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翌朝。
ルナは鳥のさえずりで目を覚ました。
「……あまり眠れなかったな」
初めての野営だったせいか、何度も目が覚めてしまった。
それでも体を起こし、小さく息を吐く。
「キュア」
淡い光が体を包む。
頭の重さが少し和らいだ気がして、ルナはほっと胸をなで下ろした。
馬車の外に出ると、見張りを終えたばかりのレオが火の後始末をしていた。夜半までは御者が見張り、後半をレオが担当したようだ。少し離れたところでは御者が馬の様子を見ていた。
「おはよう、レオ」
「おはよう。よく眠れたか?」
「ううん、少し緊張しちゃって」
苦笑しながら答えると、ルナはレオに手を向けた。
「見張り、お疲れさま。キュア」
柔らかな光がレオを包む。
レオは少し目を見開き、自分の肩を動かした。
「肩の張りが少し楽になった」
「本当?」
「ああ」
少し驚いたような表情を浮かべたあと、レオは真面目な顔になる。
「一つだけ気をつけろ」
「うん?」
「昨日、クリーンの話をしてただろ。町に入ったらクリーンはなるべく使うな」
「どうして?」
「旅人なら服や靴が少しくらい汚れてるのが普通だ。毎日新品みたいに綺麗だったら、逆に目立つ」
「あっ……」
ルナは納得したように頷いた。
「気をつける」
ちょうどその時、ミアも眠そうに目をこすりながら馬車から降りてくる。
「おはよう……」
「おはよう、ミア」
四人は簡単に朝食を済ませると、馬車を走らせた。
街道を進むこと数時間。
遠くに石造りの城壁が見えてくる。
「あれがアルミヤだ」
レオの言葉に、ルナは思わず身を乗り出した。
「わぁ……」
王都ほど大きくはない。
それでも、人々が暮らす立派な町だった。
ルナはその景色を目に焼き付ける。
王都以外の町に来るのは、生まれて初めてだった。
「楽しみ?」
ミアが笑って尋ねる。
ルナは嬉しそうに頷く。
「うん。どんな町なのか、ずっと見てみたかったの」
嬉しそうに外を眺めるルナを、ミアが一瞬だけ不思議そうに見つめた。
「ミア?」
「……ううん。何でもない」
ミアは笑って首を横に振った。
三人を乗せた馬車は、そのままアルミヤの門に向かった。
門の前には荷馬車や旅人が列を作っている。
順番が来ると、門番が近づいてきた。
「止まってください。入町手続きをお願いします」
レオは慣れた様子でギルドカードを差し出す。
門番は軽く目を通し、小さく頷いた。
「冒険者ですね。問題ありません」
続いてルナとミアを見る。
「お二人は身分証をお持ちですか?」
「まだ持っていません」
「では、名前を。身分証をお持ちでない方は、入町税として一人銅貨五枚になります」
ルナは少し緊張しながら財布を開き、銅貨を取り出した。
誰かに用意された物ではなく、自分で選んで支払う。
それだけのことなのに、少しだけ大人になったような気がする。
「それから、茶色の長い髪に紫の瞳をした十五歳くらいの娘を見なかったか?」
門番が何気なく尋ねた。
ルナの心臓が大きく跳ねる。
「茶色の髪?」
レオはルナを見ることなく首を傾げた。
「いや、見てませんね」
「そうか」
門番はルナとミアにも視線を向けたが、すぐに興味を失った。
「王都から探し人の知らせが来ていてな。貴族の娘らしい」
今のルナの髪は肩にかかる程度しかない。平民の服を着て、装飾品も身につけていなかった。
「ご苦労さまです」
レオはそれだけ答えた。
「通ってよし」
三人はそのまま門をくぐる。
人通りの多い通りに出たところで、ルナは小さく息を吐いた。
「……大丈夫かな」
不安そうにレオを見上げる。
レオは落ち着いた表情のまま頷いた。
「大丈夫だ」
「でも、今……」
「門番が探してたのは、長い髪で貴族らしい格好をした娘だ。今のルナは、その特徴からかなり外れてる」
レオが言い切る。
「それに、追っ手が来ていたとしても、ここまでは追われてもいい。アルミヤから先の足取りを消す」
その言葉を聞いて、ルナの肩から力が抜ける。
「……わかった」
レオは周囲を見回してから、小さく笑った。
「今日は必要な物を買ったら、早めに宿に入ろう」
「ギルドの登録は?」
「今日はやめとこう。昨日まともに眠れてないだろ。明日の朝一番に行けばいい」
「うん」
ルナは大きく頷いた。
街に入ると、三人は馬車を降り、御者にお礼を言って別れた。
その後、人々で賑わうアルミヤの町へと歩き出した。
道の両側には露店が並び、店主たちの威勢のいい声が飛び交っている。
「まずはお昼にしようか」
レオが周囲を見回しながら言う。
「食べながら町の様子も見て回ろう」
三人は焼きたてのパンと串肉を売る屋台で昼食を買った。
ルナは財布から銅貨を取り出し、代金を支払う。
「これで銅貨二枚か」
ルナは手の中に残った硬貨を見つめる。
「王都よりは安い方だよ」
レオがパンを一口かじる。
「街によって多少違うけど、このくらいが普通だ」
ルナは小さく頷く。
これも覚えておこう。
頭の中で、自然と値段を記憶していく。
昼食を食べ終えると、そのまま市場を歩き始めた。
「あれ?」
ルナは辺りを見回して足を止める。
どの店にも、赤い果実が山積みにされている。
「この果物、たくさんあるね」
「ポムだな」
レオが答えた。
「アルミヤの名産なんだ」
(ポム……)
ルナは赤い果実を見つめる。
(……りんごみたい)
形も色も、前世で見慣れたりんごによく似ていた。
思わず笑みがこぼれる。
「気になる?」
ミアが覗き込む。
「うん。せっかくだから食べてみたいな」
三人は近くの店に立ち寄る。
そこにはポムを使ったお菓子が並んでいた。
「ポムパイ、おすすめだよ!」
店主が元気よく声をかけてくる。
「昨日は野営も頑張ったし、ご褒美に買おうか」
レオが笑う。
「いいの?」
「もちろん」
焼きたてのポムパイを受け取り、一口食べる。
「美味しい……!」
甘酸っぱい果実と温かい生地がよく合っていた。
ルナとミアは顔を見合わせて笑う。
「また食べたいね」
「うん!」
市場を歩いていると、今度は露店の隅に積まれた緑色の葉が目に入った。
「これは?」
店主が答える。
「青葉草だよ。家畜の餌にしたり、たまにスープに入れたりする草さ」
ルナは一枚手に取る。
丸みを帯びた四枚の葉。
(四つ葉のクローバーみたい)
もちろん、前世のクローバーとは違う植物だ。
それでも、その姿はどこか懐かしかった。
(四つ葉って幸運の象徴だったよね)
そんな縁起のいい見た目なのに、こちらでは珍しいものではないらしい。
ルナは不思議な気持ちになりながら、青葉草を元の場所に戻した。
市場をあとにした三人は、町の中を歩いた。
しばらくすると、木造二階建ての建物が見えてくる。
入口には、大きく『ゆりかご亭』と書かれた看板が掲げられていた。
「ここだ」
レオが扉を開ける。
店内には木の温もりが感じられ、食事を楽しむ冒険者や旅人たちの笑い声が響いていた。
「いらっしゃい!」
奥から元気な声が聞こえ、一人の女性が笑顔で近づいてくる。
四十代半ばほどだろうか。
エプロン姿の女性は、三人を見渡してにっこりと笑った。
「泊まりかい?」
「はい。三人です」
レオが答える。
「二部屋お願いできますか」
「もちろんさ」
女性は慣れた手つきで帳簿を開く。
レオのギルドカードを確認すると帳簿に名前を書き込んだ。
「私はここの女将、ハンナだよ。困ったことがあったら何でも言っとくれ」
「よろしくお願いします」
ルナとミアも頭を下げた。
部屋の鍵を受け取ると、ハンナが笑いながら付け加える。
「夕食はもう決めてるかい?」
三人が顔を見合わせると、ハンナは胸を張った。
「うちの自慢はシチューだよ。旅人にも冒険者にも評判なんだから」
「シチュー……」
ルナの目が輝く。
隣でミアも嬉しそうに笑った。
「食べたい!」
「ふふっ。それじゃあ決まりだね」
ハンナは満足そうに頷いた。
「できたら呼ぶから、それまでゆっくり休んでおいで」
三人は礼を言い、部屋に向かった。
部屋は決して広くはない。
それでも掃除が行き届いていて、窓からは町並みがよく見えた。
ベッドに腰を下ろしたルナは息を吐く。
「やっと落ち着いたね」
「昨日は馬車の中だったもんね」
ミアが笑いながらベッドに倒れ込む。
「今日はぐっすり眠れそう」
ルナもつられて笑った。
「私も」
少し休んでいると、一階からハンナの明るい声が聞こえてきた。
「夕食できたよー!」
三人は顔を見合わせ、一階に降りていく。
テーブルの上には、湯気を立てるシチューと焼きたてのパンが並んでいた。
「美味しそう……」
ルナが思わず呟く。
レオはコップに果実水を注ぐと、二人を見た。
「アルミヤ到着、お疲れさま」
ルナとミアもコップを持ち上げる。
「乾杯!」
三人のコップが小さく触れ合った。
ルナはさっそくシチューを一口運ぶ。
野菜の甘みと肉の旨みがゆっくりと口いっぱいに広がった。
「美味しい……」
自然と笑みがこぼれる。
「評判になるのも納得だね」
ミアも幸せそうな表情で頷く。
「うん。毎日でも食べたいくらい」
その言葉にレオも笑った。
「気に入ったなら何よりだ」
温かい料理を囲みながら、三人は穏やかな時間を過ごした。
今までいた屋敷とは何もかも違う。
それでも、不思議と心は落ち着いていた。
アルミヤで迎える最初の夜は、ルナにとって旅の始まりを優しく祝福してくれているようだった。




