カロンの町 4
翌朝。
三人は朝食を済ませると、そのまま冒険者ギルドに向かった。
「今日は昨日話した通りでいいんだな?」
依頼ボードの前で、レオが二人を振り返る。
「うん。私は癒し草にする」
ルナは採取依頼の紙を一枚取った。
「あたしはホーンラビット!」
ミアも迷わず討伐依頼を選ぶ。
昨日から決めていたこともあり、二人ともすぐに依頼が決まった。
「ホーンラビットを見つけても、焦るなよ」
「分かってるって」
「追いかけない」
「……それも分かってる」
前回の失敗を思い出したのか、ミアが少しだけ口を尖らせる。
受付で手続きを済ませると、三人は町を出て森へ向かった。
◇◇◇
しばらく歩き、昨日レオが下見をした草原に到着する。
「この辺りなら癒し草もあるらしい。森に入る前に探してみるか」
「うん!」
ルナはさっそく足元に視線を向けた。
草の間を探しながら進んでいくと、ほどなくして見覚えのある葉を見つける。
「あった」
しゃがみ込み、覚えている特徴と見比べる。
「……うん。癒し草で合ってる」
根を傷つけないよう丁寧に採取し、袋に入れる。
アルミヤで何度か採取依頼を経験したおかげか、最初の頃よりもずっと手際よくできるようになっていた。
「こっちにもありそう」
ルナが次の癒し草を探し始めた、その時だった。
「あ、スライム」
少し離れたところで、ミアが声を上げる。
草むらの中を一匹のスライムがゆっくりと動いていた。
ミアはすぐに弓を構えた。
ルナも邪魔をしないよう、その場で動きを止める。
ミアは慌てて矢を放つことなく、しっかりと狙いを定めた。
そして——。
放たれた矢が、スライムを正確に射抜いた。
「やった!」
スライムが動かなくなったのを確認して、ミアが嬉しそうに弓を下ろす。
「今のはよかったな」
レオが素直に褒める。
「本当?」
「ああ。前より落ち着いて狙えてる」
「えへへ」
ミアは嬉しそうに笑った。
「よかったね」
「うん!」
ルナも笑いながら、採取した癒し草を袋にしまう。
スライムの粘液はレオが回収し、あとでギルドに売ることにした。
薬草も順調に集まっている。
ミアも少しずつ弓に慣れてきた。
「じゃあ、そろそろ森に行くか」
「うん」
「今度こそホーンラビット!」
気合いを入れるミアに、レオが苦笑する。
「だから焦るなって」
三人は草原を抜け、森の入口へと向かった。
森に入ってからは足音を抑えながらゆっくりと進んでいた。
昨日レオが確認した場所ということもあり、今のところ危険な魔物の気配はない。
「この辺りで見かけた跡があった。少し探してみるか」
「うん」
ミアは弓を手に、周囲に視線を向ける。
前にホーンラビットを見つけた時は、早く仕留めようと焦って矢を外してしまった。
今度こそ。
そんな気持ちがあるのか、ミアの表情は真剣だった。
三人でしばらく森を進んでいると、レオが突然足を止める。
「いた」
小さな声とともに、少し先を指さした。
木の根元に、一匹のホーンラビットがいる。
「ミア」
「うん」
ミアは静かに矢を取り出した。
まだホーンラビットはこちらに気づいていない。
弓を構える。
狙いを定め——。
「…………」
すぐには放たない。
ホーンラビットが少し動くと、ミアもゆっくりと弓の向きを変える。
ルナは息を潜めて見守った。
やがてホーンラビットが動きを止める。
その瞬間。
ミアの指が離れた。
放たれた矢が一直線に飛んでいく。
「——!」
矢がホーンラビットを捉えた。
短い鳴き声を上げ、その場に倒れる。
「……当たった?」
「ああ」
レオが答える。
「やった!」
ミアの顔が一気に明るくなった。
「やったね、ミア!」
「うん!」
二人で喜んでいると、レオが倒れたホーンラビットに近づき、状態を確認する。
「ちゃんと仕留められてる。前よりずっとよかったぞ」
「本当?」
「ああ。焦らずに待てたのがよかった」
褒められたミアは、嬉しそうに自分の弓を見る。
「これで孤児院にお肉を持っていけるね」
「そうだね」
「……でも、肉料理として分けるなら、一匹じゃ少ないな」
レオがホーンラビットを持ち上げる。
「孤児院には十二人いるんだろ?」
「うん」
「十二人に分けるなら、一匹じゃ少ないな」
「じゃあ、もう一匹探そう!」
初めての討伐に成功して自信がついたのか、ミアが張り切って歩き出した。
「だから先に行くなって」
「あ、ごめん」
すぐに戻ってくるミアに、ルナはくすくすと笑った。
それから少しして、二匹目のホーンラビットが見つかった。
「あっ」
ミアが弓に手を伸ばす。
しかし、その横をレオが通り過ぎた。
「これは俺がやる」
「え?」
レオが地面を蹴る。
足元から風を放ち、その勢いで一気に距離を詰めた。こちらに気づいたホーンラビットが逃げようとするより早く、剣が振るわれる。
それだけだった。
「よし」
レオは剣を払い、鞘に戻す。
「…………」
ミアが不満そうに見ている。
「なんだよ」
「あたしもやりたかった」
「一匹倒しただろ」
「もう一匹できたのに」
「今日は練習だけじゃなくて肉を取りに来たんだ。見つけた時に確実に仕留めた方がいい」
「それはそうだけど……」
まだ少し不満そうだったが、ミアも納得はしたらしい。
「次に見つけたらやらせてやるよ」
「本当?」
「ああ。必要ならな」
「必要なら?」
「狩りすぎても仕方ないだろ」
「……それもそうだね」
レオは二匹のホーンラビットを一か所に運ぶと、荷物からナイフを取り出した。
「さて。次はこれだな」
「解体?」
ルナが尋ねる。
「ああ。肉を持って帰るなら、ここである程度処理しておいた方がいい」
レオは二人にも見えるようにしながら、作業を始める。
「冒険者って、みんな自分で解体するの?」
「いや。こいつくらいなら、そのままギルドに持って帰って頼むこともできる」
「じゃあ、いつもお願いしてもいいの?」
「金はかかるぞ」
「あ、そうなんだ」
「自分でできるなら、その方が安く済む」
レオは手を動かしながら、簡単に説明していく。
小型の魔物なら、そのまま持ち帰ってギルドに任せてもいい。だが、大型の魔物はそうはいかない。
「昨日倒したビッグボアみたいなのは、一人じゃ持って帰れないからな。そういう時は討伐証明になる部位と魔石を取って、必要なら売れそうな素材も回収する」
「残ったところは?」
「場所をギルドに報告すれば、回収を頼める場合もある。当然、それも金はかかるけどな」
「へえ……」
ルナは作業を眺めながら頷いた。
これから冒険者を続けるなら、自分たちも知っておいた方がいいことなのだろう。
ミアも興味深そうにレオの手元を見ていた。
「レオは解体も得意なの?」
「……できるけど」
「得意?」
「できれば十分だろ」
少し間があった。
ミアがにやりと笑う。
「苦手なんだ」
「苦手というか、面倒なんだよ」
「昨日のビッグボアも?」
「……あれは特にな」
心底嫌そうな声に、ルナが思わず笑う。
「じゃあ、私たちも覚えた方がいいね」
「そうしてくれると助かる」
「レオ、自分がやりたくないだけじゃない?」
「覚えて損はないって話だ」
そんなことを話しながら、レオは二匹の処理を終えた。
「最初から全部できる必要はない。今日はやり方だけ覚えておけ」
「うん」
「次はあたしもやってみる」
「そうだな。簡単なところから教える」
「うん」
処理を終えた肉を布で包んで専用の袋に入れる。
ルナの癒し草も依頼に必要な量は十分に集まっている。
今日の目的は達成できた。
レオは空を見上げて時間を確認する。
「そろそろ戻るか。昼も過ぎてる」
「お腹空いた」
「私も」
「町に戻ったら何か食べようよ」
「ああ。報告だけ済ませたらすぐ食べよう」
三人は森を抜け、カロンへと戻ることにした。
◇◇◇
カロンに戻った三人は、ギルドでそれぞれ依頼の報告を済ませた。
ルナが採取した癒し草も問題なく受け取ってもらい、ミアも初めて自分で倒したホーンラビットの討伐を報告することができた。
ギルドを出る頃には、すでに昼を過ぎている。
「お腹空いたぁ」
ミアがお腹を押さえる。
「朝から歩いたもんね」
「どこかで食べていくか」
「市場に行こうよ。昨日いろいろお店があったし」
三人はそのまま市場に向かった。
昼時のピークを少し過ぎているものの、まだ多くの人が行き交っている。
ルナも何を食べようかと店を眺めながら歩いていたが、ふと一軒の店の前で足を止めた。
「……ん?」
そこには豆や穀物が袋に入れられて並んでいた。
小麦や大麦らしきものに混じって、見覚えのあるものが目に入る。
「これ……」
ルナは一つの袋を覗き込んだ。
平たく潰された、小さな穀物。
(オートミール……?)
前世で見慣れていたものによく似ている。
「すみません。これって何ですか?」
店主に尋ねると、指さした袋を見て答えてくれた。
「潰し麦だよ。燕麦を潰して乾かしたやつさ」
「どうやって食べるんですか?」
「水やミルクで煮るのが普通だな。安いし腹持ちもいいよ」
「煮る……」
「どのくらいで柔らかくなります?」
「すぐだよ。普通の麦より煮えるのは早い」
ルナはもう一度、潰し麦を見る。
やはり前世のオートミールに近いものらしい。
(これなら……)
昨日から考えていたことが頭に浮かぶ。
米はない。
けれど、これなら柔らかく煮ることができる。
「ルナ?」
いつの間にか少し先に進んでいたミアが戻ってきた。
「また何か見つけたの?」
「うん。ちょっと気になるもの」
「草じゃないんだ」
「私、草ばっかり見てるわけじゃないよ」
ミアがくすくす笑う。
「これ、あとで買ってもいい?」
「何か作るの?」
「たぶん」
「たぶん?」
「先にお昼食べよう。ちょっと考えたい」
三人はひとまず昼食を買うことにした。
市場でパンと串焼き、それから温かいスープを買い、近くの休憩場所に腰を下ろす。
ルナはパンを食べながら、先ほど見つけた潰し麦のことを考えていた。水で煮れば柔らかくなる。
それなら米の代わりとまではいかなくても、似たような料理は作れるかもしれない。
(ホーンラビットのお肉を細かくして……野菜も入れて……)
スープで柔らかく煮込む。
お粥というよりは、雑炊に近いものになりそうだ。
「……うん」
「何が?」
向かいに座っていたミアが首を傾げる。
「作れそう」
「さっきの?」
「うん」
ルナは二人に向き直った。
「昨日、私も何かしたいって話したでしょ」
「ああ」
「さっき見つけた潰し麦を使ってみようと思うの。それで、シェリーちゃんが食べやすいものにできると思うんだ」
「どうやって?」
「お肉と野菜を細かくして、全部一緒にスープで柔らかく煮るの。さっきのお店の人が、あの麦は煮て食べるって言ってたから」
前世で食べていた雑炊とは違う。
けれど、似たようなものにはできるはずだ。
「シェリーちゃん、まだあんまり食べられないって言ってたから、柔らかい方が食べやすいかなって」
「いいと思う!」
ミアがすぐに賛成する。
「ホーンラビットのお肉も使えるよね?」
「うん。細かくすれば、みんなにも行き渡ると思う」
孤児院には十二人の子供がいる。
肉だけを焼いて分けるよりも、野菜や麦と一緒に煮込んだ方が全員で食べやすい。
レオも少し考えてから頷いた。
「それで、二人に相談があるんだけど」
「何?」
「今日、このまま孤児院に行ってもいい?」
「そのつもりじゃなかったの?」
「行くのはそのつもりだったけど……」
ルナは少しだけ笑う。
「できれば、孤児院で料理もさせてもらいたいなって」
勝手に作って持っていくより、院長に頼んで調理場を借りた方がいい。
シェリーの様子も聞いてから作りたい。
「あたしは賛成」
ミアが答える。
「レオは?」
「俺も構わない。ただ、先に院長に聞けよ。調理場を使わせてもらえるか分からないからな」
「もちろん」
ルナは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ決まり!」
残っていた昼食を食べ終えると、三人は再び市場に戻った。
まずは先ほどの穀物店へ行き、潰し麦を買う。
続いて料理に使えそうな野菜を選んでいく。
「これくらいあれば足りるかな?」
「十二人と俺たち、それに院長もいるんだろ。他には?」
「お手伝いの人が一人いるみたい」
「なら、少し多めにしておいた方がいいんじゃないか?」
「そうだね」
「おかわりする子もいそうだし」
ミアの言葉に、ルナはウェインとコビーを思い出した。
「……確かに」
少し量を増やしておく。
肉は今日狩ったホーンラビットがある。
あとは調味料は院長に聞いて、足りなければ買いに戻ろう。
「よし。これで大丈夫かな」
買った食材を確認し、ルナは満足そうに頷いた。
「じゃあ行こう!」
「うん」
三人は荷物を手に、市場を後にする。
昨日はアンに案内してもらった道を、今日は三人で歩いていく。
ルナは買ったばかりの潰し麦が入った袋に目を落とした。
初めて使う食材だ。
思った通りにできるかは、まだ分からない。
それでも——。
(シェリーちゃんが少しでも食べてくれるといいな)
そんなことを考えながら、三人は孤児院へと向かった。




