2-8
三人は少し来た道を戻り、木々の間にある開けた場所で足を止めた。
「ここなら大丈夫そうだな」
レオが周囲を確認してから荷物を下ろす。
ルナも鞄を置き、朝用意した昼食を取り出そうとして、ふと顔を上げた。
「あ、そうだ」
「どうした?」
「せっかくだからパンを少し温めよう。その前に、ファイアを試してみてもいい?」
レオが不思議そうにルナを見る。
「別にいいけど」
「一人だと危ないと思って、まだ試してなかったの」
「そういうことなら、俺が見てる。周りに燃えやすいものがない場所でやれよ」
「うん」
家を出てから、クリーンやウォーターは何度か使った。
けれど、生活魔法のファイアはまだ使っていない。
自分の生活魔法が普通とは少し違うと分かってから、他の魔法も試してみたいと思っていたのだ。
ルナはレオに教えてもらいながら、落ちている枝を集めた。乾いた葉や細い枝を重ね、その前にしゃがみ込む。
「これくらいでいい?」
「ああ。まずは普通に使ってみろ」
「分かった」
ルナは乾いた葉に手を向ける。
「ファイア」
ぽっと小さな火が現れた。
火は乾いた葉に燃え移り、やがて細い枝へと広がっていく。
「これくらいが普通?」
「ああ」
レオが頷く。
「火をつけるための魔法だからな。普通はこれくらいだ」
「私が使っても同じくらいだよ」
ミアも隣から炎を覗き込む。
「そっか……」
ルナは燃え始めた枝を見つめる。
クリーンやウォーターのことがあったので、ファイアにも何か違いがあるのではないかと思っていた。
そこで、ふと思いつく。
「ねぇ、もう一回試してもいい?」
「いいけど、今度は何するんだ?」
「出す火の大きさを変えられるか試してみたいの」
「火の大きさ?」
ルナは少し離れた場所に、乾いた葉を一枚置いた。
先ほどよりも小さな火。
蝋燭に灯すくらいの火を思い浮かべる。
「ファイア」
小さな炎が現れ、葉の端に火がついた。
「あ……」
先ほどより明らかに小さい。
「小さくなった」
「本当だ」
ミアが目を丸くする。
ルナは嬉しそうに炎を見つめた。
「じゃあ、もう少し大きくしたら……」
今度は先ほどより少し強い火を思い浮かべる。
別の枝に手を向けた。
「ファイア」
ぼっと炎が上がる。
最初に使った時よりも大きな火だった。
「できた……!」
思わず声が弾む。
「ウォーターと同じなのかな」
「どういうこと?」
ミアに尋ねられ、ルナは少し考えながら答える。
「出した後の火を動かせるわけじゃないの。ほら、最初につけた火はもう普通に燃えてるでしょ?」
「うん」
「でも、ファイアを使う時なら、出す火の大きさを変えられるみたい」
レオも燃えている枝とルナを交互に見る。
「なるほどな。火そのものを操れるわけじゃないのか」
「うん。多分、出す時だけ」
ルナはさっそく手帳を取り出した。
『ファイア
出す時に火の大きさを調節できる。
燃え移った後の火は操作できない』
「これも色々使えそう」
嬉しそうに書き終えるルナを見て、レオが笑う。
「また何か試すつもりか?」
「もちろん」
ルナは手帳を閉じる。
「せっかく使えるんだから、何ができるのか知っておきたいでしょ?」
そう言って、ルナは楽しそうに燃える火を見つめた。
火が安定したところで三人は昼食にすることにした。
朝作ったパンを取り出し、軽く火で炙る。
香ばしい匂いが漂い始めると、ミアが嬉しそうに身を乗り出した。
「いい匂い!」
「焦がさないでね」
「分かってるって」
パンの間にはチーズと燻製肉、葉野菜。それに昨日作ったポムのドレッシングが少しだけ入っている。
三人は火を囲み、それぞれパンを手に取った。
「いただきます」
ルナが一口かじる。
外側は少し香ばしく、中のチーズはほんのり柔らかくなっていた。
「美味しい」
「うん!」
ミアも嬉しそうに頬張る。
「昨日のドレッシング、パンにも合うね」
「本当だね。今度は別のものも挟んでみようかな」
「また料理するの?」
「できる時はね」
昨日、ハンナに料理を美味しいと言ってもらえたことを思い出す。自分たちで用意した昼食を、森の中で三人で食べる。それだけのことなのに、なんだか楽しかった。
「レオ」
「ん?」
「ちょっと聞いてもいい?」
ルナは鞄の中から、採取しておいたハッカソウの葉を取り出した。
「これって、本当に何にも使わないの?」
「ハッカソウか?」
「うん」
レオは少し考えてから首を横に振った。
「少なくとも、俺は使ってる奴を見たことないな」
「こんなにたくさん生えてるのに?」
「たくさん生えてるから余計に嫌われてるんだよ」
「どういうこと?」
「魔力草と間違えやすいだろ」
「うん」
「初心者が大量に持ち込むことも多いし、慣れてる奴からすれば、魔力草を探してる時にこればっかり見つかると邪魔なんだ」
「じゃあ、間違えて採ったら?」
「大抵は捨てるな」
「捨てちゃうんだ……」
ルナは手元のハッカソウに視線を落とした。
葉を軽く指で擦れば、爽やかな香りがする。
(やっぱりミントにそっくりなのに……)
それがこの世界では、魔力草に似ているだけの厄介な草として扱われている。
(なんだか、もったいないな)
昼食を食べ終えると、三人は火をきちんと消してから立ち上がった。
「魔力草はあと少しで必要な数になるな」
レオが採取袋を確認する。
「じゃあ、もうちょっと探す?」
「その前に、少しミアの練習をしよう」
「本当?」
ミアの顔がぱっと明るくなる。
「せっかく森まで来たからな。ホーンラビットがいたら狙ってみよう。ただし、見つけても勝手に動くなよ」
「分かってるって」
「朝、エリーにも言われただろ」
「もう、分かってるよ!」
何度も念を押され、ミアが少し頬を膨らませる。
ルナはその様子にくすっと笑いながら、自分も周囲を見回した。
ホーンラビットはFランクの魔物で、草原や森の浅い場所に生息している。頭に一本の角が生えた、小型の魔物だ。
三人は魔物を探しながら、しばらく森の中を歩いた。
やがて先を歩いていたレオが足を止める。
「二人とも、止まれ」
小さな声に、ルナとミアもぴたりと足を止めた。
レオが視線で示した先を見る。
少し離れた木の根元に、一匹のホーンラビットがいた。
「あれ……」
ミアが小声で呟く。
「ああ。まだこっちには気づいてない」
レオはさらに声を落とした。
「慌てなくていい。ゆっくり弓を構えろ」
「うん」
ミアの表情から笑みが消える。
背負っていた弓を手に取り、矢をつがえた。
ルナも邪魔をしないよう、じっと見守る。
ミアが弦を引く。
狙いを定め——。
矢を放った。
けれど。
矢はホーンラビットのすぐ横を通り過ぎ、地面に突き刺さった。
「あっ!」
驚いたホーンラビットが跳び上がる。
次の瞬間には、木々の間をものすごい勢いで走り去っていった。
「待って!」
ミアが反射的に駆け出そうとする。
「ミア」
ミアのすぐ後ろにいたレオが腕を掴んだ。
「追うな」
「でも、まだ——」
「森で勝手に離れるなって言っただろ」
いつもより少し強い口調だった。
ミアは逃げていくホーンラビットを見つめていたが、やがて肩を落とす。
「……ごめん」
「追いかけたことは反省しろ。でも、矢を外したことまで落ち込む必要はない」
レオが地面に刺さった矢を拾い上げる。
「まだ弓を持って何日も経ってないんだからな」
「でも、スライムには当たったのに……」
「スライムはほとんど動かなかったでしょ」
ルナもミアの隣に行く。
「ホーンラビットは逃げるんだから、同じようにはいかないよ」
「……うん」
「また次があるよ。今度は当てられるかもしれないし」
ミアは少しだけ唇を尖らせたあと、ルナを見る。
「次は絶対当てる」
「うん。頑張ろう」
「ルナは戦わないけどね」
「応援はできるから」
思わず二人で笑う。
その様子を見ていたレオも表情を緩めた。
「じゃあ今日はここまでだ。魔物を探して森の奥まで行くようなことはしない」
「はーい」
「返事だけはいいな」
その後は再び魔力草の採取に戻った。
先ほどまでと同じように、ハッカソウと間違えないよう一株ずつ確認していく。
二人で少しずつ集めていき、やがて予備として数本多めに集めたところで、レオが空を見上げる。
「そろそろ戻るか」
「もう?」
「町まで歩く時間も考えないとな。森を出るのが遅くなるのはよくない」
「そっか」
ルナは採取袋の中を確認した。
魔力草は依頼に必要な分だけ揃っている。
別に取っておいたハッカソウも少しある。
初めての森で、魔力草を自分たちで見分けて採ることができた。
ミアの弓は外れてしまったけれど、それもきっと経験の一つなのだろう。
「じゃあ、帰ろう」
「ああ」
「帰ったらちゃんと全部魔力草か見てもらわないとね」
「大丈夫だって。自信ある!」
「最初に間違えそうになってたけど」
「それはルナもでしょ!」
二人で言い合いながら歩き出す。
少し前を歩くレオは、帰り道でも時折周囲に視線を走らせていた。
森を出た三人がアルミヤに戻る頃には、日はだいぶ傾き始めていた。門でギルドカードを見せ、そのまま冒険者ギルドに向かう。
「ただいま戻りました」
受付に行くと、エリーが三人に気づいて笑顔を見せた。
「おかえりなさい。無事に戻ってこられましたね」
「はい!」
ルナは採取袋を取り出す。
「魔力草、集めてきました」
「では、確認しますね」
エリーは受け取った魔力草をカウンターの上へ並べ、一株ずつ確認していく。
ルナとミアは、その様子を少し緊張しながら見守った。
「……どうかな」
「全部合ってると思うけど……」
「途中からはちゃんと見分けられてたよね」
小声で話していると、確認を終えたエリーが顔を上げた。
「大丈夫ですよ。全部、魔力草です」
「よかったぁ」
ミアがほっと息を吐く。
ルナも思わず笑顔になった。
「初めての魔力草採取で一株も間違えていないのは立派ですよ。ハッカソウの方が多かったでしょう?」
「はい。思っていたよりずっと多くて、最初は何度も見比べました」
「それがよかったんだと思います。慣れないうちは、少しでも迷ったら確認するのが一番です」
エリーは依頼達成の処理を済ませ、二人に報酬を渡した。
「ありがとうございます」
受け取った報酬を大切にしまってから、ルナはハッカソウの入った袋を取り出した。
「あの、エリーさん。ハッカソウって、薬草としては使わないんですよね?」
「はい。ギルドでは買い取り対象になっていません」
「毒はありますか?」
「ありません。ただ、香りが強いので、わざわざ食べる人はほとんどいませんね」
「なるほど……」
それなら、一度試してみてもよさそうだ。
ルナはハッカソウを袋に戻す。
やっぱり、この世界では特に使い道のない草らしい。
それでも捨てる気にはなれなかった。
本当にミントと同じように使えるのか、確かめてみたかった。
三人はエリーに礼を言い、ギルドを後にした。
ゆりかご亭に戻ると、ルナは部屋に上がる前にハンナからお湯を分けてもらった。
「何に使うんだい?」
「ちょっと試してみたいことがあって」
「また何か作るのかい?」
「作るというほどじゃないんですけど」
昨日のことを思い出したのか、ハンナは楽しそうに笑った。
「何ができるか楽しみにしてるよ」
お湯の入ったポットを借り、三人で部屋に戻る。
ルナはテーブルの上に、森から持ち帰ったハッカソウを置いた。
「まだそれ持ってたの?」
ミアが不思議そうに尋ねる。
「うん。ちょっと試してみたくて」
綺麗に洗った葉を何枚か取る。
指先で軽く揉むと、森で嗅いだのと同じ爽やかな香りが広がった。
(見た目も匂いもミントにそっくり)
だったら、使い方も同じかもしれない。
ルナは葉をカップに入れると、そこへ熱いお湯を注いだ。
「それだけ?」
「うん。少し待ってみよう」
三人でしばらくカップを眺める。
やがて湯気とともに、爽やかな香りが漂い始めた。
「あ、いい匂い」
ミアが鼻を近づける。
「でしょ?」
十分に香りが出たところで、ルナはカップを手に取った。
「飲むのか?」
レオが少し心配そうに見る。
「毒はないってエリーさんも言ってたから。一口だけ」
少し息を吹きかけ、慎重に口をつける。
爽やかな香りが鼻に抜け、口の中にすっきりとした風味が広がった。
ルナの目が大きくなる。
(やっぱり!)
前世で飲んだミントティーによく似ている。
「美味しい?」
「うん。思ってた通りの味」
「思ってた通り?」
「あ……匂いから、こんな味かなって思ってたの」
危ない。
ルナは誤魔化すようにもう一口飲んだ。
「二人も飲んでみる?」
ミアはすぐに頷いた。
「飲む!」
「俺も?」
「もちろん」
それぞれのカップにもハッカソウを入れ、お湯を注ぐ。
最初に口をつけたミアは、すぐに目を丸くした。
「なんか、すーっとする」
「口の中がさっぱりするでしょ?」
「うん。あたし、これ好きかも」
レオも少し警戒しながら飲んでみる。
「……悪くないな」
「また悪くないって言った」
「美味いよ。甘いものを食べた後とかによさそうだな」
「あ、それいいかも」
ルナはすぐに手帳を取り出した。
『ハッカソウ
熱湯で香りがよく出る。
爽やかな風味。飲用可能。
甘い菓子にも合いそう。』
そこまで書いて、少し考えてからもう一行加える。
『他の使い方も試してみる』
「まだ何かするつもり?」
ミアが笑う。
「だって、捨てるだけなんてもったいないでしょ?」
青葉草だって、少し工夫すれば美味しいスープになった。
ハッカソウは、この世界ではほとんど見向きもされない草だ。
それでも、こうして飲めば十分美味しい。
ルナはカップを両手で包み、もう一口飲んだ。
爽やかな香りがふわりと広がる。
(他にも、前世と似たものがあるかもしれない)
知らない町を見て、知らないものを見つける。
自分の知識と結びつけながら、新しい使い方を探していく。それも、この旅の楽しみの一つになりそうだった。




