3-7
翌朝。
朝食を終えると、三人は宿の部屋で今日の予定を確認していた。
「俺は商会に行って、明日の馬車を手配してくる」
レオが荷物を確認しながら言う。
「ルナたちは買い物だったな?」
「うん。食料とか、足りなくなりそうなものを買っておこうと思ってる」
「サラスまでは一日だから、それほど多くなくても大丈夫だけどな。何があるか分からないし、少し余裕は持たせておこう」
「分かった」
アルミヤを出る時にも一度旅の準備をしている。
そのおかげで、何が必要なのかはルナにも少しずつ分かるようになってきた。
「じゃあ、終わったら宿の前で待ち合わせでいい?」
「ああ。昼前には戻れると思う」
「私たちもそれくらいには戻るよ」
「じゃあ、またあとで」
ルナとミアは市場に向かい、必要なものを順番に買い揃えていった。
まずは旅の途中で食べるパンや干し肉。
「次は何?」
荷物を持ったミアが尋ねる。
「えっと……」
ルナは頭の中で確認する。
「食料はこれくらいで大丈夫かな。あとは消耗品を少し買っておきたい」
「ポーションは?」
「まだ残ってるよ」
「じゃあ大丈夫だね」
必要なものを探しながら市場を歩いていると、昨日買ったアマンドや干し葡萄が並ぶ店の前を通りかかった。
ルナは思わず足を止める。
「……やっぱり気になる?」
ミアが笑う。
「ちょっとだけ」
昨日作った試作品は、味は悪くなかったものの、見事に崩れてしまった。
「次は材料を減らして作ってみようかな」
「アマンドだけにするとか?」
「うん。まずそれでちゃんと固まるか試してみたい」
幸い、昨日買った材料はまだ少し残っている。
「サラスに着いてからでいいよね」
「今度は成功するといいね」
「うん。今度は成功させたいな」
ルナはそう言って店を離れた。
最後に必要な日用品を買い足し、二人は荷物を確認する。
「これで全部かな?」
「たぶん」
「たぶん?」
「……もう一回確認する」
ミアに笑われながら、ルナは買い物の内容を最初から確認した。
食料もある。
旅に必要なものも足りている。
「うん。今度こそ大丈夫」
「じゃあ戻ろうか」
二人は買った荷物を抱え、まどろみ亭へ戻った。
◇◇◇
一方その頃、レオは貸し馬車商会を訪れていた。
「明日の朝から借りられる馬車はあるか?」
受付で確認してもらうと、幸い一台空きがあるという。必要な手続きを済ませ、馬車を借りることができた。
「これでよし、と」
思っていたより早く終わった。
商会を出たレオは、空を見上げる。
ルナたちとの待ち合わせまでは、まだ時間がある。
「…………」
少し考えてから、町の門がある方角に目を向けた。
この前、孤児院で食事をした時のことを思い出す。
肉が入っていると喜んでいた子供たち。
何度もおかわりをしていたウェインやコビー。
「……まだ間に合うな」
誰に言うでもなく呟くと、レオは宿とは反対の方向へ歩き出した。
◇◇◇
買い物を終えたルナとミアが宿に戻ると、まだレオの姿はなかった。
「レオ、まだかな?」
「馬車の手配に時間かかってるのかも」
「先に荷物置いてくる?」
「そうしようか」
一度部屋に戻って買ったものを整理し、再び宿の前に出る。それからしばらくして——。
「あ、レオだ」
ミアが通りの先を指さした。
レオがこちらに歩いてくる。
「おかえり。馬車どうだった?」
「ああ。明日の朝から借りられる。手配しておいた」
「よかった。私たちも買い物終わったよ」
「なら準備は大丈夫そうだな」
「うん。あとは孤児院に——」
そこまで言って、ルナはレオの持っている荷物に気づいた。
「……レオ、それ何?」
「ん?」
ミアもそちらを見る。
レオが持っているのは、ギルドで馬車を手配するだけなら必要ないはずの荷物だった。
そして、袋から見覚えのある角が覗いている。
「それ……ホーンラビット?」
「ああ。時間なかったから丸ごと持ってきた」
「なんで持ってるの?」
「馬車の手配が早く終わったから、町の外を少し見てきた」
「外に!」
ルナとミアが揃ってレオを見る。
レオは少しだけ視線を逸らした。
「今日、孤児院に行くんだろ」
「……もしかして、みんなのため?」
「この前、喜んでたからな。ついでだよ」
「ついでって……」
ミアがにやりと笑う。
「レオ、優しいね」
「うるさい」
「照れてる?」
「照れてない」
レオは面倒そうに答えると、さっさと宿の中に入っていく。
「荷物置いたら行くぞ」
「はーい」
楽しそうに返事をするミアの隣で、ルナもくすくすと笑った。三人は準備を整えると、もう一度孤児院に向かうことにした。
孤児院に着くと、今日も子供たちが賑やかに出迎えてくれた。
「来た!」
「レオもいる!」
「今日は何するの?」
あっという間に囲まれ、ルナは笑いながら一人ずつ返事をする。
「今日はね、またみんなでご飯を作ろうと思って」
「ご飯!」
「お肉ある?」
真っ先に聞いたウェインに、ミアが笑った。
「あるよ。レオが狩ってきてくれたの」
「本当!?」
「レオが!?」
子供たちの視線が一斉にレオに向く。
「……一匹だけだぞ」
「やった!」
「レオ、ありがとう!」
「分かったから、そんなに騒ぐな」
口ではそう言いながらも、レオは嫌そうではなかった。
ルナたちは院長にも挨拶をして、料理を始める前に、まずはホーンラビットの処理をすることにした。
院長に場所を借り、レオに教えてもらいながら、ルナとミアも初めて解体に挑戦する。
難しい部分はレオに任せ、二人は比較的簡単なところから手を動かしていった。
処理を終えると、ルナとミアは調理場に移動した。
「ルナ、今日は何作るの?」
アンが後ろをついてくる。
「今日はみんなで食べられるスープにしようかな。パンも買ってきたから」
「私も手伝う!」
「じゃあ、野菜を洗ってくれる?」
「うん!」
アンはすっかり慣れた様子で野菜を受け取った。
ミアも隣で調理器具を準備する。
「包丁、ここだったよね」
「うん。覚えてるの?」
「前にも使ったからね」
ルナも買ってきた食材を取り出し、料理を始める。
肉は小さく切り、野菜と一緒にたっぷり煮込むことにした。
「何か手伝える?」
声がして振り返る。
「シェリーちゃん」
そこにはシェリーが立っていた。
この前よりも顔色がよく、最初に会った時と比べればずいぶん元気そうに見える。
「もう大丈夫なの?」
「うん。今日は朝ご飯もちゃんと食べたよ」
「本当?」
「院長先生にも、今日は無理しなければ起きていていいって言われた」
ルナはほっとした。
「よかった」
「だから私も手伝いたい」
「シェリーはまだ駄目だよ」
すぐにアンが止める。
「もう元気だもん」
「でも、また具合悪くなったらどうするの?」
「野菜を洗うくらいなら平気だよ」
「だーめ」
「アンだってやってるのに」
二人のやり取りに、ルナはくすっと笑った。
「じゃあ、座ってできることだけお願いしようか」
「ほら!」
「でも疲れたらすぐ休むんだよ?」
「分かってる」
シェリーには椅子に座ってもらい、簡単な作業だけ手伝ってもらう。アンもそれなら納得したようで、隣に座って一緒に作業を始めた。
「私もやる!」
「僕も!」
いつの間にかほかの子供たちまで集まってくる。
「全員は入れないよ」
ミアが笑いながら追い返す。
「できたら呼ぶから待ってて」
「はーい」
「お肉いっぱい入れてね!」
「分かったから」
賑やかな声を聞きながら、ルナは鍋をかき混ぜた。
こうしてみんなで料理をするのも、今日が最後だ。
そう思うと少し寂しくなったが、今は口には出さなかった。
「おかわり!」
「僕も!」
「まだあるから順番ね」
昼食が始まると、食堂は賑やかになった。
ホーンラビットの肉と野菜をたっぷり入れたスープは好評で、パンを浸して食べている子もいる。
「レオ、肉うまい!」
「俺が料理したわけじゃないけどな」
「でもレオが狩ったんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあレオのおかげじゃん!」
「ルナのおかげでもあるよ!」
アンが言う。
「ミアも手伝ったよ!」
「じゃあ三人のおかげ!」
子供たちの結論に、ルナたちは顔を見合わせて笑った。
ルナは自分も食べながら、時折シェリーの様子を確認する。
今日は前のように少なめにする必要もなかった。
ほかの子よりゆっくりではあるものの、パンもスープもきちんと食べている。
「シェリーちゃん、美味しい?」
「うん」
シェリーは笑って頷いた。
「今日は全部食べられそう」
「そっか」
その一言が嬉しかった。
最初に会った時は食欲もなく、横になっていた少女が、今日はみんなと同じ食卓を囲んでいる。
「ルナ、私もおかわりしていい?」
「もちろん」
「少しだけ」
「うん。無理しないくらいにしようね」
器を受け取りながら、ルナは笑った。
シェリーはもう大丈夫そうだ。
それだけでも、カロンを出る前にもう一度ここに来てよかったと思えた。
昼食を終え、片づけまで済ませると、午後は子供たちと一緒に過ごすことになった。
「レオ、外行こう!」
「遊ぼう!」
ウェインとコビーがレオの腕を引っ張る。
「何して遊ぶんだよ」
「剣!」
「駄目だ」
「じゃあ魔法!」
「それも駄目」
「じゃあ何ならいいんだよ!」
「普通に遊べ」
「普通って何!?」
言い合いながらも、レオは二人に連れられて外に出ていった。ほかの男の子たちもそのあとを追っていく。
「レオ、また捕まったね」
ミアが窓の外を見て笑う。
「でも楽しそう」
ルナも外を見る。
最初は面倒そうにしていたレオだったが、しばらくすると子供たちと一緒に走り回っていた。
「レオ、速い!」
「待ってよ!」
「お前らが追いかけてこいって言ったんだろ」
外から楽しそうな声が聞こえてくる。
一方、ルナとミアはアンやシェリーたちと部屋で過ごすことにした。
「ルナ、これ読んで」
アンが一冊の本を持ってくる。
「どれ?」
「これ。途中までは読めるんだけど、分からないところがあるの」
「じゃあ一緒に読もうか」
「うん!」
ルナの隣にアンが座り、その反対側にはシェリーが座る。
ほかの子たちも少しずつ集まってきた。
最初はアンと一緒に読んでいたはずが、いつの間にかルナがみんなに読み聞かせることになっていた。
「それでね——」
物語を読み進めると、子供たちは真剣に耳を傾ける。
時々、質問が飛んでくる。
「このあとどうなるの?」
「その人、悪い人?」
「まだ言ったら面白くないでしょ」
「ルナは知ってるの?」
「今読んでるんだから、私も知らないよ」
「じゃあ早く読んで!」
「はいはい」
その隣では、ミアが小さな子に文字を教えていた。
「これは?」
「……あ?」
「正解。じゃあこっちは?」
「えっと……」
穏やかな時間が過ぎていく。
外からは、レオと男の子たちの賑やかな声。
部屋の中では、ページをめくる音と子供たちの笑い声。
ルナは本を読みながら、ふと周囲を見渡した。
カロンに来たばかりの時には、ここにいる誰のことも知らなかった。
それなのに今は、名前も顔も分かる。
アンがどんな子なのかも。
シェリーが元気になってきたことも。
ウェインたちがレオを気に入っていることも。
(明日には、もうここを出るんだ……)
少しだけ胸が寂しくなる。
けれど今は、まだ言わなくていい。
もう少しだけ。
ルナは気持ちを切り替えると、待っている子供たちのために、再び本の続きを読み始めた。
気づけば、窓から差し込む光が少しずつ傾き始めていた。
ルナが本を閉じる。
「今日はここまでにしようか」
「えー!」
「もうちょっと!」
「続き気になる!」
子供たちから一斉に不満の声が上がり、ルナは困ったように笑った。
「ごめんね。そろそろ宿に戻らないと」
そう言ったところで、ルナは少しだけ言葉に詰まった。
隣にいたミアと目が合う。
「……それと、みんなに話しておきたいことがあるの」
「なに?」
アンが不思議そうに首を傾げる。
「私たち、明日の朝にカロンを出ることになったの」
「え……」
アンの表情が止まった。
シェリーも驚いたようにルナを見る。
「もう行っちゃうの?」
「うん。私たち、港町を目指して旅をしてるから」
「じゃあ、もう来ないの?」
寂しそうに聞かれ、ルナは少し迷ってから微笑んだ。
「もう来ないって決まったわけじゃないよ。いつになるかは分からないけど、またカロンに来ることがあったら、ここにも遊びに来たいと思ってる」
「……本当?」
「うん」
「約束?」
「約束」
アンが差し出した小指に、ルナも自分の小指を絡める。
「あたしも約束する」
ミアも横から加わった。
「また来たら、一緒にご飯作ろうね」
「うん!」
アンは嬉しそうに頷いたものの、やはりどこか寂しそうだった。
「ルナ」
今度はシェリーが声をかける。
「ご飯、美味しかった。今日のも、この前のも」
「本当?」
「うん。元気になったら、私も料理を覚えたい」
「いいね」
ルナは嬉しくなって笑う。
「じゃあ今度来た時は、一緒に作ろうか」
「うん!」
最初に会った時とは違う、元気な笑顔だった。
その時、外から子供たちの賑やかな声が近づいてきた。
「おーい!」
少しすると、レオとウェインたちが戻ってくる。
走り回っていたのか、ウェインとコビーは汗だくだった。
「もう帰るの?」
ウェインが尋ねる。
「ああ。それと、お前たちにも話がある」
レオが頭をかきながら続けた。
「俺たち、明日の朝には町を出るんだ」
「え?」
「明日?」
さっきまで騒いでいた男の子たちが一斉に静かになる。
「なんで?」
「次の町に行くからだよ。俺たちは旅の途中だからな」
「もうちょっといればいいじゃん」
「そういうわけにもいかないんだ」
ウェインは少し俯いた。
「……じゃあ、また来る?」
「まあ……近くに来ることがあればな」
「絶対だぞ!」
「今度は剣教えて!」
「それは駄目だ」
「なんでだよ!」
すぐにいつもの調子に戻ったウェインに、レオが呆れたように息を吐く。
「お前ら、もう少し大きくなってからにしろ」
「じゃあ大きくなったらいいの?」
「その時は自分で冒険者になって習え」
「俺、冒険者になる!」
「僕も!」
「簡単に決めるなよ……」
レオはそう言いながらも、少し笑っていた。
「レオ、寂しい?」
ミアがにやりと笑う。
「なんで俺なんだよ」
「だって一番懐かれてたから」
「俺は遊び相手にされてただけだ」
「同じようなものじゃない?」
「違う」
そんなやり取りをしていると、院長もやってきた。
「もうお帰りですか?」
「はい」
ルナは姿勢を正し、改めて院長に向き直る。
「私たち、明日の朝にカロンを出ることになりました」
「まあ……そうでしたか」
院長は少し寂しそうに目を細めた。
「短い間でしたけど、本当にありがとうございました」
「お礼を言うのはこちらですよ」
院長は穏やかに首を振る。
「子供たちと遊んでくださって、食事まで作っていただいて。シェリーのことも気にかけてくださって、本当にありがとうございました」
「私たちがしたくてしたことですから」
「それでも、子供たちはとても喜んでいましたよ」
院長は周囲に集まっている子供たちを見渡した。
「ここ数日は、あなたたちが来てくれるのを毎日楽しみにしていたんです」
「そうだったんですね……」
それを聞くと、余計に離れがたくなる。
ルナは少しだけ迷ってから口を開いた。
「本当は、子供たちのおやつになるものも作ってみたかったんです」
「おやつですか?」
「昨日試してみたんですけど、失敗しちゃって」
ルナは少し照れくさそうに笑う。
「でも、もう少し試したら作れそうな気がするんです。だから、もしちゃんと作れるようになったら……いつか作り方をお伝えしてもいいですか?」
「もちろんです」
院長は嬉しそうに微笑んだ。
「その時を楽しみにしていますね」
「はい」
ルナも笑みを返す。
そして、もう一度子供たちを見る。
「アンちゃん、元気でね」
「うん。ルナも」
「シェリーちゃんも、無理しないでね」
「うん。ルナたちも気をつけて」
「ウェインもコビーも、院長先生を困らせないようにね」
「分かってる!」
「僕も!」
「本当かなぁ」
ミアが笑うと、二人が同時に「本当!」と声を上げた。
「それでは、皆さん。どうかお気をつけて」
院長が静かに頭を下げる。
「はい。院長先生もお元気で」
三人も揃って頭を下げた。
そして孤児院を出て、歩き始める。
「またねー!」
「元気でね!」
「絶対また来てよ!」
「レオー! 今度は剣教えてよー!」
「だから教えないって言ってるだろ!」
背後から聞こえる声に、三人は振り返った。
孤児院の前には、院長と子供たちが並んでいる。
アンもシェリーも、ウェインもコビーも、大きく手を振っていた。
ルナも笑って手を振り返す。
「またね!」
いつ会えるかは分からない。
それでも、さようならとは言いたくなかった。
子供たちの姿が見えなくなるまで、ルナは何度も振り返りながら手を振った。




