2-12
一方、フィールズ家では。
アルドがフィールズ家の屋敷に戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
馬を預け、足早に玄関に向かう。
結局、ルナを見つけることはできなかった。
アルミヤからさらに港町まで街道を進み、途中の町や宿場でも聞き込みをした。
しかし、それらしい娘を見たという話は一つもなかった。
アルドが屋敷の中に入ると、ちょうど一人の侍女が通りかかった。
「アルドさん……!」
こちらの姿を見た途端、侍女が足を止める。
「あ……お帰りなさいませ」
「ああ」
アルドが短く返すと、侍女は何か聞きたそうな顔をした。
けれど結局何も言わず、小さく頭を下げる。
そしてアルドの横を通り過ぎると、先ほどまでとは違う早足で廊下の奥へ向かっていった。
その後ろ姿を見て、アルドはわずかに眉を寄せる。
(リアお嬢様のところか)
おそらく、アルドたちが戻ったことを知らせに行ったのだろう。
アルドは何も言わず、当主の執務室に向かった。
扉の前で立ち止まり、軽く服装を整える。
「旦那様、アルドです。ただいま戻りました」
「入れ」
「失礼いたします」
扉を開けると、当主は机に向かっていた。
アルドの姿を見るなり、持っていた書類を置く。
「戻ったか」
「はい」
「それで?」
挨拶を交わすより先に問われ、アルドは当主の前まで進んだ。
「申し訳ございません。ルナお嬢様を見つけることはできませんでした」
当主の眉間に皺が寄る。
「港町まで行ったのだろう?」
「はい。街道沿いの町や宿場でも確認しましたが、それらしい方を見たという話はありませんでした」
「……そうか」
「港町でも確認しましたが、手がかりはありません」
当主は黙り込み、机の上で指を組んだ。
「本当に港町へ向かったのか?」
「それも分かりません」
アルドは正直に答える。
「王都を出たことは間違いないと思われます。しかし、その後も街道を進んだのか、途中で別の道に向かったのかまでは……」
それに、冒険者ギルドからも情報は得られなかった。
ミアが護衛を依頼したことまでは分かっている。
だが、誰がその依頼を受けたのか、どのような馬車を使ったのかも教えてはもらえなかった。
「アルミヤには?」
「帰りにも立ち寄りました。以前と同じように門番に確認しましたが、情報はありませんでした」
そこでアルミヤの捜索を打ち切り、アルドたちは王都に戻ってきた。
当主は険しい表情のまま、何かを考えていた。
その時——。
廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
アルドが振り返った直後、扉が叩かれる。
「お父様!」
「リア?」
「失礼します」
返事を待つ間もなく扉が開いた。
そこに立っていたのはリアだった。
少し息を切らしている。
「アルドが戻ったと聞きました」
やはり先ほどの侍女が知らせたらしい。
リアは当主ではなく、真っ先にアルドを見る。
「お姉様は?」
「リア」
当主が窘めるように名前を呼ぶ。
それでもリアは視線を逸らさなかった。
「お姉様は見つかったんですか?」
期待と不安が入り交じった目を向けられ、アルドは一瞬答えに詰まった。
良い報告を持ち帰りたかった。
できることなら無事を確認したかったという気持ちは、アルドにもある。
だが、事実を隠すわけにはいかない。
「……申し訳ございません」
アルドは静かに頭を下げた。
「港町まで捜索しましたが、ルナお嬢様を見つけることはできませんでした」
「そんな……」
リアの表情が曇る。
「どこにも、いなかったんですか?」
「少なくとも、我々が調べた範囲では手がかりもありませんでした」
「……そうですか」
リアは俯いた。
けれど、そのまま黙ってはいなかった。
しばらくして顔を上げると、今度は当主を見る。
「それで……これからどうするんですか?」
当主はすぐには答えなかった。
重い沈黙の中、アルドもまた主人の言葉を待った。
当主は険しい表情のまま、しばらく黙り込んでいた。
このまま捜索を続けるのか。
それとも、別の方法を取るのか。
アルドは迷った末に口を開いた。
「旦那様」
「なんだ」
「差し出がましいことを申し上げますが、まだ探す方法はございます」
当主が顔を上げる。
「言ってみろ」
「ルナお嬢様が行方不明になったことを公にするのです」
「……何?」
当主の表情が変わった。
隣にいたリアも驚いたようにアルドを見る。
「王家に事情をお伝えし、正式に捜索への協力をお願いしてはいかがでしょうか」
「王家に……」
「はい。各地の衛兵だけでなく、冒険者ギルドにも協力を求められるはずです」
今までの捜索では、得られる情報に限界があった。
特に冒険者ギルドは、依頼を受けた冒険者の情報を外部に漏らさない。
しかし、王家から正式な捜索要請が出れば話は変わってくる。
「それに、ルナお嬢様が港町を目指している可能性が高いのであれば、あちらで待つという方法もございます」
「待つ?」
「はい。冒険者と一緒に旅をしているのであれば、いずれ依頼や情報を求めてギルドに立ち寄る可能性があります」
アルドはそこで言葉を切った。
「人員を増やし、港町や街道沿いの町で待つ方が、我々だけで探し回るより見つけられる可能性は高いかと」
「駄目です!」
声を上げたのはリアだった。
二人の視線が一斉に向く。
「そんなことをしたら、お姉様は……」
リアはぎゅっと手を握った。
「せっかく自分で出ていったのに、連れ戻されてしまいます」
「リアお嬢様……」
「お姉様は自分の意思で家を出たんです。だったら、もう探さなくても——」
「それはできない」
当主が冷たく遮った。
リアが口を閉ざす。
「ですが、お父様……」
「それと、アルドの案も却下する」
今度はアルドを見る。
「王家には知らせない」
「旦那様。しかし——」
「リアが聖女候補となった直後だ。そんな時に姉が家出したなどと公になれば、何を言われるか分からん」
当主は不機嫌そうに眉を寄せる。
「なぜ家出したのか。フィールズ家で何があったのか。余計な詮索をする者も出てくるだろう」
アルドは黙った。
確かに、王家に協力を求めれば、ルナが行方不明になったことを隠し続けるのは難しい。
「今はリアのことで注目を集めている。これ以上、余計な噂を増やすつもりはない」
「……承知いたしました」
アルドは頭を下げた。
その隣で、リアが小さく息を吐いた。
アルドの提案が受け入れられなかったことに、少しだけ安心したようだった。
だが——。
「捜索は規模を縮小して、あと一週間だけ続ける」
リアが顔を上げる。
「まだ探すんですか?」
「今までのように人を出して探し回るわけではない」
当主は机の上に置かれていた紙を一枚引き寄せる。
「アルド。フィールズ家の名は出さず、各地の町に問い合わせろ。身元不明の若い娘が保護されていないかだけ確認するんだ」
「かしこまりました」
「それから——」
父が一瞬だけ言葉を止める。
「身元不明の死亡者についても調べろ」
「……死亡者、ですか」
アルドは思わず聞き返した。
「王都を出てから一週間近く経っている。それにもかかわらず、港町まで探して何の手がかりもない。街道を外れたのなら、魔物や盗賊に襲われた可能性も考えなければならない」
「ですが——」
「可能性を確認するだけだ」
当主の声は冷静だった。
アルドはわずかに口を閉ざす。
ルナは、使用人である自分たちにもいつも礼を言ってくれる令嬢だった。その可能性を考えるのは、アルドにとっても気の重いことだった。
だが、命じられた以上は従うしかなかった。
「……承知いたしました」
アルドは深く頭を下げる。
「では、すぐに手配いたします」
「ああ」
「失礼いたします」
もう一度頭を下げ、アルドは執務室を後にした。
◇◇◇
部屋に残されたリアは、閉じた扉をじっと見つめていた。
——身元不明の死亡者。
その言葉が、頭から離れない。
「……お姉様は生きています」
ぽつりと呟く。
父がリアを見る。
「どうしてそう言い切れる」
「分かるんです」
「何がだ」
「うまく説明できません。でも……お姉様は生きています」
根拠なんてない。
けれど、リアには分かる。
姉はどこかで生きている。
今も自分の知らない場所で過ごしている。
「とにかく、必要な確認はする」
父はそれ以上取り合わなかった。
「そして、一週間待って何の情報もなければ——」
一度言葉を切り、父は淡々と告げた。
「ルナをフィールズ家から除籍する手続きを始める。行方不明のままだと正式な手続きには時間がかかるだろうが、準備は進める」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「除籍……?」
「そうだ」
「それって……」
リアは父を見つめる。
「お姉様が、フィールズ家の人間ではなくなるということですか?」
「このまま行方不明の娘を籍に残し続けるわけにはいかない」
「どうして?」
思わず声が強くなる。
「お姉様は生きてるんです。家を出ただけなんです。それなのに、どうして——」
「リア」
「私は、そんなことをしてほしいなんて言ってません!」
父が眉を寄せる。
「私はただ、お姉様を追いかけないでほしいだけです。連れ戻さないでほしいだけで……」
リアはぎゅっと両手を握った。
「家族じゃなくしてほしいなんて、一度も言ってません」
「家族かどうかという話をしているのではない」
父の声は変わらず冷静だった。
「フィールズ家としての問題だ」
「同じじゃないですか……」
「同じではない」
父はきっぱりと言い切る。
「お前はこれから聖女候補として王家や神殿と関わっていく。姉がいつまでも行方不明という状態では、今後どのような問題になるか分からん」
父は淡々と続ける。
「ルナがフィールズ家の娘である限り、その名を利用してお前や家に近づこうとする者も出るだろう。いつまでも曖昧な状態にはしておけない」
「……だから、お姉様を家族から外すんですか?」
「これは当主として必要な処置だ」
返ってきた言葉に、胸が苦しくなる。
まただ。ルナのことなのに、最後には聖女やフィールズ家の話になる。
自分が光属性だったから。
自分が聖女候補になったから。
それを理由に、姉がこの家から切り離されようとしている。
(違う……)
こんなことを望んだわけではない。
ルナが自由に生きられたらいいと思った。
もうこの家に連れ戻されず、自分の好きな場所に行けたらいいと思った。
それだけだった。
「……そんなの、嫌です」
声が震える。
「お姉様は、私のお姉様です」
父は何も答えなかった。
リアは強く唇を噛む。
探してほしくない。
けれど、家族でなくなってほしいわけでもない。
その二つは、リアにとってまったく別のことだった。
父にとって一番大切なのは、いつだってフィールズ家なのだ。
リアは俯いた。
ルナが家を出てから、まだ一週間ほどしか経っていない。
けれどこの屋敷ではもう、姉が戻らなかった場合の話まで進み始めていた。




