3-6
翌朝。
三人は朝食を済ませると、昨日と同じように冒険者ギルドに向かった。ルナは採取依頼を、ミアは簡単な討伐依頼を受け、三人で町の外に出る。
大きな問題もなく、昼前には二人とも依頼を達成することができた。ギルドで報告を済ませた三人は、そのまま昼食を買うため市場に向かった。
「何か作るんだろ?」
市場を歩きながら、レオが尋ねる。
「うん。昨日、孤児院から帰る時に考えてたの」
ルナは店先に並ぶ食材を一つずつ眺めていく。
前世には、少し食べるだけでもお腹にたまり、栄養も取れる食品がたくさんあった。
この世界にあるもので、似たようなものを作れないだろうか。
(昨日の潰し麦は使えそうなんだよね)
安くて保存も利く。
あれを中心にして、何かを混ぜて固めれば——。
「あ」
ルナが足を止めた。
店先に、何種類もの木の実が並んでいる。
その中に、前世で見慣れたものによく似た木の実が『アマンド』として売られていた。
(アーモンドだよね)
「アマンド?」
「知ってるの?」
ミアが隣から覗き込む。
ルナは頷くと店主に尋ねる。
「すみません。これは、そのまま食べられるんですか?」
「ああ。炒って食べたり、菓子に入れたりするよ」
値段を確認すると、思っていたほど高くはない。
「うん。これなら使えそう」
ルナは少し考えてから、必要な分だけ購入した。
(潰し麦にアマンドを砕いて混ぜて……)
前世にあったシリアルバーのようなものが作れるかもしれない。それなら持ち運びもしやすいし、ちょっとお腹が空いた時にも食べられる。
「これだけ?」
「うーん……」
ルナは周囲の店を見回す。
「せっかくなら、ドライフルーツも入れたいな」
「どらいふるーつ?」
「あ、乾燥させた果物」
「それならあっちにあったよ」
ミアが少し先の店を指さした。
二人で向かってみると、干した果物がいくつも並んでいる。
(レーズンだ)
その中でルナが選んだのは干し葡萄だった。
「これは日持ちしますか?」
「ああ。干し葡萄だからな。葡萄の産地からこっちまで運ばれてくるくらいだ」
「これも入れるの?」
「うん。甘みも出るし、アマンドと一緒に入れたら美味しいと思う」
「なんか豪華になってきたね」
「せっかくだから」
ルナは楽しそうに干し葡萄も購入する。
あとは、材料をまとめるためのものが必要だ。
「蜂蜜かな」
しかし、蜂蜜を扱っている店で値段を確認すると、ルナは少し考え込んだ。
「……やっぱりちょっと高い」
「買わないの?」
「ううん。必要だから買う。でも少しだけにしようかな」
孤児院でも作れるものにしたい。
たくさん蜂蜜を使わなければ作れないようでは、あまり意味がないだろう。
ルナは小さな容器に入った蜂蜜を一つだけ購入した。
「これで材料は揃ったかな」
「潰し麦は?」
「昨日買ったのがまだ残ってるよ」
「じゃあ、お昼にしようよ。お腹空いた」
「そうだね」
三人は昼食を買うと、市場の近くにある休憩場所に向かった。
「問題は、どこで作るかなんだよね」
買ってきたパンを食べながら、ルナが呟いた。
「マディーさんにお願いしてみる?」
ミアが言う。
「うーん。昨日も孤児院で料理したし、今日は宿でっていうのも……」
そんな二人の話を聞いていたレオが口を開いた。
「ギルドで聞いてみたらどうだ?」
「ギルド?」
「ああ。カロンのギルドなら、冒険者が使える調理場があるかもしれない」
「そういうところもあるんだね」
「ああ、町によるけどな。自分で獲った肉を調理したり、依頼に持っていく食事を用意したりする奴もいるから」
「なるほど……」
それなら今回の試作くらいはできそうだ。
「じゃあ、サーシャさんに聞いてみようか」
「うん」
ミアも頷く。
「借りられなかったら、その時はマディーさんにお願いしよう」
「そうだね」
行き先が決まり、ルナは残っていたパンを食べる。
「それなら、ギルドで今後のことも話すか」
今度はレオが言った。
「今後?」
「この先の旅についてだよ。カロンに来てからもう数日経ったし、そろそろ次の町にいつ出るか決めておいた方がいい」
「あ……そっか」
ルナは少しだけ表情を曇らせた。
カロンに来てから、孤児院の子供たちとも知り合った。
アンやシェリーとも、まだもう少し話したいと思っていた。
けれど、ここは旅の途中で立ち寄った町だ。
いつまでも滞在しているわけにはいかない。
「分かった。試作を作りながら話そう」
「ああ」
「じゃあ、食べ終わったらギルドだね」
ミアの言葉に、ルナは頷く。
新しく買った食材で、思い描いているものが作れるのか。
そして、これから三人はどうするのか。
その二つを決めるため、昼食を終えた三人は再び冒険者ギルドに向かうことにした。
◇◇◇
受付にいたサーシャのところに向かい、ルナはさっそく尋ねる。
「あの、サーシャさん。ここって料理ができる場所はありますか?」
「料理?」
サーシャは少し意外そうな顔をした。
「はい。ちょっと作ってみたいものがあって……」
「それなら、裏に共同の調理場があるわよ。冒険者なら使えるから、空いていれば自由に使って大丈夫」
「本当ですか?」
「ええ。ただし、食材や調味料は自分で用意してね」
「はい。ありがとうございます!」
これで試作ができる。
ルナが嬉しそうに礼を言う横で、レオはギルドの中を見回した。
「じゃあ、俺は少し話を聞いてくる」
「情報集め?」
「ああ。この先の街道や町のことも聞いておきたいからな」
次の町に向かうなら、今のうちに少しでも情報を集めておいた方がいい。
「分かった。じゃあ、私たちは先に作ってるね」
「終わったら行く」
「うん」
レオと別れ、ルナとミアはサーシャに教えてもらった調理場へ向かった。
ギルドの裏にある調理場は、それほど広くはなかった。
いくつかの炉と作業台が並び、壁には鍋やフライパンなどが掛けられている。
「ちゃんといろいろあるね」
「これなら作れそう」
ルナは空いている作業台に持ってきた材料を並べた。
潰し麦。
アマンド。
干し葡萄。
そして蜂蜜。
「まずはアマンドを小さくしようか」
「あたしもやる」
「じゃあお願い」
ミアにアマンドを任せ、ルナは干し葡萄を細かく刻んでいく。
(潰し麦だけでもお腹にはたまりそうだけど、せっかくなら栄養も考えたいよね)
潰し麦だけより、木の実を入れれば脂質やたんぱく質も補える。干し果物なら甘みも加えられる。
それに、美味しくなければ子供たちも喜んで食べてくれないだろう。
「これくらい?」
「うん。ありがとう」
砕いたアマンドを受け取り、潰し麦と合わせる。
そこに干し葡萄も加えた。
「結構いっぱい入れるんだね」
「うん。いろいろ入ってた方がいいかなって」
「美味しそう」
「でしょ?」
あとは蜂蜜だ。
少しずつ加えながら、全体に行き渡るよう丁寧に混ぜていく。
「こんな感じかな……」
「もう入れないの?」
「蜂蜜は高かったから、できるだけ少なくしたいんだよね」
ルナは混ぜ合わせたものを手で押してみる。
少し崩れやすい気もするが、焼けば固まってくれるかもしれない。
「とりあえず、これで焼いてみよう」
「上手くいくかな?」
「……たぶん」
「またそれ?」
「やってみないと分からないもん」
二人で笑いながら形を整え、焼く準備をする。
宿とは違う炉なので、火加減にも気をつけなければならない。途中で何度か様子を確認しながら、焦がさないようじっくりと焼いていった。
しばらくすると、香ばしい匂いが調理場に広がり始める。
「いい匂い!」
「うん。味は期待できそう」
「味は?」
「……ちゃんと固まってくれれば大丈夫」
焼き上がったものを取り出し、しばらく冷ましておく。
見た目は悪くない。
潰し麦の間からアマンドと干し葡萄が見えていて、ルナが思い描いていたものに近かった。
「できた?」
ちょうどその時、レオが調理場に入ってきた。
「レオ。ちょうどいいところ」
「いい匂いするな」
レオも作業台の前までやってくる。
「何入れたんだ?」
「潰し麦とアマンドと干し葡萄。それを蜂蜜でまとめて焼いてみたの」
「へえ」
「お腹にもたまるし、持ち歩けて、栄養も取れるものにしたくて」
「栄養?」
「えっと……体を作るのにいいもの、っていう意味」
「……それでこれか」
「うん」
そろそろ大丈夫だろう。
ルナは期待しながら、焼き上がったものを持ち上げた。
「…………あ」
端がぽろりと落ちた。
「え?」
もう少し慎重に持ち上げようとする。
しかし——。
ぽろぽろ。
形を保っていたものが、次々と崩れていく。
「……崩れちゃった」
ミアが呟く。
「…………」
ルナは無言で作業台の上を見つめた。
見た目はそれなりに上手くできていた。
焼き上がった直後までは。
「失敗?」
「……失敗だね」
ルナは肩を落とした。
レオが崩れた一欠片を手に取る。
「食べてもいいか?」
「いいけど……」
口に放り込み、何度か噛む。
「うまいぞ」
「本当?」
ミアも一欠片を食べてみる。
「あ、美味しい。干し葡萄は甘いし、アマンドも合うよ」
「味はね……」
ルナも自分で食べてみる。
確かに味は悪くない。
むしろ思っていたより美味しくできている。
問題は別のところだった。
「蜂蜜が足りなかったのかな……」
材料同士がしっかりくっついていない。
アマンドも干し葡萄も入れたかったので、少し多めに使ってしまった。その分、少ない蜂蜜では全体をまとめきれなかったのだろう。
「もっと蜂蜜入れればいいんじゃない?」
ミアが言う。
「たぶんそれでも固まると思う。でも……」
ルナは残った蜂蜜を見る。
「これ以上たくさん使うと高くなっちゃうんだよね」
「そっか」
「材料を入れすぎたのかも。アマンドも干し葡萄もって欲張っちゃったから」
ルナは崩れた試作品を一つつまむ。
「もうちょっと考えないと駄目だね」
ルナはそう呟くと、手帳を取り出した。
『潰し麦、アマンド、干し葡萄、蜂蜜。
味は問題なし。
蜂蜜が少なく、形が崩れる。
次は材料を減らすか、まとめ方を変える』
そこまで書いて、少し考える。
「失敗した時こそ、ちゃんと残しておかないと」
「また作るつもりなんだ」
ミアが笑う。
「もちろん。次はちゃんと固めたいもの」
ルナは手帳を閉じると、崩れた試作品をもう一度見つめた。
「でも、食べる分には問題ないだろ?」
レオはそう言って、また一欠片取った。
「レオ、結構気に入ってない?」
「普通にうまいからな」
「あたしも好き」
「失敗作なんだけどなぁ……」
そう言いながらも、ルナも一緒に食べる。
形にはならなかったものの、捨てる必要はなさそうだ。
作業台を囲んで失敗作を食べながら、ルナはレオに目を向けた。
「それで、何か分かった?」
「ああ。いくつか聞いてきた」
レオの答えに、ルナとミアも表情を改める。
試作は失敗してしまった。
けれど、今日ここに来た目的はもう一つある。
崩れてしまった試作品をつまみながら、レオは先ほど聞いてきたことを二人に話し始めた。
「次に向かうなら、サラスって町がいいらしい」
「サラス?」
「ああ。ここから馬車で一日くらいだ」
レオは作業台の上に簡単な地図を広げる。
カロンから街道を進んだ先に、サラスという町がある。
「一日なら、途中で泊まらなくても大丈夫そうだね」
「朝に出れば、日が暮れる前には着けるはずだ。街道も今のところ問題ないらしい」
「魔物は?」
ミアが尋ねる。
「出ないわけじゃないけど、最近は危険な魔物が出たって話はない。商人や旅人も普通に行き来してるそうだ」
「じゃあ、アルミヤから来た時より楽そうだね」
「ああ」
レオが頷く。
サラスまでの道については、それほど心配する必要はなさそうだ。
「問題は、いつ出るかだな」
その言葉に、ルナは少し黙った。
カロンに来てから数日。
依頼にも慣れてきたし、町のことも少しずつ分かってきた。何より、孤児院の子供たちと仲良くなったばかりだ。
「……もう出た方がいい?」
「できればな」
レオは少し考えてから続ける。
「アルミヤでは、ルナを探してるらしい奴らを見かけた。あいつらが王都に戻って、その後どうなったのかは分からない」
「お父様がまだ探してるかもしれないってことだよね」
「ああ。逆に、もう諦めてるかもしれない。でも、それを俺たちが確認する方法はない」
ルナは小さく頷いた。
父が自分をどうするつもりなのかは分からない。
ただ、見つかればフィールズ家へ連れ戻される可能性がある以上、油断はできない。
「港町まで行って海を渡れば、少なくとも今よりは追ってきにくくなる」
「やっぱり、早く港町まで行った方がいいんだね」
「俺はそう思う」
「そっか……」
分かっていたことだった。
ルナたちは、この先にある港町を目指して旅をしている。
それでも、少し寂しかった。
「孤児院のみんなと、せっかく仲良くなれたのにな」
思わず本音がこぼれる。
「うん……」
ミアも少し寂しそうに頷いた。
「アンとも、もっと話したかったな」
「シェリーちゃんのことも、もう少し様子を見たかったし」
「ウェインたちはレオに懐いてたしね」
「……あれは懐かれてたのか?」
「すごく懐かれてたよ」
「質問攻めにされてただけだと思うけどな」
レオが微妙な顔をする。
ルナはくすっと笑った。
少しだけ寂しい気持ちが和らぐ。
「でも、ずっとここにいるわけにもいかないもんね」
ルナは自分に言い聞かせるように呟いた。
ここでの生活が楽しくても、自分たちはまだ旅の途中だ。
「じゃあ、明日は準備にしようか」
「そうだな」
レオが頷く。
「馬車の確認と、必要な食料を買っておく。サラスまで一日なら、それほど多くはいらないけどな」
「孤児院にも行きたい」
ミアが言った。
「うん。ちゃんとお別れを言いたい」
何も言わずに町を出るのは嫌だった。
アンにも、シェリーにも。
ウェインやコビー、それにほかの子供たちにも、きちんと挨拶をしてから出発したい。
「じゃあ、明日は出発の準備をして、孤児院にも挨拶に行く。それで明後日の朝にカロンを出る。これでいいか?」
「うん」
「あたしもそれでいい」
二人の返事を聞いて、レオは地図を畳んだ。
これで今後の予定は決まった。
「……あと一日か」
ルナは手元の崩れた試作品を一つ口に入れる。
完成させることはできなかった。
けれど、次に試したいことはいくつも浮かんでいる。
(また、どこかで作ってみよう)
少しだけ名残惜しさを感じながら、ルナはそう心に決めた。




