3-5
孤児院に到着して、ルナが扉を叩こうとしたところで、中から子供たちの声が聞こえてきた。
ちょうど誰かが出ようとしていたのか、ほどなくして扉が開き——
「あ!」
扉を開けたアンは、ルナたちに気づいた瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「ルナ! ミア!」
「こんにちは、アンちゃん」
「また来たよ」
「本当に来てくれた!」
アンの声を聞きつけたのか、奥から子供たちが次々と集まってくる。
「昨日のお姉ちゃんたちだ!」
「今日は三人いる!」
あっという間に賑やかになった。
「この人がレオ?」
ウェインが真っ先にレオを見る。
「そうだよ」
ミアが答えると、ウェインとコビーの目が輝いた。
「剣持ってる!」
「本当に冒険者なんだ!」
「昨日もそう言ったでしょ」
ルナが笑う。
二人はそんな言葉も聞かず、レオのところに駆け寄った。
「何ランク?」
「Dランク」
「すごい! どんな魔物倒したことある?」
「いっぱい倒してる?」
「その剣で倒すの?」
「魔法も使えるんだよね?」
「待て待て。一人ずつ話せ」
次々と飛んでくる質問に、レオが困ったように眉を寄せる。
「……大人気だね」
ルナがくすくす笑う。
「レオ、頑張って」
「おい、置いていくなよ」
「子供たちの相手お願いね」
ミアも楽しそうに笑い、ルナと一緒に中に入る。
「ルナ、今日は何しに来たの?」
アンが二人についてくる。
「アンちゃんたちに食べてもらいたいものがあって」
「食べ物?」
「今日はホーンラビットを狩ってきたんだよ」
「本当!?」
「ミアが一匹倒したの」
「ミアが?」
アンが驚いたようにミアを見る。
「うん。ちゃんと一人で倒したよ」
「すごい!」
「えへへ」
褒められたミアが照れくさそうに笑った。
その時、奥から院長がやってきた。
「まあ。今日も来てくださったんですね」
「こんにちは。昨日はありがとうございました」
「こちらこそ。アンたちが、朝からまた来てくれるかもしれないと楽しみにしていたんですよ」
「アンちゃん、本当に?」
「……うん」
アンが少し恥ずかしそうに頷く。
ルナは笑ってから、ふと昨日のことを思い出した。
「そうだ。シェリーちゃんの具合はどうですか?」
「昨日よりは少し良くなっていますよ。熱もほとんどありません」
「よかった……」
「ただ、まだ食欲はあまり戻っていなくて。今朝も少ししか食べてくれませんでした」
院長は心配そうに奥の部屋に目を向けた。
「本人は大丈夫だと言っていますけれど、もう少し食べてくれれば安心なのですが」
「まだ食べられないんですね……」
ルナは持ってきた荷物に目を落とす。
ちょうどよかったかもしれない。
「あの、院長先生」
「はい?」
「お願いがあるんですけど……今日、こちらの調理場を使わせてもらえませんか?」
「調理場を?」
「はい」
ルナは市場で買ってきた潰し麦や野菜を見せる。
「昨日、シェリーちゃんがあまり食べられないって聞いたので、何か食べやすいものを作れないかなって考えてみたんです」
「そのために……?」
「ホーンラビットのお肉も持ってきました」
ミアが嬉しそうに付け加える。
「みんなで食べられるくらいあると思います」
「まあ……」
院長が驚いたように二人を見る。
「でも、そこまでしていただくわけには……」
「私が作りたいんです」
ルナは笑って答えた。
「初めて使う食材なので、上手くできるかは分かりませんけど」
「初めて?」
「えっと……」
ルナは少しだけ視線を逸らした。
「似たような料理は作ったことがあるので、たぶん大丈夫です」
「たぶんなんだ」
ミアが横から言う。
「大丈夫。ちゃんと味見するから」
「そこは心配してないけど」
二人のやり取りに、院長が小さく笑った。
「分かりました。それでは、お願いしてもよろしいですか?」
「はい!」
「調理場にあるものも、必要でしたら使ってください。あまり大したものはありませんが」
「ありがとうございます」
「シェリーちゃんにも、食べられそうなら少し食べてもらってもいいですか?」
「ええ。本人が食べられそうならお願いします」
ルナの表情が明るくなる。
「アンちゃんも食べてくれる?」
「うん!」
「何作るの?」
「柔らかく煮込んだ料理にしようと思ってるの。シェリーちゃんも食べやすいように」
「シェリーも食べられる?」
「食べてもらえるといいな」
まだ上手くできるかは分からない。
けれど、できるだけ食べやすくて美味しいものにしたい。
「じゃあ、さっそく作ろうか」
「あたしも手伝う!」
ミアが言うと、アンもすぐに手を挙げた。
「私も!」
「じゃあ三人で作ろう」
「うん!」
ルナたちは荷物を持って調理場に向かう。
その後ろでは、まだウェインとコビーの質問攻めにあっているレオの声が聞こえていた。
「だから、剣は触るなって」
「ちょっとだけ!」
「駄目だ」
「じゃあ魔法見せて!」
「ここで使えるわけないだろ」
どうやら、しばらく解放してもらえそうになかった。
院長に案内され、ルナたちは孤児院の調理場に入った。
広さはそれほどない。
大きな鍋やフライパン、包丁など、必要な調理器具は一通り揃っているものの、ゆりかご亭の調理場と比べればずいぶん質素だった。
「まずは……」
ルナが周囲を見回していると、アンがすぐに棚を指さした。
「包丁はそこだよ。まな板は下!」
「ありがとう」
「お鍋はこっち。大きいのもあるよ」
アンは慣れた様子で次々と教えてくれる。
「アンちゃん、詳しいね」
「いつもお手伝いしてるから」
「料理もするの?」
「まだ一人じゃ無理だけど、野菜を洗ったり、お皿を並べたりするよ。あと食べ終わったら片づけもする」
「偉いね」
ルナがそう言うと、アンは少し照れたように笑った。
「院長先生たち、いつも大変だから」
その言葉に、ルナは手を止める。
「先生たちを助けたいの?」
「うん」
アンは当たり前のように頷いた。
「いつもみんなのことしてくれてるもん。だから私もできることはやるの」
「そっか」
「分かるなぁ」
隣で野菜を洗っていたミアが呟いた。
アンが振り返る。
「ミアも?」
「うん。あたしも孤児院にいた時はよく手伝ってたよ」
「何してた?」
「掃除とか洗濯とか。料理も少しだけ。小さい子の面倒も見てたかな」
「私も小さい子のお世話する!」
「同じだね」
「うん!」
アンが嬉しそうに笑う。
二人はすっかり意気投合していた。
ルナはその会話を聞きながら、買ってきた潰し麦を確認する。
(ミアもこういうことしてたんだ)
王都の孤児院で暮らしていた頃のミアについて、知っていることはそれほど多くない。こうして旅をしていると、少しずつ知らなかった一面を知ることができる。
「ルナ、次は何する?」
ミアに声をかけられ、ルナは我に返った。
「じゃあ、野菜を細かく切ろう。できるだけ小さくしたいの」
「分かった」
「アンちゃんは洗った野菜をこっちに持ってきてくれる?」
「うん!」
三人で手分けして準備を進める。
まずは野菜を細かく刻む。
ホーンラビットの肉も、シェリーが食べることを考え、脂の少ない部分を選んで細かく切る。
「これ、ミアが倒したんだよね?」
「うん。一匹だけだけど」
「すごいなぁ」
「もう一匹はレオが倒したの。すっごく簡単そうに」
「レオって強いの?」
「強いよ。あたしもまだ全然敵わない」
「ウェインたちが喜ぶわけだね」
そんな話をしながら、ルナは鍋に肉を入れて火を通していく。続いて野菜を加え、水を入れる。
煮立ってきたところで、いよいよ潰し麦を取り出した。
「それがさっき買ったやつ?」
「うん」
ミアも興味深そうに覗き込む。
「初めて作るんだよね?」
「……そうだけど」
「大丈夫?」
「たぶん」
「また言った」
ミアが笑う。
「ちゃんと少しずつ入れるから大丈夫」
ルナは様子を見ながら潰し麦を鍋に加えた。
焦げつかないよう、ときどき底から混ぜながら煮込んでいく。しばらくすると、潰し麦が水分を吸って柔らかくなってきた。
「あ……いいかも」
ルナは木べらですくって確認する。
全体にとろみがつき、思っていた以上に雑炊に近い仕上がりになっている。
「なんか、とろとろしてきたね」
「うん。これなら食べやすそう」
味を確認しながら、塩を少しずつ加える。
シェリーが食べることを考えて、味は濃くしすぎない。
肉と野菜から出た旨味もある。
「ちょっと味見してみる?」
「する!」
アンが真っ先に手を挙げた。
小皿に少量を取り、冷ましてから三人で味を見る。
「……美味しい!」
アンがすぐに笑顔になる。
「お肉の味もする!」
「本当だ。優しい味だね」
ミアも頷く。
「ルナ、これならシェリーも食べられるんじゃない?」
「そうだといいな」
ルナも一口食べてみる。
(うん。お米とは違うけど、これはこれで美味しい)
もう少しだけ煮込めば、さらに柔らかくなりそうだ。
火加減を弱め、底が焦げないようゆっくりとかき混ぜる。
「いい匂い」
アンが鍋を覗き込む。
「みんな喜ぶかな?」
「きっと喜ぶよ」
「ウェインたち、お肉大好きだもん」
「じゃあ、たくさん食べてもらわないとね」
「絶対おかわりするよ」
三人で笑う。
やがて野菜も肉も十分に柔らかくなった。
ルナは最後にもう一度味を確かめてから、火を止める。
「よし」
「できた?」
「うん。完成!」
大きな鍋から、温かな湯気が立ち上っている。
「じゃあ、みんなを呼ぼうか」
「私、呼んでくる!」
アンは元気よく返事をすると、調理場から駆け出していった。
「走ったら危ないよー!」
その背中にミアが声をかける。
「みんなー! ご飯できたよー!」
廊下からはすぐにアンの大きな声が響いた。
ルナとミアは顔を見合わせ、くすくすと笑った。
アンの声を聞いた子供たちが、次々と食堂に集まってきた。
「いい匂い!」
「今日、お肉あるってほんと?」
「アンから聞いた!」
ウェインとコビーを先頭に、子供たちは大きな鍋を興味津々に覗き込む。
「ちゃんと全員分あるから、順番にね」
「おかわりもある?」
「全員に行き渡ってからならね」
「やった!」
その喜びように、ルナは思わず笑った。
ミアと一緒に器に雑炊をよそい、一人ずつ配っていく。
レオもようやく子供たちから解放されたらしく、配膳を手伝ってくれた。
「シェリーちゃんは?」
「連れてくるわ。今日は少し調子がいいみたいだから」
院長がそう言って席を外し、しばらくするとシェリーを連れて戻ってきた。
「シェリー!」
アンがすぐに駆け寄る。
「大丈夫?」
「うん。今日は昨日より元気」
確かに昨日より顔色はよさそうだった。
それでも、ほかの子供たちほど元気があるわけではない。
ルナはシェリーの前に、少なめによそった器を置いた。
「無理して全部食べなくていいからね」
「うん」
「食べられそうな分だけで大丈夫」
「ありがとう、ルナ」
全員に料理が行き渡る。
「それじゃあ、いただきましょうか」
院長の言葉に、子供たちが元気よく声を揃えた。
「いただきます!」
さっそくウェインが大きな一口を食べる。
「うまい!」
「お肉入ってる!」
コビーも嬉しそうに肉を探している。
「本当だ!」
「柔らかい!」
「おいしい!」
あちこちから声が上がった。
「よかった」
ミアが嬉しそうにルナを見る。
「うん」
ルナも笑ったものの、気になっているのはシェリーだった。そっとそちらに目を向ける。
シェリーはスプーンで少しだけすくうと、ゆっくり口に運んだ。何度か噛んで飲み込む。
ルナは思わずその様子を見つめてしまう。
「……どう?」
聞くと、シェリーが顔を上げた。
「おいしい」
「本当?」
「うん。柔らかいから食べやすい」
もう一度、スプーンを動かす。
一口。
少し休んで、また一口。
ほかの子供たちのような勢いはない。
それでも、ちゃんと食べている。
朝も少ししか食べていないと聞いていたので、それだけでも十分だった。
「シェリー、おいしい?」
隣に座ったアンが心配そうに尋ねる。
「うん」
「いっぱい食べられそう?」
「いっぱいは無理かも」
「そっか……」
「でも、これならもうちょっと食べられるよ」
「本当?」
「うん」
アンの表情がぱっと明るくなった。
そんな二人を見て、ルナも胸を撫で下ろす。
「ルナ!」
突然ウェインに呼ばれ、そちらを向く。
「おかわり!」
「もう食べたの?」
「うん!」
「僕も!」
コビーまで空になった器を差し出してきた。
「早すぎない?」
ミアが呆れたように笑う。
「だってうまいんだもん」
「肉もまだある?」
「ちゃんと入れるから」
「やった!」
ルナは立ち上がると、二人の器に雑炊をよそう。
「私もおかわり!」
「僕も!」
ほかの子供たちからも次々と声が上がった。
「ちょっと待ってね。まだあるから」
思っていた以上の人気だった。
「多めに作っておいて正解だったな」
レオが言う。
「本当だね」
「俺の分は残ってるよな?」
「……たぶん?」
「おい」
「冗談だよ」
ルナが笑うと、レオは小さく息をついた。
賑やかな食堂を見渡す。
みんな美味しそうに食べている。
ミアが捕まえたホーンラビットも、レオが捕まえた一匹も、小さくしたことで全員の器に入れることができた。
そしてシェリーも——。
もう一度見ると、最初によそった量の半分以上がなくなっていた。今もゆっくりと、自分のペースで食べ続けている。
(よかった……)
全部食べられなくてもいい。
少しでも体力が戻る助けになれば、それでいい。
何より、自分が作ったものを美味しいと言って食べてもらえた。それがルナには嬉しかった。
「ルナ、おかわり!」
「はいはい。今行くよ」
また呼ばれて、ルナは鍋の前に向かう。
楽しそうな声が響く食堂の中で、大きな鍋の中身は少しずつ減っていった。その光景を見ながら、ルナは作ってよかったと心から思った。
「今日はありがとうございました」
そろそろ宿に戻ろうとしたところで、院長が改めて三人に頭を下げた。
「シェリーがあれだけ食べてくれたのは久しぶりです。本当に安心しました」
「よかったです。私も食べてくれるか心配だったので」
「今日はみんな、お腹いっぱい食べられて喜んでいました」
院長は食堂に目を向ける。
そこではウェインとコビーが、またレオを捕まえて何やら話していた。
「特にあの子たちは、たくさん食べますから」
「二人ともおかわりしてましたね」
「一回じゃないよ。ウェインなんて三回してた」
ミアが笑う。
「普段は足りないんですか?」
「食事の量は足りていますよ。ただ、育ち盛りなので、夕食前にはお腹が空いたと言う子も多くて」
「何か軽く食べたりは?」
「果物などをいただいた日は分けますが、毎日そこまで用意する余裕はなくて……」
「あ……」
朝、昼、夜の食事は用意できる。
けれど、その間に食べるものまでとなれば別なのだろう。
「だから今日は、みんなあんなに喜んでたんですね」
「ええ。お肉もたくさん入っていましたし、お腹いっぱい食べられたようです」
院長は嬉しそうに笑った。
「本当にありがとうございました」
「いえ。私たちも楽しかったです」
「また来るね!」
ミアが子供たちに声をかける。
「絶対だぞ!」
「今度はもっと魔物の話してよ!」
「レオに言って」
「なんで俺なんだよ……」
レオの困った声に、ルナたちが笑う。
「ルナ」
アンが近づいてきた。
「今日はありがとう。シェリーも食べられてよかった」
「うん。早く元気になるといいね」
「また来てね」
「もちろん」
約束をして、三人は孤児院を後にした。
◇◇◇
まどろみ亭に戻る道を歩きながら、ルナは先ほどの院長の話を思い返していた。
(おやつか……。安くて、お腹にたまって……できれば栄養もあるもの)
何かないだろうか。
今日使った潰し麦も、安くて腹持ちがいいと店主が言っていた。あれを使って何か作れないだろうか。
「ルナ、どうしたの?」
ミアに声をかけられ、ルナは顔を上げた。
「ううん。ちょっと考え事」
「また料理?」
「……なんで分かったの?」
「ルナが考え込んでる時、大体食べ物のことだから」
「そんなことないと思うけど」
「あるよ」
即答され、ルナは少しだけ頬を膨らませる。
その横でレオが小さく笑った。
「レオまで笑わないでよ」
「悪い悪い」
ルナはもう一度、今日のことを思い返す。
嬉しそうに雑炊をおかわりしていた子供たち。
ゆっくりではあるものの、最後まで食べてくれたシェリー。
そして、毎日おやつまで用意する余裕はないという院長の言葉。
ふと、前世で食べていたものがいくつか頭に浮かんだ。
シリアルや栄養補助食品。
少し食べるだけでもお腹にたまり、手軽に栄養を取れるものもたくさんあった。
(この世界にあるもので、似たようなものを作れないかな)
すぐには答えは出ない。
それでも、今日買った潰し麦を思い浮かべながら、ルナは新しい料理について考え始めていた。




