖女候補の方も」
「……聖女候補?」
「確か、リア様ってお名前だったと思います」
「……リア?」
一瞬、聞き間違えたのかと思った。
けれど、聖女候補でリアという名なら、ほかに考えられない。
ルナは思わず息を止めた。
隣ではミアも驚いたようにこちらを見ている。
「その方が重い症状の人を治してくださっていて。町の人たちも、これで何とかなるんじゃないかって」
「だから、思ったより町が明るかったんだな」
「そうですね。少し前まではもっと不安が広がってましたから」
「教えてくれてありがとうございます」
「いえ。しばらくタリオンに滞在するなら、何か分からないことがあればまた聞いてください」
「はい」
エミリーに礼を言い、三人はギルドをあとにした。
外に出ると、日はほとんど沈んでいた。
「まさかリア様が来てるなんてね」
ミアがルナの顔を窺う。
「うん……」
「会いに行くのか?」
レオに聞かれ、ルナは少し迷ってから首を振った。
「今日はもう遅いし、とりあえず宿を探そう」
「そうだな」
しばらくして見つけたのは、港から少し離れた場所にある『しおなぎ亭』という宿だった。
中に入ると、女将のデボラが明るく迎えてくれる。
部屋を取り、荷物を置いてようやく一息ついた。
けれど、ルナの頭からは先ほど聞いた名前が離れなかった。
(リアが、この町にいるんだ……)
王都を離れてから、一度も会っていない妹。
まさか海を渡る直前のタリオンで、同じ町にいることになるとは思わなかった。
今頃、リアもこの町のどこかにいる。
ルナは窓の向こうに広がるタリオンの町を、しばらく静かに見つめていた。




