ルポア 4
昼過ぎ、リアムたちを乗せた馬車は、王都から数時間ほど離れた古い屋敷に到着した。
馬車を降りると、屋敷の前にいた騎士が近づいてきた。
「リアム殿下、お待ちしておりました」
「うん。捜索はどうなってる?」
「書類の中から、逃走した者たちにつながりそうな手がかりが見つかりまして、ほかの者はそちらの捜索に向かっています。現在、ここに残っているのは私を含めて二名です」
「そっか。じゃあ、俺たちも手伝うよ」
騎士の案内で屋敷に入ると、一階の広い部屋には書類が散らばり、家具もいくつか倒れていた。
「ずいぶん荒れてるね」
「はい。我々が到着したときには、すでにこの状態でした」
部屋の隅には、まだ確認されていない書類がまとめられている。
「探している取引記録は?」
「まだ見つかっておりません。こちらの書類も、すべては確認できていない状況です」
「分かった。まずはここから調べようか」
リアムたちは手分けして書類を調べ始めた。
しばらくして、リアムは近くにいた騎士に声をかけた。
「そういえば、君たちが来たときには、もう誰もいなかったんだよね?」
「はい。屋敷の中を調べましたが、人の姿はありませんでした。ただ、食べかけの食事が残されていたので、慌てて逃げ出したのではないかと」
「なるほどね」
リアムは手にしていた書類を置き、改めて部屋を見回した。
床には紙が散らばり、椅子や棚が倒れている。
急いで逃げたにしては、少し荒れすぎている気がした。
何かを探したのだろうか。それとも、わざと荒らしたのだろうか。
「どうかしましたか?」
リアムの様子に気づいたマシューが声をかけてきた。
「いや、ちょっと気になって」
リアムは倒れた書棚に近づいた。
床には書棚を引きずったような傷があり、もともとは別の場所に置かれていたらしい。
「この書棚、動かされたみたいだね」
「……確かに。何かを隠しているのでしょうか」
「その可能性はあるね。調べてみようか」
リアムが騎士たちに声をかけると、数人がかりで書棚を持ち上げた。すると、その下から床にはめ込まれた木製の扉が現れた。
「こんなところに……」
マシューが驚いたように呟いた。
「地下室への入口かな?」
騎士が扉を開けると、下へと続く階段が姿を現した。
中は薄暗く、ここからでは奥の様子が分からない。
「まずは我々が確認してきます」
騎士二人が階段を降りていった。
しばらくすると、下から声が聞こえてきた。
「子供がいます!」
「子供?」
予想していなかった報告に、リアムは驚いた。
「行ってみよう」
「分かりました。ただし、何があるか分かりませんから、勝手な行動はしないでくださいね」
「分かってるよ」
マシューに念を押され、リアムは苦笑した。
騎士の一人を地上の見張りに残し、リアムとマシューも、もう一人の騎士とともに地下へ降りた。
地下室は思っていたよりも広く、奥にはいくつか扉が並んでいた。
部屋の隅には、三人の子供が身を寄せ合うように座っている。リアムたちが近づくと、一番小さな子供が隣の子の服をぎゅっとつかんだ。
「大丈夫。怖がらなくていいよ。怪我はない?」
できるだけ優しく声をかけたが、子供たちは怯えたまま、誰も答えようとしない。
騎士が様子を確認したところ、大きな怪我は見当たらないものの、三人とも疲れ切っているようだった。
こんな場所に、いったいいつからいたのだろう。
「とにかく、早く休ませてあげた方がいいね。近くの町で保護してもらえないかな?」
「そうですね。町の衛兵にも協力を頼みましょう」
マシューは騎士の一人を連れ、応援を手配するために地上へ戻っていった。
残った騎士の一人が子供たちを見守る中、リアムは三人が何度も同じ方向に目を向けていることに気づいた。
そちらを見ると、地下室の奥にある一つの扉が目に入った。
「……あの扉が気になるの?」
子供たちに尋ねたが、返事はなかった。
ただ、一人が小さく頷いたように見えた。
そのとき、扉の向こうからかすかに物音が聞こえた。
「……誰かいるのかな」
リアムが耳を澄ますと、今度は小さな泣き声が聞こえてきた。中にも子供がいるのかもしれない。
リアムはもう一人の騎士に声をかけた。
「あの部屋に誰かいるみたいだ。確認してもらえる?」
「承知しました」
騎士は扉に近づき、中の様子をうかがってから、慎重に取っ手に手をかけた。
「開けます」
扉が開いた瞬間、中から子供の泣き声が聞こえた。
部屋の中には、小さな子供が一人。そして、そのそばにはナイフを握った男が立っていた。
「動くな!」
騎士が声を上げる。
男は一瞬ひるんだが、すぐに子供の腕をつかみ、ナイフを向けた。
「近づくな!」
子供が怯えて泣き出した。
騎士は男を刺激しないよう、動きを止めた。
「落ち着いて。子供を放してくれないかな」
リアムが声をかけると、男は苛立った様子でナイフを握り直した。
「うるさい! こっちに来るな!」
男が怒鳴った拍子に、子供が腕を振りほどき、扉の方へ駆け出した。しかし、男は逃がすまいとナイフを振り上げた。
「危ない!」
リアムはとっさに、こちらへ逃げてきた子供を抱き寄せた。その瞬間、振り下ろされたナイフがリアムの腕をかすめた。
「っ……!」
鋭い痛みが走る。
すぐに騎士が男に飛びかかり、床に押さえつけた。
リアムは痛む腕を押さえながら、子供に目を向けた。
「大丈夫? 怪我はない?」
子供は泣きながらも、小さく頷いた。
「……よかった」
ほっとしたところで、腕から血が流れていることに気づいた。
騒ぎを聞きつけたのか、マシューが地下室へ戻ってきた。
「リアム! 何があった!」
マシューはリアムの腕から血が流れているのを見ると、顔色を変えた。
「……怪我をしたのか?」
「うん。少し切っただけだよ」
「少しって……血が出てるじゃないか!」
マシューはリアムの腕を確認した。
「まずは手当てをするぞ」
「うん。でも、子供たちの怪我も確認してあげて」
改めて確認すると、子供たちの腕や足にはいくつか痣ができていた。
特に、奥の部屋にいた子供は腕を痛そうに押さえている。
騎士たちが持っていたポーションは数に限りがあったため、怪我のひどい子供から使うことにした。
リアムの腕も応急処置を済ませ、町に着いてから治療することになった。
子供たちの手当てがひと段落すると、マシューがリアムに向き直った。
「リアム」
「……何?」
「お前、自分が何をしたか分かってるのか?」
「……子供を助けた」
「相手はナイフを持ってたんだぞ。下手をすれば腕だけじゃ済まなかったんだ」
「……うん。でも、子供が刺されそうになって」
「だからって、お前が怪我をしていいわけじゃないだろ」
リアムは口を閉じた。
マシューが本気で怒っているのが分かる。
「お前に何かあったらどうするんだ。もう少し自分の立場を考えて行動しろ」
「……ごめん」
「まったく……。少し目を離したらこれか」
マシューはため息をついた。
「町に着いたら必ず治療するからな」
「うん。分かってるよ」
その後、地下室の捜索を再開した。
リアムが『鑑定』を使って調べていくと、奥の部屋に置かれた木箱の一つに、不自然な反応があった。
「……これ、二重底になってるね」
騎士が箱を確認すると、底板の下から書類の束が見つかった。
「これが探していた取引記録かもしれないね」
リアムは書類を確認し、騎士に預けた。
しばらくすると、近くの町から応援の衛兵たちが到着した。
屋敷の残りの捜索は騎士たちに任せ、リアムたちは子供たちを連れて町へ向かうことにした。
町に到着すると、子供たちは保護され、必要な治療を受けることになった。
リアムもマシューに促されてポーションを飲み、腕の傷を治した。
夜には、逃走した者たちを追っていた騎士から連絡が入った。何人かを捕らえることができたらしい。
「これでひとまず安心かな」
「そうだな。詳しい取り調べや取引記録の確認は、王都に戻ってからになるだろう」
マシューの言葉に、リアムは頷いた。
その日は町で一泊し、翌朝、リアムたちは王都へ帰ることになった。
◇◇◇
翌日の昼過ぎ、リアムたちは王都に戻ってきた。
そのまま王宮へ向かい、アーサーの執務室を訪れる。
「兄上、戻ったよ」
「ああ、調査はどうだった?」
「探していた取引記録は見つかったよ。それと、地下室に子供たちが閉じ込められていたんだ」
リアムは屋敷で起きたことを順番に報告した。
子供たちは近くの町で保護され、逃走していた者たちの一部も捕らえられたことを伝えると、アーサーは頷いた。
「そうか。子供たちが無事で何よりだ。だが、お前は怪我をしたそうだな?」
「……うん。ちょっと腕を切られただけだよ」
「リアム」
静かな声だった。
「……長くなる?」
「お前な……。今回は軽傷で済んだからよかったものの、何かあれば同行した騎士たちの責任にもなるんだぞ。自分の立場をもう少し考えて行動しろ」
「分かってるよ。マシューにも散々怒られたし」
「なら、今後は気をつけることだな。傷の治療は?」
「町でポーションを飲んだから、もう治ってるよ」
「そうか。それならいい」
アーサーは小さく息をつき、机の上の書類に目を戻した。
リアムはその様子を見ながら、そろそろ帰れないだろうかと考えていた。今からなら、ルポアの営業時間にぎりぎり間に合うかもしれない。
「……さっきから落ち着かないな。何か予定でもあるのか?」
「うん。できればルナの店に行きたいんだけど」
「……お前は」
アーサーは呆れたようにリアムを見た。
「まだ営業時間に間に合うかもしれないから」
「まったく……。それで、報告を早く終わらせたかったのか」
「報告はちゃんとしたでしょ? もう帰ってもいい?」
「駄目だ。見つかった書類のことも含めて、騎士団への引き継ぎが残っているだろう」
「……やっぱり?」
「当然だ。最後まで仕事をしていけ」
「はあ……分かったよ」
リアムは残念そうに肩を落とした。
これでは、ルポアの営業時間には間に合いそうにない。
仕方なく、リアムはマシューとともに騎士団のもとへ向かうことにした。




