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同じ頃。
ルナたちが部屋でサラスに滞在することを話している時、町の教会に一台の馬車が到着した。
王都を出てから、リアたちはほとんど休むことなくタリオンを目指していた。
途中の町や村にある教会で馬を替え、必要最低限の休憩だけを取りながら進んできたのである。
「リア様、足元にお気をつけください」
「ありがとうございます」
馬車を降りたリアは、教会の中に案内された。
用意された部屋に入ると、椅子に腰を下ろす。
「ふぅ……」
思わず小さな息が漏れた。
これほど長い距離を、しかも急いで移動するのは初めてだった。
長時間同じ姿勢でいたせいか、身体の節々が痛い。
途中で何度か休憩を挟んではいるものの、睡眠不足と旅の疲れは確実に溜まっていた。
「リア様、大丈夫ですか?」
ノエルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫。ちょっと疲れただけ」
「本当ですか?」
「本当だよ」
二人きりになったことで、リアも少し肩の力を抜く。
「馬を替えるまで休めるんでしょ?」
「はい。少し時間がかかるそうです」
「じゃあ、その間に休んでおけば大丈夫」
「無理はしないでくださいね」
「分かってる」
そう答えながら、リアは椅子の背にもたれた。
正直に言えば、思っていた以上に疲れていた。
それでも、自分からタリオンに行きたいと言ったことを後悔はしていない。
現地では、多くの人が治療を必要としていると聞いている。
(私にもできることがあるなら、ちゃんとやらないと)
リアがそんなことを考えていると、扉が叩かれた。
「失礼します」
入ってきたのはペトロだった。
「ペトロ様」
「少しは休めましたか?」
「はい。大丈夫です」
リアが姿勢を正すと、ペトロは小さく頷いた。
「それならよかったです。先ほど、王宮から派遣された調査団も到着しました」
「王宮からも?」
「ええ」
ペトロはリアの向かいに腰を下ろした。
「タリオンは、他国との交易を担う重要な港町です。今回の件では船の運航にも影響が出ているため、王宮も現地の状況を確認することになりました」
王宮の調査団は神殿とは別に王都を発ち、サラスで合流する予定になっていたという。
神殿は、体調を崩している人々の治療のため。
王宮は、港や交易への影響を調べるため。
それぞれ違う目的でタリオンに向かっているらしい。
「調査団には王宮の文官や騎士たちが同行しています。それから——ジェームズ殿下もいらっしゃいます」
「殿下も?」
リアは驚いて目を見開いた。
第二王子であるジェームズとは、これまでにも何度か顔を合わせている。
けれど、まさか今回の調査に王子本人が同行しているとは思わなかった。
「ええ。王家としても事態を重く見ているのでしょう。調査団の責任者の一人として、殿下も同行されています」
「そうなんですね……」
「馬の準備が整い次第、王宮の方々と共に出発します。それまで、もう少し休んでいてください」
「分かりました」
ペトロはそれだけ伝えると、再び部屋を出ていった。
それからしばらくして。
休憩を終えたリアたちは、教会の前に出ていた。
すでに新しい馬が用意され、神官や護衛たちが出発の準備を進めている。
少し離れたところには、王宮の紋章が入った馬車もあった。
「リア嬢」
声をかけられて振り返る。
「ジェームズ殿下」
リアはすぐに頭を下げた。
「お久しぶりです」
「ええ。まさか、このような場所で会うことになるとは思いませんでした」
ジェームズはリアを見ると、わずかに眉を寄せた。
「少し疲れているようですが、大丈夫ですか?」
「はい。慣れない旅なので少し疲れましたけど、大丈夫です」
「そうですか」
ジェームズは少し黙ってから続ける。
「あなた自身が、タリオンへの同行を希望したと聞きました」
「……はい」
リアはまっすぐジェームズを見る。
「私にもできることがあると思ったので」
「なら、止めるつもりはありません」
ジェームズは淡々と答えた。
「ですが、現地に着いてから体調を崩していては意味がありません。自分の身体にも十分気をつけてください」
少し厳しい言い方だった。
けれど、心配して言ってくれているのだと分かる。
「はい。ありがとうございます」
リアが頷くと、ジェームズもそれ以上は何も言わなかった。
「殿下、そろそろ出発のお時間です」
騎士から声をかけられ、ジェームズが振り返る。
「分かりました」
そしてリアに軽く会釈すると、自分の馬車に戻っていった。
「リア様、こちらも準備ができたそうです」
ノエルがやってくる。
「うん」
リアはもう一度、サラスの町に目を向けた。
馬を替えるために立ち寄っただけの町。
滞在したのは、ほんのわずかな時間だった。
この町のどこかに、自分がずっと気にかけている姉がいるとは知らずに。
「行こう、ノエル」
「はい」
リアは馬車に乗り込んだ。
やがて神殿と王宮、それぞれの馬車がゆっくりと動き始める。
目指すのは港町タリオン。
新しい馬に替えた一行は、サラスをあとにした。
◇◇◇
その頃、海を隔てたエレンジア王国の港町ナキールでは、リアムたちが調査を続けていた。
「思ってたより影響が出てるね」
港を見渡しながら、リアムが呟く。
普段ならクリーヴランド王国との間を行き来する船が何隻も停泊しているはずだが、今日は空いた船着き場が目立っていた。
予定の日を過ぎても到着しない船。
出港そのものが取りやめになった船もある。
その影響は、すでに港の外にも広がっていた。
「クリーヴランドから入る予定だった品が届かず、商人たちからも問い合わせが増えているそうです」
同行していた調査員が手元の資料を確認する。
「今のところは別の港から品を回したり、在庫を調整したりして対応しています。ただ、この状態が長く続けば厳しいかと」
「原因はやっぱり船?」
「はい。タリオン側で十分な船員を集められず、予定通り出港できない船が増えているようです」
「船員が?」
「体調を崩している者が増えているとのことです」
その言葉に、隣にいたマシューが眉を寄せた。
「原因は分かっているんですか?」
「いいえ。病気ではないかと言われていますが、詳しいことまでは」
「原因不明の病気ねぇ……」
リアムは興味を引かれたように呟いた。
マシューがすぐにそちらを見る。
「リアム様、その顔はおやめください」
「どんな顔?」
「面白そうなものを見つけた時の顔です」
「よく分かってるじゃん」
「長い付き合いですから」
マシューは呆れたように息を吐いた。
「それで、クリーヴランド側は何て?」
リアムが調査員に尋ねる。
「すでにタリオン側に問い合わせています。返答では、一部で体調不良者が増えているものの、現時点で感染症であるとの確認は取れておらず、港の運営にも重大な問題はない、と」
「重大な問題はない?」
リアムはもう一度、港に目を向けた。
空いた船着き場。
届かない荷物。
出港を待つ商人たち。
「でも、こっちまで影響が出てるよ?」
「……そうですね」
「何か隠しているんでしょうか」
マシューが尋ねると、調査員は首を横に振った。
「そこまでは分かりません。ただ、実際の状況と説明に差があるのは確かです」
「ふーん……」
リアムは考え込むように腕を組んだ。
「体調を崩してるのは船員だけ?」
「船員が多いとは聞いています。ただ、タリオンの町でも体調を崩す者が出ているようです」
「ナキールでは?」
「今のところ、同じような症状が広がっているという報告はありません」
リアムの目がわずかに細くなる。
「タリオンとはずっと船が行き来してたんだよね?」
「はい」
「人も?」
「もちろんです。船員だけでなく、商人や旅人も行き来しています」
「それなのに、ナキールでは広がってないんだ」
「リアム様」
マシューが警戒するように呼ぶ。
「何?」
「だから、その顔はやめてください」
「でも気にならない?」
「気にはなります。ですが、あなたが直接調べる必要はありません」
「まだ何も言ってないけど」
「何を考えているかくらい分かります」
リアムは答えず、楽しそうに笑った。
その後も港の関係者から話を聞いていると、もう一つ気になる情報が出てきた。
「そういえば、今年はタリオン周辺の農作物もあまりよくないそうです」
「農作物?」
「数か月前に長雨が続いたらしく、特に野菜や果物の収穫量がかなり落ちているとか」
「食べ物も?」
「はい。ただ、穀物や肉などは他の地域から入っているため、食糧不足というほどではないようです。野菜や果物は値上がりしているそうですが」
「へえ……」
二人は話を聞いた関係者にお礼を言って別れた。
リアムは顎に手を当てる。
農作物の不作。
原因の分からない体調不良。
船員不足。
そして、ナキールにまで及んでいる物流の停滞。
それぞれに関係があるのかは分からない。
けれど、タリオンで何かが起きていることだけは確かだった。
「よし、決めた」
リアムが顔を上げる。
「タリオンに行こう」
「駄目だ」
マシューが即座に答えた。
「まだ最後まで言ってないけど」
「聞かなくても分かる。原因不明の病が出ている町に、お前が行く必要はない」
「でも、感染する病気なら、ずっと船が行き来してるナキールでも、似たような報告が出ててもおかしくないよね?」
「だからといって、感染症ではないとは限らないだろ」
「それはそうだけど」
リアムはあっさり認めた。
「だったら——」
「でも俺たち、調査に来たんだよ?」
「ナキールの調査にな」
「そのナキールで問題が起きてる原因が、タリオンにあるみたいだけど」
「だから、お前が行く必要はないだろ。必要なら向こうに調査員を送ればいい」
「それじゃ時間がかかるじゃん」
「お前は第三王子なんだぞ。少しは自分の立場を考えたらどうだ」
「分かってるって」
「分かってたら、原因不明の病が出ている町に自分から行こうとはしない」
「厳しいなぁ」
「当然」
マシューはきっぱりと言い切る。
しかし、リアムの表情から笑みが消えた。
「でもさ。タリオン側からは重大な問題はないって返事が来てる。でも実際には、船が出なくなってこっちにまで影響が出てる」
マシューは黙った。
「病気のことも、不作のことも、ここで聞けるのは人づての話ばっかりだ。このまま戻って報告しても、結局よく分かりませんでしたで終わるだろ?」
「……だから、自分で確かめに行くって?」
「うん」
リアムは迷いなく頷いた。
「せっかくここまで来たんだから、実際に何が起きてるのか見ておきたい」
マシューはしばらくリアムを見つめていた。
やがて、諦めたように息を吐く。
「……分かった。ただし、調査団の責任者に話を通す。王都にも連絡を入れる。それで止められたら諦めろ」
「許可が出ればいいんだろ?」
「そういうことだ」
「じゃあ、その間にタリオンに向かえる船があるか確認しよう」
マシューはもう一度、小さくため息をつく。
こうしてナキールの調査に訪れたリアムたちは、問題の中心と思われる海の向こう——タリオンへ向かうことになった。




