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その頃、王城。
お披露目式が始まる前。
リアは王宮の応接室に案内されていた。
部屋には国王と王妃、現聖女エリシア、大神官の姿がある。そして、その隣には二人の青年が立っていた。
「リア」
国王が穏やかに口を開く。
「今日は、この二人を紹介しておこう」
「はい」
リアは姿勢を正す。
「こちらが王太子、チャールズだ」
チャールズは優しく微笑み、一歩前に出る。
「改めまして、おめでとうございます。これから何かと顔を合わせる機会もあるでしょう。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
続いて、もう一人の青年に視線が向けられる。
「そしてこちらが第二王子、ジェームズだ」
リアと年の近い青年は、一歩前に出て軽く頭を下げた。
「ジェームズです。よろしく」
少し硬い口調だったが、不快な印象はない。
「リア嬢は王立学園に通う予定だったそうですね」
「はい」
王妃が優しく続ける。
「聖女候補として学ぶことは増えますが、同世代との交流も大切です。学園生活も送ってもらう予定ですよ」
リアは少し安心したように表情を緩めた。
すると国王がジェームズに視線を向ける。
「ジェームズ。学園に慣れるまでは、お前が何かと力になってやりなさい」
「分かりました」
ジェームズは真面目な表情で頷く。
「困ったことがあれば遠慮なく相談してください。学園を案内するくらいならできます」
「ありがとうございます」
リアも自然と笑みを返した。
エリシアはそんな二人を見て、穏やかに微笑んでいた。
「それでは、そろそろ時間ですね」
大神官がそう告げると、部屋の空気が引き締まる。
王宮の大広間で、お披露目式が始まった。
広間には国内の有力貴族が集まり、リアが姿を見せると会場が静まり返る。
「彼女が新しい聖女候補か」
国王がリアを四十年ぶりに現れた光属性の保持者として紹介し、エリシアが聖女候補として教育を受けることを告げた。
様々な視線がリアに向けられる。
紹介が終わると、貴族たちが次々と祝福の言葉をかけに来た。
「おめでとうございます」
「どうかこの国をお守りください」
笑顔で応えながらも、リアは胸の奥で何度も深呼吸を繰り返す。まだ何もできない自分に向けられる期待の重さを感じる。
慣れない挨拶が続き、気が付けばあっという間に時間が過ぎていた。ようやく全てが終わった頃には、張り詰めていた緊張が一気にほどけた。
「お疲れさまでした」
優しい声に振り向くと、大神官が立っていた。
「ありがとうございます」
リアはほっとしたように微笑む。
大神官は労わるような眼差しを向けた。
「属性判定の日から今日まで、ずっと忙しかったでしょう。今日はもう十分です。これから数日は、しっかり体を休めてください。本格的な勉強は、それから始めましょう」
「……はい」
リアは深く頭を下げた。
その言葉に、ようやく肩の力が抜けた気がした。
◇◇◇
お披露目式を終えた一行は、夕方になってフィールズ家に戻ってきた。
馬車が屋敷の前で止まる。
「お帰りなさいませ」
執事が恭しく一礼した。
「留守中、何か変わったことはあったか」
父が歩きながら尋ねる。
執事は一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いた。
「実は……ルナ様のお姿が見当たりません」
その言葉に、リアは思わず足を止めた。
「お姉様が?」
「はい」
執事は静かに頷く。
「昼食をお持ちした者が不在に気づき、屋敷内と庭を捜しましたが、見つかっておりません」
父は眉をひそめる。
「部屋は確認したか」
「はい。荷物も確認しております」
「案内しろ」
一行はそのままルナの部屋に向かった。
扉が開く。
部屋はきれいに片付いていた。
ベッドも、本棚も、机の上も普段と変わらない。
「門番には確認したのか」
「正門の者にも確認しましたが、ルナ様がお出になったところは誰も見ておりません。裏門の者にも確認しております」
「ミアはどうした」
「本日から休暇を取り、孤児院に向かう予定となっております」
父は眉を寄せた。
「すぐに孤児院に人をやれ。ルナもミアを頼って向かった可能性がある」
「かしこまりました」
「それから、屋敷の周辺と王都の門を確認させろ。ただし、ルナが行方不明になったことは外に漏らすな」
父は冷静に命じた。
「大きな荷物は残っている。遠くへは行けないはずだ」
母も部屋を見回す。
「感情的になって屋敷を出ただけかもしれません。見つかれば、落ち着いて話を聞きましょう」
二人の会話を聞きながら、リアだけは言葉を失っていた。
(お姉様……)
胸の奥がざわつく。
嫌な予感が消えない。
ふと机に視線を向けると、小さな箱が目に入った。
リアはそっと手に取る。
中に入っていたのは、淡い紫色の花を模した髪飾り。
「これ……」
昔、一緒に王都で買った色違いの髪飾りだった。
リアのものは今も自分の部屋にある。
ルナもずっと大切にしていたはずだ。
「どうして……置いていったの」
小さく呟いたその声は、誰にも届かなかった。
「リア」
父の声で我に返る。
「はい」
「ルナのことはこちらで対処する。お前は今日の疲れを取ることだけを考えなさい」
リアは髪飾りを握り締める。
「はい。ありがとうございます」
リアは深く一礼すると、髪飾りを大切に胸に抱えたまま部屋を後にした。
廊下を歩きながらも、その胸のざわめきは消えない。
部屋に戻ったリアは、そっと髪飾りを机の上に置いた。
ルナが置いていった髪飾り。
「お姉様……」
父と母は、すぐ戻ってくると言っていた。
けれど、リアにはそうは思えなかった。
根拠なんてない。
それでも、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚が消えない。
双子だからなのだろうか。
昔から、ルナがひどく体調を崩した時や、強く苦しんでいる時は、何となく胸騒ぎがすることがあった。
◇◇◇
幼い頃、親戚を招いた食事会が開かれた日のこと。
朝から、ルナはいつもと変わらない様子で過ごしていた。
具合が悪そうな様子など、少しも見せていなかった。
けれどリアだけは、なぜか落ち着かなかった。
胸の奥が重く、体まで熱を持っているような気がした。
「ルナ、大丈夫?」
小さな声で尋ねても、ルナは笑って首を横に振った。
「大丈夫よ」
けれど、その直後。
食事会を終えて部屋に戻ったルナは、その場に倒れ込んだ。
高い熱が出ていた。
朝から体調が悪かったものの、両親や客人に迷惑をかけたくなくて、ずっと我慢していたのだという。
リアは泣きながら、眠るルナの手を握っていた。
「どうして分かったの?」
熱が下がった後、ルナは不思議そうに尋ねた。
「分からない。でも、ルナが苦しい気がしたの」
そう答えると、ルナは少し驚いたあと、優しく微笑んだ。
「やっぱり、双子だからかな」
「うん」
リアも嬉しそうに笑った。
◇◇◇
ルナが無事なのかどうかは分からない。
それでも、すぐに戻ってくるような気はしなかった。
「……あの頃は」
リアは小さく笑う。
「ルナって呼んでたのに」
いつからだっただろう。
『お姉様』と呼ぶようになったのは。
勉強も礼儀作法も、ルナは何でも出来た。
リアも頑張った。
でも、どれだけ努力しても、ルナには届かない。
ルナのことが羨ましかった。
自分もルナのように褒められたかった。
そんな時、周りの大人たちはいつも、
『リア嬢は笑顔が可愛いわね』
『素直でいい子ね』と言っていた。
そしてある日。
何気なく『お姉様』と呼ぶと、
『まあ、きちんとお姉様と呼べるのね。偉いわ』とみんな嬉しそうに笑って褒めてくれた。
その時、思ったのだ。
ルナのようになれなくてもいい。
私は妹なんだから。
妹なら、ルナのように出来なくても許してもらえる。
それから自然と、『お姉様』と呼ぶようになった。
ルナは最初だけ少し驚いた顔をした。
でも、何も言わなかった。
「……あれが始まりだったのかな」
少しずつ。
本当に少しずつ。
二人は本音を話さなくなっていった。
判定の日。
光属性と告げられた瞬間、嬉しかった。
初めて、自分自身を認めてもらえた気がしたから。
でも、嬉しかったことと、ルナを心配する気持ちは別だった。
属性がなくても、ルナは自慢の姉だった。
それだけは変わらない。
私だけでも、そう伝えられたらいいと思っていた。
聖女として認められるようになったら、お姉様の力になれるかもしれない。
そんなことを思っていた。
でも。
「……違った」
リアは髪飾りをぎゅっと握り締める。
それもルナの気持ちを聞かずに、自分だけで決めたことだった。
「そんなことより先に」
涙が一粒、髪飾りに落ちた。
「何でもいいから、ルナと話せばよかった」




