ルポア 6
リアムの研究室を出たマシューは、廊下に控えていた護衛の騎士に声をかけた。
「俺はこれから騎士団の詰所に行ってくる。その間、殿下の護衛を頼む」
「承知しました」
「外出されるようなら、少し離れてついてくれ」
「はい」
指示を終えると、マシューは騎士団の詰所へ向かった。
今回の事件に関する追加の書類を届けるためだ。
本来ならリアムと一緒に確認する予定だったが、ルナが訪ねてきたので、残りは自分が引き受けることにした。
廊下を歩きながら、先ほどの二人の様子を思い出す。
ルナが研究室に現れたとき、リアムはずいぶん嬉しそうだった。
怪我をしたと聞いて、わざわざ研究所まで会いに来てくれたのだから、無理もない。
リアムがルナを気に入っていることには、以前から気づいていた。
ただ、最近は以前にも増して、ルナのことを気にかけているように見える。
ルナがリアムをどう思っているのかまでは分からない。
けれど、今日の様子を見る限り、少なくとも大切に思っているのは確かなようだ。
(……うまくいくといいんだけどな)
そんなことを考えているうちに、第二騎士団の詰所に到着した。
マシューはそのまま団長室へ向かい、扉をノックした。
「どうぞ」
中から返事が聞こえたので、扉を開ける。
「ディオン、今ちょっといいか?」
「ああ、どうした?」
「今回の事件の書類を届けに来たんだ」
「ああ、そうだったな。わざわざ悪いな」
マシューは持ってきた書類をディオンに渡した。
「リアムは?」
「研究所に戻ってるよ。今はちょっと来客中でな」
「そうか」
用事を済ませたマシューは、帰り際に声をかけた。
「そういえば、今夜は時間あるか?」
「今夜?」
「ああ。久しぶりに飲まないかと思って」
「いいな。ちょうど俺も話したいと思ってたところだ」
「じゃあ、またあとで」
「分かった」
約束を交わすと、マシューは団長室をあとにした。
その日の夜、マシューはディオンと酒を飲んでいた。
「それにしても、リアムが怪我をしたって聞いたときは驚いたぞ」
向かいに座るディオンが、グラスを手に口を開いた。
「俺も驚いたよ。まさか刃物で切られるとは思わなかった」
「傷はもう治ってるんだよな?」
「ああ。ポーションを使ったから、跡も残ってない」
「そうか。それならよかった」
ディオンは安心したように頷いた。
「最近は研究所にいることが増えただろ?」
「ああ。リアムに付き合ってると、どうしてもな」
「騎士団にいた頃みたいに、剣を振るう時間も減ったんじゃないか?」
「まあな。だから、たまには騎士団の訓練に参加しようかと思ってるんだ」
「へえ、珍しいな」
「リアムはこれからも無茶をするだろうし、腕が鈍っても困るからな」
「なら、俺が相手をしてやるよ」
ディオンが楽しそうに言った。
「お前が? 団長になって忙しいんじゃないのか?」
「毎日は無理だが、たまになら問題ないだろ」
「それなら、久しぶりに頼もうかな」
「ああ。ただし、手加減はしないぞ」
「分かってる。こっちもそのつもりだ」
久しぶりにディオンと剣を交えるのが、少し楽しみになった。
「それにしても、お前も大変だな。昔からリアムに振り回されっぱなしじゃないか」
「今さらだろ」
「まあな。これからも苦労しそうだな」
「……否定できないな」
「相変わらずだな、お前も」
ディオンは呆れたように言いながら、グラスを傾けた。
数日後。
研究室で書類を確認していると、隣にいたリアムがふと顔を上げた。
「……お腹空いたな」
「もうすぐ昼だからな」
「そろそろ行こうかな」
リアムは机の上を片付け始めた。
「今日もルポアに行くのか?」
「うん。そのつもり」
「最近はよく通ってるな」
「料理が美味しいからね。今日は何が食べられるんだろう」
その様子を見て、マシューは思わず小さく笑った。
「……何?」
リアムが少し嫌そうな顔でこちらを見る。
「いや、ずいぶん楽しそうだなと思って」
「……別に、普通だけど」
「そうか?」
マシューが聞き返すと、リアムは少しばつが悪そうに視線を逸らした。
「……うまくいくといいな」
「えっ?」
リアムがこちらを向いた。
「ルナとのことだよ」
「……マシュー」
リアムは困ったように眉を下げた。
少し間を置いてから、小さく頷く。
「ありがとう」
マシューも頷き、確認していた書類を閉じた。
「俺も昼にするか」
「じゃあ、一緒に行く?」
「ああ。今日は何が食べられるんだろうな」
「それ、さっき俺が言ったことじゃない?」
「まあ、楽しみにしてるのはお互いさまだな」
マシューは書類を机に置いて立ち上がり、リアムと一緒に研究室を出た。
◇◇◇
昼時のルポアは、今日も多くのお客さんで賑わっていた。
「お待たせしました」
ミアは料理を運び終えると、空いたお皿を下げ始めた。
そのとき、入口の扉が開いた。
「いらっしゃいませ。あ、リアム、マシュー」
「こんにちは」
「今日も忙しそうだな」
二人に挨拶を返しながら、空いている席へ案内する。
「今日は何にする?」
「そうだな……。今日の日替わりは?」
「今日は鶏肉のトマーテ煮込みだよ」
「へえ、美味しそうだね。じゃあ、それにしようかな」
「俺も同じもので」
「はーい」
注文を受けて厨房に向かうと、ルナがこちらを見た。
「リアムとマシューが来たよ。二人とも日替わりだって」
「分かった。ありがとう」
ルナはさっそく料理の準備を始めた。
しばらくして、ほかのお客さんの注文を取り終えたミアは、ふとカウンターの方に目を向けた。
そこでは、ルナがリアムと楽しそうに話していた。
何を話しているのかまでは聞こえないけれど、ルナは笑顔でリアムの話を聞いている。
(……ルナ、最近は笑顔が増えた気がする)
フィールズ家にいた頃も、ミアと一緒にいるときは笑っていたけれど、何でも自分で頑張ろうとするところがあった。
家を出てからは驚くことも多かったけれど、ルナが好きなことを楽しめるようになったのが嬉しい。
今では自分のお店を開いて、大好きな料理を作っている。
それに、最近はリアムと話しているとき、特によく笑っている気がした。
(よかったね、ルナ)
そんなことを考えていると、近くの席から声がかかった。
「ミアちゃん、お水をもらえるかい?」
「はーい。ただいま」
ミアは水差しを手に取り、お客さんのところへ向かった。
午後三時になり、お店の営業が終わった。
二人はいつものように片付けを始めた。
テーブルを拭きながら、昼間のルナとリアムの様子を思い出す。
「ねえ、ルナ」
「ん? どうしたの?」
「最近、リアムと仲いいよね」
食器を片付けていたルナの手が止まった。
「えっ? うん、仲はいいと思うけど……」
「そうだよね。リアムもよくお店に来てくれるし」
「料理を気に入ってくれてるみたいだからね」
「それだけかな?」
ルナは不思議そうにこちらを見た。
「……どういうこと?」
「ルナはリアムのこと、どう思ってるのかなって」
「……え?」
ルナの頬が赤くなった。
「ねえ、もしかして好きなの?」
「……ミア」
ルナは困ったように目を逸らした。
その反応を見て、思わず笑ってしまう。
「そんなに照れなくてもいいのに」
「……もう、その話はおしまい」
ルナはそう言うと、食器の片付けを再開した。
それ以上聞いても、今は答えてくれそうにない。
「分かったよ。もう聞かないから」
「……本当?」
「うん。でも、あたしは応援してるよ」
「……もう、ミアったら」
ミアは笑いながら、残りの片付けを始めた。
フィールズ家にいた頃から、ルナには幸せになってほしいと思っていた。
だから、こうして誰かのことで照れている姿を見るのは、なんだか新鮮だった。
◇◇◇
お店が休みの日。
ミアはレオと一緒に、昼食を買いに市場へ来ていた。
「……あれ? この野菜、少し高くなってる」
いつも仕入れをしている店の前で、思わず足を止める。
「そうなのか?」
「うん。先週はもう少し安かったんだけどな」
そんな話をしていると、店主が声をかけてきた。
「おっ、ミアちゃん! 今日は仕入れじゃないのかい?」
「こんにちは。今日はお店がお休みだから、買い物に来たんだ」
「そうか。最近は雨が続いたからな。野菜も少し値上がりしてるんだよ」
「やっぱりそうなんだ。早く元に戻るといいね」
「まったくだ」
おじさんに手を振って店を離れると、レオがこちらを見た。
「ずいぶん親しそうだったな」
「毎日仕入れに来てるからね」
そう答えたところで、今度は別のお店から声がかかった。
「ミアちゃん、今日はいい果物が入ってるよ!」
「わあ、美味しそう! あとで見に来るね」
レオが少し驚いたように笑う。
「すっかり市場の顔なじみだな」
「そうかも!」
ミアも笑いながら、レオと一緒に昼食を売っている屋台へ向かった。
市場で昼食を買って帰ったあと、ミアはレオと一緒に家の近くの空き地へ向かった。
今日は土魔法の練習をする予定だ。
しばらくすると、ルナとラズも見に来た。
「今日は何の練習をするの?」
「土を動かす練習だよ」
「へえ、面白そう」
ルナは興味津々といった様子で、ミアの隣に立った。
「じゃあ、まずは目の前の土を動かしてみろ」
レオに言われ、ミアは地面に手を向けた。
土が動くところを思い浮かべながら、魔力を流す。
すると、目の前の土が少しずつ盛り上がり、小さな山になった。
「わあ、できた」
「うん。いい感じだな」
ルナが山になった土をじっと見つめた。
「ねえ、ミア。これって好きな形にできないのかな?」
「好きな形?」
「うん。例えば、小さな人形みたいに手や足を作ったり」
「ええっ? そんなのできるかな?」
「魔法はイメージが大事なんだよ。試してみようよ」
ミアはもう一度土に魔力を流してみた。
頭と胴体を作るつもりで形を変えていくけれど、なかなか思いどおりにならない。
なんとか丸い部分が二つできたところで、土が崩れてしまった。
「あー、難しい」
「でもちょっと人形っぽかったよ」
「そうかな?」
「最初から細かい形を作るのは難しいだろうな。少しずつ練習していけばできるんじゃないか」
レオの言葉に頷いた。
「そうだ。ミアって、土を出すこともできるんだよね?」
「うん、できるよ」
ミアは手のひらを地面に向け、魔法で新しく土を出してみせた。
「すごい。ねえ、その土で植物を育てたらどうなるのかな?」
「植物?」
「うん。魔法で作った土なら、普通の土より早く育ったりしないかなって」
ルナは出した土を眺めながら続けた。
「今度、何か育ててみない?」
「いいね。それなら、お茶にできる植物がいいな」
「お茶?」
「うん。前にルナがハッカソウでお茶を作ってくれたでしょ? ああいうのを自分たちで育てられたら楽しそう」
「そうだね。自分たちで育てた植物でお茶を作れたら素敵だね」
ルナも嬉しそうに頷いた。
「ただ、魔法で出した土でちゃんと育つかは分からないから、普通の土と比べてみないとね」
「うん。じゃあ、今度のお休みに種を買いに行こうよ」
「そうしよう」
魔法の練習から、思いがけず新しい楽しみができた。
どんな植物を育てようかと考えるだけで、今からわくわくしてきた。
◇◇◇
「お待たせしました。こちら、本日の日替わりセットです」
「ありがとう、ミアちゃん。今日も美味しそうだね」
「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」
ミアは空いたお皿を下げながら、店内を見渡した。
最初はルナについていくことしか考えていなかった。
でも、今は違う。
実際に働いてみると、接客の仕事は思っていた以上に楽しかった。
最初は分からないことも多くて大変だったけれど、お客さんに料理を美味しいと言ってもらえたり、名前を覚えてもらえたりするのも嬉しい。
今度のお休みにはルナと一緒にプランターと種を買いに行く予定だ。どんな植物を育てるかはまだ決めていないけれど、それも楽しみだった。
「ミア、こっちの料理もお願い」
カウンターからルナの声がした。
「はーい。今行くね」
ルナと一緒にいたくて始まった旅だったけれど、今はミアにも好きな仕事と、やってみたいことがある。
これからもルナと一緒に、このお店で頑張っていきたい。
そう思いながら、ミアは出来上がった料理を手に取り、お客さんのもとへ向かった。




