ルポア 5
昼過ぎになり、ルポアの店内も少し落ち着いてきた。
昼食の時間帯には次々と客が訪れていたが、今は空席も目立つようになっている。
そんな中、遅めの昼食をとりに来ていたのがオリバーだった。オリバーが食事を終えたのを見て、ルナは席へと向かった。
「オリバーさん、今日は来てくださってありがとうございます」
「ああ。料理、美味かったよ」
「ありがとうございます。それと、冷却魔道具のお礼もお伝えしたくて。おかげさまで、食材の保存がとても楽になりました」
「俺は研究に関わってただけだ。問題なく使えてるならよかったよ」
「本当に助かっています。ありがとうございます」
ルナが頭を下げると、オリバーは少し居心地が悪そうな顔をした。
「そういえば、冷却魔道具の研究は今も続けているんですか?」
「ああ。まだ改良したいところがあるからな。殿下とも相談しながら進めてる」
「そうなんですね。今日はリアムも研究所にいるんですか?」
「いや、今日はまだ来てないな。急な調査で王都を離れてたんだ」
「えっ、そうだったんですか?」
「ああ。今日戻ってきたそうだけど、事件の後処理が残ってるらしい。怪我もしたそうだしな」
「……怪我?」
思わず聞き返すと、オリバーは頷いた。
「所長が王宮から連絡を受けたらしくてな。大した怪我じゃないそうだけど」
「どこを怪我されたんですか?」
「さあ、そこまでは聞いてないな」
大した怪我ではないと聞いても、どんな怪我をしたのか分からないと、やはり気になってしまう。
ルナが黙っていると、オリバーが口を開いた。
「……そんなに心配なら、会いに行けばいいんじゃないか?」
「えっ?」
「夕方には研究所に戻ってるんじゃないか。殿下は王宮より研究所にいることの方が多いからな」
「でも、お仕事の邪魔になりませんか?」
「さあな。でも、殿下なら来てくれたら喜ぶんじゃないか」
「……そうでしょうか」
「まあ、気になるなら自分で確かめればいい」
オリバーはそう言うと、残っていた水を飲み干した。
午後三時になり、ルポアの営業が終わった。
最後の客を見送ると、ルナはミアと一緒に店の片付けを始めた。
「……ルナ? さっきから手が止まってるよ」
「あっ、ごめんね。ちょっと考え事をしてて」
「何かあった?」
「……リアムが怪我をしたって聞いたの」
「えっ、そうなの?」
「うん。大した怪我じゃないらしいんだけど、ちょっと心配で……。片付けが終わったら、研究所に行ってきてもいいかな?」
「もちろん。じゃあ、早く終わらせよう!」
「ありがとう」
ルナはミアと一緒に、残りの片付けを進めた。
◇◇◇
片付けを終えたルナは、研究所へと向かった。
研究所に着くと、受付でリアムを訪ねてきたことを伝えた。
「リアム殿下にお会いしたいんですが……」
「かしこまりました。確認してまいりますので、少々お待ちください」
しばらく待っていると、先ほどの職員が戻ってきた。
「リアム殿下がお会いになるそうです。ご案内いたします」
案内されたのは、研究者たちの部屋が並ぶ廊下の奥にある一室だった。職員が扉をノックすると、中から返事が聞こえた。
「どうぞ」
扉が開くと、机に向かっていたリアムが顔を上げた。部屋にはマシューもいる。
「ルナ! どうしたの?」
リアムはルナを見ると、嬉しそうに笑った。
「あの、オリバーさんから怪我をしたって聞いて……」
「ああ、そのこと? もう治ってるから大丈夫だよ」
「本当に? どこを怪我したの?」
「腕をちょっと切っただけだよ。町でポーションを飲んだから、もう何ともないんだ」
リアムはそう言って袖をまくった。
見せてくれた腕には、傷一つ残っていなかった。
「そっか……。よかった」
ルナはほっと息をついた。
こうして元気な姿を見て、ようやく安心できた。
「心配して来てくれたの?」
「うん。大した怪我じゃないって聞いてたけど、詳しいことは分からなかったから……」
「そっか。ありがとう」
心配していたこちらとは違い、リアムはいつもどおりの様子だった。
「……リアム、怪我をしたんだから、もう少し気をつけてね」
「うん。分かってるよ」
「本当に分かってるんだろうな?」
マシューが横から口を挟んだ。
「分かってるって。昨日も散々怒られたじゃん」
「ならいいが。次は気をつけろよ」
「……はい」
マシューは呆れたように息を吐いた。
「……まあ、いい。俺は少し用事があるから、席を外すぞ」
「うん、分かった」
マシューはルナに軽く挨拶すると、部屋を出ていった。
残されたリアムは、改めてルナに笑いかけた。
「わざわざ来てくれてありがとう。よかったら、座っていってよ」
「うん。ありがとう」
ルナは勧められた椅子に腰を下ろした。
「今日の昼はお店に行こうと思ってたんだよね」
「そうだったの?」
「うん。でも、仕事が終わらなくて間に合わなかったんだ。明日は行くつもりだから、よろしくね」
「うん。待ってるね」
ルナが笑うと、リアムも嬉しそうに笑った。
「お店の方はどう? 少しは慣れた?」
「うん。まだ忙しいけど、ミアと二人で何とかやれてるよ」
「そっか。それならよかった」
「レオやラズも手伝ってくれたし、知り合いの人たちも食べに来てくれてるんだ」
そう話していると、リアムが何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、この前お店にオルソン家の護衛の人が来てたよね?」
「カーターさんのこと?」
「うん。ルナと仲がいいの?」
「侯爵家で何度か会ったことはあるけど、この前初めてゆっくり話したんだ。レオとは仲がいいみたいだよ」
「……そっか」
リアムは小さく頷いた。
「どうかした?」
「いや、何でもないよ。楽しそうに話してたから、ちょっと気になっただけ」
「そうだったんだ。カーターさん、話しやすい人だったよ」
どうしてカーターのことが気になったのだろう。
少し不思議に思ったが、それ以上は尋ねなかった。
それからも二人で話しているうちに、窓の外が少しずつ夕暮れの色に変わっていた。
「そろそろ帰らないとね。暗くなる前に送っていくよ」
「えっ、でも、リアムも仕事があるんじゃない?」
「今日はもう終わってるから大丈夫。それに、ルナともう少し話したいしね」
「……そっか。じゃあ、お願いしようかな」
二人は研究所を出て、ルポアへと向かった。
夕暮れの町には、仕事を終えて家路につく人たちの姿があった。
ルナは隣を歩くリアムに目を向けた。
怪我をしたと聞いたときは、思っていた以上に心配になった。こうして無事な姿を見て、いつもどおり話せることが嬉しい。
親しい人が怪我をすれば、心配するのは当たり前だ。
それなのに、リアムのことはどこか特別に感じてしまう。
(もしかして、私はリアムのことを……)
「ルナ? どうかした?」
「あっ、ううん。何でもないよ」
ルナは慌てて首を振った。
隣を歩くリアムをちらりと見ると、なんだか落ち着かなくなって、再び前を向いた。
それからは他愛のない話をしながら歩き、やがてルポアの前に到着した。
「それじゃあ、また明日ね」
リアムはいつものように笑った。
「うん。待ってるね。今日は送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
リアムは軽く手を振ると、来た道を戻っていった。
ルナはその後ろ姿を見送った。
明日も会える。
そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
リアムの姿が見えなくなると、ルナは店の中へ戻った。




