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双子の妹は聖女候補、無属性の私は食の知識で自由に生きます  作者: ぽかぽか


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21/50

2-9

 翌朝。

 三人が一階の食堂に降りると、すでに何人かの宿泊客が朝食を取っていた。


「おはよう。よく眠れたかい?」

「おはようございます」


 ハンナに挨拶をして、いつもの席に向かう。

 しばらくすると、パンや卵料理と一緒に朝食が運ばれてきた。


「……あっ!」


 目の前に置かれた器を見て、ルナの顔がぱっと明るくなる。

 淡い緑色のスープ。

 その中央には、四枚の葉が綺麗に揃った青葉草が一枚浮かんでいた。


「幸運のスープ!」

「さっそく作ってみたよ」


 ハンナが楽しそうに笑う。


「一昨日、教えてもらった通りに作ってみたんだけど、どうだい?」

「いただきます!」


 ルナはさっそくスプーンですくい、口に運んだ。

 青葉草の風味に、芋とミルクのまろやかさがよく合っている。一昨日、自分が作ったものと同じ。

 けれど——。


「美味しい……!」

「本当かい?」

「はい。この前よりずっと滑らかだし、味もちょうどいいです」


 もう一口飲んでから、ルナは感心したようにハンナを見る。


「さすがハンナさん。私が作った時より美味しくなってます」

「そりゃあ、こっちは何年料理をしてると思ってるんだい」


 ハンナは得意そうに笑った。


「ルナちゃんが面白い作り方を教えてくれたんだから、美味しくするのは私の仕事さ」


 自分が考えた料理が、本当に宿の朝食として出ている。

 それだけでも嬉しくて、ルナはもう一度スープを眺めた。

 ふと、他の客たちはどう思っているのだろうと気になった。

 さりげなく食堂を見回してみる。

 近くのテーブルでは、二人組の冒険者がスープを前に話していた。


「これ、青葉草だよな?」

「みたいだな」

「青葉草なんてスープに入ってても普段は気にしないけど……」


 一人が半信半疑といった様子で口へ運ぶ。


「……あれ、結構うまい」

「だろ? 芋も入ってるから腹にもたまるぞ」


 別の席では、年配の男性がパンと一緒にゆっくりスープを飲んでいる。


「朝にはこういうのがいいな」


 そんな声まで聞こえてきた。

 どうやら、思っていた以上に評判はいいらしい。

 ルナの口元が自然と緩む。


「ルナ、嬉しそう」


 隣からミアに言われる。


「だって……」


 もう一度、食堂を見回す。


「私が作ったものを、みんなが食べてくれてるんだよ」

「ハンナさんが作ったんだけどね」

「元は私が考えたの」

「はいはい」


 ミアが笑う。


「でも、よかったね」

「うん!」


 ルナは嬉しそうに頷き、もう一口スープを飲んだ。

 その向かいでは、レオが二人の様子を眺めながら朝食を食べていた。

 やがてパンを置くと、ルナとミアを順番に見る。


「そういえば二人とも、体は大丈夫か?」

「体?」

「昨日は結構歩いただろ。森にも入ったし」

「ああ」


 言われて、ルナは自分の体調を確かめる。


「少し足が重い気はするけど……痛くはないし、大丈夫」

「あたしは平気!」


 ミアは元気よく答えた。


「ならいい。今日は森には行かずに、町の中の依頼をやってみないか?」

「町の依頼?」

「ああ。掃除とか店の手伝いとか、Fランクでも受けられる依頼があっただろ」


 初めてギルドに行った日に依頼ボードで見たものを思い出す。


「今日は二人だけで受けてみろ」

「二人だけ?」


 ルナとミアが揃ってレオを見る。


「町の中なら危険もほとんどない。それに、いつまでも俺がついてる必要はないだろ」

「それはそうだけど……」


 家を出てからは必ずレオがそばにいた。

 二人だけと言われると少し不安ではある。

 けれど、それ以上にやってみたい気持ちもあった。


「ミア、どうする?」

「やってみようよ」

「……うん。私もやってみたい」


 二人が頷くと、レオも満足そうに頷いた。


「決まりだな」

「レオはどうするの?」

「俺はギルドに残って、この先の情報を集めてくる」

「この先?」

「ああ」


 レオは少し表情を真剣なものにする。


「俺もアルミヤより先へは行ったことがないからな。次の町までの道や、途中で泊まれる場所なんかを確認しておきたい」

「そっか……」


 ルナたちの目的地はアルミヤではない。

 港町へ行き、そこから船でエレンジア王国に渡る。

 ここでの生活が楽しくて、少し忘れそうになっていた。


「最近の街道の様子も聞いておく。魔物や盗賊が出てないかも知っておきたいしな」

「お願いします」

「午後には戻る。その時に三人で今後のことを話そう」

「うん」


 ルナは頷いた。

 アルミヤへ来て、今日で五日目。

 初めて依頼を受け、森へ行き、料理もした。

 少しずつこの町での生活にも慣れてきた。

 けれど、そろそろ次に進むことも考えなければならない。


「じゃあ今日は、私とミアだけで初めての依頼だね」

「うん。何にする?」

「それはギルドで見てから決めよう」


 朝食を終えた三人は、揃って冒険者ギルドに向かった。

 中に入ると、レオは情報を集めるため受付に向かい、ルナとミアは二人で依頼ボードの前に立った。

 並んでいる依頼書を一枚ずつ見ていく。

 荷物運び、店番の手伝い、畑の草むしり。収穫を手伝ってほしいというものもある。


「本当にいろんな依頼があるんだね」

「どれにする?」

「うーん……」


 迷いながら眺めていたルナの目が、一枚の依頼書で止まった。


「あ、これ」

「倉庫の掃除?」

「うん。これにしない?」


 依頼内容は、商店の裏にある倉庫の掃除だった。

 荷物を整理し、床や棚を綺麗にしてほしいと書かれている。


「いいけど……」


 ミアがルナの顔を見る。


「もしかして、クリーン使ってみたいの?」

「分かった?」

「その顔見れば分かるよ」


 ルナは思わず笑った。

 以前、ミアにクリーンを使った時、自分の魔法は普通よりも綺麗になると言われた。

 あれから何度か自分には使っているものの、掃除に使ったことはない。


「どのくらいできるのか試してみたいなって」

「依頼なんだから、実験だけして帰るのは駄目だよ」

「ちゃんと掃除もするよ」

「ならいいけど」


 どちらが侍女だったのか分からない会話に、二人で笑う。

 依頼書を持って受付に向かい、手続きを済ませる。

 レオには依頼先を伝えてから、二人だけでギルドを出た。

 依頼主の店は、ギルドから歩いてそれほどかからない場所にあった。


「冒険者ギルドから来ました。倉庫の掃除の依頼を受けたルナとミアです」

「ああ、待ってたよ」


 店主に案内され、店の裏手に回る。

 扉を開けた瞬間、ルナは思わず中を見回した。


「……結構あるね」


 木箱や樽が並び、棚には商品や道具が詰め込まれている。

 床の隅には埃も溜まっていた。


「しばらくちゃんと掃除できてなくてね。荷物は勝手に捨てないでくれれば、動かしても構わないよ」

「分かりました」


 店主が戻っていくと、ルナは腕まくりをする。


「よし。やろう」

「まず窓を開けよう」

「はい」

「それから、上から掃除するの。先に床を綺麗にしても、棚を掃除したらまた埃が落ちるでしょ」

「なるほど」


 素直に頷くルナを見て、ミアが少し得意そうな顔になる。


「お掃除ならあたしの方が先輩だからね」

「そうだね。先生、お願いします」

「任せて」


 胸を張るミアに、ルナはくすくす笑った。


「なんで笑うの?」

「だって、なんだか新鮮で」

「もう。ほら、手を動かす!」

「はーい」


 二人はミアの指示で掃除を始めた。

 棚に置かれたものを動かし、埃を払う。

 ルナが雑巾で棚を拭き、ミアが荷物を整理する。

 床を掃き、隅に溜まっていた埃も取り除いていった。

 慣れているミアに比べると、ルナの動きはどうしても遅い。


「ルナ、そこ拭き残してる」

「え、どこ?」

「ここ」

「本当だ」

「あと雑巾はもっとしっかり絞った方がいいよ」

「はい、先生」

「だから笑わないでってば」


 そんなやり取りをしながら作業を続ける。


 やがて荷物の整理と大まかな掃除が終わる頃には、倉庫は最初よりずいぶん片づいていた。

 床に積もっていた埃もなくなり、棚もきれいに拭かれている。


「これでだいたい終わりかな」


 ミアが倉庫を見回す。

 けれどルナは、棚の隅に目を留めた。


「……まだ少し残ってるね」


 長く使われてきたせいか、木の棚には黒ずんだ汚れが残っている。

 床にも、雑巾で何度拭いても取れなかったくすみがあった。


「そこは仕方ないよ」


 ミアが言う。


「古い汚れだから、普通に拭くだけじゃ取れないと思う」

「じゃあ……」


 ルナは少し嬉しそうに棚に近づいた。


「最後にクリーンを試してみてもいい?」

「やっぱりそれが目的だったんでしょ」

「ちゃんと掃除してからって約束したじゃない」

「はいはい」


 ミアも興味があるのか、すぐそばまでやって来る。


 ルナは棚の一角に手を向けた。

 以前、自分やミアに使った時と同じように、ただ埃が消えるのではなく、きれいに洗い上げた後の状態を思い浮かべる。


「クリーン」


 淡い光が棚を包んだ。

 光が消える。

 ルナとミアは同時に棚を見つめた。


「……あ」


 先ほどまで残っていた黒ずみが、きれいに消えている。

 ミアが指先で棚をなぞった。


「すごい。さっき何度拭いても落ちなかったのに」

「やっぱり、こういう汚れにも効くんだ」


 ルナは少し考えてから、今度は床のくすんだ部分に手を向ける。


「クリーン」


 そこも同じように汚れが薄れ、周囲より明るくなった。


「もう一回やってみるね」


 ルナは場所を少しずつ変えながら、棚や床にクリーンを使っていった。

 一度に広い範囲を綺麗にできるわけではない。

 それでも、普通の掃除では取り切れなかった細かな汚れが、一つずつ消えていく。

 何度か繰り返す頃には、倉庫全体が最初よりもずっと明るく見えるようになっていた。


「……すごいね」


 ミアが改めて倉庫を見回す。


「私のクリーンじゃ、埃を落とすくらいなのに」

「私のは、汚れを落とす力が強いのかな」


 ルナは自分の手を見る。


「やっぱり、少し違うみたい」


 手帳を取り出したくなったが、ルナはぐっと我慢した。


「後で書こう」

「今はまだ仕事中だからね」

「分かってる」


 ミアに先回りされ、ルナは少し頬を膨らませる。

 二人は最後にもう一度、荷物が元の場所に戻っていることを確認してから倉庫を出た。


「終わりました」

「もう終わったのかい?」


 店主は倉庫に入ると——足を止めた。


「……これは」


 棚を見て、床を見る。

 さらに奥まで確かめてから、驚いたように二人を振り返った。


「ずいぶん綺麗になったな」

「最後にクリーンも使ったんです」

「クリーンでここまで?」


 店主は感心したように何度も倉庫を見回した。


「荷物もきちんと元の場所に戻ってるし、文句なしだ。いや、それ以上だな」


 そう言って少し考える。


「依頼料とは別に、追加で礼を出しておくよ」

「え? いいんですか?」


ルナが目を瞬かせる。


「ああ。これだけ綺麗にしてもらったんだ。それくらいさせてくれ」

「ありがとうございます!」


 二人で頭を下げ、店を後にする。

 ギルドに向かいながら、ルナはまだ驚いていた。


「依頼料が増えることもあるんだね」

「私も知らなかった」

「ちゃんと仕事したら、その分評価してもらえるってことなのかな」

「今回はルナのクリーンのおかげだけどね」

「でも、その前にちゃんと掃除したでしょ?」

「あたしの指導のおかげでね」

「はいはい。ミア先生のおかげです」

「また笑ってる!」


 二人は笑いながらギルドに戻った。

 受付で依頼完了を報告すると、すでに依頼主から連絡が届いていたらしく、追加分を含めた報酬が支払われた。


「とても綺麗にしてもらったと喜んでいましたよ」


 エリーにもそう言われ、二人は顔を見合わせる。

 レオに付き添ってもらわず、自分たちだけで受けた初めての依頼。少し不安もあったけれど、無事に終えることができた。


「やったね、ミア」

「うん!」


 手にした報酬が、今日はいつもより少しだけ特別なものに感じられた。


 昼食を済ませたあと、三人は部屋に集まっていた。

 テーブルの上には、レオがギルドで書き留めてきたメモと、港町までの簡単な地図が広げられている。


「じゃあ、この先の話をしよう」

「うん」


 ルナとミアが向かい側に座ると、レオは地図の一点を指差した。


「まず、次に向かうのはここ。カロンという町だ」


 ルナも地図を覗き込む。


「ここまでどのくらい?」

「馬車で二日くらいだな」

「二日かぁ」


 ミアが地図の上を指でなぞる。


「歩いたらもっとかかる?」

「当然。だから貸し馬車を使うつもりだ」

「また御者も一緒?」


 王都を出た時に借りた馬車には、御者がいた。

 しかし、レオは首を横に振る。


「いや。今度は俺が御者をする」

「レオ、馬車も扱えるんだ」

「冒険者やってたら、それくらいできた方が便利だからな」


 ルナは感心しながら頷いた。


「馬と馬車はアルミヤで借りて、次の町で返せる。街道沿いの大きな町には同じ貸し馬車商会の店があるんだ」

「それなら、この先も借りられるんだね」

「ああ。ずっと同じ馬車を使う必要はない」


 レオが今度は、アルミヤとカロンの中間辺りを指差す。


「それと、一日で次の町まで行くのは無理だけど、途中に宿場がある」

「宿場?」

「旅人が泊まるための場所だな。宿屋と食事処、それに馬小屋なんかがある。順調に進めば、夕方までには着ける」

「じゃあ、野宿しなくていいんだ」


 ミアがほっとしたように言う。


「今のところはな。ただ、旅を続けてれば野宿しなきゃならないこともある。道具は持っていくぞ」

「もちろん」


 ルナも頷く。

 最初の野営は思っていた以上に大変だったが、一度経験しているだけでも気持ちは違った。


「街道は?」

「今のところ大きな問題はないらしい。魔物は出るけど、この辺りなら俺一人でも対処できる程度だ。盗賊が出たって話も最近はない」


 それでも油断はするなよ、とレオは付け加えた。


「カロンにも冒険者ギルドがある。着いたら、またそこで情報を集めればいい」

「それを繰り返しながら港町を目指すんだね」

「そういうことだ」


 ルナは地図の先に目を向ける。

 まだ港町は遠い。

 けれど、こうして一つずつ進んでいけば、いつか辿り着く。


「じゃあ、次はその町に行こう」

「あたしも賛成」


 ミアも頷いた。


「よし。行き先は決まりだな」


 レオはそう言ったものの、地図を片づけようとはしなかった。


「それと、もう一つ話しておきたいことがある」


 少しだけ声が真剣になる。

 ルナも自然と姿勢を正した。


「追っ手のこと?」

「ああ」


 レオが頷く。


「アルミヤに着いた時、門番が貴族令嬢を探してただろ」

「うん……」


 あの時のことは、今でも覚えている。


「その後、俺が町を見て回った時には、それらしい奴はいなかった。だから、あの時点ではもう先に進んでた可能性が高いと思ってる」

「港町の方に?」

「多分な」


 ルナは地図に視線を落とした。


「でも、港町まで行って見つからなかったら……」


 ミアが呟く。


「戻ってくる」


 レオが答えた。


「馬で探してるなら、馬車よりずっと速い。港町まで行ってるとしたら、そろそろ戻ってきてもおかしくない」


 ルナの表情が曇る。


「じゃあ、次の町に向かうのは危ない?」

「今はな」


 レオは地図の街道を指でなぞった。


「こっちが西に進めば、戻ってくる奴らと正面からすれ違う可能性がある。だから明日は動かない」

「追っ手を先に行かせるの?」

「そういうこと」


 レオは頷く。


「俺は明日、門やギルドで様子を見ておく。一度アルミヤを調べて『ここにはいない』と判断してるなら、戻りに長居する可能性は低いと思う」

「もし来たら?」

「二人は宿から出ない方がいい。俺が確認する」


 ミアも真剣な顔で頷いた。


「じゃあ、明日は旅立ちの準備をしながら待つんだね」

「ああ。食料と必要な物を揃えて、馬車も手配しておく。追っ手が通り過ぎたのを確認できれば、翌朝には出よう」


 ルナは少し考えてから頷いた。


「分かった。それがいいと思う」

「あたしも」


 ミアも異論はないようだった。


「じゃあ決まりだな」


 レオが地図を畳み始める。

 このまま何事もなければ、明日がアルミヤで過ごす最後の一日になる。

 そう思った途端、ルナは少しだけ寂しくなった。

 ゆりかご亭のハンナ。

 冒険者ギルドのエリー。

 初めて自分で依頼を受けた草原に、初めて足を踏み入れた森。

 ほんの数日前に来たばかりなのに、いろいろなことがあった。


「……明日、ハンナさんとエリーさんにも挨拶しないとね」

「まだ明日一日いるよ?」


 ミアが笑う。


「分かってる。でも、ちゃんとお礼を言いたいなって」

「それなら明日考えればいいだろ」

「うん」


 ルナは頷いた。

 旅に必要なものを揃えて、それから——。


(何か、お礼もできたらいいな)


 そんなことを考えながら、ルナは畳まれていく地図を見つめていた。

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