↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双子の妹は聖女候補、無属性の私は食の知識で自由に生きます  作者: ぽかぽか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/54

4-1

 夕方。

 馬車は街道を進み、やがてサラスの町が見えてきた。


「見えてきたぞ。あれがサラスだ」


 御者台から聞こえたレオの声に、ルナは窓から顔を覗かせる。


「やっと着いたね」

「今日は結構走ったもんね」


 向かいに座るミアも、少し疲れたように身体を伸ばした。朝にカロンを出てから、ほとんど一日馬車に揺られていた。

 町の門をくぐると、夕方ということもあって、通りには仕事を終えた人や買い物をする人たちが行き交っている。


「あっ」


 ルナの目が、少し先に見えた市場で止まった。

 店先には野菜や果物、穀物などが並んでいる。


「レオ」

「駄目だぞ」

「まだ何も言ってないんだけど」

「市場に行きたいんだろ?」

「……ちょっと見るだけ」

「明日にしろ。もう夕方だ」

「まだお店も開いてるよ?」

「明日の方がゆっくり見られるだろ。それに、さっき馬車の中で寝かけてたのは誰だよ」

「……ちょっと目を閉じてただけ」

「それを寝かけてたって言うんだよ」


 レオが呆れたように笑う。


「ルナ、明日にしようよ。市場は逃げないって」

「分かったよ……」


 ミアにまで言われ、ルナは渋々頷いた。


 馬車を返した三人は、冒険者にも評判だという『なごみ亭』に部屋を取ることにした。

 受付をしてくれたのは、ルナたちより少し年上のサリーという少女だった。


「いらっしゃい。何かあったら声をかけてくださいね」

「ありがとうございます」


 ひとまず二泊分の手続きを済ませ、ルナとミアは同じ部屋へ、レオは隣の部屋へ向かった。

 部屋に入ったルナは荷物を置くと、大きく息を吐く。


「ふぅ……」

「やっぱり疲れてるじゃん」

「ちょっとだけ」

「市場に行かなくて正解だったね」

「それとこれとは別だよ。市場に行ったら元気になってたかもしれないし」

「どんな理屈なの、それ」


 二人で顔を見合わせて笑う。


 明日は市場を見て、冒険者ギルドにも行く。

 それに、カロンで失敗したシリアルバーにも、もう一度挑戦したかった。


(今度こそ、ちゃんと完成させたいな)


 そんなことを考えながら、その日は早めに休むことにした。


◇◇◇


 翌朝。

 なごみ亭で朝食を済ませたルナたちは、さっそく町に出た。


「まずは市場だよね」


 ルナが言うと、ミアが笑う。


「昨日からずっと楽しみにしてたもんね」

「だって、新しい町に来たら何があるか気になるでしょ?」

「食べ物が、でしょ?」

「……それもあるけど」

「否定しないんだな」


 前を歩いていたレオが笑う。


「食材を見るのも大事なんだから」

「はいはい」

「二人とも絶対分かってないでしょ」


 そんな話をしているうちに、市場にたどり着いた。

 朝の市場は、昨日よりずっと賑わっていた。

 野菜や果物、豆や穀物に肉、店先にはさまざまな食材が並び、あちこちから客を呼び込む声が聞こえてくる。

 ルナは興味深そうに店を覗きながら歩いていく。


「ルナ、前より市場を見るの慣れたよね」

「そう?」

「最初の頃は、見るもの全部珍しそうにしてたじゃん」

「だって、本当に珍しかったんだもん」


 ルナは笑いながら、次の店に目を向けた。


「あ、これ初めて見る」


 ルナが足を止める。


「ルナ、今日は何を買いに来たか覚えてる?」

「覚えてるよ。でも、見るくらいいいでしょ?」

「この調子だと、いつまで経っても終わらないぞ」

「分かってるって」


 二人に急かされながらも、ルナは楽しそうに市場を見て回る。やがて、目的のものを見つけた。


「あった。アマンド」


 店先には、アマンドが袋に入れて並べられている。

 さらに別の店では、干し葡萄も見つけることができた。


「これも買うの?」

「……買っておこうかな。あとは蜂蜜」


 カロンで作ったシリアルバーは、上手く固まらなかった。

 原因はおそらく、蜂蜜を減らしすぎたこと。

 それに、具材を入れすぎたことも関係しているかもしれない。

 今回は同じ失敗をしないように、必要だと思う量をきちんと買うことにする。


「……やっぱり蜂蜜はちょっと高いなぁ」

「また減らすつもりじゃないだろうな?」


 すぐにレオから声が飛んできた。


「減らさないよ」

「本当に?」

「前回それで失敗したんだから、さすがに学んだって」


 ルナは蜂蜜の瓶を手に取った。

 潰し麦はまだ残っている。

 これでアマンド、干し葡萄、蜂蜜も揃った。


「よし。これで大丈夫」

「じゃあ、次はギルド?」

「うん」


 必要なものを買い終えた三人は、そのまま冒険者ギルドに向かった。


 サラスの冒険者ギルドは、大通りから少し外れた場所にあった。

 中に入ると、朝の依頼を探す冒険者たちで賑わっている。


「まず、この辺りのことを聞いておくか」

「そうだね」


 三人は空いている受付に向かった。


「おはよう。依頼を受けるの?」


 受付にいた女性が声をかけてくる。


「昨日サラスに着いたばかりなんだ。しばらく滞在するつもりだから、この辺りのことを聞きたくて」

「なるほど。私はアニーよ。分からないことがあったら聞いてね」


 アニーは簡単な地図を取り出すと、町の周辺について教えてくれた。

 近くには草原と森があり、初心者向けの採取や討伐依頼もあるという。

 町の中にも掃除や荷物運び、店の手伝いなど、Fランクでも受けられる依頼がいくつもあるらしい。


「今日は依頼を受ける?」

「今日はいいかな。明日からにするつもり」

「分かった。受けたいものが決まったら持ってきて」


 話が一段落したところで、ルナは気になっていたことを尋ねた。


「あの、一つ聞いてもいい?」

「いいわよ」

「ここのギルドって、調理場はある?」

「調理場?」


 アニーが少し意外そうな顔をした。


「うん。ちょっと作ってみたいものがあって」

「ああ、それならあるわよ。そんなに広くはないけど、簡単な料理ならできるはず」

「本当?」


 ルナの顔がぱっと明るくなる。


「食材を持ち込んでも大丈夫?」

「大丈夫よ。ただし、使ったものは自分たちで片づけてね」

「もちろん!」


 隣でミアが笑った。


「よかったね」

「うん。これなら作れる」

「今度こそ成功するといいな」


 レオの一言に、ルナはそちらを見る。


「今度は大丈夫だって」


 アニーが不思議そうに三人を見ている。


「何を作るの?」

「まだ上手くできるか分からないから、成功したら教える」

「そう? じゃあ楽しみにしてるわ」

「うん。じゃあ、今から借りてもいい?」

「構わないわよ」


 アニーに礼を言い、三人はギルドの奥にある調理場に向かった。

 中には大きな作業台があり、鍋や包丁など最低限の調理器具も揃っている。

 ルナは持ってきた袋を作業台に置いた。


「よし。今度こそ」

「気合い入ってるね」

「カロンでは失敗したからね」


 ミアが笑いながら隣に立つ。

 レオも近くの椅子を引き寄せて座った。


「今日はどうするんだ」

「まずは干し葡萄を入れないで作ってみる」


 ルナは材料を並べた。

 潰し麦、アマンド、蜂蜜。

 カロンではアマンドも干し葡萄も多く入れたうえ、蜂蜜まで少なめにしてしまった。


「最初からいろいろ入れすぎたんだと思う」

「欲張ったもんね」

「……そうとも言う」


 ルナはアマンドを細かく刻んでいく。


「だから今日は、まずこれだけ。蜂蜜も前より少し増やしてみる」

「高いからって減らすなよ」

「もう分かってるって」


 レオに言われ、ルナは少しむっとしながら蜂蜜を手に取った。潰し麦と刻んだアマンドを混ぜ、そこに蜂蜜を加えていく。前回よりも少し多めに。全体に行き渡るよう、しっかり混ぜ合わせる。


「……これくらいかな」


 前回よりもしっとりとして、まとまりもいい。

 ルナは少量を手に取り、指で押してみた。


「うん。ちゃんとくっついてる」

「前はもっとバラバラだったよね」

「そうなんだよね。やっぱり蜂蜜が少なすぎたんだ」


 用意した型に生地を移し、上からしっかりと押して形を整える。ここも前回より丁寧に。


「そんなに押すの?」

「うん。隙間が多いと崩れやすくなると思うから」


 表面を平らにすると、ルナは満足そうに頷いた。


「これで焼いてみよう」


 あとは焼き上がるのを待つだけだ。

 三人でしばらく待っていると、やがて香ばしい匂いが調理場に広がり始めた。


「いい匂い」

「前も匂いはよかったけどな」

「それは言わないで」


 ルナは焼き上がったものを取り出した。

 すぐには触らず、少し冷めるのを待つ。

 そして十分に冷めたところで、慎重に型から外した。


「あ……」


 持ち上げても崩れない。

 前回は端からぼろぼろと崩れてしまったのに、今回はきちんと一つにまとまっている。


「できてる!」


 ルナの顔がぱっと明るくなった。


「本当だ。崩れないね」


 ミアも嬉しそうに覗き込む。


「まだ食べてみないと分からないぞ」

「分かってるよ」


 ルナは食べやすい大きさに切り分け、一つを手に取った。

 まずは自分で一口。

 潰し麦の香ばしさとアマンドの食感があり、蜂蜜の優しい甘さも感じられる。


「……美味しい」

「本当?」

「うん。二人も食べてみて」


 ミアとレオにも一つずつ渡す。


「ん、美味しい」


 ミアが頷く。

 レオも何度か噛んでから、手に持った残りを見る。


「前のより食いやすいな。ちゃんと形にもなってるし」

「でしょ?」


 ルナは嬉しそうに笑った。

 カロンで失敗してから、ずっと考えていた。

 材料を減らし、分量を変え、作り方も少し見直した。

 ようやく形になったことが嬉しい。

 けれど、ルナは作業台に置かれた干し葡萄に目を向けた。


「……やっぱり、これも入れたいな」

「まだやるの?」

「せっかく買ったんだもん。それに、今度はちゃんと調整するから」


 アマンドだけでも上手くいった。

 なら、ここから少しずつ変えていけばいい。

 ルナは完成したシリアルバーをもう一度見てから、次の試作の準備を始めた。


「今度はアマンドを少し減らして、その分干し葡萄を入れてみるね」


 先ほどと同じように潰し麦と材料を混ぜ、蜂蜜を加えていく。今度は途中でまとまり具合を確かめながら、少しずつ調整した。


「これなら大丈夫そう」


 型に入れた生地を、上からぎゅっと押し固める。


「さっきより念入りだね」

「崩れたら嫌だから」

「もう失敗したくないんだな」

「当たり前でしょ」


 レオに返しながら、ルナは表面までしっかり整えた。

 そのまま焼き上げ、十分に冷めるのを待つ。

 そして——。


「……どう?」


 ミアが覗き込む中、ルナは慎重に型から外した。

 崩れない。

 切り分けても、きちんと形を保っている。


「できた!」


 思わず声が弾んだ。


「今度こそ完成!」

「おお、よかったな」

「食べてみようよ」


 三人で一つずつ手に取る。

 アマンドの香ばしさに、干し葡萄の甘酸っぱさが加わっている。先ほど作ったものとはまた違った味になっていた。


「美味しい!」

「うん。私、こっちの方が好きかも」

「俺もこっちの方が好きだな」


 二人にも好評で、ルナは満足そうに頷いた。


「よし。これならカロンの孤児院にも——」

「でもさ、ルナ」


 ミアが途中で口を挟んだ。


「これ、孤児院で毎日食べるにはちょっと高くない?」

「……え?」


 ルナの笑顔が止まる。

 ミアは作業台に残った材料に目を向けた。


「アマンドに干し葡萄、それに蜂蜜も使うんでしょ?」

「うん」

「たまにならいいと思うよ。でも、院長先生、おやつを用意する余裕はないって言ってたよね」

「……言ってた」

「だったら、これをいつも作るのは難しいと思う」

「…………」


 言われてみれば、その通りだった。

 カロンの孤児院では、子供たちがお腹を空かせていても、おやつまで用意する余裕がなかった。

 そんなところで、普段の食事には使わないアマンドや干し葡萄、蜂蜜を買い揃えるのは負担が大きい。


「そっか……」


 完成したばかりのシリアルバーを見下ろす。

 すると、隣で食べていたレオが口を開いた。


「それに俺も、この前から思ってたんだけど」

「何?」

「孤児院で食うだけなら、この形じゃなくてもよかったんじゃないか?」

「……え?」

「持ち歩くわけじゃないだろ?」


 ルナは瞬きをする。


「この前失敗したやつだって、崩れただけで味は普通にうまかったし。皿に入れて食えばよかったんじゃないか?」

「…………」


 ルナは固まった。

 しばらくして、ゆっくりミアを見る。


「ミアもそう思う?」

「えっと……」


 ミアが気まずそうに視線を逸らした。


「ちょっとだけ」

「ちょっとだけ?」

「ルナが一生懸命だったから言いにくくて……」

「今ごろ言わないでよ!」


 思わず声を上げる。


「だって完成して喜んでたし」

「レオも!」

「俺はどんなのが作りたいのか分からなかったし」

「それでも途中で言ってよ!」

「悪かったって」


 二人とも笑っている。

 ルナは頬を膨らませながら、手の中のシリアルバーを見つめた。


「もう……」


 けれど、二人に言われたことはどちらも間違っていなかった。

 子供たちがお腹を空かせている。

 何か栄養のあるものを食べてもらいたい。

 そう思って作り始めたはずだった。

 それなのに、いつの間にか——。


(シリアルバーを作ることばっかり考えてた……)


 前世にあったものを、この世界でも作りたい。

 その気持ちが先に立って、本当の目的を見失っていたのかもしれない。ルナは小さく息を吐いた。


 ルナは目の前のシリアルバーを見つめた。

 形は崩れていない。

 味も悪くない。

 ようやく完成したのだから、嬉しいはずなのに、先ほどまでとは少し違って見えた。


「でも、これ自体は結構いいと思うよ」


 ミアがもう一つ手に取る。


「森に行く時とか、すぐ食べられそうだし」

「ああ。持ち歩きやすいのは便利だな」


 レオも頷いた。


「依頼の途中だと、ゆっくり飯を食えないこともあるからな。日持ちするなら携帯食にはちょうどいい」

「携帯食……」


 ルナはもう一度シリアルバーを見る。


「じゃあ、私たち用にする?」

「いいんじゃない?」

「俺も賛成」

「そっか」


 ルナの表情が少し明るくなった。

 孤児院には向かなかった。

 でも、作ったものが無駄になったわけではない。


「じゃあ、残りも持って帰ろう。どれくらい日持ちするかも確かめたいし」

「それなら次に森に行く時、持っていこうよ」

「うん」


 ルナは出来上がったシリアルバーを一つずつ包んでいく。


 そうしながら、ふと前世のことを思い出した。

 大学では、限られた予算や食材の中で、年齢や生活に合った献立を考える課題も何度もやった。

 栄養があっても、続けられなければ意味がない。


(そうだったな……)


 孤児院の子供たちに必要なのは、栄養のある特別なおやつではない。

 院長が無理なく用意できて、お腹が空いた時に食べられるものだ。


(前世にあったものを、そのまま作ればいいわけじゃないんだ)


 この世界には、この世界の食材がある。

 値段も違えば、手に入りやすさも違う。

 暮らし方だって前世とは違う。

 せっかく前世の知識があるのだから、それをそのまま再現することにこだわるのではなく、今あるものに合わせて使えばいい。


「ルナ?」


 ミアに呼ばれ、ルナは顔を上げた。


「どうしたの?」

「ううん。ちょっと反省してた」

「反省?」

「私、このお菓子を作ることに夢中になりすぎてたみたい」


 ルナは苦笑する。


「本当は孤児院の子たちのために考え始めたのにね」

「でも、ちゃんと完成したじゃん」

「うん。それは嬉しい」


 だからこそ、今度は食べる相手に合ったものを考えたい。


「孤児院のことは、もう一回最初から考えてみる」

「そうだな。その方がいいかもな」

「今度は高いものばっかり入れちゃ駄目だよ」

「分かってるって」


 ミアに笑われ、ルナも笑い返した。


 前世の知識は、この世界でも役に立つ。

 でも、そのまま当てはめればいいわけじゃない。


(もっと柔軟に考えよう)


 今ある食材で、無理なく続けられるものを。

 答えはまだ見つかっていない。

 それでも、今度は少し違った見方ができる気がした。

 ルナは完成したシリアルバーを袋にしまう。

 これは三人の新しい携帯食。

 そして孤児院の子供たちのためのものは、また別に考えればいい。

 そう気持ちを切り替えると、ルナは使った調理器具を片づけ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。