4-5
翌朝。
朝食を食べながら、三人は今日の予定を話していた。
「今日は森に行かない?」
ルナがそう言うと、ミアがすぐに頷いた。
「行きたい。カロンを出てから、まだちゃんとした討伐依頼も受けてないし」
「俺もいいと思うぞ」
レオも賛成する。
「奥まで行かなければそれほど危険な魔物はいないって話だしな」
「じゃあ決まりだね」
ルナは嬉しそうにパンを口に運んだ。
この前はパン屋の依頼を受けた。
それも楽しかったが、せっかく冒険者になったのだから、森に行くのも楽しみだった。
「あ、そうだ」
ルナは何かを思い出すと、足元に置いていた鞄を開けた。
「これも持っていこう」
取り出したのは、先日ギルドの調理場で作ったシリアルバーだった。
潰し麦にアマンドと干し葡萄を混ぜ、蜂蜜で固めたものだ。
孤児院の子供たちのおやつには向かなかったが、持ち運びやすいため、自分たちの携帯食にすることにした。
「森で食べるのにちょうどよさそうだよね」
「そうだな」
「でもさ」
ミアがシリアルバーを見ながら首を傾げる。
「それ、何か呼び名ないの?」
「……確かに」
ルナは手にしたシリアルバーを見つめた。
「じゃあ、何て呼ぼう」
「潰し麦で作った棒状のものなんだから、潰し麦の棒とか?」
レオが言う。
「そのまますぎない?」
「分かりやすいだろ」
「でも長いよ」
ミアが考えながら口を開く。
「じゃあ、麦の棒で……麦棒?」
「麦棒……」
ルナも繰り返す。
「もっと短くして、ムギボとか?」
「ムギボ?」
「うん。ムギボ」
口にしてみると、意外と呼びやすい。
「いいんじゃない? 覚えやすいし」
「俺は何でもいい」
「レオもちゃんと考えてよ」
「食えれば名前なんて何でもいいだろ」
「もう」
ルナは笑いながら、もう一度呟く。
「ムギボ……」
その響きに、前世にあった何かが頭をよぎった。
(……なんか、似たような名前のものがあったような)
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。
「何?」
「ううん、なんでもない」
ミアに不思議そうに見られたが、ルナは首を振った。
「じゃあ、とりあえずムギボってことで」
「とりあえずなんだ」
「正式な名前をつけるほどのものでもないしね」
三人の間で呼ぶだけなら、それで十分だ。
ルナは今日の分のムギボを鞄にしまった。
朝食を終えると、三人はそのまま冒険者ギルドに向かった。
「おはよう」
中に入ると、受付にいたアニーが三人に気づいた。
「おはよう。今日は依頼?」
「うん。今日は森に行こうと思って」
「そう。気をつけてね」
「あ、それとアニーに渡したいものがあるんだ」
「私に?」
ルナは鞄から包みを一つ取り出した。
「はい」
アニーが受け取り、不思議そうに包みを見る。
「これは?」
「この前、調理場で作ってたもの」
「ああ!」
アニーはすぐに思い出したらしい。
「結局、何を作ってたのか気になってたのよ」
「ちゃんと完成したから、よかったら味見して」
「わざわざいいのに」
「食べてみて」
包みを開いたアニーが、中に入っているムギボを眺める。
「お菓子?」
「お菓子っていうより、携帯食かな」
「へえ……」
アニーは一口食べてみる。
何度か噛んでから、目を少し見開いた。
「美味しい」
「本当?」
「ええ。それに結構食べ応えがあるわね」
「でしょ?」
褒められ、ルナは嬉しくなる。
「森に持っていくには良さそうね」
「うん。だから今日も持っていくつもり」
「それならちょうどいいわね」
アニーにもう一度礼を言われ、三人は依頼の掲示板に向かった。
「私は薬草採取にしようかな」
ルナは依頼票を順番に確認していく。
癒し草をはじめ、いくつかの採取依頼が並んでいる。
その中で目に留まったのは、魔力草の採取依頼だった。
「これにする」
「じゃあ、あたしは……」
ミアも討伐依頼を見ていき、一枚の依頼票を手に取った。
「ホーンラビットにする」
「また?」
「今度はもっと上手くできるか試したいの」
以前はレオに見守ってもらいながら、慎重に一匹を仕留めた。どうやら、もう一度自分の力で挑戦したいらしい。
「いいんじゃないか?」
レオも二人の選んだ依頼を確認する。
「場所も同じ森だし、両方できるだろ」
「じゃあ決まりだね」
三人は依頼票を持って受付で手続きを済ませた。
今日の昼食には、完成したばかりのムギボもある。
こうして三人は、サラスへ来て初めての森の依頼に向かうことになった。
サラスの町を出てしばらく歩いて、三人は森へと入った。
今回ルナが受けたのは、魔力草の採取依頼だ。
「この辺にあるはずなんだけど……」
ルナは足元を見ながら、ゆっくりと森の中を進んでいく。
やがて、それらしい草がまとまって生えている場所を見つけた。
「あった」
ルナは嬉しそうに近づくと、その場にしゃがみ込む。
けれど、すぐには採らなかった。
「これが魔力草で……こっちはハッカソウ」
「また混ざってるの?」
近くにいたミアが覗き込んでくる。
「うん。やっぱり一緒に生えてるみたい」
今回も、魔力草の間にはハッカソウが混じっていた。
「こっちが魔力草……」
葉の形を確かめ、ルナは小さく頷いた。
「うん。大丈夫」
一つ確認してから刈ると、依頼用の袋に入れた。
その隣にもよく似た草が生えている。
「これは……」
葉の形を確かめたあと、念のため指先で軽くこすってみる。
すぐに爽やかな香りが広がる。
「ハッカソウだ」
「匂いなら分かりやすいね」
「うん。でも一つずつ確認するのは面倒かも」
「だから嫌われてるんじゃない?」
「確かに」
ルナは苦笑する。
けれど、ハッカソウならルナにとっては外れでもない。
以前、お茶にして飲んだ時には美味しかった。
「これもまた少し持って帰ろうかな」
「お茶にするの?」
「うん。美味しかったし、すっきりするから」
ルナはハッカソウを依頼品とは別の袋に入れた。
「間違えて採っても持って帰れるなら、ルナにはちょうどいい依頼かもね」
「それはそうかも」
それからもルナは一つずつ確認しながら、魔力草とハッカソウを分けて採っていった。
その後、ミアも無事にホーンラビットを見つけた。
草むらから姿を現した一匹を見つけると、今度は追いかけず、その場で動きを見ながら慎重に狙いを定める。
少し時間はかかったものの、レオに手を借りることなく仕留めることができた。
「やった!」
「かなり慣れてきたな」
「本当?」
「ああ」
レオに褒められ、ミアが嬉しそうに笑う。
ルナも必要な数の魔力草を集め終えていたため、三人は少し開けた場所で休憩することにした。
「じゃあ、早速食べてみよっか」
ルナが鞄から取り出したのは、朝に話していたムギボだ。
一人一本ずつ受け取り、レオがかじる。
「こういう時は便利だな」
「でしょ?」
「手もそんなに汚れないし、歩きながらでも食べられそう」
ミアも食べながら頷く。
ルナも一口かじった。
潰し麦とアマンドで食べ応えがあり、干し葡萄と蜂蜜の甘さもある。
「これだけで一食っていうのは、あんまりよくないけどね」
「そうなの?」
「毎回こればっかりっていうのはね。食べられるなら、ちゃんと他のものも食べた方がいいと思う」
前世でも、手軽に栄養を取れる食品はいろいろあった。
けれど、それだけを食べ続ければいいというものではない。
「でも、依頼が予定より長引いた時とか、ゆっくりご飯を食べてる余裕がない時には便利そう」
「それなら冒険者には合ってるな」
レオの言葉に、ルナは頷いた。
「うん。作っておけば日持ちもするし」
「孤児院のおやつには向かなかったけど、作ったのは無駄じゃなかったね」
ミアが笑う。
「そうだね」
最初に考えていた使い道とは変わってしまった。
それでも、別の使い道が見つかったのなら十分だ。
ルナは残っていたムギボを口に運ぶ。
「……ムギボって名前は、やっぱりちょっと変だけど」
「自分で決めたんだろ」
「みんなで決めたの!」
三人でそんな話をしながら休憩を終える。
依頼も無事に達成できた。
ルナは採取した魔力草とハッカソウを確認すると、それぞれの袋を鞄にしまった。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「ああ」
「うん!」
三人は荷物をまとめ、サラスの町に戻るため森をあとにした。
◇◇◇
その日の夕食後。
レオは先に自分の部屋に戻り、ルナとミアは食堂に残っていた。
ルナの手元には、森から持ち帰ったハッカソウがある。
「サリー、お湯を少しもらってもいい?」
「いいよ。何に使うの?」
「これでお茶を淹れようと思って」
「これって……草だよね?」
サリーが興味深そうにハッカソウを覗き込む。
「ハッカソウっていうの。森に生えてるんだよ」
「これがお茶になるの?」
「うん。前にも飲んだことがあるんだけど、美味しかったよ」
「へえ……」
サリーは気になるようで、ハッカソウをじっと見ていた。
ルナより一つ年上のサリーとは、なごみ亭に来てから少しずつ話をするようになっていた。
やがてサリーがお湯を持ってくる。
ルナは綺麗に洗ったハッカソウの葉を入れ、そこにお湯を注いだ。
しばらく待っていると、爽やかな香りが広がってくる。
「いい匂い……」
「でしょ?」
「サリーも飲んでみる?」
「いいの?」
「もちろん」
三人分のカップに注ぎ、テーブルを囲む。
サリーは少し冷ましてから、一口飲んだ。
「あ、美味しい」
「すっきりするよね」
「うん。もっと草っぽい味なのかと思ってた」
「あたしも最初はそう思った」
ミアが笑う。
「ルナが急に森の草をお茶にするって言い出した時は、大丈夫かなって」
「ちゃんと安全な草だって確認したじゃん」
「分かってるけど、最初はびっくりしたの」
「私もその場にいたら止めてたかもしれない」
「サリーまで?」
三人で顔を見合わせて笑う。
ルナもカップに口をつけた。
爽やかな香りが鼻を抜ける。
「やっぱり好きだな、これ」
「また森に行ったら採ってくればいいんじゃない?」
「うん。でも……」
ルナは残っているハッカソウに目を向けた。
「森に行った時だけじゃなくて、いつでも飲めたらいいのにな」
「持って帰っておけば?」
「そのままだと長くは置いておけないでしょ?」
「あ、そっか」
ミアが納得する。
前世なら、ハーブを乾燥させて保存するのは珍しいことではなかった。
「乾燥させればいいんだけど……」
ルナは考える。
自然に乾燥させることもできるはずだ。
けれど、それでは何日もかかる。
「……生活魔法でできないかな」
「生活魔法?」
「うん。ドライとか」
この世界の生活魔法には、濡れたものを乾かす《ドライ》がある。ただ、普通は雨に濡れた服や髪などを乾かすために使う魔法だ。
食材を保存するために乾燥させる場合は、普通は風通しのいい場所に干す。
少なくとも、ルナは《ドライ》を食材に使うという話を聞いたことがなかった。
「ハッカソウにドライを使うの?」
サリーが驚いたように聞く。
「試してみようかなって」
「そんな使い方、考えたこともなかった」
「私も今思いついただけだけどね」
ルナは残っているハッカソウの一部を取り、布の上に広げた。
「とりあえず少しだけ」
失敗しても、全部駄目にならないようにする。
ルナはハッカソウに手をかざした。
「ドライ」
淡い光が葉を包む。
光が消えると、ルナは一枚をそっと手に取った。
「……あれ?」
先ほどまで瑞々しかった葉が、少ししんなりとしている。
指先で触れてみると、表面だけでなく、中の水分まで抜け始めているようだった。
「結構乾いてる……」
「え?」
ミアも一枚手に取る。
「普通のドライって、こんなになる?」
「あたしは服にしか使ったことないけど……」
ミアは少し考え、首を横に振った。
「でも、こんなに水分が抜ける感じじゃないと思う」
「やっぱり?」
サリーも興味深そうに葉を覗き込む。
「私も髪とか服にしか使わないから分からないけど、ちょっと不思議だね」
ルナは葉を鼻元に近づけた。
爽やかな香りは、まだきちんと残っている。
「香りは大丈夫そう……」
完全に乾燥しているわけではない。
けれど、何もしない状態よりはずっと早く乾きそうだった。
「このまま一晩置いてみようかな」
ルナはサリーを見る。
「これ、明日の朝までここに置かせてもらってもいい?」
「もちろん。邪魔にならないところに置いておけば大丈夫だよ」
「ありがとう」
「私もどうなるか見てみたいし」
サリーもすっかり興味を持ったらしい。
三人で相談し、風通しのいい場所にハッカソウを広げておくことにした。
「明日の朝、ちゃんと乾いてたらいいね」
「うん」
もし上手くいけば、森で採ったハッカソウを保存しておける。そうすれば、旅の途中でも好きな時にお茶を飲めるようになるかもしれない。
「なんか朝が楽しみになってきた」
「私も」
「失敗してたら?」
ミアに聞かれ、ルナは少し考える。
「その時は、また別の方法を考える」
「ルナならそう言うと思った」
三人は笑いながら、残っていたお茶を飲み干した。
明日の朝には、どんなふうになっているだろう。
ルナは乾燥させているハッカソウをもう一度確認してから、ミアと一緒に部屋に戻った。




