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双子の妹は聖女候補、無属性の私は食の知識で自由に生きます  作者: ぽかぽか


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37/52

4-3

 その日の夜。

 夕食を終えて部屋に戻ったルナは、ベッドの上に座ると、荷物の中から一冊の手帳を取り出した。


「何書いてるの?」


 向かいにいたミアが尋ねる。


「今日、パン屋さんで気づいたこと。忘れないうちに書いておこうと思って」


 ルナはそう答えながら、手帳にペンを走らせる。


 小麦粉にも種類があり、品質によって値段が違うこと。

 売れ残ったパンは安く売られ、それでも残ったものはスープに入れるなどして食べていること。


「売れ残ったパンかぁ……」


 書きながら、ルナは小さく呟いた。

 安く買えるのなら、孤児院で使うのも悪くないかもしれない。

 硬くなっていても、工夫すれば食べられる。

 けれど——。


「毎日あるとは限らないよね」

「何が?」

「売れ残りのパン」


 たくさん売れ残る日もあれば、全部売れる日もあるだろう。いつ手に入るか分からないものを、普段のおやつにするのは難しい。


「だったら、やっぱり……」


 ルナは手帳の別の場所に、潰し麦、と書き込んだ。

 値段が安く、保存もしやすい。

 少し食べただけでもお腹に溜まる。


(潰し麦なら、孤児院でも用意しやすいと思うんだけど……)


 問題は、何を作るかだった。

 そこでルナは、孤児院の子どもたちと話した時のことを思い出す。

 アンは、院長先生たちの手伝いをしたいと言っていた。

 シェリーも料理をしてみたいと話していた。


「……そっか」


 ルナは手を止めた。


「どうしたの?」

「作ってもらうだけじゃなくて、自分たちでも作れた方がいいのかも」

「孤児院のおやつ?」

「うん」


 ルナは頷く。


「難しい料理じゃなくて、子どもたちも一緒に作れるようなもの。だったらアンも院長先生たちのお手伝いができるし、シェリーも料理できるでしょ?」

「それ、いいかも」


 ミアも笑顔で頷いた。


「みんなで作ったら楽しそうだし」

「だよね」


 ルナは手帳に、新しく一行を書き加える。

 子どもたちも一緒に作れるもの。


「……よし」


 条件は少しずつ決まってきた。

 安く作れること。

 お腹に溜まること。

 手に入りやすい材料で作れること。

 そして、子どもたちも一緒に作れること。

 けれど、肝心の何を作るかまでは、まだ思いつかない。


「まあ、すぐに決めなくてもいいか」


 旅はまだ続く。

 これから先、新しい食材を見つけることもあるかもしれない。

 ルナは最後にもう一度手帳を見返すと、そっと閉じた。


◇◇◇


 翌朝。

 ルナたちは身支度を整えると、一階の食堂に向かった。


「おはようございます」


 食堂に入ると、料理を運んでいたサリーが笑顔を向けてくる。


「おはよう。すぐに朝食をお持ちしますね」

「お願いします」


 三人は昨日と同じテーブルについた。

 朝の食堂にはすでに何組かの客がいる。

 旅人らしい者も多く、食事をしながら今日の予定を話していた。


「今日はどうする?」


 ミアが尋ねる。


「特に決めてないよね」

「そうだな。飯を食いながら——」


 レオがそこまで言ったところで、不意に動きを止めた。


「……タリオン?」

「え?」


 ルナが首を傾げる。

 レオの視線の先では、サリーが一人の旅人と話していた。


「タリオンじゃ、今そんなことになってるんですか?」

「ああ。俺も昨日向こうから来たやつに聞いたんだけどな。しばらく船がまともに出ないかもしれないって話だ」


 レオが眉を寄せる。


「ねえ、タリオンって……」


 小声で尋ねると、レオがこちらを向いた。


「俺たちが向かってる港町だ」

「あ……」


 ルナも旅人に視線を向けた。

 海を渡るために目指している町。

 サラスからなら、馬車であと二日ほどの距離にある。


「船が出ないって困るよね」


 ミアも声を落として言う。


「ああ」


 レオは少し考えると、席を立った。


「ちょっと聞いてくる」


 ルナとミアも後に続く。


「悪い。今の話、俺たちも聞いていいか?」


 レオが声をかけると、旅人が振り返った。


「タリオンのことか?」

「ああ。俺たち、これから向かう予定なんだ」

「それなら、少し待った方がいいかもしれないぞ」

「船が出ないって?」

「まったく出てないわけじゃないらしい。ただ、出港を取りやめたり、予定を遅らせたりする船が増えてるみたいだ」

「何かあったの?」


 ルナが尋ねる。


「それが、俺も詳しいことまでは知らないんだ」


 旅人は困ったように頭を掻いた。


「病気が流行ってるとか、そんな話も聞いたけどな」

「病気……?」


 ルナは思わず聞き返した。


「ああ。ただ、俺も人から聞いただけだ。どんな病気なのかも知らないんだ」


 まだ噂の域を出ない話らしい。


「悪いな。詳しいことが分からなくて」

「いや、助かった。ありがとう」


 レオが礼を言う。

 ちょうどそこに、三人分の朝食を持ったサリーがやってきた。


「私もさっき初めて聞いたんです。タリオンから来るお客さんがいたら、もう少し詳しく聞いてみますね」

「ありがとう」


 三人は席に戻った。

 ほどなくして朝食が並べられたが、ルナはすぐには手をつけなかった。


「どうする?」


 ミアも気になっているようだ。


「まだ分からないことが多すぎるな」


 レオがパンを手に取りながら答える。


「ギルドなら、もう少し詳しい情報が入ってるかもしれない」

「じゃあ、食べたら行ってみる?」

「ああ」


 ルナも頷いた。

 ようやく海が近づいてきたと思っていたのに、その目的地で何かが起きているらしい。

 ルナは少し気になりながら、朝食のパンを手に取った。


 朝食を終えた三人は、詳しい話を聞くため冒険者ギルドに向かった。

 ギルドに入ると、三人は依頼掲示板には目も向けず、そのまま受付に向かった。


「おはよう。今日は依頼?」


 受付にいたアニーが声をかけてくる。


「いや、今日は聞きたいことがあるんだ」


 レオが答えると、アニーは首を傾げた。


「何?」

「タリオンのことなんだけど。何か聞いてないか?」

「タリオン?」


 アニーの表情が少し変わった。


「もしかして、船の話?」

「ああ。今朝、宿で聞いたんだ。出港しない船が増えてるって」

「やっぱりそっちにも話が広がってるのね」


 アニーは困ったように息を吐いた。


「ギルドにもいろんな話が入ってきてるわ。ただ、まだ確認できてないことが多いの」

「じゃあ、船が出てないっていうのも本当か分からないの?」


 ミアが尋ねる。


「まったく出ていないわけじゃないみたい。一部の船が出港を取りやめたり、予定が遅れたりしてるっていうのは何件か話が来てるわ」

「理由は?」

「それがまだはっきりしないのよ」


 アニーは少し声を落とした。


「タリオンで体調を崩す人が増えているらしいの。何かの病気が広がっているんじゃないかって噂もあるわ」

「病気……」


 ルナは気になって尋ねる。


「どんな病気なの?」

「そこまでは分からないの。船員や港で働く人の中にも体調を崩す人が出ているみたいで、それで出港を遅らせたり、取りやめたりする船もあるって話よ」

「原因も分かってない?」

「今のところ、こっちには何も」


 アニーは首を横に振った。


「だからギルドでも情報を確認してるところ。正式に注意を出すかどうかも、まだ決まってないわ」

「タリオンに行くこと自体は危なくないのか?」


 今度はレオが聞く。


「今のところ、入町制限や街道の封鎖は出ていないわ。ただ、状況が分からないから積極的に向かうことは勧めないわね」


 アニーは三人を見回した。


「船に乗るために行くなら、少し待った方がいいかもしれない。今行っても、いつ出港できるか分からないから」

「やっぱりそうか」


 レオが腕を組む。

 ルナたちの目的は、タリオンそのものではない。

 そこから船に乗って、海の向こうに渡ることだ。

 船が出ないのなら、急いで向かっても港町で待つことになる。


「新しい情報が入ったら教えてもらえる?」


 ルナが尋ねる。


「もちろん。しばらくサラスにいるの?」

「まだ決めてないけど、そのつもり」

「分かった。何か確かな情報が入ったら教えるわ」

「ありがとう」


 三人はアニーに礼を言い、受付を離れた。

 ギルドまで来ても、分かったことはそれほど多くない。

 タリオンで体調を崩している人が増えているらしいこと。

 その影響なのか、出港を取りやめたり遅らせたりする船が増えていること。

 けれど、どちらも詳しい事情まではまだサラスに届いていなかった。


「一回、宿に戻るか」


 ギルドを出たところでレオが言う。


「うん。これからどうするか決めないとね」

「すぐタリオンに行くかどうかも含めて、三人で話そう」


 レオの言葉にルナも頷く。

 三人は来た道を引き返し、なごみ亭へ戻った。


 宿に戻ると、三人は部屋に集まった。


「それで、どうする?」


 ミアがベッドに腰を下ろしながら尋ねる。

 レオは椅子を引き寄せると、少し考えてから口を開いた。


「俺は、もう何日かサラスにいた方がいいと思う」

「やっぱり?」

「ああ。タリオンまで行くこと自体はできるみたいだけど、ルナが行きたいのはその先だろ?」


 そう言われ、ルナは頷いた。


「うん。船に乗ってエレンジア王国に行くのが目的だから」

「だったら、船がまともに出てない今、急いで行く必要はないと思う。タリオンに着いてから何日も待つことになるかもしれないしな」


 レオは少し間を置いた。


「それに、病気のこともまだ何も分かってない。わざわざ今、混乱してる町に入る必要もないだろ」

「それなら、ここで待ってた方がいいよね」


 ミアも納得したように頷く。

 ルナは窓の外に目を向けた。

 タリオンまでは、あと二日。

 ここまで順調に進んできただけに、すぐにでも向かいたい気持ちはある。

 何より、ルナはまだこの世界の海を見たことがない。

 旅に出ると決めた時から、港町に行くことをずっと楽しみにしていた。

 けれど——。


「……私も、もう少し待った方がいいと思う」


 ルナは二人に視線を戻した。


「船が出ないなら、急いでも仕方ないもんね」

「じゃあ決まりだな」

「何日くらい?」

「そこまでは決めなくていいんじゃないか? 新しい情報が入るまで、二、三日様子を見よう」

「その間は依頼を受ければいいしね」

「うん」


 サラスにも、まだ行っていない場所はある。

 森の依頼も受けていないし、市場だって全部見たわけではない。


「じゃあ明日からは、普通に依頼を受けよっか」

「そうしよう」

「今度は森に行ってみるか?」

「いいね」


 三人の予定が決まった。

 すぐにタリオンに向かうのではなく、しばらくサラスに滞在する。

 新しい情報が入れば、その時にもう一度考えればいい。

 話がまとまり、ミアが大きく伸びをした。


「それにしても、病気って何なんだろうね」

「さあな。まだ噂ばっかりみたいだし」

「そうだね……」


 ルナもそれ以上は考えなかった。

 病気といっても、いくらでもある。

 症状すら分からない今は、考えたところで答えが出るはずもない。

 ただ、船の出港にまで影響が出ているのなら、小さな問題ではなさそうだった。

 タリオンまでは、あと二日の距離だった。

 けれど三人は、ここで一度足を止めることにした。

 港町で何が起きているのか。

 今のルナたちには、まだ知る由もなかった。

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