ルポア 7
ある夜。
ルナは自室の机に向かい、翌週の献立を考えていた。
机の上には、これまでに作った料理の一覧と、書きかけの献立表が広げられている。
「来週は何にしようかな……」
最近は日替わりの料理を楽しみにしてくれるお客さんも増えてきた。
食材の値段や仕入れのことも考えながら、できるだけ同じ料理が続かないように献立を決めている。
以前の献立表を見返していると、ある料理に目が留まった。
(あ、これ。リアムが気に入ってたな)
その料理を出した日、リアムは美味しいと言って、気に入ってくれた。そのときの様子を思い出すと、自然と頬が緩んだ。
そこでふと、先日ミアに言われたことを思い出す。
『ねえ、もしかして好きなの?』
あのときは突然聞かれて、何も答えられなかった。
リアムがお店に来てくれると嬉しいし、一緒に話している時間は楽しい。
会えない日には、今日は来ないのかなと少し寂しく思うこともあった。
(……私、リアムのことが好きなんだよね)
そう認めると、少し恥ずかしくなった。
けれど、リアムはこの国の王弟で、ルナは平民だ。
今は親しくしてもらっているけれど、それ以上の関係を望むのは難しいだろう。
(でも、好きでいるくらいはいいよね)
ルナは再び献立表に目を戻した。
「……よし。これも来週のメニューに入れようかな」
そう呟いて、料理の名前を書き加えた。
翌週の献立を決め終えたルナは、書き込んだ紙をまとめ、机の引き出しを開けた。
そのとき、奥にしまってあった小さな箱が目に留まった。
ルナは箱を取り出し、そっと蓋を開けた。
中に入っていたのは、子供の頃、リアとお揃いで買った淡い紫色の小さな花を模した髪飾りだった。
ルナはタリオンでリアと再会したときのことを思い出した。あのとき、リアとはようやく本当の気持ちを話すことができた。
(リア、元気にしてるかな……)
あれからルナはエレンジア王国の王都に来て、自分のお店を開いた。
ふと、そのことをリアに知らせたいと思った。
そう考えたところで、ルナは首を傾げた。
(でも、どうやって連絡を取ればいいんだろう?)
リアはクリーヴランド王国の聖女候補だ。
一方、ルナは今では平民として暮らしている。
普通に手紙を送っても、リア本人に届くのか分からない。
かといって、フィールズ家を通すのは避けたかった。
「うーん……」
しばらく考えてみたものの、いい方法は思いつかなかった。
そのとき、リアムの顔が浮かんだ。
(……リアムなら、何か知ってるかもしれない)
リアムはエレンジア王国の王弟だ。
他国へ手紙を届ける方法についても、何か知っているかもしれない。
もちろん、頼めるかどうかは分からない。
それでも、一度相談してみようと思った。
(今度お店に来たときに、聞いてみよう)
ルナは髪飾りを箱に戻し、引き出しにしまった。
献立表もまとめて、机の上に置いた。
数日後。
ルポアでは昼の混雑が落ち着き、店内には数組のお客さんが残っているだけだった。
ルナが厨房の片付けをしていると、カウンター席に座っていたリアムが声をかけてきた。
「今日も美味しかったよ」
「ありがとう。気に入ってもらえてよかった」
ルナは先日考えていたことを思い出した。
「あ、そうだ。リアム、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
「何かあったの?」
「ううん。急ぎじゃないんだけど、少し長くなりそうで」
「それなら、今度研究所に来る? 仕事が落ち着いてる時間なら、ゆっくり話せると思うよ」
「いいの?」
「うん。明後日なら、夕方まで研究所にいると思うけど、どうかな?」
「その日なら、お店が終わってから行けると思う」
「分かった。じゃあ、待ってるね」
約束をすると、リアムは店をあとにした。
◇◇◇
約束の日。
ルポアの営業を終えたルナは、研究所を訪ねた。
案内された研究室に入ると、リアムが机に向かって書類を読んでいた。
「いらっしゃい。お店はもう大丈夫?」
「うん。片付けも終わったから」
「そっか。じゃあ、そこに座って」
リアムに勧められ、ルナは椅子に腰を下ろした。
「それで、相談って?」
「うん。実は、リアに手紙を送りたいと思ってるんだけど……」
ルナがそう切り出すと、リアムは少し驚いたように目を瞬かせた。
「リアって、妹さんのことだよね?」
「うん。この国での生活も落ち着いてきたから、リアに知らせたいなって。お店のことも……」
「そっか。それで、手紙を送りたいんだね」
「うん。でも、リアはクリーヴランド王国の聖女候補でしょ? 普通に手紙を送っても届くのか分からなくて……」
ルナは少し言いにくそうに続けた。
「今の私は平民だし、フィールズ家を通すのも避けたいんだ。何かいい方法はないかな?」
リアムは少し考えてから口を開いた。
「そうだね……。何度も手紙をやり取りするなら別の方法を考えないといけないけど、今回だけなら何とかなると思うよ」
「本当?」
「うん。王宮を通してジェームズに頼んでみるよ」
「ジェームズ殿下に?」
「そう。彼ならリアに直接渡せるだろうし、事情を話せば協力してくれるんじゃないかな」
「でも、そんなことお願いしてもいいの?」
「まずは聞いてみるだけだから、大丈夫だよ。引き受けてもらえるかは、まだ分からないけどね」
「ありがとう。相談してよかった」
「返事が来たら知らせるね」
「うん。よろしくね」
ルナはほっとした。
まだ手紙を届けられると決まったわけではないけれど、リアに今の自分のことを伝えられるかもしれないと思うと嬉しかった。
「……実はね、リアとはずっとすれ違ってたんだ」
リアムがルナに目を向けた。
「そうだったの?」
「うん。お互いに相手のことを羨ましく思ってたのに、ちゃんと話したことがなくて。でも、タリオンで再会したときに、ようやく本当の気持ちを話せたんだ」
「そっか。それはよかったね」
「うん。もっと早く話せてたらって思うけど、今はまた会える日が楽しみなんだ」
ルナは穏やかな気持ちでそう答えた。
リアムと話しているうちに、彼の兄弟のことが気になった。
「そういえば、リアムは陛下と仲がいいよね」
「……まあ、悪くはないと思うよ」
「やっぱり」
「兄上たちがしっかりしてるから、俺は好きな研究もできるし、自由にさせてもらってるんだ。ありがたいよね」
「でも、きっとリアムのことを信頼してるからだと思うよ」
「そうかな?」
「うん。そうじゃなかったら、こんなに自由にさせてもらえないんじゃない?」
「……そっか。そうかもしれないね」
その後も二人はしばらく話していたが、ルナが窓の外を見ると、日が傾き始めていた。
「あ、もうこんな時間なんだ。そろそろ帰らないと」
「ほんとだね。じゃあ、送っていくよ」
「ありがとう」
研究所を出ると、二人は並んで歩き始めた。
リアムは明日の日替わり料理が気になるらしく、何度か聞いてきたが、ルナは当日までのお楽しみだと言って教えなかった。
「少しくらい教えてくれてもいいのに」
「明日来たら分かるよ」
「じゃあ、明日も行かないとね」
そんな話をしているうちに、ルポアに到着した。
「送ってくれてありがとう」
「ううん。俺も楽しかったよ」
「私も。じゃあ、また明日ね」
ルナが店の扉へ向かおうとした、そのときだった。
「……ルナ」
リアムに呼び止められ、ルナは振り返った。
「どうしたの?」
「……もう少しだけ、一緒にいられないかな?」
思いがけない言葉に、ルナは少し驚いた。
「うん、いいよ。じゃあ、中で話そうか」
「いいの?」
「もちろん。ここで立ち話するのもなんだしね」
ルナは扉の鍵を開け、リアムを店内へ招き入れた。
営業を終えたルポアは、昼間の賑わいが嘘のように静かだった。
「こうして誰もいないお店に入るのって、なんだか新鮮だね」
リアムが店内を見渡しながら言った。
「そうだね。いつもはお客さんがいるから」
「昼間とはずいぶん雰囲気が違うな」
「ふふっ。静かでしょ?」
ルナはいつものカウンター席を勧めた。
「何か飲む?」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
リアムが椅子に腰を下ろすと、ルナも隣の席に座った。
「ルナはお店を始めてから、毎日楽しそうだね」
「うん。忙しいけど、好きな料理ができるから楽しいよ」
「そっか。じゃあ、料理以外に好きなことはないの?」
「料理以外?」
ルナは少し考えた。
けれど、すぐには思いつかなかった。
「……そう言われると、何だろう。あんまり思いつかないかも」
改めて考えてみると、料理のことばかりだった。
「でも、それならリアムだって魔法のことばかりじゃない?」
「そうでもないよ」
「そうなの?」
「最近は、ルナと一緒にいる時間も好きだから」
「……私?」
「うん。俺、ルナのことが好きだよ」
「……え?」
思いがけない言葉に、ルナはすぐに返事ができなかった。
「友達としてじゃなくてね」
リアムのことは、好きでいるだけでいいと思っていた。
身分が違うのだから、それ以上は望めない。
そう考えていたはずなのに、今はそんなことも忘れて、嬉しさが込み上げてきた。
顔を上げると、リアムがこちらを見ていた。
その視線に気づいた途端、頬が熱くなる。
「……本当に?」
「うん。ルナと一緒にいると楽しくて、もっと一緒にいたいと思うんだ」
その言葉が嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
「……嬉しい」
ルナはリアムを見つめた。
「私も、リアムのことが好きだよ」
今度はリアムが目を見開いた。
「……俺、ルナの笑顔が好きなんだよね」
そう言うリアムの耳が、ほんのり赤くなっていた。
いつもは余裕のあるリアムが照れている。
ルナはそれがなんだか嬉しかった。
「ありがとう」
リアムはそう言って、少し間を置いた。
「……じゃあさ、俺とルナは恋人ってこと?」
「えっ? こ、恋人……」
改めてそう言われると、急に恥ずかしくなった。
ルナは小さく頷いた。
「……うん。そうだね」
リアムの表情がぱっと明るくなった。
それから二人は、しばらく他愛のない話をして過ごした。
やがてリアムが席を立ち、ルナも一緒に店の入口へ向かった。
「ルナ、今度二人で出かけよう」
「……うん」
ルナが頷くと、リアムは優しく微笑んだ。
「じゃあ、またね」
「うん。またね」
リアムを見送り、ルナは扉を閉めた。
しばらくその場に立ったまま、先ほどのやり取りを思い返す。
(……恋人、か)
まだ少し信じられない。
けれど、リアムが自分と同じ気持ちでいてくれたことが、何より嬉しかった。
今度、二人で出かける約束もした。
(……楽しみだな)
ルナは店の明かりを消して、自室へ向かった。
◇◇◇
それから数日後、リアムから嬉しい知らせが届いた。
ジェームズ殿下に連絡を取ったところ、リアへの手紙を預かってもらえることになったのだ。
ルナはさっそく自室の机に向かい、便箋を広げた。
何から書こうか少し考えてから、ペンを手に取る。
タリオンで別れてからも、エレンジア王国を楽しく旅してきたこと。
旅の途中で起きた事件をきっかけに、ラズという新しい仲間が増えたこと。
そして、王都にたどり着き、ルポアという料理のお店を開いたこと。
ミアもレオも元気にしていて、ラズも今は学園に通っている。
いつかリアにもルポアに来てもらって、自分の作った料理を食べてもらいたい。
そんなことを書きながら、ルナはこれまでの日々を思い返した。
家を出たばかりの頃は、ただ自分の力で生きていこうと考えていた。
それが、ミアやレオと旅をして、いろいろな人と出会い、今では自分のお店まで持つことができた。
大変なこともあったけれど、楽しいこともたくさんあった。そして何より、好きな料理を仕事にできていることが嬉しかった。
最後に、仲間たちと充実した毎日を過ごしていることを書き添えた。
後日、リアムに手紙を託した。
リアから返事が届くかどうかは分からない。
それでも、今の自分のことを伝えられるのが嬉しかった。
◇◇◇
朝。
ルポアの厨房では、ルナが開店の準備を進めていた。
鍋の中ではスープが温まり、野菜を切る音が響いている。
「おはよう」
ミアが厨房に顔を出した。
「おはよう。今日もよろしくね」
「うん。あ、そうだ。今日の仕入れはもう届いてるよ」
「ありがとう。あとで確認するね」
そんな話をしていると、レオとラズもやってきた。
「じゃあ、俺はそろそろ行くな」
「今日はギルド?」
「ああ。依頼を見てくる」
「気をつけてね」
「おう」
レオは軽く手を振り、店を出ていった。
「僕もそろそろ行かないと」
ラズは鞄を肩に掛け直した。
「今日も授業、頑張ってね」
「うん。行ってきます」
「いってらっしゃい」
ラズも元気よく出かけていった。
二人を見送ると、ルナは厨房に戻った。
「こっちは準備できたよ」
店内からミアの声がした。
「ありがとう。こっちももう少しで終わるから」
ルナは最後の確認を済ませると、厨房から店内へ出た。
テーブルはきれいに拭かれ、料理を出す準備も整っている。
「じゃあ、そろそろ開けようか」
「うん」
ミアが入口の扉を開けた。
外には、開店を待っていたお客さんの姿があった。
ルナは笑顔で迎えた。
「いらっしゃいませ!」
今日もまた、ルポアの一日が始まる。
——完——
初めての長編小説ということもあり、なかなか上手くまとめられず、思っていた以上に長いお話になってしまいました。
最初から、ルナの旅のゴールは「自分のお店を持つこと」と決めていたので、なんとかそこまで辿り着けてホッとしています。
ひとまずこれで完結となりますが、時間があれば、その後のお話も書けたらいいなと思っています。(今のところ未定ですが……)
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!




