3-3
昼食を終えたルナとミアは、アンに案内されて孤児院に向かった。
「こっちだよ」
アンは慣れた様子で市場を抜け、住宅が並ぶ通りに入っていく。
「孤児院には何人くらいいるの?」
「今は十二人。小さい子もいるよ」
「アンちゃんは八歳だったよね?」
「うん」
「シェリーちゃんは十歳?」
「そう。あとウェインが十二歳で、一番お兄ちゃん」
歩きながら、アンは孤児院のことを少しずつ話してくれた。
市場から十分ほど歩いたところで、アンが一軒の建物を指さす。
「あそこだよ」
二階建ての建物で、決して新しくはない。
けれど壁や窓はきちんと手入れされており、入口の前には小さな花壇もあった。
「ただいま!」
アンが扉を開ける。
すると、奥から何人かの子供たちが顔を覗かせた。
「アン、おかえり!」
「あれ? 誰?」
「お客さん?」
あっという間に子供が集まってくる。
「市場で会ったの。ルナとミア」
「こんにちは」
「お邪魔します」
ルナたちが挨拶すると、少し年上に見える男の子が二人をじっと見た。
「二人とも冒険者?」
「どうして分かったの?」
「それ」
男の子がミアの弓を指さす。
「ああ、これか」
「俺、ウェイン。十二歳」
「僕はコビー!」
その隣にいた男の子も元気よく名乗った。
「十歳!」
「二人とも冒険者なの?」
ウェインが興味深そうに尋ねる。
「うん。私はまだなったばっかりだけど」
「あたしも」
「魔物も倒せる?」
「あたしはまだスライムだけかな」
ミアが答えると、コビーが目を輝かせた。
「すごい!」
「スライムだよ?」
「でも魔物じゃん!」
「そうだけど……」
まっすぐ褒められ、ミアが少し照れたように笑う。
レオのことも話すと、二人はさらに興味深そうにしていた。
「アン!」
そこに女性の声が聞こえてきた。
四十代くらいの女性が奥から歩いてくる。
「どこに行っていたの? 姿が見えないから心配したのよ」
「ごめんなさい、院長先生」
アンが小さくなる。
「市場に行ってたの」
「市場?」
「シェリーに何か買えないかなって……」
「まあ……」
女性は困ったように息をつき、それからルナとミアに気づいた。
「こちらの方たちは?」
「市場で会ったの。お昼も一緒に食べたんだよ」
「初めまして。ルナといいます」
「ミアです」
二人が頭を下げる。
「アンからこちらのことを聞いて、突然ですがお邪魔させてもらいました」
「そうでしたか。私はこの孤児院の院長をしています」
院長は二人に丁寧に頭を下げた。
「アンがお世話になったようで、ありがとうございます」
「いえ。私たちから一緒に食べようと誘ったので」
「先生、シェリーは?」
「今は部屋で休んでいるわ」
アンが心配そうな顔になる。
「まだ元気ない?」
「ええ。でも朝よりは少し顔色がいいわよ」
「会ってもいい?」
「静かにするのよ」
「うん」
アンはルナたちを振り返った。
「ルナたちも来る?」
「いいの?」
「うん」
院長にも確認する。
「シェリーが嫌でなければ、少しだけなら構いません。ただ、疲れさせないようにお願いします」
「分かりました」
アンについて部屋に向かう。
そこにはいくつかのベッドが並んでおり、その一つに女の子が座っていた。
「シェリー」
「アン……」
アンに気づくと、女の子が弱々しく笑う。
「もう起きて大丈夫なの?」
「ずっと寝てたから」
アンはベッドのそばまで行くと、心配そうにシェリーの顔を覗き込んだ。
「何か食べた?」
「朝は少し」
「お昼は?」
「まだ……」
「ちゃんと食べなきゃ駄目だよ」
「分かってるけど、お腹空かないんだもん」
「もう……」
八歳のアンが年上のシェリーを叱っている。
ルナは思わず小さく笑った。
「シェリー。この人たち、ルナとミア。冒険者なんだよ。二人も一緒だけど大丈夫?」
「……うん」
「初めまして」
「こんにちは」
「……こんにちは」
シェリーも少し緊張しながら挨拶を返した。
「アンちゃんから、少し体調を崩してるって聞いたの。もう大丈夫?」
「うん。ちょっと疲れるだけ」
後ろにいた院長が答える。
「数日前から少し体調を崩していて。今は無理をさせずに休ませているところなんです」
「神殿には?」
「まだ連れていっていません。高い熱が続いているわけでもありませんし、少しずつ良くなっているようなので。ただ、悪くなるようなら神殿で診てもらうつもりです」
「そうなんですね」
「今一番気になっているのは、あまり食べてくれないことですね」
院長がシェリーを見る。
「食べないと元気になれないわよ」
「分かってる……」
シェリーは困ったように俯いた。
「でも、あんまり食べたくなくて」
ルナはその様子を見つめる。
何が原因なのかは、ルナには分からない。
けれど食べられない状態が続けば、体力も戻りにくい。
「何だったら食べられそう?」
「うーん……」
シェリーは考え込んだものの、結局首を横に振った。
「分かんない」
「そっか」
「だから私、果物を買おうと思ったの」
アンが言う。
「シェリー、果物好きだから」
「アン」
院長が優しく名前を呼んだ。
「気持ちは嬉しいけれど、一人で勝手に市場に行ってはいけません」
「……はい」
「それに、自分のお金を使わなくてもいいのよ」
「でも……」
アンが口を尖らせる。
「院長先生、いつもお金ないって言ってるじゃん」
「それは……」
院長が言葉に詰まった。
そのやり取りだけで、なんとなく事情が分かった。
その後、シェリーを休ませるために部屋を出たルナたちは、院長から孤児院について話を聞いた。
「食べるものがないというわけではないんです」
院長は少し申し訳なさそうに話す。
「町からの援助もありますし、近所の方が余った野菜などを分けてくださることもありますから」
「そうなんですね」
「ただ、十二人もおりますので……どうしても食費はかかります」
毎日のパンや穀物、野菜は用意できる。
けれど肉や果物を頻繁に買えるほど余裕があるわけではないという。
「育ち盛りの子ばかりですものね」
「ええ。特に男の子たちは驚くほど食べますよ」
院長が苦笑する。
その時、外から声が聞こえてきた。
「コビー! それ俺のだぞ!」
「先に取った方の勝ち!」
「返せ!」
先ほどの二人らしい。
「……本当に元気ですね」
「元気すぎるくらいです」
院長も笑った。
建物は古く、暮らしに余裕があるわけでもない。
それでも、ここには子供たちの笑い声が絶えなかった。
院長も一人一人を大切にしているのが分かる。
だからこそ、ルナは余計に何かできないかと思った。
ただお金を渡すのではなく、自分にできること。
「……何か」
思わず呟く。
「はい?」
「あ、いえ」
ルナは首を横に振った。
まだ何も思いついていない。
けれど、シェリーが食べやすくて、ほかの子供たちも一緒に食べられるもの。
できれば高価な材料を使わず、お腹にもたまるもの。
(何か作れないかな……)
しばらく子供たちと話したあと、ルナとミアは孤児院を出ることにした。
「今日は突然お邪魔してしまって、すみませんでした」
「いいえ。アンの話を聞いてくださって、ありがとうございました」
院長が穏やかに笑う。
そのそばでは、アンが少し寂しそうにルナたちを見上げていた。
「もう帰っちゃうの?」
「うん。でも、また来てもいい?」
「本当?」
アンの顔がぱっと明るくなる。
「もちろん!」
「じゃあ、また来るね」
「約束だよ」
「うん、約束」
ルナが笑って答えると、アンも嬉しそうに笑った。
「今度は冒険者の兄ちゃんも連れてきてよ!」
少し離れたところからウェインが声を上げる。
「剣使うんだろ?」
「魔物もいっぱい倒してる?」
コビーまで駆け寄ってくる。
「どうだろう。レオにも聞いてみるね」
「絶対連れてきて!」
「分かった、分かった」
ミアが苦笑する。
最後にもう一度院長に挨拶し、二人は孤児院を後にした。
帰り道を歩きながら、ルナは隣のミアを見る。
「いいところだったね」
「うん」
ミアも小さく頷く。
「院長先生も優しそうだったし、みんな楽しそうだった」
「ミアのいた孤児院もあんな感じだった?」
「似てるところはあるかな。人数はもう少し多かったけど」
「そっか」
それから少しだけ歩いて、ミアがぽつりと言った。
「……何かしてあげたいな」
「私も」
何ができるかはまだ分からない。
けれど、何もせずに終わりたくないという気持ちは、二人とも同じだった。
◇◇◇
まどろみ亭に戻ってからしばらくすると、レオも帰ってきた。怪我をした様子もなく、予定通り依頼を終えたらしい。
三人は夕食を食べながら、今日あったことをそれぞれ話した。
「それで、昨日市場で見かけた子にまた会ったの」
「昨日の?」
「果物を買えずに帰った子」
「ああ」
レオも覚えていたらしい。
「アンっていうんだけど、やっぱり孤児院の子だった」
ルナとミアは、昼にアンと話したことや、その後孤児院に行ったことを順番に説明していく。
シェリーという女の子が少し体調を崩していること。
食欲が落ちていて、アンが自分のお金で何か買おうとしていたこと。
孤児院には十二人の子供がいて、食べるものに困っているわけではないものの、肉や果物を頻繁に買えるほど余裕はないこと。
一通り聞き終えると、レオが頷いた。
「それで、また行くって約束してきたのか」
「うん」
「ウェインとコビーって子が、今度はレオも連れてきてって」
「なんで俺?」
「冒険者だって話したら興味持っちゃって」
「二人とも男の子だから、剣とか魔物の話を聞きたいみたい」
「……まあ、時間があればな」
レオは少し困ったように答える。
すると、ミアが食事の手を止めた。
「ねえ、レオ」
「ん?」
「明日、ホーンラビットを探しに行かない?」
「ホーンラビット?」
「うん」
ミアは少しだけ真剣な顔になる。
「この辺りの森にもいるって、サーシャさんが言ってたでしょ?」
「言ってたな」
「今度こそ私が倒したい。それで……」
一度言葉を切り、ミアが続ける。
「お肉を孤児院に持っていってあげたい」
ルナはミアを見る。
以前、アルミヤ近くの森でホーンラビットを見つけた時、ミアは矢を外して逃がしてしまった。
あの時はずいぶん悔しがっていた。
「いいんじゃないか」
レオがあっさり答える。
「本当?」
「ああ。今日森を見てきたが、浅いところなら二人を連れていっても問題なさそうだった」
ミアの表情が明るくなる。
「ただし、見つけても焦って追いかけるなよ」
「分かってる」
「前もそう言ってなかったか?」
「今度は大丈夫!」
「どうだかな」
「もう!」
二人のやり取りを聞きながら、ルナも考える。
ホーンラビットの肉を持っていけば、子供たちはきっと喜ぶだろう。
でも——。
「私も何かしたいな」
「ルナも?」
「うん」
シェリーは食欲がないと言っていた。
肉をそのまま焼いたものでは、あまり食べられないかもしれない。
(食欲がない時に食べやすいもの……)
ルナは考えながら、パンを小さくちぎった。
ふと、前世で体調を崩した時のことを思い出す。
熱を出して食欲がなくなった時。
母が用意してくれたもの。
(お粥……)
柔らかく煮込んだお米なら、食欲がない時でも食べやすかった。
卵を入れたり、野菜を細かく刻んだり。
もう少し味をつけて雑炊にしてもいい。
ホーンラビットの肉を細かくして一緒に煮込めば、少ない肉でもみんなに行き渡る。
「……お米があればなぁ」
思わず呟いた。
「おこめ?」
ミアが不思議そうに首を傾げる。
「あ……ううん。なんでもない。昔、本で見た穀物を思い出しただけ」
ルナは慌てて誤魔化した。
少なくとも、これまでの食事では一度も見たことがない。
アルミヤの市場でも、それらしいものは見かけなかった。
(パンをスープで柔らかくするのもありだけど……)
けれど、自分が作りたいものとは違う。
ルナは考えながら、テーブルの上の料理に目を向けた。
小麦以外にも、穀物はあるはずだ。
お米とまったく同じものでなくてもいい。
柔らかく煮込めて、お腹にたまって。
肉や野菜と一緒に食べられるもの。
(明日、探してみよう)
ホーンラビットを無事に捕まえられたら、その肉を使って何か作ってみたい。
シェリーも、ほかの子供たちも一緒に食べられるものを。
まだ何を作るかは決まっていない。
それでもルナの頭の中には、少しずつ新しい料理の形が浮かび始めていた。




