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双子の妹は聖女候補、無属性の私は食の知識で自由に生きます  作者: ぽかぽか


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1-2

 ゆっくりと意識が浮かび上がる。

 最初に聞こえたのは、小鳥のさえずりだった。

 窓から差し込む柔らかな陽射しが、白い天井を照らしている。


「……ここは」


 体を起こそうとした瞬間、後頭部に鈍い痛みが走った。


「っ……」


 思わず頭を押さえる。

 すると、近くから安堵したような声が聞こえた。


「よかった……目を覚まされたんですね」


 顔を上げると、白い法衣を身にまとった少年が立っていた。年齢はルナとそう変わらないように見える。

 まだ少し幼さの残る顔立ちで、不安そうにこちらを見つめている。


「あの……お加減はいかがですか?」

「あなたは……?」


 少年は背筋を伸ばし、丁寧に一礼した。


「神殿で見習い神官をしております、ノエルと申します」


 緊張した様子で名乗る姿に、ルナは頷いた。


「ルナ・フィールズです」

「はい、存じております」


 ノエルはどこか言いづらそうに視線を伏せた。


「判定の最中に倒れられて、こちらの休憩室までお運びしました」


 そこでルナの意識が途切れる直前の光景が蘇る。

 光り輝く水晶。

 神官たちの歓声。

 そして——。


「リアは……?」


 思わず口をついて出た。

 ノエルは一瞬だけ言葉に詰まり、困ったような表情を浮かべる。


「リア様は……光属性と判定されました」

「そう……」


 やっぱり夢ではなかった。

 あの眩しい光も。

 神殿中の歓声も。

 すべて現実だった。

 ルナは静かに目を閉じる。

 その様子を見たノエルは、意を決したように口を開いた。


「あの……ご家族のことですが」


 その声色だけで、何となく察してしまう。


「皆様はリア様とご一緒に、お屋敷に戻られました」


 静かな部屋に、その言葉だけが響いた。


「そうですか……」


 驚きより先に、妙な納得があった。

 四十年ぶりの光属性。今はリアのことで頭がいっぱいなのだろう。

 けれど胸の奥が、少しだけ痛んだ。

 そんなルナの表情を見て、ノエルは申し訳なさそうに頭を下げた。


「治療は済んでおりますが、頭を強く打たれていますので、今日は安静にするようにとのことです」

「分かりました。ありがとうございます」


 ルナがそう微笑むと、ノエルはほっとしたように表情を緩めた。


「馬車をご用意しております。落ち着かれましたら、お屋敷までお送りいたします」

「……はい」


 返事をしながら、ルナはそっと拳を握る。

 頭の中には、ルナ・フィールズとしての十五年間の記憶と、鈴木陽奈としての二十二年間の記憶が混ざり合ったまま残っていた。

 どちらも自分。

 けれど、まだ何一つ整理できていなかった。


 ノエルに案内され、神殿の外に出る。

 眩しい陽射しに思わず目を細めると、一台の馬車が停まっているのが見えた。見慣れたフィールズ家の紋章。


「あれは……」


 ルナが呟くと、御者がこちらに気づき、深々と頭を下げた。

 ルナは足を止めて振り返った。


「ノエルさん」

「はい」


 呼ばれたノエルは、少し緊張した様子で姿勢を正す。


「今日はありがとうございました。ご覧のとおり、家の者がおりますので、ここまでで大丈夫です」


 ルナは頭を下げた。


「それでは、失礼します」

「はい。どうか、お気を付けてお帰りください」


 ノエルに見送られながら、ルナは御者の元へ歩いていく。


「ルナお嬢様。お待ちしておりました」

「まだ、いてくれたのですか?」

「一度、屋敷に帰ったのですが、ミアさんが『ルナ様がお一人になるかもしれないので、神殿に戻ってください』と」


 その言葉に、ルナは目を見開く。


(ミアが……)


 きっと、自分が目を覚ますまで待っていてほしいと頼んでくれたのだ。


「それにお嬢様をお迎えするのも私の務めです」

「ありがとう」


 ルナは頷くと、馬車に乗り込んだ。

 ゆっくりと馬車が走り出す。

 窓の外では、人々がいつも通りの一日を過ごしていた。

 その景色をぼんやりと眺めながら、ルナは今日のことを思い出していた。

 リアの元に駆け寄った父と母。

 今までフィールズ家の長女として、自分なりに頑張ってきたつもりだ。

 私はもう、期待されていないのだろうか。

 そんな考えが浮かび、ルナは唇を噛みしめた。


◇◇◇


 馬車がフィールズ家の屋敷に到着した。

 見慣れた門をくぐり、中庭に入る。

 けれど、いつもと同じ景色のはずなのに、どこか違って見えた。

 馬車が止まると、玄関の扉が勢いよく開く。


「ルナ様!」


 飛び出してきたのはミアだった。

 ルナの姿を見るなり駆け寄り、その顔を見てほっと息をつく。


「ご無事でよかったです……!」

「心配をかけてしまったわね」

「そんなことありません!」


 ミアは首を横に振る。


「お怪我はありませんか? 頭を打たれたと聞いて……」

「少し痛むくらいよ。大丈夫」


 そう言って笑ってみせると、ミアはまだ納得していない様子でルナの顔を見つめた。

 その時だった。

 玄関に並んでいた使用人たちと目が合う。

 心配そうに見る者もいれば、どう声をかければいいのか分からない様子で視線を逸らす者もいる。

 何か言いたそうなのに、言葉にできない。

 そんな空気が玄関を包んでいた。

 ルナは小さく息をつく。


(もう、みんな知っているのね)


 神殿での判定結果は、すでに屋敷中に伝わっているのだろう。

 ミアもその視線に気づいたのか、きゅっと眉を寄せた。


「そんな顔をしないでください」


 ミアは小さな声で呟いた。


「ルナ様は何も変わっていないじゃないですか」

「ミア」


 ルナはそっとミアの袖を引いた。


「いいの」

「でも……」

「困らせてしまうわ」


 ルナは首を横に振る。


「みんなが悪いわけじゃないもの」


 属性を持たない貴族がどう見られるのか、ルナ自身もよく知っていた。

 だから使用人たちを責める気にはなれなかった。

 彼らもまた、突然のことにどう接すればいいのか分からないのだろう。

 それでも、ほんの数時間で、こんなにも周囲の空気が変わってしまうのかと思うと、胸の奥が痛んだ。


 ルナは一度深呼吸をすると、両親のもとに向かった。

 応接室の扉は開いたままになっており、中から慌ただしい話し声が聞こえてくる。


「神殿へのご挨拶も準備しなくては」

「リアの衣装も新しく仕立て直さないと」


 部屋に入ると、父と母、それにリアがソファに腰掛けていた。三人の前にはいくつもの書類が広げられ、使用人が忙しく出入りしている。

 ルナは静かに頭を下げた。


「ただいま戻りました」


 その声に、父が顔を上げた。


「ああ、戻ったか。傷の具合はどうだ」

「はい。傷は塞いでいただきました。今日は安静にするようにと」

「そうか。なら、部屋で休みなさい」


 父はそう言うと、すぐに手元の書類に視線を戻した。

 母もルナの姿を確かめるように見たが、立ち上がることはなかった。


「頭を打ったのでしょう。今日は無理をしてはいけませんよ」

「はい、お母様」


 心配する言葉ではある。

 けれど、以前ならすぐに駆け寄り、傷を確かめていたはずだった。

 母はそれだけ言うと、再び使用人に向き直った。


「神殿への贈り物は失礼のないように準備してください」

「かしこまりました」


 まるでルナがそこにいないかのように、話は進んでいく。

 その時、リアと目が合った。

 リアはどこか困ったように眉を下げ、口を開く。


「お姉様、その……」


 けれど続きの言葉は出てこなかった。

 何を言えばいいのか分からない。

 そんな表情だった。


「リア」


 母が優しく声をかける。


「少し疲れたでしょう。部屋で休みなさい」

「……はい」


 リアはもう一度だけルナを見つめた。

 何かを言いたそうに唇を動かす。

 しかし結局何も言えないまま、部屋を後にした。

 ルナは小さく息を吐く。


「それでは、私も失礼します」

「ああ、ゆっくり休みなさい」


 父はそう答えたものの、顔を上げることはなかった。

 静かに扉を閉める。

 その音だけが、やけに大きく廊下に響いた。


 自室に戻ると、ルナはゆっくりとベッドに腰を下ろし、大きく息を吐いた。


「……仕方ない、よね」


 ルナは小さく呟く。

 リアを優先すること自体は理解できる。

四十年ぶりの光属性なのだ。子爵家として、浮き足立つのも無理はない。

 そう思おうとした。

 けれど、その考えにどこか違和感が残る。


「……違う」


 思わず呟く。

 前世の記憶を思い出したからだろうか。

 今までなら疑問にも思わなかったことが、どうしても引っかかる。

 たとえ属性がなくても。

 たとえ期待されなくなったとしても。

 倒れた娘を置いて帰るだろうか。

 前世の両親を思い出す。

 自然と懐かしい光景が浮かんだ。

 休日の台所。


「今日は何作る?」


 笑いながらエプロンを結ぶ母。

 隣では父がぎこちない手つきで野菜を切っている。


「危ないから、お父さんは見てて」

「ひどいなぁ」


 三人で笑い合う。

 仕事で忙しい二人だった。

 一緒に過ごす時間は決して多くなかった。

 それでも、陽奈は愛されていたと胸を張って言えた。

 体調を崩した時も、進路に迷った時も、二人はいつも自分のそばにいてくれた。

 自分が死んだあと、二人はどれほど悲しんだだろう。

そう思うだけで、胸の奥が締め付けられた。


「お父さん、お母さん……」


 ぽつりと漏れた言葉とともに、ポロポロと涙が溢れ落ちた。

 もう二度と会えない。

 『ありがとう』と伝えることもできない。

 誰もいない部屋で膝を抱え、声を殺してしばらく泣いた。

 

 やがて深く息を吐き出し、両手で頬を叩く。


「……ふぅ。泣いてばかりじゃ、駄目よね」


 鈴木陽奈としての人生は、もう終わった。それでも、その記憶も感情も確かに自分の中にある。

 今の自分は、ルナ・フィールズだ。

 これからどう生きるのか。

 それを考えなくてはならない。

 そう思った、その時だった。

 コンコン、と部屋の扉が叩かれる。


「ルナお嬢様」


 廊下から使用人の声が聞こえた。


「旦那様がお呼びです」

「お父様が……?」

「ただ今、王宮より使者の方がお見えになっております」


 王宮からの使者。

 その言葉に、ルナは息をのむ。

 何の用だろう。

 光属性と判定されたリアのことなのは間違いない。

 それでも父が自分まで呼ぶ理由が分からなかった。


「……すぐに参ります」


 立ち上がったルナは、一度だけ深呼吸をする。

 胸の奥に広がる不安を押さえ込みながら、静かに部屋を後にした。

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