2-5
翌朝。
三人は朝食を済ませると、そのまま冒険者ギルドに向かった。昨日と同じように、ギルドの中は朝から多くの冒険者で賑わっている。
「今日は昨日より人が多いね」
ルナが辺りを見回す。
「朝のうちに依頼を受けて出発する冒険者が多いからな」
レオはそう言うと、掲示板へと歩き出した。
二人も後に続く。
掲示板には、大小さまざまな依頼書が貼られていた。
「こんなにあるんだ……」
ルナは一枚一枚目を通していく。
『薬草採取』
『ホーンラビット討伐』
『畑の草むしり』
『荷物運び』
『倉庫の掃除』
思わず足を止める。
「掃除の依頼まであるんだね」
隣のミアも覗き込む。
「冒険者って魔物を倒す仕事ばかりだと思ってた」
レオは小さく笑う。
「そういう依頼だけじゃ食っていけないからな。町の人の困り事を手伝うのも冒険者の仕事だ」
「なるほど」
ルナは感心したように頷いた。
三人は受付に向かう。
エリーは三人の姿を見ると、にこりと微笑んだ。
「おはようございます」
「おはよう」
レオが軽く手を挙げる。
「初めて依頼を受けようと思うんだが、おすすめはあるか?」
「もちろんです」
エリーは依頼書を数枚取り出した。
「ルナさんでしたら、まずは癒し草の採取がおすすめですね。街の外にある採取エリアですので、危険な魔物はほとんどいません」
続いてミアを見る。
「ミアさんは練習も兼ねて、スライム討伐はいかがでしょう? 三体討伐すれば達成です」
「スライム?」
「はい。動きも遅く、とても弱い魔物です。初めての討伐にはぴったりですよ」
ミアはレオを見る。
「どう?」
「いいと思う。俺も一緒だから安心しろ」
「うん!」
元気よく頷いた。
エリーは地図を広げる。
「採取エリアは、門を出て街道を少し進んだ草原になります」
指で場所を示しながら説明を続ける。
「森に入る必要はありませんので、初めての依頼にはちょうどいいと思います」
「ありがとうございます」
ルナは頭を下げた。
エリーは二枚の依頼書を差し出し、優しく微笑む。
「スライムはこちらの小瓶に粘液を採取してください。討伐証明になります。初依頼ですね」
「はい」
「焦らず、安全第一で頑張ってきてください」
「ありがとうございます!」
三人は揃って返事をすると、ギルドをあとにした。
門に着くと、ルナは昨日とは違い、自分のギルドカードを門番に差し出す。
門番はカードを確認すると、頷いて返してくれた。
「依頼か。気をつけてな」
「はい」
ルナはカードを大切そうに受け取り、小さく笑う。
昨日は旅人として町に入った。
今日は冒険者として町を出る。
門を出ると、街道沿いに広がる草原が目の前に現れた。
背の低い草が風に揺れ、ところどころ色とりどりの花が咲いている。
「ここが採取エリアだ」
レオは辺りを見回しながら足を止めた。
「この辺りなら危険な魔物はほとんど出ない。それでも油断はするな」
ルナとミアは真剣な表情で頷く。
「薬草採取で一番大事なのは、品質を落とさないことだ」
レオは近くに生えていた癒し草を指差した。
「葉が傷んでいないものを選ぶ。虫に食われているものや枯れかけたものは価値が下がる」
「うん」
「それから、根ごと抜くな」
採取用のハサミを取り出し、茎の少し上を切って見せる。
「こうすればまた生えてくる。根まで抜くと次が育たないし、ギルドでも評価が悪くなる」
「なるほど……」
ルナは手帳を取り出し、短く書き留めた。
「もう一つ」
レオは二人に視線を向ける。
「採取中は下ばかり見がちになる。だからこそ、時々顔を上げて周りを確認すること」
少し表情を引き締める。
「草に隠れて魔物が見えないこともある。弱い魔物でも、不意を突かれると危険だ」
「わかった」
「気をつける!」
二人が返事をすると、レオは頷いた。
「よし。それじゃあ始めよう。俺は近くで見てる」
ルナは早速、辺りを見回した。
「えっと……」
資料で見た形を思い浮かべながら歩いていく。
しばらくすると、よく似た草を見つけた。
「あっ、これかな」
しゃがみ込み、葉の様子を確認する。
虫食いもなく、色も鮮やかだ。
レオに教わった通り、採取用のハサミで慎重に茎を切る。
「レオ、これで合ってる?」
レオは受け取ると、葉や切り口を確認する。
「……うん、初めてにしては上出来だ」
「本当?」
「ああ。切る位置も悪くない」
その言葉に、ルナはほっと笑みを浮かべた。
「よかった」
「その調子で続ければ問題ない」
小さな袋に入れると、少し嬉しくなった。
ルナが癒し草を採取している少し先で、ミアが草むらを覗き込んだ。
「スライムってどこにいるんだろ……」
辺りを見回していると、草むらの向こうで半透明の青い塊がゆっくりと跳ねているのが見えた。
「あっ、いた!」
「ルナ、少し下がってろ」
レオの言葉に、ルナは採取袋を持って数歩後ろに下がった。
少し離れたところでミアが弓を構えた。
昨日教わった通り、深呼吸をして狙いを定める。
「えいっ!」
矢を放つ。
しかし、矢は少し横に逸れ、地面に突き刺さった。
「あぁ……」
「焦るな」
後ろからレオが声をかける。
「スライムは動きが遅い。しっかり狙えば当たる」
ミアは大きく息を吸った。
「もう一回」
弓を引き、ゆっくり狙いを定める。
——放つ。
矢は真っすぐ飛び、スライムの体に突き刺さった。
ぷるりと体を震わせたスライムは、そのまま動かなくなる。
「やった!」
ミアは思わず飛び跳ねた。
レオも小さく頷く。
「よし。初討伐だ」
ミアは嬉しそうに駆け寄る。
倒れたスライムの体から、レオが粘液を採取する。
「依頼ではこれを納品する」
「魔物を倒したら終わりじゃないんだね」
「討伐証明にもなるし、素材としても使われるからな」
ミアは興味深そうに小瓶を覗き込む。
「なるほど」
後ろでミアの討伐を見ていたルナは、ほっと息をついた。
そして再び、癒し草を探して草原を歩き始める。
癒し草を見つけるたびに、葉の色や形を確かめ、丁寧に採取していく。
「これは少し葉が傷んでるから……だめ」
一つひとつ確認しながら袋に入れていくうちに、少しずつ見分けられるようになってきた。
そんな時だった。
「あっ」
見覚えのある葉が目に入る。
四枚の丸い葉を広げた、小さな草だった。
「青葉草だ」
昨日、市場で見かけたものだ。
「これも持って帰ってみようかな」
レオに確認してから、ルナは根を残すように茎を数本だけ切り取った。
癒し草と混ざらないよう、別の小袋に丁寧にしまう。
「スープに入れることもあるって言ってたよね」
料理のことを考えると、自然と胸が弾んだ。
初めて採った薬草。
初めて倒した魔物。
二人はそれぞれ、小さな達成感を胸に刻みながら、初依頼を順調に進めていった。
気がつけば、太陽はすっかり高く昇っていた。
ルナは袋の中を確認する。
「これくらいあれば大丈夫かな」
癒し草も依頼に必要な数は集まっている。
ミアもレオに教わりながら二体のスライムを倒し、無事に依頼に必要な数を達成した。
「初依頼としては十分だな。今日はこれで切り上げよう」
「うん!」
三人は荷物をまとめ、アルミヤに戻ることにした。
門でギルドカードを見せると、門番は軽く頷く。
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
ルナは笑顔で頭を下げ、そのまま冒険者ギルドに向かった。
受付ではエリーが三人の姿に気づき、にこりと微笑む。
「お帰りなさい。初依頼はいかがでしたか?」
「無事終わりました」
レオが答える。
ルナは採取した癒し草を、ミアは小瓶に入ったスライムの粘液を受付に並べた。
エリーは一つひとつ丁寧に確認していく。
「癒し草は状態もきれいですね」
葉を裏返しながら頷く。
「切り口も丁寧です。これなら問題ありません」
ルナは思わずほっと息をついた。
「よかった……」
続いてミアの小瓶を見る。
「スライムの粘液も確認しました。こちらも依頼達成です」
そう言ってギルドカードを受け取り、魔道具に軽く触れさせる。淡い光がカードを包み込んだ。
「これで依頼達成の記録が残りました」
エリーは受付の奥から革袋を取り出し、二人に差し出す。
「こちらが癒し草採取の報酬です」
「こちらがスライム討伐の報酬です」
ルナは少し緊張しながら受け取る。
革袋の中には、銀貨と銅貨が入っていた。
「これが……私が自分で稼いだお金」
思わず呟く。
ミアも嬉しそうに革袋を覗き込む。
「冒険者になってよかったね!」
二人は顔を見合わせ、自然と笑顔になった。
その様子を見て、エリーも優しく微笑む。
「初依頼達成、おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
二人は声を揃えて頭を下げた。
レオはそんな二人を見て、小さく笑う。
「いい顔してるな」
ルナは革袋を大切そうに握りしめた。
額は決して大きくない。
それでも、自分の力で働いて手にした初めての報酬だった。その重みは、金額以上に大きく感じられた。
冒険者ギルドを出ると、レオは二人を振り返った。
「初報酬なんだ。少しくらい、自分たちの好きなものに使ってもいいんじゃないか?」
「えっ、本当に?」
ミアの目がぱっと輝く。
「使っていいの?」
ルナは少し戸惑う。
「全部使うのは駄目だけどな」
「やった!」
ミアは嬉しそうに拳を握った。
ルナも思わず笑みを浮かべる。
「じゃあ、少しだけ使ってみようかな」
三人はそのまま市場に向かった。
昼時ということもあり、通りには香ばしい匂いが漂っている。
「あたしは決めた!」
ミアは迷わず串肉の屋台に駆け寄った。
「やっぱりこれ!」
嬉しそうに串肉を受け取り、さっそく一口かじる。
「美味しいー!」
その幸せそうな表情に、ルナとレオは思わず笑ってしまう。
一方ルナは、果物屋の前で足を止めた。
昨日食べたポムパイが忘れられず、店先に並ぶ瓶に目が留まる。
「ポムジャム……」
透き通るような赤色が、とても美味しそうだった。
「これ、ください」
店主から瓶を受け取り、大切そうに抱える。
「パンにつけたら美味しそう」
市場では昼食も買った。三人は近くの広場に移動し、それぞれ買ったものを食べる。
串肉を頬張るミアを見て、ルナはくすりと笑う。
「そんなに美味しい?」
「うん!」
ミアは大きく頷く。
「やっぱり、自分で稼いだお金で食べると美味しい!」
その言葉に、ルナもポムジャムを見つめながら微笑んだ。
「それは分かる気がする」
少し間を置いて、ルナはレオに視線を向ける。
「ねぇ、料理ができる場所って、この町にあるかな?」
レオは少し驚いたような顔をする。
「料理?」
「うん」
ルナは買ったばかりのポムジャムを見つめながら頷く。
「……屋敷では料理長に手伝ってもらって、お菓子作りをしたことはあるんだけど、ちゃんと料理をしたことはないの。でも、この旅では挑戦してみたいなって思って」
隣でミアが一瞬、不思議そうにルナを見た。
けれど、何も言わずに小さく笑う。
レオは少し考えてから答えた。
「この町に共同の調理場はなかったはずだ」
「そっか……」
「でも、宿なら厨房を貸してもらえるかもしれない。一度ハンナさんに聞いてみよう」
ルナの表情がぱっと明るくなる。
「本当?」
「ああ。駄目ならその時また考えればいい」
「ありがとう!」
ルナは嬉しそうにポムジャムを抱えた。
ポムジャムに、青葉草。
この世界には、まだ知らない食材がたくさんある。
どんな料理が作れるのだろう。
考えるだけで胸が弾んだ。
初めての依頼を終えたルナは、次はどんな発見が待っているのだろうと楽しみにしながら、ゆりかご亭への道を歩いていった。




