4-2.
翌朝。
なごみ亭の食堂で朝食を食べながら、三人は今日の予定を話していた。
「今日は何か依頼を受けようか」
パンをちぎりながらルナが言うと、ミアも頷いた。
「そうだね。昨日はずっと調理場にいたし」
「俺もそれでいいと思う」
レオがスープを飲みながら答える。
そこでルナは、ふと思い出して尋ねた。
「レオ、また一人で森を見に行くの?」
カロンでは、ルナとミアが町の依頼を受けている間に、レオが一人で周辺の森を確認していた。
「いや。二人もだいぶ依頼に慣れてきたし、今回はそこまでしなくてもいいだろ」
「そうなの?」
「ああ。ギルドでも話は聞いたし、奥まで行かなければ危険な魔物もほとんど出ないみたいだからな」
「じゃあ今日は三人一緒?」
「そのつもりだけど」
「それなら町の依頼にしようよ。三人でできそうなの探そう」
ミアが嬉しそうに言う。
「森はまた今度行けばいいし」
「俺は何でもいいぞ」
「じゃあ、ギルドに行ってから決めよっか」
今日の予定が決まり、三人は残りの朝食を食べ終えた。
宿を出た三人は、そのまま冒険者ギルドに向かった。
朝のギルドは今日も多くの冒険者で賑わっている。
三人は受付に向かう前に、依頼の貼られた掲示板の前へ立った。
「何かいいのあるかな」
ルナは並んだ依頼票を順番に見ていく。
薬草採取、畑仕事、荷物運び。
町の掃除や店の手伝いなど、さまざまな依頼があった。
「あ、これ」
隣で見ていたミアが、一枚の依頼票を指さした。
「パン屋のお手伝いだって」
「パン屋?」
ルナもそちらを見る。
町にあるパン屋からの依頼で、倉庫から材料を運び、簡単な整理を手伝ってほしいという内容だった。
「これがいい」
「即決だな」
レオが笑う。
「だって三人でできそうだし。それにパン屋ってちょっと楽しそうじゃない?」
「分かる」
ルナも頷く。
「パン作ってるところも見られるかな」
「お前はそっちが目的になってないか?」
「ちゃんと仕事もするよ」
「ちゃんと、じゃなくて仕事が目的だからな」
「分かってるって」
ルナが依頼票を取ろうとすると、ミアが先に手を伸ばした。
「あたしが見つけたんだからあたしが持ってく」
「そこ競うところ?」
「いいじゃん」
ミアは楽しそうに依頼票を手にすると、受付に向かった。
今日もアニーが受付にいる。
「おはよう。今日は依頼?」
「うん。これを受けたいんだけど」
ミアが依頼票を差し出す。
「ああ、パン屋のお手伝いね」
アニーは内容を確認すると、三人を見る。
「三人で受けるの?」
「そのつもり」
「倉庫から材料を運ぶ仕事が中心だから、三人いた方が早く終わると思う」
簡単な手続きを済ませ、店の場所を教えてもらう。
「終わったら、店の人に依頼票に確認をもらって持ってきてね」
「分かった」
「頑張って」
アニーに見送られ、三人はギルドを出た。
教えてもらった道を歩いていくと、やがて香ばしい匂いが漂ってくる。
「いい匂い……」
ルナが思わず呟く。
「まだ店も見えてないのに」
「でもパンの匂いするよ」
「あっちじゃない?」
ミアが通りの先を指さした。
そこには客が出入りする一軒の店がある。
入口の横には、パンを描いた看板が掲げられていた。
「あそこみたいだね」
「よし、行くか」
三人は店に向かう。
近づくほど、焼きたてのパンの香りが強くなっていった。
「なんかお腹空いてきた」
「朝飯食ったばっかだろ」
「パンは別だよ」
「別じゃないだろ」
レオに呆れられながら、ルナはミアと一緒に店の扉を開けた。店内には焼きたてのパンの香りが満ちており、棚にはさまざまな形のパンが並んでいる。
奥では店員が忙しそうに働いている。
「いらっしゃい!」
奥から出てきたのは、がっしりとした体格の男性だった。
「冒険者ギルドの依頼で来たんだけど」
レオが依頼票を見せると、男性はすぐに頷いた。
「ああ、手伝いに来てくれたのか。助かるよ。俺がこの店の店主だ」
「今日は三人で来ました」
「三人もいれば早く終わりそうだな。早速だけど、こっちに来てくれるか?」
店主に案内され、三人は店の裏手に向かった。
そこには店よりも少し小さな建物があり、中に入ると小麦粉の入った大きな袋や木箱がいくつも積まれていた。
「今日届いた材料がまだ外にあるんだ。まずはそれを運んでほしい。それが終わったら、中の整理も頼めるか?」
「分かった」
「重いものは俺がやるから、二人は無理するなよ」
レオが言う。
「分かってるよ」
ルナが頷く横で、ミアは近くの袋を持ち上げた。
「あたしだって少しくらい運べるよ」
ルナも持てそうな大きさの荷物を選び、外と倉庫を行き来することにした。
「レオ、それ一人で持つの?」
「これくらいなら平気だ」
大きな小麦粉の袋を担いだレオを見て、ルナは目を丸くする。
「やっぱり力あるね」
「ルナがないだけじゃない?」
「ミアだってあれは無理でしょ」
「……無理だね」
三人で話しながらも、次々と材料を運んでいく。
すべて倉庫に入れ終えると、今度は店主に教えられた通りに中を整理していった。
「新しく届いたものはこっち。先に使うものを手前に置いてくれ」
「分かった」
ルナは袋を動かしながら、改めて倉庫の中を見回した。
小麦粉だけでも何種類かある。
色が少し違うもの。
細かく挽かれたもの。
少し粒の粗いもの。
同じ麦から作られていても、すべて同じというわけではないらしい。
「これも小麦粉?」
ルナが一つの袋を指さす。
「ああ。ただ、そっちは少し質が落ちるやつだな」
「何が違うの?」
「小麦の種類も違うし、挽き方も違う。こっちの方が安いよ」
「へえ……」
ルナは袋を覗き込んだ。
屋敷にいた頃は、パンに使われている小麦粉の値段や品質など考えたこともなかった。
けれど、こうして見てみると、この世界にも食材の種類や品質による違いはある。
(こういうところは、前世と同じなんだ)
高価なものもあれば、安価なものもある。
見た目や品質に少し差があるだけで、値段が変わるものもある。
昨日までのルナなら、美味しいものや栄養価の高いものばかりに目が向いていたかもしれない。
けれど今日は、自然と値段の方が気になった。
(孤児院で使うなら、こういうものも考えた方がいいよね)
安いからといって、食べられないわけではない。
どう使うかを考えればいいのだ。
「ルナ、それこっち」
「あ、うん」
ミアに呼ばれ、ルナは考えるのをやめて作業に戻った。
しばらくして倉庫の整理も終わり、三人は店に戻る。
その途中、ルナは裏口近くに置かれた籠に気づいた。
中にはいくつかのパンが入っている。
「これは?」
「ああ、昨日の売れ残りだよ」
店主が答える。
「売れ残り?」
「朝に安く出してたんだけど、それでも残った分だな」
ルナは一つを見る。
焼きたてのものと比べれば少し硬くなっているようだが、見たところ傷んでいるわけではない。
「もう食べられないの?」
「いや、まだ食えるよ。うちで食べたり、スープに入れたりする。さすがに何日も経ったものは駄目だけどな」
「スープに?」
「硬くなったパンでも、スープに入れりゃ柔らかくなるだろ」
「そっか……」
言われてみれば単純なことだった。
前世にも、硬くなったパンを別の料理に使う方法はいくつもあった。
ルナは籠の中のパンを見つめる。
(新しい材料を買うことばっかり考えなくてもいいのか)
そのままでは使いにくいものでも、工夫すれば別の料理にできる。
「よし」
ルナは小さく頷く。
「とりあえず、今は仕事しよ」
「最初からそうしてくれ」
いつの間にか近くに来ていたレオに言われ、ルナはむっとする。
「ちゃんと仕事してたよ」
「途中から完全に考え事してただろ」
「手は動かしてたもん」
「はいはい」
「もう」
店を見ると、店内は先ほどよりもずっと賑わっていた。
昼時が近いからだろう。
次々と客が入ってきて、店員はパンを包んだり、棚に新しいパンを並べたりと忙しそうに動き回っている。
「すごいね……」
ミアが店内を見回す。
「依頼の仕事は終わったけど、これじゃ大変そうだな」
レオの言葉に、ルナも頷いた。
店主も奥と店を何度も行き来している。
「ねえ、もう少し手伝っていかない?」
「あたしもそう思ってた」
「俺もいいぞ。急ぐ予定もないしな」
三人の意見が揃い、ルナは近くを通った店主に声をかけた。
「店主さん」
「ん? どうした?」
「倉庫の仕事は終わったんだけど、こっちも手伝おうか?」
「いいのか?」
「うん。まだ時間もあるし」
店主は店内を見回してから、申し訳なさそうに笑った。
「それじゃあ、もう少しだけ頼めるか? 昼を過ぎれば落ち着くと思うんだ」
「分かった」
そこから三人は、店の手伝いもすることになった。
ルナとミアは焼き上がったパンを棚に並べたり、空いた籠を奥に運んだりする。
「これはこっちでいい?」
「ああ、そこに並べてくれ!」
「分かった!」
次から次へと運ばれてくるパンを並べていると、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「……美味しそう」
「ルナ、食べちゃ駄目だからね」
「分かってるよ」
「さっきからずっと見てるじゃん」
「見るくらいいいでしょ」
そんな二人の横を、レオが大きな籠を抱えて通り過ぎる。
「喋ってないで手動かせ」
「動かしてるって」
「レオもすっかり店員みたいだね」
「何で俺まで……」
そう言いながらも、レオもしっかり働いている。
忙しい時間はしばらく続いた。
けれど昼を過ぎる頃になると、客足も少しずつ落ち着いてくる。
「ふぅ……」
最後の籠を片づけ、ルナは息を吐いた。
「結構忙しかったね」
「でも楽しかった」
ミアも満足そうだ。
「二人とも元気だな……」
レオは少し呆れたように二人を見る。
そこに店主がやってきた。
「三人とも、本当に助かったよ。依頼に入ってないことまで手伝ってもらって悪かったな」
「私たちから言ったんだから気にしないで」
「そうそう」
「そう言ってもらえると助かるよ」
店主は笑うと、一度奥に引っ込んだ。
しばらくして、紙袋を抱えて戻ってくる。
「これ、よかったら持っていってくれ」
「え?」
ルナが中を覗くと、いくつかのパンが入っていた。
「もらっていいの?」
「ああ。余分に手伝ってもらった礼だ。今日焼いたものだから、昼にでも食べてくれ」
「やった!」
ミアが嬉しそうな声を上げる。
「ありがとうございます」
ルナも笑顔で受け取った。
「また人手が足りない時はギルドに依頼を出すから、よかったら来てくれ」
「うん。その時はまた」
店主に見送られ、三人はパン屋をあとにした。
そのまま冒険者ギルドへ戻り、依頼が終わったことを報告する。
「お疲れ様。ずいぶん時間がかかったのね」
アニーが依頼票を確認しながら言った。
「倉庫の仕事が終わったあと、店の方も手伝ってたんだ」
「ああ、ちょうど忙しい時間だったのね」
「そのお礼にパンももらったよ」
ミアが嬉しそうに紙袋を見せる。
「よかったじゃない」
依頼達成の手続きを終え、三人はギルドを出た。
すでに昼を大きく過ぎている。
「さすがに腹減ったな」
「あたしも」
「じゃあ、もらったパン食べようよ」
三人は近くの広場に向かい、空いていたベンチに腰を下ろした。
紙袋を開けると、何種類かのパンが入っている。
「どれにする?」
「あたしはこれ」
「じゃあ俺はこっち」
それぞれ好きなものを選び、少し遅い昼食にする。
「美味しい」
ルナはパンを一口食べて笑った。
朝から身体を動かしていたこともあって、焼きたてのパンがいつも以上に美味しく感じる。
「働いたあとだから余計に美味しいね」
「分かる」
ミアも嬉しそうに頷いた。
「俺はもう一個もらうぞ」
「早くない?」
「腹減ってるんだよ」
「レオ、結構食べるよね」
「二人も食べればいいだろ」
レオが紙袋から二つ目を取り出す。
「じゃああたしも」
ミアも手を伸ばした。
「ルナは?」
「食べる」
ルナももう一つ選ぶ。
「これにしようかな」
「さっきからずっと迷ってない?」
「だって、どれも美味しそうなんだもん」
「食べ物のことになると真剣だよな」
「いいでしょ、別に」
ルナは少し頬を膨らませながら、選んだパンを口に運んだ。
倉庫の整理から始まり、昼時には店の手伝いまでした。
思っていた以上に忙しい一日になったけれど、三人で働くのは楽しかった。
「また依頼が出てたらやりたいな」
「あたしも」
「俺は荷物運びばっかりだったけどな」
「一番役に立ってたじゃん」
「そうそう。大きい袋、全部レオが運んでくれたし」
「まあ、それならいいけど」
三人は笑いながら、もらったパンを食べていく。
やがて紙袋の中が空になると、ルナは満足そうに息を吐いた。
「ごちそうさまでした」
「美味しかったね」
「ああ」
少し遅い昼食を終え、三人は立ち上がった。
「じゃあ、宿に戻るか」
「うん」
「今日は結構働いたし、少し休みたい」
「俺も賛成」
三人は並んで歩き出す。
思っていた以上に忙しい一日だったが、三人にとっては楽しい仕事になった。




