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双子の妹は聖女候補、無属性の私は食の知識で自由に生きます  作者: ぽかぽか


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23/50

2-11

 一方、その頃。

 馬車の手配を終えたレオは、アルミヤの門から少し離れた場所にいた。

 街道を行き来する人間を見渡せる場所を選び、時折場所を変えながら様子を窺っていた。

 明日の朝から借りられる馬車は確保できた。

 あとは、港町方面から戻ってくる者がいないか確認するだけだ。

 行き交う人々に目を向けながら、レオは壁にもたれる。


(今日中に分かればいいんだけどな)


 ルナを探している者が王都に戻るのを確認できれば、明日は予定通り出発できる。

 逆に、一番面倒なのは日が暮れてからアルミヤに戻ってくることだった。暗くなってからでは、そのまま王都まで向かうとは考えにくい。

 町に入り、一泊する可能性が高い。

 そうなれば、明日の朝まで同じ町にいることになる。


(ゆりかご亭まで調べられたら厄介だな)


 ハンナなら事情を話せば、ルナたちのことを黙っていてくれるかもしれない。だが、それでハンナに迷惑をかけるわけにはいかない。

 そもそも、ルナの父親がどこまで指示を出しているのか、レオには分からなかった。

 ただ娘を連れ戻せと言っているだけなのか。

 それとも、匿った者や手を貸した者についても調べるよう命じているのか。

 相手は貴族に仕える護衛だ。

 できることなら、関わらせない方がいい。

 空が少しずつ赤く染まり始める。


(今日は来ないか……?)


 これ以上遅くなるようなら、今日のところは切り上げた方がいい。

 そう考えた時だった。

 港町へ続く街道の向こうに、二頭の馬が見えた。


「……ん?」


 レオは目を細める。

 二頭ともかなりの速さでこちらに向かってくる。

 やがて近づいてきた二人の姿を見て、レオは少しだけ表情を引き締めた。

 二人とも旅人にしては身なりが整っていた。

 腰には剣を下げ、馬の扱いにも慣れている。


(冒険者……じゃなさそうだな)


 それだけなら、貴族の使いや商人の護衛という可能性もある。

 だが、二人が来たのは港町へ続く方角からだ。

 レオは二人に気づかれないよう距離を取りながら、門の方に歩き出した。

 二頭の馬は門の前で止まる。

 しかし、男たちは馬から降りる様子も、町に入ろうとする様子もなかった。


(何か聞くだけか?)


 レオは足を止めず、そのまま門の近くを通りかかる。

 すべての会話までは聞こえない。

 それでも、男の声が途切れ途切れに耳に入ってきた。


「……数日前にも……」

「……若い娘が二人……」


 レオの足がわずかに緩む。

 さらに近づいたところで、もう一つ聞こえた。


「……令嬢、もう一人はその侍女……」


(やっぱりか)


 レオは二人を見ないようにしながら、そのまま門のそばを通り過ぎる。

 しばらくして振り返ると、話を終えた二人が馬の向きを変えるところだった。

 町に入ることはない。

 そのまま王都へ続く街道に向かい、走り去っていく。

 レオは少し離れたところから、その背中を見送った。


 数日前、この門では貴族令嬢が探されていた。

 そして今、港町方面から戻ってきた二人が、若い娘と侍女について尋ねていた。


(ほぼ間違いないだろう)


 あの二人は、ルナを探していた者たちだ。

 この先まで捜索して、見つけられないまま引き返してきたのだろう。

 二頭の馬が街道の先に消えていく。

 それを確認してから、レオはようやく肩の力を抜いた。


「……よし」


 これなら、明日の朝には予定通りアルミヤを出られそうだった。


 ゆりかご亭に戻ると、ルナとミアは部屋にいた。


「あ、レオ!」


 扉を開けた途端、ルナが立ち上がる。


「どうだった?」

「馬車は取れた。明日の朝から借りられる」

「じゃあ……」

「ああ」


 レオは二人を見て、はっきりと言った。


「明日の朝、アルミヤを出るぞ」


 ルナとミアが顔を見合わせる。


「追っ手は?」

「多分、さっき王都に戻っていった」

「見たの?」

「ああ。港町の方から馬で二人戻ってきた。門番に若い娘二人を見なかったか確認して、そのまま王都方面に向かった」


 ルナの表情が少し強張る。


「私たちを探してたのかな……」

「ほぼ間違いないと思う」


 レオは頷いた。


「ただ、向こうは俺たちがアルミヤにいるとは気づいてない。この先も探したみたいだから、少なくとも今すぐ同じ道を戻ってくる可能性は低い」

「じゃあ、今が出るには一番いいってこと?」

「そういうことだ」


 ミアの問いにレオが答える。


「荷物は?」

「今日買ってきたから大丈夫」

「なら、今夜のうちに全部まとめておけ。明日は朝飯を食ったら出る」

「分かった」


 ルナは頷いた。

 とうとう、アルミヤを離れる時が来た。

 少し寂しい。

 それでも、この町が目的地ではない。

 ルナは窓の外に目を向ける。

 夕暮れに染まったアルミヤの町並みを見つめながら、明日から始まる新しい旅のことを考えた。


◇◇◇


 翌朝。

 朝食の時間に合わせて、三人は出発の準備を整えていた。


「これで全部かな」


 ルナは荷物を持ち、もう一度部屋の中を見回した。

 忘れ物はない。ベッドも簡単に整え、借りたものも元の場所に戻してある。


「あ」


 そのまま出ようとして、ルナは足を止めた。


「どうしたの?」

「最後に綺麗にしておこうと思って」


 ミアにはそれだけで伝わったらしい。


「ああ、クリーン?」

「うん」


 ルナは荷物を一度置き、部屋に向き直った。


「クリーン」


 まず床と家具の一角にクリーンをかける。隣の部屋から出てきたレオが呆れたように口を開いた。


「ルナ、前に言っただろ。お前のクリーンは人とは違うんだから注意しろって」

「でも、何日も使わせてもらったんだよ?」

「宿なんだから、掃除するのも仕事のうちだ」

「それは分かってるけど……」


 ルナは最後に窓の近くにクリーンを使う。


「できるだけ綺麗にして出たいの」

「出発前に魔力を無駄遣いするなよ」

「あ……」


 それを言われると弱い。

 ルナは自分の体調を確かめてから、素直に手を下ろした。


「もう終わり。これ以上は使わない」

「ならいい」

「でも、綺麗になったでしょ?」

「それは否定しないけどな」


 レオの返事に、ミアがくすくす笑う。


「ルナ、こういうところ変に真面目だよね」

「変は余計」


 ルナは少し頬を膨らませ、それから改めて部屋を見回した。

 アルミヤに着いた日、ようやくベッドで眠れると喜んだ部屋。ここでハッカソウのお茶も試したし、三人でこれからの旅についても話した。

 たった数日しか過ごしていないのに、少しだけ名残惜しい。


「……よし」


 ルナは荷物を持ち直す。


「行こう」


 三人は部屋を出て、一階に降りた。

 食堂には、いつものように朝食のいい香りが漂っていた。


「おはよう」

「おはようございます」


 三人が席につくと、ハンナが朝食を運んでくる。

 パンに卵料理。そして、淡い緑色のスープ。


「今日も幸運のスープだ」


 ルナの顔が自然とほころぶ。


「評判がよかったからね。しばらく朝食に出してみようと思ってるよ」

「本当ですか?」

「ああ。安く作れるし、美味しい。朝にもぴったりだからね」

「嬉しい……」


 自分がこの町を離れても、幸運のスープはここに残る。

 それがなんだか不思議で、そして嬉しかった。


「またアルミヤに来たら食べられるね」


 ミアが言う。


「うん」

「その頃にはもっと美味しくなってるかもしれないよ」


 ハンナが笑う。


「それは楽しみです」


 三人はいつもと同じように朝食を食べた。

 けれど、今日はこれがゆりかご亭で食べる最後の朝食だ。

 ルナはパンもスープも、いつもよりゆっくり味わった。

 食事を終えると、三人は荷物を持ってハンナのところに向かった。


「ハンナさん」

「いよいよ出発かい?」

「はい」


 ルナは頷く。


「短い間でしたけど、本当にありがとうございました」

「何言ってるんだい。こっちこそ面白い料理を教えてもらったよ」


 ハンナはそう言って笑う。


「ポムのドレッシングも、幸運のスープもね」

「使ってもらえて嬉しいです」

「昨日のお菓子も美味しかったよ。朝、みんなで食べたんだ」

「本当ですか?」

「ああ。みんな喜んでたよ」


 その言葉に、ルナも嬉しくなる。


「次はどこへ行くのか知らないけど、気をつけて行くんだよ」

「はい」

「ミアちゃんも。レオも二人から目を離すんじゃないよ」

「分かってるよ」

「あたしも気をつけるよ」


 ミアも笑顔で答える。

 ハンナは三人を順番に見てから、少しだけ寂しそうに目を細めた。


「またアルミヤに来ることがあったら、うちに泊まりな」

「……はい!」


 ルナは大きく頷いた。


「絶対また来ます」

「絶対なんて簡単に言うもんじゃないよ」


 そう言いながらも、ハンナは嬉しそうだった。


「じゃあ、『また来たいです』」

「それならいい」


 二人で顔を見合わせて笑う。

 ルナはもう一度食堂を見回した。

 数日しか過ごしていないのに、ここにはたくさんの思い出ができた。


「ハンナさん、本当にありがとうございました」

「ああ。元気でね」

「はい」


 三人はハンナに見送られながら、ゆりかご亭を後にした。

 ゆりかご亭を出た三人は、そのまま冒険者ギルドに向かった。

 朝のギルドはすでに賑わっていた。

 依頼ボードの前には何人もの冒険者が集まり、受付にも列ができている。


「エリーさん、いるかな」

「受付にいるんじゃない?」


 二人で探していると、ちょうど一人の冒険者への対応を終えたエリーと目が合った。


「あら、おはようございます」

「おはようございます」


 三人が受付に近づくと、エリーは大きな荷物を持ったルナとミアを見て、すぐに気づいたようだった。


「もしかして、今日出発するんですか?」

「はい。これから次の町に向かいます」

「そうですか。もう少しいらっしゃるのかと思っていました」

「私も、もう少しいたいんですけど……」


 ルナは少し名残惜しそうにギルドの中を見回した。

 初めてここへ来た時は、何もかもが分からなかった。

 冒険者の登録をして、初めて自分のカードをもらった。

 薬草の資料を読んで、初めて依頼を受けたのもここだ。


「エリーさんには、いろいろ教えてもらって……本当にありがとうございました」

「私からすれば、仕事をしただけですよ」

「それでもです」


 ルナは持っていた荷物から、昨日焼いたパウンドケーキを取り出した。


「これ、よかったら食べてください」

「私に?」

「はい。ポムジャムを入れた焼き菓子です」


 エリーは驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに受け取った。


「ありがとうございます。昨日作ったんですか?」

「はい。ちゃんと味見もしたので、美味しくできてると思います」

「ルナ、味見って言いながら二切れ食べてたよね」

「一切れじゃ分からないかもしれないでしょ」

「そんなことある?」


 二人のやり取りに、エリーがくすくす笑う。


「では、楽しみにいただきますね」

「はい!」


 エリーはケーキを大切そうに置くと、今度は少し真面目な表情で二人を見る。


「次の町でも依頼を受けるつもりですか?」

「そのつもりです」

「他の町では、アルミヤとは出る魔物も薬草も違うこともあります。最初に必ずギルドで確認してくださいね」

「はい」

「無茶だけはしないように」


 そう言って、ちらりとレオを見る。


「分かってる」

「なら安心ですね」


 エリーは笑った。


「ミアさんも、弓の練習を頑張ってください」

「はい! 次はホーンラビットを仕留めます!」

「まずは当てるところからだろ」

「分かってるってば」


 レオに言われ、ミアが少し頬を膨らませる。

 ルナはそんな二人を見て笑ってから、改めてエリーに向き直った。


「それじゃあ、行ってきます」

「はい。お気をつけて」

「ありがとうございました」


 三人はもう一度頭を下げ、冒険者ギルドを後にした。


◇◇◇


 貸し馬車屋では、レオが昨日頼んでおいた馬車がすでに用意されていた。

 荷物を積み込み、ルナとミアが中に乗る。

 御者台にはレオが座った。


「本当にレオが御者なんだ」

「昨日も言っただろ」

「ちゃんとできる?」

「お前たちを乗せてから練習するほど無謀じゃない」

「それなら安心」

「信用してなかったのか?」


 呆れたような声が聞こえ、ルナとミアが顔を見合わせて笑う。


「じゃあ、行くぞ」

「うん!」


 レオが手綱を操ると、馬車がゆっくりと動き始めた。

 見慣れてきた町並みが、窓の外を流れていく。

 何度も歩いた市場。

 ポムパイを買った店。

 やがて馬車は、アルミヤの門に近づいた。

 ルナは窓から外を眺める。

 初めてこの門を通った時は、追っ手のことが気になって仕方がなかった。

 それでも町に入ってからは、たくさんのことを経験した。

 冒険者になり、初めて自分で依頼を受けた。

 働いてお金を稼ぎ、森では知らない植物を見つけた。

 自分が作った料理を、美味しいと言ってもらえた。

 王都を出た時には、こんな毎日が待っているなんて思ってもいなかった。

 馬車が門を抜ける。

 少しずつ遠ざかっていくアルミヤを、ルナは振り返った。


「……楽しかったな」

「うん」


 隣に座るミアも町を見つめている。


「また来られるかな」

「来ようよ」


 ミアが当たり前のように言った。


「今度は追われながらじゃなくて、普通に」

「……そうだね」


 ルナは笑った。


「その時は、またゆりかご亭に泊まろう」

「幸運のスープも食べないとね」

「もっと美味しくなってるかも」


 二人で笑っているうちに、アルミヤの町は少しずつ小さくなっていく。

 やがてルナは前に向き直った。

 寂しくないと言えば嘘になる。

 けれど、不安だけだった王都を出た日とは違う。

 今は、この先に何があるのか楽しみだった。


「次の町も楽しみだね」

「うん!」


 港町まではまだ遠い。

 その先には、海の向こうの知らない国がある。

 馬車はアルミヤを離れ、次の町へと続く街道を進んでいく。ルナの旅は、まだ始まったばかりだった。

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