2-7
翌朝。
三人は一階の食堂で朝食を取っていた。
焼きたてのパンをちぎっていると、レオが二人に声をかける。
「今日は森に行ってみようと思う」
「森?」
ミアが顔を上げる。
「ああ。昨日は町の近くの草原だったけど、今日はもう少し先まで行ってみよう。魔力草の採取依頼を受けるつもりだ」
「魔力草……」
ルナはギルドで見た資料を思い出した。
癒し草より少し見つけにくく、森の入口付近に生えている薬草だ。
「森の奥まで行くの?」
「いや、今日は入口付近だけだ。新人でも比較的安全な範囲から出るつもりはない」
レオはパンを食べながら続ける。
「ただ、昨日より歩くぞ。二人とも大丈夫か?」
「あたしは大丈夫!」
ミアがすぐに答える。
ルナも少し考えてから頷いた。
「うん。疲れたらちゃんと言う」
「それならいい。無理して黙ってるのが一番困るからな」
「分かってる」
初めて野営をした日にも似たようなことを言われた。
ルナが苦笑すると、レオも小さく笑った。
「それと、今日は昼までに戻ってこられない。昼飯を持っていこう」
「お昼……」
これまで旅の途中で食べていたのは、孤児院を出る時に院長が持たせてくれたパンや保存のきく食べ物だった。
「今度は自分たちで用意しないといけないんだね」
「そういうこと」
「じゃあ、何か作ろうか?」
ルナの言葉に、ミアが嬉しそうに反応する。
「昨日みたいに?」
「森で食べるんだから、もっと簡単なものだけどね」
朝食の片付けをしているハンナに尋ねると、『火を使わないなら、そこの台を使いな』と快く場所を貸してくれた。
ルナはパンにチーズと薄く切った燻製肉、それから葉野菜を挟んでいく。
最後に昨日作ったポムのドレッシングを少しだけ加えた。
「これなら歩きながらでも食べられそう」
「いや、歩きながら食べる必要はないぞ」
「例えばの話」
レオに突っ込まれ、ルナは頬を膨らませる。
ミアが隣でくすくすと笑った。
出来上がったものを布で包み、水と一緒に鞄に入れる。
「これでお昼は大丈夫だね」
「あとは出発するだけ?」
「いや、その前に買っておきたいものがある」
レオに連れられて向かったのは、冒険者向けの道具を扱う店だった。
店内には採取道具や保存食などが並んでいる。
レオが足を止めたのは、小さな瓶が並べられた棚の前だった。
「初級ポーションを買っておこう」
「ポーション?」
ルナも棚を覗き込む。
値札を見て、思わず目を瞬かせた。
「……結構するんだね」
「薬だからな」
昨日の依頼で手にした報酬と比べると、決して気軽に買える値段ではない。
ルナは少し考えてからレオを見る。
「でも、なくても大丈夫じゃない?」
「何でだ?」
「軽い怪我ならキュアで治せるよね?」
しかし、レオはすぐに首を横に振った。
「それでも持っておく」
「もったいなくない?」
「キュアで治せない怪我したらどうするんだ?」
「あ……」
言われて初めて気づいた。
「それに、魔法が使えない状況だってあるかもしれない。魔力が足りなくなることもある」
レオは棚から初級ポーションを手に取る。
「使わなかったら、それが一番いい。でも、何かあった時のために用意しておくのも冒険者の仕事だ」
「……そっか」
ルナは素直に頷いた。
昨日までの草原とは違う。
今日は初めて森に入るのだ。
「分かった。買っておこう」
「よし」
レオは自分の分をすでに持っているらしく、ルナとミア用に一本ずつ購入した。
昼食に水、採取道具。そして、もしもの時のポーション。
準備を一つずつ確かめる。
初めての森。
少しだけ緊張する。
それでも、それ以上にどんなものが見つかるのか楽しみだった。
準備を終えた三人は、そのまま冒険者ギルドに向かった。
朝のギルドは、これから依頼に向かう冒険者たちで賑わっていた。
ルナとミアは依頼ボードの前に行き、昨日より少し慣れた様子で依頼書を眺めていく。
今回はルナとミアの二人で一件の採取依頼を受けることになった。
「あ、これだ」
ルナが見つけたのは、魔力草の採取依頼だった。
指定された本数を確認してから、依頼書を手に取る。
「これ、Eランクだよね?」
「そうだな」
レオが隣から覗き込む。
ルナとミアはまだFランクだ。本来なら、自分たちだけで受けることはできない。
「俺が一緒なら受けられるはずだ。エリーに聞いてみよう」
三人で受付に向かうと、エリーがすぐに気づいて笑顔を向けた。
「おはようございます。昨日はお疲れさまでした」
「おはようございます」
ルナは持ってきた依頼書を差し出す。
「今日はこれを受けてみたいんですけど……」
「魔力草ですね」
エリーは依頼書を確認すると、ルナとミア、それからレオに順番に視線を向けた。
「お二人はFランクですから、本来ならEランクの依頼は受けられません」
「やっぱり駄目ですか?」
「今回はDランクのレオさんとパーティーを組んでいますので、Eランクまでなら受注可能です」
ほっとしたルナだったが、エリーはすぐに表情を引き締めた。
「ただし、昨日とは違って森に入ることになります。魔力草は入口付近でも採れますから、絶対に奥へは行かないでください」
「はい」
「それと、魔力草にはよく似た草があります」
「ハッカソウですよね」
ルナが答えると、エリーが頷いた。
「よく覚えていましたね」
初日に、資料を読んだ時に気になって手帳にも書いておいた。
魔力草とハッカソウは見た目がよく似ており、生えている場所まで重なっている。
「ハッカソウの方が数が多いので、慣れないうちは間違えやすいんです。たくさん採って帰ってきたのに、ほとんどハッカソウだったという新人もいますよ」
「それは悲しい……」
ミアが思わず呟く。
「もちろん、その場合は依頼達成にはなりません」
エリーがにっこり笑った。
「ちゃんと確認してから採ります」
「そうしてください」
続いて二人のギルドカードを受け取り、依頼の手続きを済ませる。
「あと、森では一人で行動しないこと。薬草を見つけても勝手に離れたり、魔物を追いかけたりしないでくださいね」
「はい!」
元気よく答えたミアに、エリーは少しだけ目を細める。
「特にミアさん。魔物を見つけても、弓を持って追いかけていってはいけませんよ。弓の練習を始めたばかりですからね」
「わ、分かってるよ」
「本当ですか?」
「本当!」
そのやり取りに、ルナが小さく笑う。
「俺が二人から目を離さないようにするよ」
レオが言うと、エリーも頷いた。
「お願いします。初めての森なんですから、依頼を達成することより三人で無事に帰ってくることを優先してください」
「分かりました」
ルナも今度は真剣に答えた。
「それでは、いってらっしゃい。気をつけて」
「いってきます」
三人はギルドを出ると、西門に向かった。
門でギルドカードを見せ、そのまま街の外へ出る。
昨日向かった草原を横目に見ながら、さらに街道を進んでいく。
しばらく歩くと、遠くに広がっていた森が少しずつ近づいてきた。
「昨日より結構歩くね」
ミアが額の汗を拭う。
「だから朝に聞いただろ。大丈夫か?」
「まだ全然平気!」
「ルナは?」
「私も大丈夫」
そう答えながら、ルナは目の前の森を見上げた。
王都にいた頃、森に入ったことなど一度もない。
近づくにつれて木々は大きくなり、草原とはまるで違う景色が広がっていく。
「ここからは二人とも離れるなよ」
森の入口で、レオが足を止めた。
「薬草を見つけても、勝手に先に行かない。何か気になるものを見つけた時も、まず俺に言うこと」
「分かった」
「うん」
レオは二人の返事を確認してから、森の中に視線を向ける。
「じゃあ、行こう」
森に足を踏み入れると、空気が少しひんやりとした。土と草の匂いが濃くなり、頭上では葉の隙間から木漏れ日が揺れている。
三人は周囲を警戒しながらゆっくりと進んでいった。
ルナは時折足を止めては、資料で見た植物がないか辺りを見回していた。
「あっ」
少し歩いたところで、見覚えのある草を見つける。
細長い葉が何枚もついた草が、木の根元にまとまって生えていた。
「これ、魔力草じゃない?」
ルナが指差すと、レオも足を止めた。
「見つけたか?」
「多分。でも、ちゃんと確認してみる」
ルナはすぐに近づくのではなく、周囲に危険がないことを確かめてから草のそばにしゃがんだ。
ミアも隣にしゃがみ込む。
「いっぱいあるね」
「うん。でも……」
ルナは一株ずつ注意深く観察する。
資料で見た魔力草とよく似ている。
けれど、葉の形がわずかに違った。
「これはハッカソウだと思う」
「魔力草じゃないの?」
「うん。ほら、ここ」
ルナは葉の縁を指差した。
「ハッカソウは少しギザギザしてる。でも、魔力草はもっと滑らかだったはず」
少し離れた場所に本物の魔力草らしい一株を見つけ、今度は茎を見る。
「それに魔力草は、茎の根元が少し紫色になるって資料に書いてあったの」
「……本当だ」
ミアが二つを見比べる。
「言われないと分からないかも」
「私も資料を読んでなかったら間違えてたと思う」
しかも、辺りをよく見回してみると、圧倒的にハッカソウの方が多い。魔力草を一株見つける間に、似たようなハッカソウがいくつも目に入る。
「エリーさんが言ってた通りだね。思ったよりハッカソウが多い」
「これを全部魔力草だと思って持って帰ったら……」
「依頼失敗だね」
「それは嫌だなぁ」
ミアが真剣な顔で草を見つめ始める。
ルナはハッカソウの葉を傷つけないよう、指先でそっと擦ってみた。
すると、爽やかな香りがふわりと立ち上る。
「あ……」
「どうしたの?」
「ミアも嗅いでみて」
「すーっとする」
「うん。爽やかな香りがかなり強いね」
(やっぱり、ミントに似てる)
見た目はよく似ていても、よく観察すれば違いはある。
ルナは手帳を取り出し、実物を見て気づいた特徴を書き加えた。
「ミアも分からない時は切らないでね」
「うん。ルナに聞く」
「私だって間違えるかもしれないよ」
「じゃあ二人で確認しよう」
「それがいいかも」
顔を見合わせて笑ってから、二人は採取を再開した。
見つけるたびに葉の形を確かめ、迷った時には二つを並べて比べる。
最初は何度も手が止まったが、繰り返すうちに少しずつ違いが分かるようになってきた。
「これは……魔力草」
「こっちはハッカソウ!」
「正解」
「やった」
そんな二人から数歩離れた場所で、レオは周囲を警戒しながら見守っている。
「今日は数より、ちゃんと見分けられるようになることを優先しろよ」
時折そう声をかけながら、二人を急かすことはなかった。
ルナも一株ずつ確かめながら、慎重に魔力草を採取していった。それからもしばらく、二人は魔力草を探しながら森を進んだ。
「これで何本目?」
「えっと……」
ルナが採取袋の中を確認しようとしたところで、レオが声をかける。
「二人とも、そろそろ休憩にしよう」
「もう?」
「もう昼になるぞ」
言われて空を見上げる。
木々の隙間から差し込む日の光は、いつの間にか高いところから降り注いでいた。
「夢中になってて気づかなかった」
「あたし、お腹空いた!」
ミアがそう言った途端、ルナも急に空腹を感じる。
ルナは爽やかな香りの残るハッカソウをもう一度見た。
(やっぱりミントに似てる。料理や飲み物にも使えるかな)
「レオ、これも少し持って帰っていい?」
「魔力草とは別の袋に入れろよ」
ルナは数本だけ採取し、魔力草とは別の袋にしまった。
「じゃあ、朝作ったの食べようか」
「ああ。その前に少し開けた場所まで戻ろう」
採取袋を大切にしまうと立ち上がった。
初めての森での採取は、今のところ順調だった。
朝、自分たちで用意した昼食を楽しみにしながら、三人は休憩できる場所へと向かった。




